かぐや姫を拾ったら、従者まで付いてきた   作:きのこ大三元

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第6話「月から来た二人」

 翌朝、目を覚まして最初に思ったのは、また大きくなってる、だった。昨日の夜まで、かぐやはまだ私よりずっと幼く見えたのに、今は手足も伸び、顔立ちも少し大人びて、すっかり少女と呼べる姿になっている。

 

 問題は、その隣だった。姫様の従者を名乗る子も同じように成長していて、そこまではもう驚かない。昨日まで四歳くらいだった子が一日で大きくなった時点で、私の中の『普通』はだいぶ壊れている。

 

 ただ、一つだけ見過ごせないものがあった。

 

「……なんでメイド服?」

 

 黒を基調にした服に白いエプロン。胸元や袖には控えめな装飾があり、頭には見慣れない飾りまでついている。昨日までそんな服はこの家になかったし、当然、私が買った覚えもない。

 

 従者の子は自分の服装を見下ろし、それから不思議そうに首を傾げた。

 

「服、でございますか」

「昨日まで着てなかったよね?」

「はい」

「どこから出したの?」

 

 少し考えたあと、本人も分からないらしく小さく首を横へ振る。

 

「分かりません」

「分かんないんだ……」

 

 また一つ、分からないことが増えた。

 

 かぐやも横から服を眺め、すぐに「でも似合ってるじゃん!」と笑った。その瞬間だけ、従者の子の表情がほんの少し柔らかくなる。

 

「姫様……ありがとうございます」

「そこは普通に嬉しいんだ」

「?」

「何でもない」

 

 私は布団から起き上がり、改めて二人を見る。昨日までは赤ちゃんと幼児だったのに、今朝からは少女が二人。しかも一人はメイド服姿だ。深夜二時にオムライスを作ったところから、まだ半日も経っていない。

 

「最近、何もかも時間の流れが早すぎる……」

 

「おはよー、彩葉!」

「……おはよう」

 

 かぐやは朝から元気だった。昨日までミルクを飲んでいた子が、今は当たり前みたいに私の名前を呼んでいる。何度見ても変な感じがする。その隣では、従者の子がきちんと頭を下げた。

 

「彩葉様、おはようございます」

「おはよう。……じゃなくて」

 

 私はベッドの前へ座り直した。昨夜は寝起きだった上に、かぐやが突然成長して喋り始め、腹が減ったと騒ぎ、深夜二時からオムライスを作ることになった。その流れで『かぐや姫かもしれない』というところまでは来たけれど、考えてみれば事情はほとんど聞けていない。

 

「で。結局、あなたたち何なの?」

 

「私?」

「二人とも」

 

 かぐやは少し首を傾げたあと、昨日の話を思い出したように「あー」と手を叩く。

 

「うん。たぶん月!」

「たぶんなんだ」

「だって、あんまり覚えてないんだもん」

 

 詳しく聞いてみても、やっぱり記憶は曖昧だった。月にいて、そこで暮らしていたらしい。ただ、誰といたのか、どんな場所だったのか、何をしていたのかと細かく聞いていくと、途端に輪郭がぼやける。かぐや自身も、思い出そうとするたび首を傾げていた。

 

「じゃあ、なんで地球に来たの?」

 

「んー……」

 

 今度は少し長く考え、窓の外へ目を向けながら眉を寄せる。

 

「月にいるの、嫌だったから?」

「疑問形なの?」

「でも、そんな感じ! 窮屈だったし、楽しくなかったし……ここじゃないところに行きたかった」

 

 そこまで言うと、急に顔を明るくした。

 

「だから抜け出してきた!」

「脱走じゃん」

「脱走?」

「勝手に逃げてきたってことでしょ」

「うん!」

「そこ元気よく肯定するんだ……」

 

 私は額を押さえた。月から来たという時点で十分おかしいのに、その上どうやら、この子はそこから逃げてきたらしい。

 

「で、あなたは?」

 

 今度は隣へ視線を向ける。従者の子は、聞かれることが分かっていたように背筋を伸ばした。

 

「私は姫様の護衛として同行いたしました」

「一緒に逃げてきたってこと?」

「姫様がお向かいになる場所へ、私もお供したまでです」

「それを一緒に逃げてきたって言うんじゃない?」

「私は姫様に随行しただけです」

「同じだよ」

 

 真顔で返された。本人の中では、かなり重要な違いらしい。

 

 今のところ分かるのは、かぐやが月を抜け出し、この子は護衛としてついてきたということくらいだった。

 

「月って、どんなところなの?」

 

 かぐやへ聞いても、また首を傾げるだけだった。

 

「んー……よく分かんない」

「月から来た本人なのに?」

「覚えてないんだって!」

 

 そこで従者の子を見る。こっちは、かぐやより何か知っていそうだった。

 

「あなたは?」

 

 一瞬だけ間が空く。

 

「月について、私が姫様の許可なく申し上げることではありません」

「知ってるんだ」

 

 黙ったまま、ほんの少しだけ視線を逸らされた。

 

 知っている。でも、話すつもりはないらしい。今ここで無理に聞き出しても仕方がないので、それ以上は追わなかった。

 

 かぐやは月から逃げてきた。従者は、その護衛としてついてきた。それだけ分かれば、昨日よりは前進している。

 

 家の前のゲーミング電柱から、どうして赤ちゃんの姿で出てきたのかだけは、相変わらず一ミリも分からないけれど。

 

 ◇

 

 朝食を食べ終えたあと、私は昨夜の画面をもう一度スマホへ表示した。

 

「そういえば、昨日これ見せたじゃん」

 

「かぐや姫!」

 

 かぐやがすぐ反応する。昨夜は深夜だったこともあり、内容をざっくり話しただけだった。

 

「ちゃんと読む?」

「読む!」

 

 二人が隣から画面を覗き込む。

 

 竹から生まれた女の子が成長し、美しい姫になる。たくさんの求婚者が現れ、その相手へ無理難題を出す。そこまで読んだところで、かぐやは妙に楽しそうだった。

 

「すごいね、この人! 全部断ってる!」

「そこ気に入るんだ」

「だって、嫌なものは嫌って言ってるじゃん」

「まあ……そうだけど」

 

 私なら、そこまで大げさなことはしないと思う。嫌なことでも、どうにもならないなら折り合いをつける。学校でも、バイトでも、一人暮らしでも、そうやってきた。全部が自分の思い通りになるわけじゃない。

 

 でも、かぐやは違うらしい。

 

 嫌なら嫌。

 

 それで終わりじゃなくて、その先を変えようとする。

 

 物語が最後まで進み、月からの迎えがやって来るくだりへ入った途端、かぐやの顔が露骨に曇った。

 

「またそれ?」

「昔話だから内容は変わらないよ」

「でも嫌じゃん」

「帰らなきゃいけないんだから仕方ないでしょ」

「なんで?」

「なんでって……そういう話だから」

「本人は帰りたくないんでしょ?」

「そうだけど」

「じゃあ帰らなきゃいいじゃん!」

 

 簡単に言う。

 

「迎えが来てるんだよ?」

「追い返せばいい!」

「できないから帰ったんじゃない?」

「じゃあ、できるようにすればいい!」

「昔話に言ってもしょうがないでしょ」

 

 思わずため息が出た。

 

 かぐやはまったく納得していない。むしろ話せば話すほど、不満が増しているようだった。

 

「だって、ちょうバッドエンドじゃん! 帰ったあとどうなったの!? 地球に残った人たちは!? かぐや姫は月で幸せになったの!?」

「そこまでは書いてない」

「ほら!」

「ほらって言われても」

 

 本人が嫌がっているのに連れ戻され、その先がどうなったのかも分からない。それが、かぐやにはどうしても許せないらしい。

 

「私だったら絶対帰らない」

「そう言っても、帰らなきゃいけない時はあるでしょ」

「ない!」

「あるよ」

「ない!」

「決まってることなら、どうしようもないことだってあるって」

 

 すると、かぐやは一瞬も迷わず言い返した。

 

「だったら決まってることを変えればいいじゃん!」

 

「…………」

 

 私は、どうにもならないなら受け入れる。この子は、嫌なら『どうにもならない』方をどうにかしようとする。

 

 同じ話を読んでいるのに、引っかかる場所がまるで違った。

 

 その横で、従者の子だけは途中から何も言わなくなっていた。画面を見てはいるけれど、話の続きを読んでいるというより、どこか別のことを考えているように見える。

 

 特に、月から『迎え』が来るというくだりへ入った時だけ、膝の上に置かれていた指先がぴたりと止まった。

 

「……どうしたの?」

「いいえ。何でもございません」

 

 すぐにいつもの顔へ戻る。それ以上聞いても答えそうになかった。

 

「ねえ、彩葉」

「ん?」

 

 かぐやがこちらを見ていた。

 

「私は絶対、こんな終わり方しないからね」

「はいはい」

「それに彩葉も」

「私?」

 

 かぐやはそのまま、隣に座る従者の子まで指差した。

 

「この子も! 絶対に私が、二人ともハッピーエンドに連れてく!」

 

 指を向けられた本人が、不思議そうに首を傾げる。かぐやはそんな反応も気にせず、自信満々に胸を張っていた。

 

「いや、私はハッピーエンドじゃなくて普通でいいんだけど」

「普通もハッピーエンド!」

「そういうもの?」

「そういうもの!」

 

 よく分からない。でも、かぐやは本気らしい。

 

 ◇

 

「ところで」

 

 私はスマホを置き、二人を見比べた。

 

「呼び方なんだけど」

「呼び方?」

 

 かぐやが首を傾げる。

 

「昨日からずっと『姫様』とか『あなた』とかで話してるけど、普通に面倒なんだよね」

「あ」

 

 そこでようやく気づいたらしい。

 

「じゃあ、私は?」

「もう、かぐやでよくない?」

 

 かぐやは自分の名前を確かめるように、ゆっくり繰り返した。

 

「かぐや」

「竹取物語のかぐや姫から取っただけだけど。嫌なら別のにする」

「かぐやがいい!」

 

 即答だった。

 

「じゃあ、かぐや」

「うん!」

 

 一人は決まった。

 

 問題は、もう一人だ。

 

「で、あなたは?」

「姫様の従者です」

「それ昨日も聞いた。名前」

「ございません」

「本当にないんだ」

「はい。従者に個人名は必要ありません」

 

 相変わらず、当然のことみたいに言う。

 

「いや、私が困る」

「困る?」

「毎回『従者』って呼ぶの変でしょ」

「私は従者ですので」

「そういう問題じゃないんだって」

 

 本人にとっては、自分が姫様の従者であることさえ分かれば、それ以外はどうでもいいらしい。

 

 私は少し考える。

 

 姫様の従者。月から来た子。何かあるたび、窓の向こうの月へ目を向ける。そのくらいしか材料はないけれど、呼び名をつけるだけなら十分だった。

 

「……月見でいいんじゃない?」

 

「つきみ?」

 

 かぐやが先に反応する。

 

「ずっと月の方見てるし。月から来たらしいし」

「月見! いいじゃん!」

 

 かぐやは気に入ったらしい。

 

 一方、本人はすぐには何も言わなかった。

 

「…………月見」

 

 小さく繰り返す。

 

 聞き慣れない言葉を、口の中で確かめているようだった。

 

「嫌?」

「いえ。ただ……私は姫様の従者です」

「それは名前がついても変わらないでしょ」

「ですが――」

 

「月見」

 

 試しに呼んだ。

 

「はい」

 

 反射的に振り向いた。

 

 三人とも一瞬だけ黙った。

 

「ほら。もう反応してるじゃん」

 

 本人も意外だったのか、わずかに目を見開いている。

 

「私は……月見」

「そう」

「姫様の従者であることに、変わりはございません」

「分かってるよ。従者でも何でも、あんたはあんたでしょ」

 

 月見は黙った。

 

 たぶん、まだ意味は分かっていない。役目があって、それさえ果たせればいい。今までは本当に、それだけだったのかもしれない。

 

 でも、一緒に暮らすなら私は困る。『姫様の従者』だけじゃなくて、呼べる名前くらいあった方がいい。

 

「月見!」

 

 横から、かぐやが嬉しそうに呼んだ。

 

「はい、姫様」

 

 今度は迷わず振り向く。

 

「似合ってるよ、その名前! 服も!」

「ありがとうございます、姫様」

 

 また少しだけ嬉しそうな顔をした。

 

 名前が一つ増えただけで、何かが急に変わるわけじゃない。かぐやは相変わらず自由で、月見は相変わらずかぐやを最優先にしている。メイド服を着ている理由も分からないし、月について何を知っているのかも教えてくれない。

 

 それでも、昨日まで『姫様』と『従者』しかいなかった部屋には、今日からかぐやと月見がいる。

 

「ねえ彩葉! 今日何する!?」

 

 かぐやはもう次のことを考えていた。その隣では、月見がメイド服の裾を整えながら当然のように立ち上がる。

 

「姫様がお出かけになるのであれば、私もお供いたします」

「まだ出かけるって言ってない」

「じゃあ出かけよう!」

「話聞いてた?」

 

 二人分の声が朝の部屋に重なる。昨日まで赤ちゃんだったとは、とても思えない。

 

 月から逃げてきた姫と、それについてきた護衛。どうして家の前へ来たのかも、これからどうなるのかも分からない。

 

 ただ、昔話みたいに最後は月へ帰る――そんな結末だけは、かぐや本人が絶対に認めそうになかった。

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