本当に最高でした!(*'▽'*)!
もう4回も観てしまいました…これから、小説版もゆっくり読んでいこうと思います。
ちびヤチヨ…可愛いですね…
従者のイメージ画像です。
【挿絵表示】
私の席は、教室のいちばん前にある。別に成績が悪くて先生の監視下へ置かれているわけじゃない。むしろ逆で、黒板は見やすいし、先生の声も近い。誰かが机の下で触っているスマホも、休み時間のざわめきも、前を向いていれば視界へ入りにくい。それに何より、前に人がいない。
これが地味に大きかった。
「彩葉~、今日もバイト?」
休み時間のざわめきの中、聞き慣れた声が背中へ飛んできた。ノートから顔を上げて振り返ると、ろかが私の椅子の背へ腕を乗せ、そこへ寄りかかるようにこちらを覗き込んでいる。その隣では、まみが少し呆れたような顔をしていた。
「うん」
「昨日もじゃなかった?」
「昨日も」
「働きすぎじゃない?」
「働かないとお金増えないし」
そう答えると、ろかが「高校生の発言じゃないんだよなあ」と笑う。
「じゃあ、ろかとまみが代わりに稼いでくれる?」
「むり~」
「私も無理」
「じゃあ働くしかないでしょ」
二人の笑い声が重なった。
私は机の上に広げていたノートを閉じる。進学校だけあって課題は多い。授業についていくだけならそこまで苦労はしないけれど、学校が終わればバイトへ行き、帰れば夕飯を作って洗濯を片づけ、翌日の準備もする。小テストがある日なら、その確認まで必要になる。
その隙間へツクヨミを押し込み、余裕があればKASSENにも潜る。一日は二十四時間あるはずなのに、やることを一つずつ当てはめていけば、最後にはほとんど残らない。
毎日は、思っているより短い。
「そういえば彩葉、昨日のKASSENやった?」
ろかに聞かれ、私は小さく頷いた。
「一応勝った」
「また稼いでる……」
まみが、感心しているのか呆れているのか、その中間くらいの声を出す。
「小遣いになるからね」
「ゲームで遊んで、お金まで稼ごうとする高校生って彩葉くらいじゃない?」
「遊ぶだけより得でしょ」
「その発想がもう彩葉なんだよなあ」
好きなことで遊んで、勝てば少しだけ金になる。少なくとも私には、わざわざ断る理由がない。
「で、そのお金って何に使ってるの?」
「生活費」
「夢がない」
「ヤチヨにも使ってる」
「あ、急に高校生になった」
「どういう意味」
眉を寄せると、ろかとまみが顔を見合わせて笑った。
ヤチヨ。ツクヨミで活動している、私のいちばん好きなアーティストだ。
歌が好きだった。声も好きだった。どこが、と聞かれると、たぶん一言では説明できない。
学校とバイトと家事で一日が埋まり、頭の中にはいつも次の予定が並んでいる。何時までにこれを終わらせて、帰ったらあれをして、明日はこれを忘れないようにする。そんなことばかり考えている私でも、ヤチヨの歌を聴いている間だけは、その列が少し遠ざかった。
それくらい好きなのは、二人にもとっくに知られている。
「今日、配信あるんじゃなかった?」
「ある」
「バイト終わってから間に合う?」
「間に合わせる」
「そこだけ妙に気合い入るよね」
「大事だから」
言い切ったところで予鈴が鳴り、教室のあちこちで動いていた人影が自分の席へ戻っていく。
「はいはい、ヤチヨ最優先」
「授業もちゃんと受けるって」
「そこは心配してない」
ろかとまみも離れていった。私は身体を前へ向けて椅子へ座り直す。目の前には黒板があり、先生が入ってくればそのまま授業が始まる。誰かの頭で板書が隠れることもない。
やっぱり、一番前は楽だった。
◇
「ありがとうございました」
最後の客の背中が自動ドアの向こうへ消えていくのを見届け、そのままレジ横の時計へ視線を滑らせる。予定より少し遅い。ほんの数分程度なのに、その数分が今日は妙に惜しかった。
「お疲れさまでした」
「お疲れー。気をつけて帰ってね」
「はい」
エプロンを外して制服へ戻り、店を出る。明るい店内から外へ踏み出した瞬間、視界が一度暗さに沈んだ。昼間の熱を失い始めた空気が頬を撫で、道路の向こうでは車のテールランプが流れている。その音も少し離れれば、すぐ住宅街の静けさへ溶けていった。
スマホを取り出し、表示された時間を見ながら帰宅後の予定を頭の中へ並べる。夕飯を済ませ、洗濯物を片づけ、明日の小テストを確認する。それが終われば、ようやくツクヨミだ。
「……間に合うか」
誰に聞かせるでもなく呟き、歩幅を少しだけ広げた。イヤホンを耳へ入れる。何を聴くかで迷う必要はなく、そのまま再生ボタンへ触れる。
数秒後、聞き慣れたイントロが耳の奥へ流れ込んだ。それだけで、仕事のあいだ肩へ積もっていた疲れがほんの少し軽くなる。
ヤチヨのデビュー曲、『Remember…』。数ある曲の中でも、特に好きな一曲だった。
初めて聴いた時から、いったい何度再生したのか分からない。学校で上手くいかなかった日も、バイトで失敗した日も、帰ってきた部屋の静けさがいつもより少し重たく感じた夜も、気づけば私はヤチヨの曲を選んでいた。
もちろん、歌を聴いたからといって何かが解決するわけじゃない。明日の課題がなくなるわけでも、生活費が勝手に増えるわけでもないし、失敗した出来事が過去から消えてくれるわけでもない。
それでも、イヤホンの向こうから彼女の声が聞こえているあいだだけは、もう少しだけやってみようと思えた。
ヤチヨは、私の名前すら知らない。
それでも私は、彼女の歌に何度も拾い上げられてきた。
夜道を歩きながら、その声へ耳を傾ける。明日の予定も、課題も、バイトも、今月あといくら使えるかという計算も、頭の片隅から消えることはない。それでも少しだけ遠ざかっていく。
全部を忘れなくてもいい。
また歩けるくらい軽くなれば、それで十分だった。
そうして『Remember…』を聴きながら、いつもの住宅街を歩いていた時だった。
視界の端を、何かが走った。
「……ん?」
白い線だった。足を止めて顔を上げると、ちょうどその瞬間、もう一つの光が夜空を横切り、音もなく細い尾を引いて消えていく。
「流れ星……?」
珍しい。街灯も多いこんな場所で見えるとは思わなかった。
しばらく空を見上げていると、昔聞いた話がふと頭をよぎる。流れ星が消えるまでに、願い事を三回唱えれば叶う。
子供の頃ならともかく、今さら本気で信じているわけじゃない。
「願い事、か……」
願いたいことなら、いくらでもあった。成績、健康、将来、それからヤチヨに会いたい。
けれど、今いちばん欲しいものを一つだけ挙げろと言われれば。
「……金」
ほとんど考える間もなく出てきた。
我ながら、ひどい。
「お金欲しい。お金欲しい。お金欲しい」
三回、ちゃんと言った。けれど顔を上げた時には、流れ星など影も形もなくなっていた。
「……無理か」
まあ、そんな簡単に増えるなら苦労はしない。
小さく息を吐いて再び歩き出すと、イヤホンからはまだ『Remember…』が流れている。
見慣れた角を曲がる。家までもう少し。そのままいつもの道を進み、自宅の前まで戻ってきたところで――私はまた足を止めた。
「……ん?」
そこにあるはずのない色が、夜道の端で脈打っていた。
毎日見ている電柱だ。形も位置も見間違えようがない。それなのに、その灰色の表面を赤い光が走り、次の瞬間には青へ、さらに緑へと色を変えていく。
七色の光は、まるで電柱そのものの内側から滲み出しているみたいにゆっくりと巡り、その明かりが足元のアスファルトを染め、隣家の壁へまで薄く反射していた。見慣れているはずの家の前だけが、そこだけ現実から少しずれてしまったように見える。
「…………何これ」
しばらく眺めてから、ようやく言葉が出た。
「ゲーミング……電柱?」
他に表現が思いつかない。パソコンが七色に光るのは分かるし、キーボードも分かる。マウスだって、まあ分かる。
でも、これは電柱だ。
しかも、家の前に毎日立っている、何の変哲もないはずの電柱。
さっき流れ星へ金を願ったばかりだけれど、まさかこれがその結果ということはないだろう。
「……流れ星のせいじゃないよね?」
聞いてみても、電柱は七色に光るだけで当然何も答えない。
理解できないなら、とりあえず記録だけでも残しておこう。そう思ってポケットからスマホを取り出し、カメラを立ち上げて電柱へ向けた。
その瞬間だった。
電柱の中央に真っ直ぐな光が走り、縦に伸びた一本の線がゆっくりと左右へ割れていく。
「……え?」
コンクリートが砕ける音はしない。金属の軋む音もない。ただ、そこに最初からそういう仕組みが隠されていたかのように、電柱の表面が二つへ分かれ、扉のように開いていった。
「扉……?」
思わず一歩、後ろへ下がる。
そんなはずはない。電柱に扉なんてあるはずがない。それでも、目の前で起きていることを他にどう呼べばいいのか分からなかった。
そして、開いた先にあったものは、それ以上におかしかった。
最初に思ったのは、狭い、だった。
けれど次の瞬間には、その感想すら間違っていることに気づく。
そこは明らかに、電柱の中ではない。
外から見れば人の腕より少し太いくらいしかないのに、扉の向こうには赤ん坊が二人、横へぴったり並べるほどの幅があった。決して広くはない。大人なら肩すらまともに入らない程度の小さな空間だ。それでも、電柱の内側として考えれば広すぎる。
壁も床も、白とも銀ともつかない淡い光を帯びていた。奥行きはそれほどないのに、目の前に見えている電柱の太さと、その内側にある空間の広さがまるで噛み合わない。見れば見るほど距離感がおかしくなっていく。
しかも、そこから流れてくるのは光だけではなかった。
「……何、この曲」
イヤホンを外すと、聞き覚えのない音楽が耳へ入ってきた。笛のような細い音と、弦を弾くような乾いた響き。今どきの曲とはまるで違う、昔話の幕が開く直前にでも流れていそうな、妙に古めかしい旋律だった。
「……BGMまでついてるの?」
七色に光る電柱。その中にある、外から見た大きさとは辻褄の合わない空間。おまけに謎の音楽。情報が増えるたびに、理解から遠ざかっていく。
私はスマホを握ったまま恐る恐る一歩近づき、光の向こうを覗き込んだ。
白い布が見えた。その中から、小さな頬と丸い目が覗いている。
「……赤ちゃん?」
一人――いや、その隣にもう一つ顔がある。
「…………二人?」
二人とも起きていた。白い布へ包まれ、ほとんど身体を寄せ合うようにして横へ並んでいる。一人がじっと私を見ると、少し遅れてその隣の子もこちらへ顔を向けた。
四つの目と、私の目が合う。
「……え、何」
それ以上の言葉が出てこなかった。
赤ん坊二人と、高校生一人。そのまましばらく無言で見つめ合う。
流れ星に金を願った。家へ帰ったら電柱が七色に光っていた。その中に外見とは辻褄の合わない空間が現れ、古めかしい音楽が流れていて、中には赤ん坊が二人いる。
頭の中でもう一度順番に並べ、一つずつ確認してみる。
それでも、意味は一つも増えなかった。
「親は?」
聞いてみるが、当然返事はない。赤ん坊なのだから当たり前だ。
二人とも目は開いていて、布の下では小さな胸が上下している。少なくとも今すぐどうにかなってしまいそうには見えないが、だからといって、このままここへ置いておくわけにもいかない。
私はしゃがみ込み、手前にいた一人へそっと両手を伸ばした。
「ちょっと、ごめんね」
赤ん坊を抱いた経験なんてない。ただ、頭と首を支えなければいけないということくらいは知っている。
首元へ片手を差し入れ、もう片方で身体を支える。壊れものへ触れる時みたいに力の入れ方が分からず、落とさないように、それでいて強く掴みすぎないよう慎重に持ち上げた。
「よい、しょ……」
腕の中へ収まった身体は、想像していたよりずっと軽かった。
「……ちっちゃ」
制服の袖より細い腕に、布の隙間から覗く小さな手。簡単に抱き上げられてしまうくらい軽いのに、胸元へ寄せればちゃんと温かかった。
生きている。
今さらそんな当たり前のことが、腕へ伝わってくる熱で急に現実味を持った。
その時、もう一人が小さな腕を伸ばした。
「……?」
私へではない。腕の中にいる赤ん坊へ向かって、開いた指を必死に伸ばし、届かない距離を何度も掴もうとしている。
「この子?」
試しに抱いている子を少しだけ横へずらしてみると、小さな手がその動きを追った。反対側へ寄せても、やっぱり追ってくる。
「……姉妹?」
似ているのかどうか、私には分からない。そもそも赤ん坊の顔なんて見慣れていない。それでも、少なくともこの二人が互いを知らないとは思えなかった。
その瞬間、片方だけ連れていくという選択肢は完全になくなった。
「分かった。分かったから」
腕の中の一人を片腕で慎重に抱き直し、空いた方の手をもう一人へ伸ばす。
「よい……しょ」
二人目を持ち上げると、さっきまで伸ばされていた小さな指がすぐ隣の白い布へ触れ、そのままぎゅっと掴んだ。ほんのそれだけで安心したように、赤ん坊の身体からふっと力が抜ける。
「…………」
やっぱり、この子を気にしていたらしい。
「姉妹……なのかな」
両腕から、それぞれ違う体温が伝わってくる。一人だけなら驚くほど軽かったのに、二人を同時に抱えるとなると話は違った。
両腕は塞がるし、重心も安定しない。片方を気にすればもう片方がずれそうになり、少し身体を傾けるだけでも腕へかかる重さが変わる。
こんな状態で転んだら洒落にならない。
「……普通に重い」
そう呟いた瞬間、それまで流れていた音楽が唐突に途切れた。
「え?」
顔を上げると、白銀色だった空間の光が少しずつ薄れていた。壁も床も輪郭を失い、霧が晴れていくように透け始め、その向こうへ見慣れた夜道が重なっていく。
「ちょ、待って」
二人を抱えたまま慌てて一歩下がる。赤ん坊二人が収まっていたはずの空間は、みるみる細い光へ変わっていった。
扉が閉じ、七色の明かりも一つ、また一つと消えていく。
数秒後、そこにはただの電柱が立っていた。灰色の、何の変哲もない、いつもの電柱。
「…………」
電柱を見る。両腕を見る。そして、もう一度電柱を見る。
いつもの家に、いつもの道路、いつもの夜。何一つ変わっていない。ただ一つ、私の両腕にさっきまでは存在しなかった赤ん坊が一人ずついることを除けば。
「……夢じゃないよね」
呟いた、その直後だった。腕の中で、一人目の顔がくしゃりと歪む。
「……ふぇ」
「え」
声はまだ小さい。
けれど、その顔を見た瞬間に嫌な予感がした。
「ふぇぇぇぇぇっ!」
次の瞬間、泣いた。
「ちょ、待って待って」
思っていたより、ずっと大きい。夜の静けさを一気に押しのけるような泣き声だった。
しかも、それで終わらない。隣でもう一人の顔まで歪み始める。
「ふ、ふぇ……」
「嘘でしょ」
「ふぇぇぇぇぇぇっ!」
二人分に増えた泣き声が、住宅街へ遠慮なく響き渡った。
「ちょっと、静かに! お願いだから!」
当然、言葉なんて通じない。一人が泣けばもう一人も泣き、そちらの声が大きくなれば最初の子も負けじとさらに声を張り上げる。
「やばいやばいやばい」
近所の窓へ視線を走らせる。今のところ誰かが顔を出している様子はないが、このまま続けば時間の問題だ。
しかも、もし誰かに「その赤ちゃん、どうしたの」と聞かれても説明のしようがない。
家の前のゲーミング電柱から、古めかしいBGMと一緒に赤ちゃんが二人出てきました。
――無理だ。そんな話、私が聞いたって信じない。
「もう、分かったから!」
二人を落とさないよう抱き直し、そのまま玄関へ向かう。
家まではほんの数メートルしかない。毎日なら何も考えず歩く距離なのに、今は両腕が塞がっているだけでやけに遠く感じた。
「お願い、ちょっとだけ静かにして!」
「ふぇぇぇぇぇっ!」
「ふぇぇぇぇぇぇっ!」
「無理か!」
どうにか玄関前まで来たところで、次の問題に気づく。
「待って、鍵……」
鞄へ手を入れたいのに、両手が空いていない。一人を身体へ寄せ、腕と胸のあいだでどうにか支えながら、空いた指先だけを鞄へ突っ込む。二人分の泣き声が耳元で響き続ける中、手探りで中を漁った。
「どこ……どこ……」
さらに指を滑らせたところで、ようやく金属の硬い感触へ触れた。
「あった!」
鍵を引っ張り出し、落とさないよう握り直して鍵穴へ差し込む。一度滑った。
「もう……!」
二度目でようやく入った。鍵を回し、扉を開ける。その間も二人はまったく泣き止んでくれない。
「はい、入るよ!」
何に対して宣言しているのか、自分でも分からない。
私は二人を抱えたまま、ほとんど転がり込むように玄関へ入った。靴を脱ぐ余裕もなく、まず身体を中へ押し込み、背中で扉を閉める。
外の夜気が遮られた。
これで少しは静かになる――はずだった。
「ふぇぇぇぇぇぇっ!」
「ふぇぇぇぇぇっ!」
むしろ狭い室内へ反響して、泣き声はさっきより大きくなった。
「…………」
私は玄関で立ち尽くす。
目の前にはいつもの部屋がある。いつもの床に、いつもの家具。それなのに両腕には、見覚えのない赤ん坊が一人ずついる。
一人でも意味が分からないのに、二人いる。
しかも、二人とも泣いている。
「……どうすんの、これ」
返事の代わりに、二人分の泣き声がさらに一段大きくなった。