よみがえれ! ハロウィン・アイドル・リバイバル! ――空き町の歌姫―― 作:春雨シオン
「歓迎するよ、我らが3人目のメンバー。これでアイドルユニット完成だ。」
フーディーニから投げかけられた言葉を処理するのに、立香のCPUは数秒を要した。3人目のメンバー? 誰が? あ自分か! 私か、私なのか!
「ちょ、ちょちょちょっと待って! え、なんで私なの!?」
「ドラゴンちゃんを説得するのにちょっと手間取ってね。君が同期になると言ったら一発OKをしてくれたんだ。こうして目の当たりにしてみれば、結構磨けば光りそうな原石だし、私は全然いけると思うけどね。」
「む、こんなに光り輝く僕の恋人を捕まえて原石とはご挨拶だね。まあ別にいいよ。マスターの輝く様は僕だけが知っていればいいことだし。」
もう衣裳も出来上がってるんだと、フーディーニは楽屋の隅から3着分のアイドル衣裳を持ってきた。白と黒を基調とした、いかにも舞台映えするデザイン。トップスは白いノースリーブで、胸元から黒のインナーが覗くようになっている。胸元から腰へと走る赤いラインが目を引き、誘導された視線は黒いベルトと星を模した形のバックルを捉える。白と黒の生地を織り込んだプリーツスカートはふんわりと膨らみ、右の腰元に揺れる赤いリボン。片方だけの白いニーハイソックスと、黒を基調とした手袋にブーツ。
「マスターちゃんは髪色に合わせて、この情熱的な赤。エリちゃんがこっちのピンクで、メリュ子ちゃんはこの青ね。」
「準備がよすぎる……! でも待って、私まだやるなんて一言も……」
「それにね! このアイドル衣裳、何とマスター礼装も兼ねております!」
「え?」
「しかもつよつよマスタースキル特盛! どうどうマスターちゃん。興味出てきたでしょ?」
「オーケー、話だけは聞かせて?」
急激に乗り気になった立香。フーディーニはにっこり笑って説明をする。
「黒髭くんに言われてね! なんか、初心者でも攻略が簡単になるような奴が欲しいとかなんとかかんとか。」
「とりあえずオーダーチェンジに、バスターアップと宝具の威力アップ、それから弱体無効とスター獲得の3つを入れておいたよ。作るのにちょっとだけエリザ粒子を使ってるから、勝手に竜の尻尾が生えてきちゃったけどそれはそれ。ドラゴンアイドルとしてはコンセプト通りってことにしてほしいな。」
「くっ……! 性能は使ってみないとわからないけど、そもそもマスター礼装が取れないかもしれないっていうのが耐えられない! ……わかった、やるよ。私がアイドルになる!」
「契約成立だね! それじゃあ、早速これからの流れを説明させて!」
言いながらフーディーニは、机の上にバラバラとお菓子を並べる。キャンディ、クッキー、チョコレートの3種だ。
「このお菓子は集めるだけで、ボーカル・ダンス・ビジュアルの3種類のアイドル力を強化できる。町はずれのエネミーがドロップするから、
「大丈夫なのその3つの要素は。集めるだけでアイドルとして成長できるってこと?」
「その認識で大丈夫! まあでも、ただ集めるだけじゃ飽きが来るだろうからね! 私とドイルの店で、いろんな素材と交換出来るようにしておくからぜひ覗いてみて。」
「交換に使っても結局は私達同じ陣営で所有権が移動してるだけ。アイドル力に関しては問題なく上がるはずだよ。ガンガン集めてガンガン交換しちゃおう!」
「つまり、ミス・フジマル。君にはアイドル活動とマスターとしての周回、二足のわらじを履いてもらうことになる。負担は大きいだろうが、それに見合うだけの報酬は約束する。どうか協力してもらえないか。」
コナン・ドイルの申し出に、立香は鷹揚に頷いた。
「大丈夫、任せて! 周回と一緒に別のことやるのは、サバフェスで慣れてるから!」
「……そうか。君がどんな苦労をしてきたのかもはや想像もつかなくなってきたがありがたい。では改めて、我々の協力体制と目的、それの実現のために行うことを整理しておこう。」
話しながらコナン・ドイルはスラスラと紙に名前と役割、目標などを書き込んでいく。
「まず目的はこの特異点の修復。そのためには町おこし度を100%にする必要があり、手段としてエリザベート・バートリーをトップアイドルに押し上げることと、町おこしを地道に行っていく2つのアプローチを行う。」
「アイドル方面はエリザベート・バートリー、メリュジーヌ、そしてミス・フジマル。彼女ら3名のユニットで活動を行う。終わりのエリザベート氏がプロデューサーを申し出ている。他にも演出面でフーディーニ、アドバイザーとしてエドワード・ティーチ氏が協力する予定だ。」
「おお……結構ガチな面子。あれ、じゃあ今黒髭は何してるの?」
「ショップに並べる素材を一人で収集中だ。せっかく召喚したサーヴァントを素材不足で育てられない悲しみを味合わせるわけにはいかないと伝言をもらっている。」
「働き者だよねー。でもマスターちゃん、ドイルも同じくらいこき使ってくれていいからね。こいつはライブの脚本だとか関係各所との交渉、裏方の部分は諸々担当してもらうつもりだよ。あ、エリザちゃんの無茶ぶり対応もね。」
「最後のものに関してはミス・フジマルにも協力してもらう。これは決定事項と思ってほしい。」
「どんだけエリちゃんで苦労してるのこの人。」
咳払いを一つした後、ドイルは話を続ける。
「もう一つのアプローチ、地道な町おこしに関しては、君たちの周回で得たQPをいくらか資金として使用する予定だ。後で町長にも挨拶をしに行くといい。忙しく動き回ってはいるが、君が相手なら歓迎してくれるだろうからな。」
「ミス・キリエライト。貴女は僕の仕事を手伝ってもらえるだろうか。無論断っていただいても構わないが、他に事務仕事に向いていそうな人材がいなくてね。」
「もちろんです! 不肖マシュ・キリエライト、先輩とドイル氏にお力添え致します!」
「感謝する。それでは、改めて始めよう。我々の特異点修復を。」
「おー!」
立香は拳を突き上げた。ようやく何をするべきか見えてきた。
―――――――――――――――――――――――
「―――で、町長さんに挨拶をしに来たわけだけど……。」
町役場の町長室のドアを開けると、飛び込んできたのは書類の山と、机の上に雑多に散らばった資料。観光マップやらイベントの申請書、道路使用許可申請書、商店街からの要望書、種類も数も膨大だ。
そして死にそうな目で椅子に座り、書類と格闘している少女が一人。首から下げた名札の威厳のなさが哀愁を誘う。
「……似合うなあ、アルキャス。こういう役。」
「田舎妖精で悪かったなー! 町というか村生まれなんですけど! 役場なんてなかったんですけどー!」
露骨に拗ねてしまうアルトリア・キャスター。彼女は王として生きたわけでも、事務作業が殊更得意というわけでもない。おそらくはただ単に田舎娘というだけで、今この役に据えられている可哀想なサーヴァントだ。
「うぅ……助けてぇマスター……。ワンオペの極致過ぎてご飯食べる時間もないの……。そのくせ全然成果に繋がんないの……。」
よく見たら机の上に食べかけのパンとペットボトルのお茶がある。忙しすぎてご飯を食べに行く時間もないのだろう。この辺りにご飯を食べられるお店は全然ないことはひとまず置いといて、だ。
「ちょっと子ジカ、本当にこの子が町長なワケ? 言っちゃ悪いけど、アタシが絞ってきた生娘と同じ雰囲気なんだけど。」
「こわっ! わ、私は妖精ですからね! 多分人間と同じ血は流れてないですからね!」
「って、この人がアイドルなの? 確かに雰囲気はあるけど、まだ地味っていうか……。」
「大丈夫だよ、アルトリア。これでもアイドル始めて10年超えの大ベテランだからね。」
「へぇ~! でも全然そんな感じしない。むしろ駆け出しっぽい感じ。」
「10人目のエリザベートたるアタシのテーマは『原点回帰』なのよ! 一からトップアイドルまで駆け上がってみせるわ!」
胸を張ったエリザベート。アルトリアの視線は彼女の隣に動き、あまり会いたくない知り合いの姿を捉えた。
「げ、メリュ子。まさかとは思うけど、メリュ子もアイドルなの?」
「顔面つよつよドラゴンすぎてゴメン。スカウトされちゃったからにはしょうがないよね。マスターの同期として愛を深め合うつもりだから、ユニット内熱愛報道を楽しみにしてるといいよ。」
「相変わらず自信満々すぎるなコイツ……ってちょっと待って、同期!? え、マスターもアイドルなの!?」
「あー……うん、そうなんだ。エリちゃんとメリュジーヌでユニット組んでさ。私もステージに立つんだ。」
「……やっぱり変かな? アルトリアはどう思う?」
「い、いやいや全然! 全然変じゃないよ! 絶対似合うって!」
首をぶんぶんと振って強く否定するアルトリア。立香は笑顔で彼女の手を取り、胸の前でぎゅっと握りしめた。
「ありがとう。アルトリアにそんな風に言ってもらえたら、自信ついてきたかも。」
「ひゅっ……。」
笑顔と握られた手から伝わってくる温度に、アルトリアは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。コナン・ドイルはあきれ顔で咳払いをした。
「ミス・フジマル。営業活動に熱心なのは結構だが、いちいち悩殺していては話が進まない。我々は挨拶に加え、ここに素材交換のためのショップの営業許可を取りに来たんだからな。」
「あ、そうだった。アルトリア、あのね―――」
顔が赤いままのアルトリア・キャスターがその話を理解していたのかどうかはわからないが、とにかくショップの営業許可は下りた。どうせシャッターの下りた商店街に、次のお店が開く予定もないからということでそのまま使わせてもらえることに。フーディーニに連絡したところ、早速開店準備をするとの返事が返ってきた。
「感謝する、町長殿。代わりと言ってはなんだが、君の要望であった有能な秘書を連れてきた。」
「え、ホント!? 誰誰!?」
ぱあっと顔を輝かせたアルトリア・キャスター。何を隠そう、マスターたちはここに来るまでに街をあれこれ探索し、他にもここにやってきたサーヴァントがいないかを探していたのだ。
その結果見つけ出した、これ以上なく有能な秘書。立香はにこやかに扉の外に、入ってきていいよーと声をかける。
「サーヴァント・キャスター。姓名を陳宮。字を公台と申します。この度はマスターの要請に応じ、町長殿の秘書として参りました。軍師として、全ての仕事を片付けて差し上げましょう。」
「……おや、その町長殿がアルトリア・キャスター殿とは。これはこれは、以前からよさげな弾……失礼、素晴らしい術師として拝見しておりました。これは中々楽しみな戦場となってきましたぞ。」
「……。」
「行政、兵站、人員配置、予算管理に暗殺謀殺、微力ながらお力添え致しましょう。」
「チェンジ―! チェンジでお願いしまーす!」
入って来たいかにも理知的な風貌の軍師、陳宮を目にした瞬間、アルトリア・キャスターはすぐに声を上げた。
「やだやだやだ! なんでよりによってこの人なの!?」
「だって……有能だし……。」
「そりゃ有能だろうけど! この人効率のためなら何するかわかんないじゃん!」
椅子を蹴らんばかりの勢いで後ずさりし、壁に背を預けながら陳宮に指を指す。その指先も、よくよく見れば小刻みに震えている。
「私見たもん! 新選組の顔が怖い侍の人がこの人に自爆させられてたもん! 人殺しだよ人殺し!」
「はっはっは。これは中々、嬉しいことを言ってくださいますな。我ら軍師は殺した将兵の数をこそ誇るべし。とはいえ、この特異点は戦をするようなものではないとのこと。この陳宮、あまりの退屈にどこぞの探偵殿よろしく阿片でも探そうかと思っていたところではございましたが、文官としての働きも一流というところを見せて差し上げましょう。」
「すごいね陳宮。今の一瞬でドイルの地雷2つは踏んだよ。」
「この特異点でなければ元祖バリツが炸裂していたところだがね。」
「ちょっと! 話通じない度すごいよこの人たち!」
アルトリア・キャスターの抗議もむなしく、陳宮は秘書の座に収まった。いつ
「不要な業務を切り捨て、適切な人材に振り分け、町長殿の手を煩わせる案件を可能な限り減らしましょう。」
「ここに至るまで、他にも町おこしに協力してくださるというサーヴァントと合流しております。その辺りに仕事を割り振るのです。」
「……ぐ、具体的には?」
「まずは警備。こちらはガヴェイン卿に一任しております。本人の戦闘力もさることながら、兵を率いた経験も上々。本人の気質も実直そのもので、定期的に報告を受けるだけでよろしいかと。」
「町おこしのプロデュースや演出に関しては、ネロ・クラウディウス殿、ナーサリー・ライム殿、アンデルセン殿らを起用しておりまする。何でもネロ殿は豪華絢爛な黄金劇場を、ナーサリー殿とアンデルセン殿は物語をモチーフとした街づくりをするのだとか。」
「え、で、でも予算は!?」
「カルナ殿とロビン・フッド殿が周回にあたり、現在QPを稼いでおります。無論、マスターの周回による副産物のQPの一部もそちらに回しています。資産の運用は私にお任せを。最終的な決議は町長殿に行っていただければと。」
「さらにレストランやホテルの運営にはエミヤ殿、玉藻の前殿らを起用致しました。話題性に惹かれて街に訪れた観光客を包囲、その後殲滅……ではなく定着させましょうぞ。」
「広報・SNSに関しては鈴鹿御前殿。町長殿がこれまで運用してきたアカウントを見せたところ、『頑張ってるけど頑張ってる感が見えすぎて萎える』とのお言葉を頂戴しております。公式アカウントよりも町長殿の個人アカウントの方がフォロワー多いってどうなん?とも言われましたな。」
「何で私の個人垢がバレてるの!?」
アルトリア・キャスターの悲鳴を無視しながら、陳宮は机の上の書類を次々に整理していく。
「これらの内容を踏まえた上で、今すぐに町長殿のお手を煩わせる書類は……ふむ、この程度でしょうな。」
「おぉすごい。書類の山が3分の1くらいになってる。」
「空いた時間で視察を行いましょう。人心を掴むことは君主の基本中の基本。現場に出なければわからないこともあります故。無論、マスターにもお付き合いいただければと思っております。」
「え、私?」
「聞けば、何やらアイドルなる活動を行っていらっしゃるとのこと。国での支持を得て、基盤を作ることが出来ないまま遠征など、愚の骨頂もいいところでございましょう。」
「つまり、地方巡業ってことね! いいわいいわ、アイドルらしくなってきたじゃない!」
盛り上がるはじエリちゃんを他所目に、アルトリアの方にこっそりウインクを送って来る陳宮。こ、こいつ!余計な気を回しやがって!と思いつつも、マスターとおでかけをするのは正直魅力的だ。多分本人に問いただしたら、主君のモチベーション管理も私の仕事ですとか涼しい顔で言ってくるのだろう。
「如何でしょうか町長殿。この陳宮めの働き、多少は評価していただけますでしょうか。」
「…………絶対、誰も自爆させないって誓ってよ。」
「ふむ、必要であれば……というところですが、そもそもが戦の起こり得ない特異点。自爆で片付く問題など皆無と言っていいでしょうな。」
「絶対って言って! そうじゃなかったら私生きた心地しないから!」
アルトリアの必死の訴えにより、陳宮はこの特異点での宝具の凍結を約束させられた。それでも彼の一挙手一投足に怯えていたが、ちょっとだけ可愛いと思ってしまったのでマスターはそのままにしておいた。もちろん、陳宮に宝具は使わないよう厳命した上で、だが。
「じゃあこれで、町おこしの方は皆に任せていいのかな?」
「概ねその認識で問題ない。君たちアイドルサイドは、自分のレッスンに集中してもらえば大丈夫だ。」
「わかったわ! それじゃ子ジカ、早速レッスン兼周回に行くわよ!」
「了解! ……ってあれ、マシュは?」
「……ミス・キリエライトは町おこしの方に加わってくれている。ナーサリー嬢に、アンデルセンと協力してね。僕としては見てほしくはない。早い所レッスンに―――」
「「「よし見に行こう!」」」
ドイルが嫌な顔をしているのを見て、間違いなく面白いことになっていると確信した一行は迷いない足取りで町長室を出て行った。エリザベート、陳宮、それにマスター。とんでもないサディスト共が一堂に会したものだと思いながら、ため息混じりにその背中を追うドイルだった。
――――――――――――――――――
早速3人が開発しているという地区に足を踏み入れた一行は、その変わり果てた景色に圧倒された。ついこの前までは普通の商店街が広がっていたはずの場所。そこがすっかり、英国風に作り替えられている。
煉瓦に石造りの壁。ガス灯を模した街灯が並ぶ道を歩いていけば、木製の看板が掛けられた店がいくつも見える。石畳風の装飾が施された道は歩きやすくはないが、これはこれで風情がある。
町長のアルトリアもすっかり目を丸くしてしまっている。ふらふらと店に近づき、色の濃い木材で作られた柱を撫でた。
「え~……ここ、前はパン屋さんだったんだけど。なんかすごい英国風のベーカリーになってる!」
「こっちの喫茶店も木製の扉になってるね。こういうのパブっていうんだっけ。」
歩を進めるとデカデカと主張するBAKER STREETの文字。そして何より、燦然と輝く221Bの文字。
「これあれじゃん! ホームズの家!」
「ふむ。とりあえず中も見てみましょう。」
陳宮の言葉に従い中に入ると、そこには完全に再現されたホームズの探偵事務所があった。暖炉の近くに二つのソファ、間に挟まれた小さな机。立てかけられたヴァイオリンに、雑多に並んだ実験器具の数々。壁には地図が張られ、あれこれとピンや書き込みがされている。
ソファの上に置かれた新聞に帽子。これはきっとワトソンを模したものだろう。
「マシュの本気度が凄い。」
「ホームズの事、本当に大好きなんだね……。ちょっと羨ましいかも。」
一行が221Bを後にすると、ナーサリー・ライムが壁にペンキで何かを書いているところに出くわした。よく見ると彼女は、旗を持った棒人間のような絵を描いている。
「あ、ナーサリー! それひょっとして、踊る人形?」
「あらマスター! ごきげんよう! それにドイルのおじ様も!」
「……以前も言ったが、おじ様はやめてくれないか。ドイルでいい。」
ナーサリー・ライムは少しペンキで汚れた顔でにこやかに笑う。彼女は今、アンデルセンとマシュと協力し、この地区を開発しているところらしい。
「それでね、アンデルセンが言ったの。踊る人形を使って、謎解きリレーをやったらどうかって。この人形の暗号を解いて、正しい場所に向かったら次の問題がある仕掛けなのよ!」
「へぇ~、面白そう! でも意外だね、アンデルセンってこういうのめんどくさがりそうなのに。」
「最初はとっても嫌がったのよ? でもテーマにするのがアンデルセンの童話じゃなくて、ドイルの作品、それもホームズだってわかったら途端に生き生きしだしたの。」
「うわあ、すっごい想像つく。」
もう立香の頭にはアンデルセンの嬉々とした笑みが浮かぶようですらあった。自分の作品がテーマなら絶対に首を縦に振らなかっただろうが、他人の作品なら嬉々として協力するだろう。
「それじゃ、アンデルセンはどこに?」
「今頃マシュと、次にどこに何を作るかの話をしてると思うわ。この地図で……そうね、ブライオニー・ロッジで話をしてるはずよ。」
「……ボヘミアの醜聞か。許可は出したが、随分とコアな建物を作ったものだ。」
ナーサリー・ライムに礼を言い、一向はマシュとアンデルセンに合流すべく、ブライオニー・ロッジに向かった。アイリーン・アドラーが暮らしていた家であるその建物は、今は小粋な喫茶店になっている。カランカランとベルを鳴らしながらドアを開けると、地図を見ながらマシュとアンデルセンが楽し気に話し合っていた。
「あっ、先輩! それにドイルさん、皆さんも!」
「お疲れ、マシュ。それにアンデルセン。なんか今まで見たこともないくらい楽しそうだけど。」
「フン、これが笑わずにいられるかマスター! 自分に似すぎているあまり同族嫌悪を超えて自己嫌悪に至りそうな後輩作家。そいつが人生を食いつぶされたと憎悪している作品をこうして現実のものにして突きつけてやる!」
「なんてやりがいのある仕事だ。俺が仕事を楽しいと思うなど、明日は天変地異を覚悟しておけ。最も、現在の状況そのものが人類史始まって以来の異常状況ではあるがな。」
「……マスター、今日の僕の夕食にはワインを1本つけてくれ。読者の前であの文弱に殴りかからない自分を褒めてやりたい。パテ・ド・フォアグラは結構だ。」
「アンデルセンさん! 次は『まだらの紐』からストーク・モラン屋敷を作りたいのですが!」
「じゃんじゃんやってやれ! 何なら毒蛇もつけてやろう! 体験型謎解きアトラクションとして売り出すぞ!」
どう考えても嫌がらせそのものだが、コンセプト自体はちゃんとお客さんの方を向いているし、クオリティもマシュの監修とアンデルセンの演出により保障されている。作家本人の血管が切れそうなことさえ除けば、中々いい試みに思えた。
アルトリア・キャスターはおずおずと声をかける。
「え、えーっと、その、ドイルさん……出来たら、このまま行きたいなあなんて……。」
「……他ならぬ、我らが町長殿の申し出だ。渋々ながら受け入れようとも。」
「ほ、ほんとに!? よかったあ、絶対断られると思ったもん!」
不機嫌な表情のまま、コナン・ドイルは頷いた。ほっと息をついたのもつかの間、皮肉と嫌味が湯水のようにあふれ出てくる。
「もっとも、観光客が食いつく地名などベイカー街221Bくらいのものだろうと思うがね。所詮彼らは表面上の情報だけを捉えて、鹿撃ち帽など被って写真を撮りSNSにあげるのだろう。ついでに看板でも立てておきたまえ。『アーサー・コナン・ドイルの破滅のはじまり』とでも書いてね。」
「え。ちょ……」
「他は何だね。ポープズ・コート7番地? 赤毛連合か。赤毛の客には割引でもするのかい? もっとも、元ネタが理解できる客が何名いるかは怪しいところだが。」
「待って待って。」
「―――どうせならライヘンバッハの滝も作るといい。僕という作家が世間に屈した敗北の証だ。子供でも遊べるようにあっさいプールでな。こんなところで溺れる探偵がいるはずがないだろうと思うようなものにすれば、復活の展開も無理なく書けるだろうさ。」
「ドイル。」
立香の真っすぐな声が響く。彼女は真剣な瞳で、コナン・ドイルを真っ直ぐに見据えた。
「それ以上はやめて。」
「……私たちにとってのホームズは、ライヘンバッハからまだ帰ってきてくれてないから。」
「先輩……。」
「ドイルにとってホームズは嫌いな相手かもしれない。原作者として、悪く言う権利があるのかもしれない。でも、何度も私たちのことを助けてくれたホームズは……あの人との思い出は、私たちにとって大事なものだから。こんな風に言ったら怒るかもしれないけど……。」
「……ドイルが嫌ってるホームズと、私たちの仲間のホームズは、きっと違うものだから。だから、私の前であの人のことを、あんまり軽々しく扱ってほしくない。」
悲し気に目を伏せるマシュ。自分を見つめる立香。二人の様子を交互に、そしてゆっくりと見た後、ドイルは軽く頭を下げた。
「……失礼。今のは失言だった。謝罪しよう。」
「ううん。でも、やるからにはちゃんとやろう。ドイルだって中途半端に再現されて、低クオリティになったらい嫌でしょ?」
「……君は嫌なところで鋭いな。国語の授業でもあるまいし、作家の意図を考えるのはあまりお勧めしない。」
「諦めろドイル。そいつはとっくに、凡百の読者ではない。」
ソファにふんぞり返り、肘をつきながらアンデルセンは言った。
「王だろうが怪物だろうが、理解したいと歩み寄り、そうして心を通じ合わせてきた。その試みはひどく危険で愚かなものだが、そうやってそいつはここまで生きてきた。俺たちが文章を書いて生きてきたようにな。」
「ただの読者であれば、ただ本を閉じればそれで関係は終わりだろう。だがそいつはその終わりを拒む。例え一瞬の関係だろうと、ただ一夜の夢だろうと、俺たちと通じ合うことを諦めない。」
「……何が言いたい、アンデルセン。」
「何も。だがお前は、読者を裏切れなかった作家だ。どんなに認めたくなくとも、それがお前自身だ。読者に対してさえ誠実であろうとした作家が、読者よりも関係が深いそいつの期待をどこまで欺き、裏切れるのか。実に見ものだな。」
「期待……まあ、そうだね。期待してるかな。ドイルならきっと、ちゃんとやってくれるって思ってる。」
「何を根拠に?」
「だって、なんやかんや付き合いいいからさ。ドイルなら信じてもいいかなって。それだけだよ。」
「……。」
ドイルはその言葉に、すぐには返事を返さなかった。立香から向けられる、先ほどまでとは意味が違う視線を受け、一つだけ大きなため息をした。
「……ミス・キリエライト。建築計画を持ってきてもらえるだろうか。」
「はい! ここに用意してあります!」
「ミス・フジマル。君の安い挑発に乗るとしよう。断じて期待に応えるわけではない。半端なものを作るのが、確かに許せないだけだ。」
「うん。それでいいよ。」
「ふん、中々面白い見世物だった。お前は実に誠実な作家だなコナン・ドイル。」
「今度同じことを言ったら町長に人魚姫区画を作らせるからな。」
「え、私!? ちょっと、作家同士の口喧嘩怖すぎるから巻き込まないでほしいんだけど!」
穏やかに笑う立香に見守られながら、コナン・ドイルは建築計画書に最初の赤線を引いた。
ひとまず3話、アイドル物語が開幕するところまでプロローグ代わりです!
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