かぐや姫を拾ったら、従者まで付いてきた   作:きのこ大三元

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第5話 かぐや姫

 三連休の三日目。赤ちゃん二人との生活にも、少しだけ慣れてきた。

 

 もちろん、楽になったわけじゃない。ミルクを作り、おむつを替え、泣けば抱き上げ、眠ればその隙に洗濯や片づけをする。予定通りに進むことなんてほとんどなくて、時計を見るたびに「もうこんな時間?」と思う。ただ、最初の夜みたいに、泣かれるたびスマホへ『赤ちゃん 泣き止ませる方法』と打ち込むことはなくなった。それだけでも進歩だと思う。

 

 もう一つ変わったのは、姫様の従者を名乗る子供だった。まだ名前はないけれど、昨日までできなかったことを今日は普通にこなしている。ミルクの温度を確かめ、おむつの前後も間違えず、着替えも少しずつ手伝えるようになった。一度教えれば覚える。そして、覚えたことは全部、姫様のために使う。

 

「……寝た?」

「はい」

 

 夜十一時を過ぎた頃。私はベッド脇へ腰を下ろし、ようやく眠った赤ちゃんを見下ろした。隣には従者の子が座り、布団の端を丁寧に整えている。

 

「今日はもう起きないでほしいな……」

「姫様はお元気です」

「元気なのはいいんだけど、夜は寝てほしい」

「なるほど」

 

 最近、この子は何にでも「なるほど」と言う。覚えるのは早いのに、最初の一回だけは何も知らない。その差にも、少しずつ慣れてきた。

 

 スマホを見る。23時50分。

 

「……私も寝よ」

 

 今日はもう無理だった。布団へ身体を滑り込ませると、溜まっていた疲れが一気にのしかかってくる。

 

「あなたも寝なよ」

「私は姫様のおそばにおります」

「それ、寝ないって意味?」

「必要であれば休みます」

「必要だから休んで」

「承知しました」

 

 返事だけは素直だった。でも、たぶん寝ないんだろうな。

 

 そんなことを思いながら目を閉じる。赤ちゃんの小さな寝息と、従者の子が布団を直す音だけが薄く聞こえていた。

 

 そこから先は覚えていない。

 

 ◇

 

 最初に動いたのは、赤ちゃんだった。眠っていたはずの小さな手が、布団の横へ置かれていたタブレットへ伸びる。

 

「……姫様?」

 

 従者の子が小さく呼ぶ。返事はない。それでも赤ちゃんは手を止めず、指先が画面へ触れる。暗かったタブレットへ光が灯り、もう一度触れると画面が切り替わる。さらに触れる。

 

 映像が流れ始めた。

 

 従者の子は止めなかった。ただ、姫様が何をするのか見守るように、その隣へ座っている。

 

 タブレットから、人の声が流れる。映像、音楽、文字、街、食べ物、歌、言葉。画面は次々と切り替わり、一つの映像を長く見ることはない。数秒で次へ進み、また次へ進む。意味も分からず触っているようには見えなかった。

 

 見ている。覚えている。理解している。

 

 そんな速度だった。

 

「……姫様」

 

 もう一度呼んだ時、小さな身体の輪郭がわずかに揺らいだ。腕が伸び、脚が伸び、丸かった頬から少しずつ幼さが抜けていく。赤ちゃんだった身体が、少女のものへ変わっていく。

 

 急激なのに、苦しそうな様子はない。まるで最初から、そこへ戻ることが決まっていたみたいだった。

 

 従者の子は驚かなかった。変わっていく姫様をじっと見つめながら、小さく息を吐く。

 

「……ようやく」

 

 その声には、驚きよりも安堵の方が近かった。

 

 ◇

 

「…………ん」

 

 目が覚めた。まだ外は暗い。

 

 身体を起こし、ぼんやりとベッドの方を見る。

 

 そこに二人いた。

 

 知らない少女が、二人。

 

 私は数秒、何もできなかった。昨日まで赤ちゃんと四歳くらいの子供が寝ていた場所に、今は少女が二人座っている。

 

 一人は見覚えがあった。姫様の従者。ただし昨日より明らかに大きい。四歳くらいだった身体がさらに成長し、着ていた服もすっかり合わなくなっている。

 

 そして、その隣。

 

 もう一人。

 

 知らない。

 

 知らないはずなのに、どこかで見たような気もする。髪。目。顔の輪郭。何より、その少女の隣に従者の子が当たり前みたいな顔で座っている。

 

「…………誰?」

 

 ようやく、それだけ口から出た。

 

 従者の子がこちらを向く。

 

「彩葉様、こちらは――」

「お腹すいた!」

 

「…………」

 

 説明より先に、隣の少女が元気よく口を開いた。

 

「……え?」

「お腹すいた!」

 

 もう一度言われた。寝起きの頭には情報が多すぎる。

 

「ちょっと待って。まず誰?」

 

 少女は不思議そうに首を傾げ、自分自身を指差した。

 

「私?」

「そう」

「んー……分かんない!」

「分かんないの!?」

 

 自信満々に言われた。

 

 隣を見る。

 

「説明」

「姫様です」

「そこは分かってる!」

 

 分かっていると言っていいのかも怪しい。でも、そこはもういい。

 

 数時間前まで、この子は赤ちゃんだった。それが今は普通に喋り、こちらを見て笑っている。しかも従者の子まで昨日より大きくなっていた。

 

「あなたまで大きくなってない?」

「姫様に合わせました」

「服みたいに言わないで」

 

 もう考えるのが嫌になってきた。最近は何もかも、時間の流れが早すぎる。一昨日まで赤ちゃんだった子が昨日には四歳くらいになり、今度はもう一人まで一晩で少女になった。ついでみたいに、その従者までまた成長している。

 

 私だけ普通の速度で生きているのが、なんだか馬鹿みたいだった。

 

「で」

 

 少女がじっと私を見る。

 

「お腹すいた」

「まだ言う?」

「すいた」

 

 スマホを見る。午前二時過ぎ。

 

 普通なら完全に寝ている時間だ。でも、目の前の二人はどちらも起きる気満々だった。

 

「……何食べたいの」

「分かんない!」

「そこも分かんないんだ……」

 

 冷蔵庫を開ける。卵、ご飯、ケチャップ。簡単に作れて、子供でも食べやすそうなもの。

 

「オムライスでいい?」

「おむらいす?」

「食べ物」

「食べる!」

 

 即答だった。隣の従者にも聞けば、姫様と同じものでいいらしい。

 

 深夜二時。私は二人分のオムライスを作ることになった。

 

 フライパンへ卵を流し込みながら、冷蔵庫の中を見る。卵が減る。ご飯も減る。ケチャップも減る。育児用品だけで二万六千円かかったのに、今度は二人とも普通に食事をするらしい。

 

「……食費」

 

 小さく呟いた。

 

 流れ星への願いは、やっぱり完全に逆だった。

 

 ◇

 

「できたよ」

 

 小さめの皿へオムライスを盛り、二人の前へ置く。

 

 少女は初めて見るものを前に、目を輝かせていた。

 

「これがおむらいす……」

「熱いから気をつけて」

 

 スプーンを持たせると、恐る恐るひと口食べる。そのまま一瞬止まった。

 

「どう?」

「おいしい!」

 

 ぱっと顔が明るくなる。隣の従者も同じように口へ運び、少しだけ目を見開いた。

 

「……おいしいです」

 

 二人とも、同じような顔をした。

 

「そう」

 

 悪い気はしない。少女はそのまま二口、三口と食べ進め、早くも「これ好き」と言っている。

 

「明日もこれ!」

「毎日は無理」

「なんで?」

「食費」

「しょくひ?」

「知らなくていい」

 

 知らない方が幸せなこともある。

 

 ◇

 

 食べ終わる頃には、私の眠気もかなり飛んでいた。

 

 改めて目の前の少女を見る。赤ちゃんだった時の面影はある。隣の従者が何の疑いもなく『姫様』と呼んでいる以上、あの赤ちゃん本人なのは間違いない。

 

 でも、何者なのかは相変わらず分からない。

 

「……どこから来たの?」

 

 聞くと、少女はスプーンを置いて少し考えた。目を閉じ、何かを思い出そうとしているらしい。

 

 しばらくしてから、小さく首を傾げる。

 

「よく分かんない」

「分かんないの?」

「うん。でも……」

 

 そこで窓の向こうへ目を向ける。暗い夜空には、月が浮かんでいた。

 

「あっち……かも?」

「月?」

「たぶん?」

「たぶんなんだ……」

 

 従者の子とほとんど同じだった。細かい記憶はほとんどない。どこで暮らしていたのか。誰といたのか。どうしてここへ来たのか。聞いても答えられない。

 

 それなのに、月だけはなんとなく残っている。

 

 そして、その隣には『姫様』と呼ぶ従者がいる。

 

「月から来た……姫」

 

 口にしたところで、頭の中に昔から知っている話が浮かんだ。

 

 私はスマホを手に取り、『かぐや姫』と検索する。

 

「これ、知ってる?」

 

 少女へ画面を見せる。

 

「知らない」

 

 本当に何も覚えていないらしい。

 

 竹から生まれた女の子。美しく育って、たくさんの求婚者が現れる。そして最後には月から迎えが来る。

 

 簡単に説明していくと、少女は最初こそ楽しそうに聞いていた。

 

 でも。

 

「最後は月から迎えが来て、かぐや姫は月へ帰っちゃうんだよ」

 

 途端に顔が変わった。

 

「え?」

「月に帰るの」

「なんで?」

「迎えが来るから」

「帰りたくないって言ってるのに?」

「そう」

「それで?」

「終わり」

 

「…………」

 

 数秒、黙った。

 

「ちょうバッドエンドじゃん!」

「まあ……そうとも言える」

「しかも中途半端! 帰ったあとどうなったの!? 地上のみんなは!? 本人は幸せなの!?」

「そこまでは書いてない」

「書いてないの!?」

「昔話だから」

「昔話でも雑すぎない!?」

 

 ものすごく怒っている。

 

 本人が帰りたくないのに、迎えが来たから月へ連れていかれる。残された人たちがどうなったのかも分からない。月へ戻ったかぐや姫が幸せだったのかも書かれていない。

 

 それで物語は終わる。

 

「何それ! 勝手に迎えに来て、勝手に帰らせて、それでおしまい!?」

「そういう話なんだよ」

「そんなの嫌だ!」

 

 はっきり言い切った。

 

 その隣で、従者の子だけが何も言わなかった。

 

 さっきまで姫様と一緒にスマホを覗いていたはずなのに、『迎え』という言葉が出た時だけ、ほんの一瞬、表情が消えたように見えた。

 

「どうしたの?」

「……何でもございません」

 

 それ以上は答えなかった。

 

 少女の方は気づいていないらしい。

 

「私だったら絶対帰らないからね!」

「でも、本当に帰らなきゃいけないなら、仕方ないこともあるでしょ」

「仕方なくない!」

「決まってることでも?」

「嫌なものは嫌!」

 

「…………」

 

 強い。

 

 少なくとも、昔話のかぐや姫よりはずっと騒がしい。

 

 私はもう一度スマホの画面を見る。月から来た女の子。姫。かぐや姫。そして、目の前の少女。

 

 まだ分からないことだらけだった。それでも、呼び名をつけるくらいなら十分すぎる材料が揃っている。

 

「あなた……もしかして、かぐや姫なの?」

 

 少女が自分を指差す。

 

「私?」

「月から来たっぽい。姫様って呼ばれてる。名前も分からない」

 

 しばらく考えたあと、首を傾げる。

 

「そうかも……?」

「そこ、そんな感じで決まる?」

「だって分かんないし!」

「まあ……そうだけど」

 

 とりあえず、呼び方はできた。

 

 かぐや。

 

 かぐや姫。

 

 私はゆっくり隣を見る。姿勢を正して座っている、もう一人。

 

「じゃあ……あなたは?」

 

 従者の子は背筋を伸ばした。そして、迷いなく答える。

 

「姫様にお仕えする者です」

 

「…………」

 

 かぐや姫。その隣に、従者。

 

 家の前のゲーミング電柱から、赤ちゃんを二人拾った。片方は、かぐや姫。もう片方は、その従者。

 

 そう考えると、急に全部がそのまま言葉になった。

 

「かぐや姫を拾ったら、従者まで付いてきた……」

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