「ちょっと待ってください。どうして急にそんなことを……」
スレーさんはさっきまで僕のことを叱っていた。それほど危険なことをした僕を、なぜナクロスへ誘おうと思ったのだろう。
「理由はまあパーターが興味ありそうだったのと、魔法使いの才能がありそうだったからだな」
「えっ……」
思わぬ答えを聞いて、僕は少し舞い上がった。今までは周りに魔法使いがいなくて、自分の能力がどれほどのものなのか比較しようがなかったのだ。そんななかで突然現れた凄そうな魔法使いに、才能がありそうと言われたら本当に自分は凄いんじゃないかと期待してしまうのはしかたないことだと思う。
「へぇ、パーターって結構顔に出るタイプなんだな」
「うぇっ!?」
そう言われて自分の顔がにやけているのを自覚する。なんだか恥ずかしくなってきた。
「はははっ!まぁ子供なんてのはわかりやすいのが一番だ。何もおかしいことじゃないし、気にすることはないぜ」
「は、はい……」
気にするなと言われて気にしないようにできるのは鋼の精神の持ち主だけだろう。
「それでどうだ、ナクロスへ行きたいか?」
正直に言えば行きたいという気持ちはある。ただ、ここで勢いに任せて返事をするわけにはいかないだろう。特に考えなければいけないのは、ナクロスへ行けば父さんやブルーンと離れることになってしまうということだ。
少し考えた結果、ここはとりあえず保留することにした。
「えっと、父さん達と話さないと……」
「それは勿論わかってる。今俺が聞きたいのはパーターが行きたいかどうかだ」
「ナクロスへ行きたいか、どうか……」
ナクロスへ行っても、魔導通信網《マジテルネット》があるから父さん達と連絡を取ることはできるだろう。帰ってくることも難しくはあるけど不可能というわけではない。
でも、この機会を逃せばナクロスへ行くことはもうできないかもしれない。そうなったとき、僕は後悔しないだろうか。魔法で溢れた世界を、たった一つの選択のせいで体験できないことを。
……。答えは決まっていた。
「僕は、行きたいです。ナクロスへ」
「ま、だと思った。魔法の実力を上げるためだけにこんなところまで来るやつが、ナクロスへ行きたくないはずがねぇしな。そうと決まれば説得しに行くぞ、パーターの家族を」
「え、スレーさんも一緒にですか」
「そらそーだろ。俺が連れて行こうとしてんだから」
「なんでそこまでして僕を?」
命を助けてもらった身ではあるけど、ここまでしてくれるのはさすがに不自然だと思ってしまう。
「あー、さっき言っときゃよかったな。魔法使い連盟って知ってるか?」
「えっと、確か魔法使いを管理しているめちゃくちゃ大きい組織ですよね」
「俺はそこに所属しているんだが、色々あって弟子を育てようかと思っててな。パーターが丁度いいんじゃないかと思ったんだよ」
「弟子ってことはスレーさんから魔法を教わるってことですか」
「まあそういうことだ。勿論嫌だったら断ってくれていい。その場合もちゃんと連れてくぜ」
「いやそんな、断りませんよ」
スレーさんの綺麗な魔力操作は、まだ初心者であろう僕でもわかるほど凄いものだった。そんな人から教わるのを断る選択肢はないだろう。
「ナクロスへ行けることになったらよろしくお願いします」
「そうか、それは良かった。さて、後は説得だな。とりあえず外に出るぞ」
「わかりました」
そして僕達が外へ向かおうとしたとき、前方の空中に魔力が集まっていく。僕がそれに気づいたときにはすでに、スレーさんがそこへ指を向けていた。そこから魔力が放たれ、集まろうとしていた魔力を散り散りにさせる。
「凄い……」
僕は思わず呟いた。スレーさんが気づいた早さからして、恐らく魔力の動きから集まりそうな場所を予測していたのではないかと思う。
「凄いだろ。パーターも魔境に慣れればできるようになると思うぜ」
その言葉からすると、やはりスレーさんは何度も魔境に来ているのだろう。僕もそうすれば魔境で魔法を使えるようになるのだろうか。そしていずれ、魔力無しで維持できるように……。
前を歩くスレーさんに着いていき、何事もなく赤い空間を越えた。魔境の外に出ると、変わらない外の景色があった。
魔境へ行っていたのは少しの時間なんだと思うけど、精神の疲労的には何時間もいたような気がしていたから、久しぶりの景色に思える。
「パーターが住んでる街ってあれだよな」
スレーさんは、ずいぶんと小さく見える礎の門がある方向を指差した。門はあんなにも大きかったのに、これぐらいの距離で豆粒ほど小さく見えるのが不思議だと感じる。それと同時に、自分の中にある未知への期待が大きくなったのを感じる。
今までは本当に大きいものなら、ここからでも少しは見えるんじゃないかと思っていたからだ。でも今確信した。街よりずっと大きいものでもそこまでの距離がもっと遠いなら、それは本当に見えないんだ。見えない未知は確かに存在しているんだ。
「はい、そうです!」
僕が答えるときその興奮を抑えきれなかったけど、スレーさんは気にしていないようだった。
「それじゃさっさと行くか」
スレーさんはそう言うと、僕を左腕で抱え込んで跳躍した。いや、おかしい。いきなり街が近づいて……。
え?着いた。
気づけば街が目の前にあった。風も、僕たちが進んでいるのだという実感も感じなかった。これがスレーさんの魔法か。魔境では、外でなら僕でも使えるぐらいのものしか見れなかったけど、この魔法にははっきりと僕との力の差を感じた。
「そういやパーターって、許可取って街の外まできたわけじゃないだろ。どうやって門を抜けたんだ?」
「えっと、門番の目に留まらないよう、魔法を使いながら全速力で駆け抜けました」
「ぶっははははは!まじかよ、普通はこっそり行くもんだろ!それじゃ絶対門番にばれてるな」
「いや、大丈夫だと思います。目にも留まらない速さで走ったので」
「自分ではそう思うかもしれないけど、意外と普通にばれてるもんなんだよ。一緒に謝ってやっからさっさと行くぞ」
「うーん、ばれてないと思うんですけど……」
釈然としない気持ちを抱えつつ、後を続いて門を通った。そして見えた門番は、三十代ぐらいの赤い髪をした男性だった。
「門番さん、この門子供とか通りませんでした?」
スレーさんは早速聞いてみたようだ。ばれてないと思うんだけどなぁ。
「私は朝からここに居ますが、子供は通ってないと思いますよ。それであなたはどちらから来たんですか、身分証を見せてください」
やっぱりばれてなかったようだ。スレーさんがこちらを振り向いて驚いたような顔をしたので、僕はニヤリと笑って答えた。
「そっ、そんな馬鹿な……。あー、えっと俺はこういう者です」
「なるほど、魔空《まくう》の方でしたか。そちらはお子さんですか」
魔空《まくう》という言葉に聞き覚えがあったので思い出そうとしていたら、急に僕の話になったので少し驚いた。
「どうやら街から勝手に出てしまったみたいなんで連れてきたんですが……」
門番さんはそれを聞いて、顎に手を当てて考え始めた。
「それは本当ですか?先程の子供というのはこの子のことだったんですね。うーん、もしかしたら私が他の人を対応している際に出ていったのかもしれません。君、勝手に外へ出て行っちゃだめなんだよ。外は危険だからね」
門番さんはしゃがみ、僕に目線を合わせるようにして言った。
「は、はい。すみませんでした」
「反省してるね。これからはしないようにするんだよ。それで今回の件についてですが、私からここの警備を二人に増やせないか上に掛け合ってみようと思います。交通量はほとんどなかったので一人で十分だと思っていたのですが、またこのようなことが起こるかもしれませんし。ホーク・スレーさん、この度は子供の命を救っていただきありがとうございました」
門番さんが綺麗なお辞儀を見せた。あまりにも堂に入っていたので、スレーさんが少し気圧されている。
「え、ええ、どういたしまして」
「そういえば、その子の家はわかっていますか」
門番さんが心配そうにこちらを見てきたので、余計な心配をさせないためにできるだけはっきりと答えた。
「僕の家はバーサー商会の二階にあります。道もわかってます」
「それはよかった。スレーさんは外に行かれますか?」
「ああいや、この子に付き添っていこうと思います」
「付き添いまで、ありがとうございます。それなら大丈夫そうですね」
「それじゃ、家まで行こうと思いますので」
「はい。本当にありがとうございました」
そうして僕たちは家へと向かう。
「あの門番さん、優しい人だったな」
「は、はい。正直もっと怒られるかと」
「まあパーターが反省してるのが伝わったんだろ。で、あそこがバーサー商会か」
遂に見えたのはいつも暮らしている場所であり、今行くのが怖い場所でもあるバーサー商会だ。あの父さんが一体何を言うのか、想像もつかない。