かぐや姫を拾ったら、従者まで付いてきた   作:きのこ大三元

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第10話 姫様のお世話は私が――できません

「じゃあ、ちゃんと決めるから」

 

 夕方。私はローテーブルの前に座り、その向かいへかぐやと月見を並べて正座させていた。

 

 二人とも素直に座っているけれど、反省会らしい空気はあまりない。かぐやは何が始まるのか少し楽しそうにしているし、月見は背筋を伸ばして、これから重要な命令でも聞くみたいな顔をしている。

 

 でも、決めておかないと困る。

 

 家の前のゲーミング電柱から赤ちゃんを二人拾って、まだ数日しか経っていない。その間に二人は少女まで成長し、月から来たと言い出し、勝手に外へ出て二十四万円を使い、挙げ句の果てには金塊まで出してきた。昨日なんて、かぐやは普通に料理をしたあと、ゲーム機でイヌDOGEまで作っている。

 

 もう、行き当たりばったりでは無理だった。

 

「まず、勝手に外へ出ない」

「はーい」

「承知しました」

「私のお金を勝手に使わない」

「…………はい」

 

 今度は、かぐやの声が少し小さくなった。

 

「月見も止める」

「……努力いたします」

「努力じゃなくて止めて」

「承知しました」

 

 言い直すまでが早い。

 

「それから、月見。分からない家電を勝手に触らない。料理も、一人でやらない」

「はい」

「…………はい」

 

 二度目の返事だけ、少し沈んだ。

 

 包丁の扱いだけなら、たぶん私よりずっと上手い。でもIHも炊飯器も知らず、電子レンジを罠扱いしていた。本人なりに、それがかなり悔しかったらしい。

 

「じゃあ料理は私がやる!」

 

 かぐやが横から元気よく手を上げる。

 

「姫様!?」

「だって月見、料理できないじゃん」

「…………」

「かぐやの方ができる」

「彩葉様まで……」

 

 完全に刺さった。

 

「別に悪いことじゃないでしょ。得意な方がやればいいんだから」

「しかし、姫様のお世話は私が――」

「できてないじゃん」

 

 口から出た瞬間、月見が止まった。

 

 かぐやまで黙る。

 

「…………」

 

 少し言い方が強かったかもしれない。

 

 料理も洗濯も掃除も買い物も、地球で普通に暮らすために必要なことは、ほとんど私が教えている。その一方で、かぐやが転びそうになれば支え、何かが落ちてくれば先に受け、外へ出れば周囲を警戒する。

 

 月見にとっては、たぶんどちらも同じ『姫様のお世話』なんだと思う。

 

「……でも」

 

 月見が顔を上げた。

 

「姫様をお守りすることは、私の役目です」

「うん」

「それだけは、譲れません」

「そこは誰も取らないよ」

 

 灰銀色の目が、ほんの少し揺れた。

 

「料理とか家事は、これからできるようになればいいでしょ。分からないなら教えるし」

 

「…………」

 

 昨日までの私なら、たぶんそんなことは言わなかった。

 

 でも、一緒に暮らすなら、それくらいは普通だと思った。

 

「あと」

 

 私は一度息を吐いた。

 

 ここまでが生活のルール。

 

 ここからが、本題だった。

 

「二人とも」

「ん?」

「はい」

「迎えが来るまでだからね」

 

 かぐやが首を傾げる。

 

「何が?」

「ここにいるの」

 

 一瞬だけ、部屋の空気が止まった。

 

「月から迎えが来るのか、別の何かが来るのかは知らないけど。今のところ二人とも行く場所ないでしょ」

 

 竹取物語の話が頭をよぎる。

 

 月から来た姫と、いつか来るかもしれない迎え。本人は絶対に帰らないと言い切っているけれど、それでも今の二人には帰る家も、頼れる相手もない。

 

「だから、それまでならここにいていい」

 

 かぐやの目が大きくなった。

 

「ほんと!?」

「うん」

「やった!」

 

 すぐに笑った。

 

 分かりやすい。

 

 私はそのまま隣を見る。

 

「月見も」

 

「…………」

 

 月見だけは、すぐに返事をしなかった。

 

「月見?」

「……私も、ですか?」

 

 その声には、ほんの少しだけ戸惑いが混じっていた。

 

「そりゃそうでしょ」

「ですが私は、姫様にお仕えするために――」

「二人まとめて拾ったんだから、今さら一人だけ追い出せないでしょ」

 

 軽く言ったつもりだった。

 

 でも、月見は何も返さなかった。

 

 ただ、膝の上で揃えていた指先が少しだけ動く。

 

 この子にとって、自分はずっと『姫様の従者』だった。姫様がいれば自分もいるし、そのそばに立つのは当たり前。だから、自分自身へ向けて『いていい』と言われることなんて、たぶん考えたこともなかったんだと思う。

 

「……ありがとうございます」

 

 やがて月見は、いつもより少しだけゆっくり頭を下げた。

 

「そんな大げさな話じゃないけど」

「私にとっては――」

 

 そこまで言って、月見は口を閉じた。

 

「……いえ。何でもございません」

 

 続きを言うつもりはないらしい。

 

 それでも、顔を上げた時の表情は、さっきより少しだけ柔らかく見えた。

 

「じゃあ決まり!」

 

 かぐやが勢いよく両手を上げる。

 

「今日から三人暮らし!」

「期限付きだからね」

「三人暮らし!」

「聞いてる?」

「聞いてる!」

 

 たぶん、聞いてない。

 

 ◇

 

 その日の夕食は、かぐやが作った。

 

 ご飯に、肉と野菜のおかず、それから汁物。特別豪華なわけじゃないけれど、ちゃんと温かくて、ちゃんと美味しい。

 

 三人でローテーブルを囲む。

 

 数日前まで、この部屋で食事をするのは私一人だった。学校から帰って、バイトへ行って、適当にご飯を食べて、洗濯して、一人で寝る。それがずっと普通だった。

 

 今は、目の前に二人いる。

 

「彩葉、これ美味しい?」

「うん」

「やっぱりな!」

 

 自由すぎる月のお姫様が、褒められたのが嬉しいのか得意そうに笑う。

 

「姫様、こちらもお取りします」

「自分で取れるぞ」

「ですが」

「月見も食べなよ」

 

 その隣では、家事のできない護衛従者が、自分の箸を置いてまでかぐやの世話を焼こうとしている。

 

 私は二人に振り回されながら、同じテーブルでご飯を食べていた。

 

「……どうしてこうなったんだろ」

「楽しいからいいじゃん!」

 

 かぐやは即答した。

 

「姫様がお楽しみであれば何よりです」

 

 月見も当然のように続ける。

 

「月見も楽しみなよ」

 

「……私も?」

 

 また、その顔だった。

 

 自分のことを聞かれると、一瞬止まる。

 

「そりゃそうでしょ」

「しかし私は――」

「従者だから、とか言わない」

 

 先回りすると、月見がそのまま口を閉じた。

 

「一緒に住むなら、月見もちゃんと食べて、寝て、楽しめばいいじゃん。姫様だけじゃなくて」

 

 月見はすぐには答えなかった。

 

 その横で、かぐやがにっと笑う。

 

「そうだぞ! 月見も楽しくしろ!」

「命令みたいに言うんだ」

「姫様のご命令でしたら」

「そこは従うんだ……」

 

 やっぱり少しズレている。

 

 でも、いきなり全部変わる必要もないのかもしれない。

 

 月見はまだ自分のことよりかぐやを優先するし、かぐやは好き勝手する。そして私は、その横で二人がやらかしたことを止めたり、地球で暮らす方法を教えたりする。

 

 たぶん、しばらくはそんな三人になる。

 

 ◇

 

 食事が終わると、月見がすぐに立ち上がった。

 

「……彩葉様。後片付けは、私が」

「大丈夫?」

「一度失敗した作業です。次は問題ありません」

「その自信どこから来るの」

 

 でも、昨日よりはできるようになっている。

 

 洗剤の場所も覚えたし、スポンジの使い方も分かっている。皿をどう洗えばいいのかも、一応は教えた。

 

「じゃあ、やってみて」

「はい」

 

 月見が流しへ向かうと、かぐやも気になったのかその後ろからついていった。

 

「月見、頑張れ!」

「お任せください、姫様」

 

 月見が皿を持つ。洗剤をつけたスポンジで表と裏を洗い、水ですすいで水切りかごへ置く。

 

 次の皿も同じ。

 

「お」

 

 ちゃんとできてる。

 

「月見、できてるじゃん」

「当然です。一度失敗した作業ですので」

 

 声に、ほんの少しだけ誇らしさが混じっていた。

 

 その時だった。

 

 次の皿を持ち上げた指先から、つるりと白い陶器が滑った。

 

「あ」

 

 ガシャーン、と乾いた音が台所へ響く。

 

「…………」

 

 三人で止まった。

 

 月見がゆっくり足元を見る。

 

 割れた皿。

 

 それから、私を見る。

 

「……申し訳ございません」

「そこは成長しないんだ!?」

 

 横で、かぐやが吹き出した。

 

「ははははは! 月見、またやった!」

「姫様、笑い事ではございません」

「でも面白い!」

「姫様」

 

 月見の声が少しだけ低くなる。

 

 それでも、昨日みたいにただ落ち込んでいるわけではなかった。困ったように眉を寄せながら、その口元はほんの少しだけ緩んでいる。

 

 私はため息をつき、ほうきを取りに立ち上がった。

 

 姫様のお世話は私がします。

 

 そう言い切っていた従者は。

 

 今のところ。

 

 姫様のお世話は――できません。

 

 少なくとも、地球で普通に暮らすための『お世話』については。

 

 でも、それでいいのかもしれない。できないなら覚えればいいし、分からないなら教えればいい。

 

 かぐやも、月見も。

 

 それから、たぶん私も。

 

 三人とも、ここでの暮らしを始めたばかりなのだから。

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