ドび出せパーター~閉ざされた街から始まる天才魔法使いの軌跡~ 作:イシヤド
あの門の先には、空間の穴とでも呼ぶべきものが広がっている。そこには何もなく、その空間の色は強いて言うなら黒が一番近いだろうか。僕たちが住んでいる場所が外から見ればこんな風に見えるのだと、少し驚いた。
門へと戻って、あの穴はどんな感じになっているのか調べたい気持ちもあったが、今はそれ以上に興味をそそられるものがある。
それはもちろんこの外という世界である。空を見上げてみれば、そこには太陽が輝いていた。
「あれが太陽……、うわぁ眩しいなあ」
街の調整された光とは違って、直接見れば思わず目をつむってしまうほどの光を太陽は放っていた。そこに太陽という自然のあり方を感じる。
初めての空を感動しながら見ていると、その中にちらほらと白い何かが漂っているのが見えた。
「あれが雲か!」
形は様々で、大きいものもあれば小さいものもある。その雲を見て、外には天気というものがあることを思い出した。外の空は様子が時間によって違っていて、それを大まかに種類分けしたのが天気らしい。今は太陽がしっかりと見えるから、晴れというやつだろう。
信じがたいことだけど、あんなにはっきり見える太陽が遮られたり、雲から水滴が降ってきたり、電気が落ちてきたり、炎の柱が伸びてきたりすることもあるらしい。いつか実際に見てみたいものだ。
初めて本当の空を堪能した僕は、空を見上げるのをやめて辺りに視線を移した。広々とした草原だが、所々で目につくのは地面が抉れた跡だ。少し遠くには街の工場の横幅くらいありそうな何かが通った跡が残されていた。
街は比較的安全な場所につくられるらしいが、あくまで比較的というだけらしい。もっと危険な場所はどれほど破壊されているのだろうか。もしかすると街がまるごと入るような大穴が空いている場所もあるかもしれない。
そうやって僕は少しの間地面に残る跡のことばかり考えていた。だけど、この空間の広さについても注目するべきだろう。大きさで言えば街もかなりあるけど、こんなに広々とした空間は街にはない。
ここでなら地面の凹凸にさえ気をつければ好き放題走り回れそうだ。
それから少しの間地面に寝転がって空を見上げた後、僕は立ち上がった。もう少し外の景色を楽しんでいたい気持ちはあるけど、僕が街を飛び出してきたのは魔境へ行くためだから、気持ちを切り替えなければいけない。
魔境はここから北東の方角にある。門からここまで結構な距離を走ったから、もう見える距離だ。この広い草原の先にある、危険を知らせる赤い壁のようなものが魔境と外の境界線になっているからわかりやすい。
見える距離ではあるけど歩くには遠い距離なので、先程のように魔法を使いながら走ることにする。これをすればかなりの速度を出すことができるのだ。
するとあんなに遠かった距離が見る見るうちに縮まっていき、あっという間に魔境の前へ着いてしまった。
これほど早く着くとは思っていなかったので、まだ心の準備ができていない。勿論出発前に覚悟を決めたつもりではあったけど、命の危険がある魔境をいざ目の前にすると緊張してきたのだ。
そのせいか、のどが渇いてきた。魔法を維持するコツさえつかめばすぐ帰ってくるつもりだったから、水筒は用意していない。仕方なく魔法で水を生み出して飲むことにする。魔力を遮断すれば飲んだ水でも消えてしまうけど、帰るまで消さなければいいだけだから問題はない。
水を飲んだおかげか心が落ち着いてきた。魔境へ入る決心がついたので、足を前へと踏み出す。足は赤い壁のようなものをすり抜けて、魔境の地面へと到達する。
目の前の赤が、空間に色をつけただけのものだとわかってはいた。だけど正直、本当にすり抜けられるのか少し疑っていたから、ちょっとだけ驚いた。
そしてそのまま僕の身体全体が魔境の中へ入った。早速魔境がどんなところなのか見回す。周辺の景色は外と似たような草原で、後は奥に森があるぐらいだ。特に変わったところはないように思える。
危険な生物が住んでいるから危険なだけで、魔境自体が危険というわけではないのかもしれない。そう思うと緊張が緩み、少しの余裕が生まれる。異変に気付いたのはその時だった。
魔力が暴れ回っている。街でも外でもこんなことは一度たりともなかった。体内の魔力はいつも通りだから、感覚がおかしいわけではないはずだ。
これが魔境なのか。
危険を感じ、ひとまず外へ戻ろうとした。しかしもうその時には、足元の地面に大量の魔力が集まっていた。地面が沈み、足を滑らす。地面の中へ吞み込まれるかと思ったが、沈んだのはただの予備動作に過ぎなかった。
高く、高く、飛んだ。
地面が沈んだ後、僕の身体を突き上げるように隆起したのだ。もうすでに十メートルは飛ばされた。なのにまだ上がっている。だけど大丈夫だ。僕には魔法がある。そう思って僕は魔法を使おうとする。
だめだ、魔力が操れない。
周りの魔力に影響されるようにして、魔法を使うために集めた魔力が散っていく。何とか抑え込もうとしても効果はない。工夫しないとできるはずないのに、焦ってただ無駄に繰り返すことしかできない。
「くそっ……なんで……」
死ぬ。その恐怖が湧き上がって止まらない。死ぬのは覚悟していたつもりだった。だけどそんなことは全くなくて、死への恐怖を甘く見ていただけだった。あるいは死なないだろうと高を括っていた。いや、どっちもか。
なんにせよ後悔したってもう遅い。すでに高度は下がり始めている。地面がどんどん近くなっていくのを見て、死が近づいているのを感じる。その間も魔法を使おうとし続けているけど、成功する目処は立っていない。
この時、僕はすでに生きることを諦めていた。魔法を使おうとしているのだって、ただ自棄になっているだけ。そこになにがなんでも生き延びてやるという心はこもっていないのだ。
その瞬間、何かを掴めそうな気がした。
しかし何もできず、僕はそのまま地面に衝突した。するとその時、予想外のことが起こった。地面がクッションのように柔らかくなっていて、僕を受け止めるかのように沈み込んだのだ。
そのおかげか、僕はまだ生きているらしい。沈んだ地面に意識を向けてみれば、魔力が集中しているのがわかる。また吹っ飛ばされるのかと思ったが、そんな様子はなく地面は沈んだままだ。僕が困惑していると誰かが話しかけてきた。
「よう、お前もしかして死にたかった?もしそうだったらすまん」
そこで僕はようやく人がいることに気がついた。魔境へ入ったときはいなかったはずだから、飛ばされている間に来たのだろう。
その人は男性で、白髪だが年寄りには見えない。見た目からすると年齢は二十代前半くらいだろうか。黒い上着を羽織っており、その下に白いシャツを着ているようだ。
その右手は地面へとむけられており、その手から魔力が出てきているのがわかる。この荒れ狂う魔力の中で、少しも曲がることなく一直線に放出されているのだ。
間違いない。この人は魔境でも魔法を使えている。そして僕が助かったのはこの人のおかげだ。
「いや、そういうわけではないです。えっと、助けてくれてありがとうございます」
僕がそう言うと、男性は面倒くさそうな表情で答えた。
「あー、まあどういたしまして。てかお前、敬語を使えるタイプの子供かよ。こんなところに来るようなヤンチャ坊主には思えねぇが、何しにここへ来た」
男性は俺を訝しむような目で見る。
「魔法の実力を上げるため、です」
僕が正直にそう言うと、男性は驚いたようだった。
「はぁ?それだけかよ。あのなぁ、どれだけ危険なことをしたのかわかってんのか。自分の力を過信すると次は本当に死ぬぞ」
耳が痛い話だ。僕は、魔境も死も甘く見てここへ来た。もし助けてもらえなかったらと考えたら、自分がどれだけ愚かだったのかわかる。
「はい、反省しています」
「まあ、それなら良いんだよ。説教は性に合わねぇしこれでしまいだ。そういや聞いてなかったがお前、名前はなんていうんだ」
「バーサー·パーターです」
「パーターか。俺はホーク·スレー、よろしくな。それでよ、パーター。世界の中心に行きたくねぇか」
「世界の中心……」
そう呼ばれている場所の名前を知ってはいる。しかしどこにあるのかも、何があるのかも知らない。ただ、本の筆者はこう書いていた。
そこでは魔法が普遍である、と。
「そこはいくつもの国が交わり、魔法技術の最先端を行く場所。その名はナクロス」
その言葉はあまりにも未知に溢れていた。
思わず唾を飲み込んだ僕を見て、スレーさんはニヤリと笑いながら言った。
「どうだ、面白そうだろ?」