インフィニット・ストラトス──TSスネイル概念と一緒 作:赤いポスト
「フゥーーー…………ふぅ。滅多にない事例とはいえ、訓練はやっておくものですね」
意識や人格の分離という現象自体は、最初期の強化人間化手術後の後遺症としては一般的なものだった。第四世代の後期からはその対策が施されたが、極少数。特に脳に手を入れる術式で発生しうる問題として、
「まさかこんな形で役に立つとは思いませんでしたが……はぁ」
(突然、肉体が少女のものになってしまった上、意識の分離まで起きた時は本当にどうしようかと思いましたが……いや、この表現は恐らく正確ではありませんね)
おそらくは、転生。
現状に対する思考の速度を意識的に落とし、かつ客観的な情報の分析によって外側から自己を定義し直す。その中で、彼は現状をそのように定義した。
「こんな事象が実在するなら、ペイターの趣味話をもっと真面目に聞いておくんでしたね……いや、あの様子のペイターと話し続けるのは無理か」
いつぞやの待機任務中に熱心に何かを読んでいるようだったので聞いてみたら、旧世代の娯楽小説だったことがある。つい興味本位で「面白いのか」と聞いてしまった後の、ペイターの怒涛の語り口と来たら……
三人目のペイターに言わせるなら、今の私は『前世がスネイルであることを思い出した』状態なのでしょうか。
彼……もとい彼女はそう頭で考えながら、今の肉体に染み付いた習慣にまかせて朝の支度を進めていく。
洗顔まで済ませ、(スネイルから見ればかなり原始的だが)肌触りのいい寝間着から制服に着替え、最後に肩までの薄紫の髪を漉いて、前髪を大きくかき上げた形に整える。
……着替えの最中に映り込んだ肢体は、すらりと引き締められた体の上に、適度に肉の厚みが乗った見事な物だったが……スネイルは強化人間過程で早々にその手の欲求を司る部分を肉体的、精神的に切除して久しかった。
(そうでなくとも、未だ
肉体の習慣に任せた動きが、鏡の前で眼鏡のブリッジを持ち上げる動きで終了する。彼女から見て、未だ前世由来の違和感はぬぐいきれないが……それも直に収まるだろうと考えるのをやめる。
「時間は……まだ6時? 随分早く起きてしまいましたね……」
早く見たとしても、登校までまだ1時間以上ある。
彼女は少し考えてから……部屋にある真新しい椅子に座り、机の上のノートパソコンを開いた。
(丁度いい機会です。何かボロを出してしまう前に、この世界の情報について、擦り合わせておきましょう)
「まず今世の私の名は、ルイネス・宵越。年は14。この時代のこの年齢にしては珍しく一人暮らし。両親は宵越重工なる企業の社長と役員であり、多忙のため滅多に姿は見せない。そして本日は、中期教育課程……もとい中学校の転入日。原因は
ややあって、登校には少し早いか? という程度の時間。彼女は自分の事を最低限まとめた後、今度は周辺環境についてをまとめ上げ……彼女の(これまたスネイルから見れば恐ろしく原始的な)ノートパソコンの画面にまとめられた内容を見て、ため息をつく。
(薄々勘づいてはいましたが、このテラ……地球という惑星の技術水準は、目眩がするほどに低い。情報端末一つ取ってもこうした原始的な物理端末から未だ脱却出来ていない。ギガストラクチャー用の高強度部材などフィクションの産物扱い。エネルギー面に至っては、未だに核融合だ核分裂だなどと碩学面をしたボケ老人共が賢しげに議論している。惑星開発どころか、宇宙進出の目処も経っていないこの星では、ACどころかMTの銃弾一発すら用意できはしない……と。そう思っていたのですがね)
誰に充てるでもない報告書のウィンドウを最小化し、別のページを表示する。
「IS、インフィニット・ストラトス……なんですか、これは?」
今世の肉体記憶が無ければ、スネイルをして娯楽小説の設定と一蹴しかねない、特異点。
そのページには、宇宙開発用パワードスーツとして開発されるも、紆余曲折を経て表向き軍事利用を制限された現在は、ISは一種のスポーツとして浸透しているとあった。
(とはいえ本当にスポーツなのであれば、各国から主要な選手を集めた、半ば治外法権まで認められたIS学園などというものを建てたりなどしないでしょう)
学園受験生向けに表示されたそのページを閉じ、最小化していた報告書に追記していく。
「一度操縦者となってしまえば、規格外的な落第生でもない限り将来は安定。スポーツマンになるのも悪くないのでしょうが、IS系企業への就職にも良い。怪しい所も多々ありますが……現時点での情報から鑑みて、やはりISを軸にキャリア形成を考えるのが最善か」
そろそろ時間ですね。と、作成した転生報告書を簡易的に暗号化してからノートパソコンを閉じ、彼女は鞄を手に学校へ向かった。
「ルイネス・宵越といいます。母がフランス人で父が日本人のハーフですが、生まれも育ちも日本なのでフランス語はわかりません。宜しくお願いします」
ホームルームの時間。本人としては精一杯柔和な営業スマイルを浮かべながら、ルイネスが教壇の横でクラスメイトたちに挨拶した。
少し前に小柄で快活な中国籍の少女が転校していったばかりの所に、今度は神経質そうな雰囲気こそあれど、クールで大人びた体格の良い(身長の意味でも、他の意味でも)女子が転入してきたのだ。女子の黄色い声に混ざって、男子の話し声もざわざわと教室に響いている。
「はい、皆静かに……じゃあ席はあそこ。一番後ろの、一夏くんの隣ね」
指定された席に座るなり、隣の少年──織斑一夏がルイネスに話しかけた。
「よろしくな、ルイネス! 俺の事は一夏でいいぜ!」
「はい。よろしくお願いします」
「いやいや硬ぇよ、教師相手にしてるんじゃないんだからさ……まぁいいや、なんか困ったらいつでも俺に言ってくれよな! あ、ルイって呼んでいいか?」
「は、はぁ……ご自由に」
こいついつか刺されそうだな、と初対面ながらルイネスは思った。
──その後の生活で、不便になることはあまり起きなかった。
強いてあげるならば、彼が強化人間化した際に無縁となった排泄欲と、今世にて再会し改めてこの身体の不便さを呪ったが……幸いにして問題になることはなかった。
スネイルは日々、頭は悪いが妙に鋭かったり、悪辣さはスネイル以上の癖に後先を考える能力の欠如していたりするアーキバス上層部と渡り合ってきた。社会経験の薄い教師と、少し色気づいた子供を相手にするのは造作もない。最低限の社交性を示せば、あとは個人的な研究と鍛錬に時間を費やしても、なんら問題ない程度の距離感を作ることに成功した。
特筆するようなイベントなど特に起きず、IS学園へ…………とは、行かなかった。
「おーっ、ルイ! ルイも受験会場こっちなのか?」
時は二月半ば。中学三年生にとっては受験シーズン真っ盛りである。
「えぇ。たしか、一夏は
電車を待つホームの上で、一夏が手を振りながらルイのほうに駆け寄ってきた。
「おう。ルイはIS学園だっけ? 人気あるもんなぁ、IS学園。女の子はみんなあそこを目指すもんなのか?」
「流行で選んだと思って欲しくはないのですが……まぁ、毎年目の飛び出るような倍率になっているとは聞きますね」
ISが宇宙開発用のパワードスーツとして開発され、軍事利用を経て現在はスポーツとしての側面が強くなっていることは、既に報告書にも書いた通りだが。
ISの持つ、女性しか乗れないという特殊性。ISの世界大会である『モンド・グロッソ』の出場者達のほとんどが、実力だけでなく容姿にも優れていたことなどから、ISをファッションのように、IS操縦者をアイドルのように視る風潮は、次第に強くなっている。それがIS学園の受験者の増加につながっているのだろう。
(私も、織斑一夏の実姉が、かの〝
「IS学園の受験会場ってこの辺だと……あ、藍越と同じ公民館でやってんのか。藍越私立なのに」
「学園法人藍越は、関連企業まで入れるとかなり手広く手を出していますからね。公民館の一室を借りる程度は……ほら、電車来ましたよ」
なぜ知っているのかと問われれば、己の周辺で影響力を持った企業体や組織について調べることは、スネイルにとってライフワークですらない、一種の癖のようなものにまでなっているからだろう。
到着した電車で揺られること、四駅分。
2人は奇怪な構造の公民館に足を踏み入れた。
「非常識な内部構造、非効率な動線、無意味な装飾、無価値な自我の溢れた謎の像……どれもこれも、この私を苛立たせる!」
「ど、どうどう! ルイ、落ち着け!」
「だいたい、なぜ内部どころか公民館のホームページにすら案内図がない!? 何が『現代建築界のトゥールビヨン(公民館ホームページ参照)』だ、意味がわからん!」
そこには、プライドから迷った事を素直に認められず、しかし今は調査・連絡のできる部下もおらず、都合よく他責できる相手もいないためストレスに変えるしかなかった
「フゥーー……よし。行きましょう」
「うわっ急に落ち着くな!」
そして、長めの一呼吸でルイネスが冷静さを取り戻したことに、逆に驚く一夏もいた。