大聖堂内に流れるパイプオルガンの
そんな中、騒々しい足音と共に、二つの人影が大聖堂の中に入って来た。
「あれェ、BT?」
光の中に佇む翡翠の女呪紋使いを見るなり、自分の身の丈程もある両手剣を背負った少女が暗がりの中から声を上げた。
「ベアが呼んだん?」
と、ピンクに水色のラインの入った服を着た、ショートヘアに細目の小柄な双剣士の少女を引き連れて、ミミルが長椅子から立ち上がった巨漢の剣士に訊く。
「何か、文句がありそうだな」
ベアが応えるより先に、BTが
それに、むっとしてミミルは言い返した。
「別に、そーいう訳じゃないけどサ」
嫌いという訳ではないが、ミミルは以前から自分をお子様扱いする彼女とは、何となくソリが合わなかった。
「ミミルの方は、その子だけか?」
険悪になり掛ける雰囲気に、ベアが口を挟む。
「あ、うん。A-20ってゆーの」
「どーもぉ……」
紹介されて、ぺこりと神妙にA-20は頭を下げ、そして、こそっとミミルに声を掛ける。
『ねえ、私、やっぱ来ちゃマズかったんじゃないっスか』
『そんな事ないよ。ベアもBTも大人だし』
『でも……』
何となく新参者には、居づらい雰囲気なんスけど……
『いいから』とこそっと言い返し、ミミルはベアを見た。
「セイラは?」
「そろそろ来る頃だ」
F M Dの隙間から部屋の時計を見やり、ベアが言う。
同時に軽快な足音が、大聖堂の中に木霊した。
「あの、遅くなりました?」
「いンや、丁度今みんな揃ったところだ」
慌てて駆け寄って来る桜色の髪の双剣士に、ベアは軽い口調で返した。
そして、それぞれが自己紹介をする。
それが終わると、四人は大聖堂の中に置かれた長椅子の最前列に座り、彼らが注目する中、セイラはモーションコマンドを用いた「踊り」を披露した。
セイラが踊り終わると同時に、A―20は興奮して盛大に拍手した。
「す、すごいでし。こんなん初めてっスよ」
思わず立ち上がり、にっこりと微笑む踊り子に勢い込んで訊く。
「普通にモーションコマンド打ったって、こんなんならないでしよね。なんでこんな動けるんスか? なんかコツとかあるんでしか?」
「それはね……」
と、興味津々の細目の双剣士の少女に、セイラは丁寧に説明する。
それを横目に見やり、ベアは隣に座るBTに話しかけた。
「どうだ? 今の踊り」
「見事、と言うしかないな」
軽く
実際、
「PCに連続した自然な動きをさせる為に、素早くコマンド入力できるよう、余程練習したのだろうな」
「ああ」
と相槌を打つとベアは立ち上がり、踊りの事で盛り上がるミミル達を横目に、BTについて来るように促す。
そして、大聖堂の入り口付近まで来ると立ち止まった。
この「何もない、何も起こらない」ことで有名なエリアの中にぽつんと建つ、ここグリーマ・レーヴ大聖堂は特別な場所だった。他とは違いこの中ではボイスチャットがトークモード以外使えなくなるのだ。何故か知らないが、そういう仕様になっていた。
だからさっき、A-20とミミルがこそこそと言い合っていた会話も二人には聞こえていたが、あえて聞こえない振りをしていたのだ。
ベアはミミル達がこちらの話が聞こえない程度に距離を取ると、不審そうな顔をしてついて来た女呪紋使いに振り返った。
「さっきの話の続きだが、普通モーションをコマンドすると、そのプログラムに沿ってPCが一連の動きを見せる。例えば『手を挙げる』なら、手を挙げ切って止まったところまでがそのモーションのプログラムだ。そして、そこで一旦動きは止まる。次のコマンドを入力しない限りはな」
つまり、モーションには明確な始めと終わりの区切り——体が完全に動きを止めて硬直する部分が必ず存在する。どんなにコマンドキーを素早く連打しても、それを無くすことはできない。そういう仕様になっているのだ。
「それなのに、セイラの『踊り』にはそれがない」
「しかし、それが気にならないくらい、素早く連打したとしたらどうなのだ?」
「まあ確かに、同じモーションならそれも出来るかもしれん」
仮に「頷く」を連打した場合、モーションの動き始めと終わりの姿勢が同じ為、体の硬直によって起こる僅かなタイムラグは見た目気にならず、コクコクとごく自然に頷き続けているように見える。
「だが、別のモーションを連打してコマンドした場合、どうしても始めと終わりの姿勢の差違が出てしまう。その為体の硬直によるタイムラグがごく僅かだったとしても、それは違和感として人の目に映ってしまう。つまり動きが不自然になるんだ」
そこで言葉を切り、ベアは今までの話を確認するように女呪紋使いを見た。
そして、彼女が目で先を促すのを見て、再び話し始める。
「スキルを使った物理攻撃のモーションになると、それは更に顕著だ。召喚や魔法攻撃などと違って武器を使ったスキルは、コマンドした技のモーションが全て終わるまで、次のスキルをコマンドするどころか、メニューすら開く事ができん」
そういう仕様になっている以上、スキルを使った複数の物理攻撃をひと繋がりの連続したモーションとしてコマンドする事は、事実上できないという事だ。
そこでベアは小さく息をつき、再び言葉を継いだ。
「双剣士ってのは、一つの物理攻撃スキルの手数が多いだろ。バトル中は、こっちも忙しくって今まで気付かなかったんだが、セイラの場合、それを差し引いてもやけに手数が多い上に、
その為いつもバトルが終わる度に、ベア達はセイラのSPが自然に全回復するのを待って次に進んでいたのだ。
「まさか……」
ベアの話に、BTは
「そうだ。彼女は物理攻撃スキルを連続してコマンド出来るんだ」
この事はあの踊りを見た後にダンジョン攻略した時、まだそれに気付いていないミミルに内緒で彼女に確認して分かった事だ。ついでに人に知られると騒がれて面倒な事になるから、絶対誰にも言わない様にとセイラに口止めしておいた。
「ばかな……」
BTは思わず呟いた後で、ふとさっき互いに紹介した時の話を思い出した。
「だが、あの娘のPCは限定モデルなのだろ。『踊り子』として特別にそうできるように、プログラムを組み込まれているのではないか?」
「それは俺も真っ先に考えた」
ベアはBTに視線を向けた。
「実際あの
「よく会えたな」
「ああ、名刺を見せて、取材だと言ったら快くな」
驚く女呪紋使いに、事も無げにベアは答えた。
それにBTが
「名刺なんか、持ってたのか?」
「前に面白半分で作ったんだが、こういう時重宝する」
と応えて、ベアは話の続きをする。
「で、そいつが言うには、PCのデザインは確かに自分が造ったが、それ以外のプログラムには一切手を加えてない。とさ」
「あの娘がPCのプログラムをいじった可能性は?」
「ない」
簡潔にベアは即答した。
「そこまでの専門知識を、彼女は持っていない」
何しろ今時の子には珍しく、ネットやパソコンの専門用語に疎く、よく意味を尋ねてくるくらいなのだから。
「じゃあ、何故……」
あんな動きが出来るのか?
BTは表情を険しくし、ちらりと無邪気にワイワイとミミル達と話をしている桜色の髪をした踊り子に視線を向けた。
「分からん」
同じくセイラに視線を向け、ベアは深く吐息を漏らした。
「だから、できるなら蒼天のバルムンクと連絡を取りたかったんだが」
「あのフィアナの末裔にか?」
ここで何故あの有名人の名が出てくるのか。BTは柳眉を
「セイラと知り合いらしい。何度か危ないところを彼に助けて貰った事があるそうだ」
そう説明して、ベアは先を続けた。
「もしかしたら、これについて何か知ってるかもしれんと思ってな。それでクリムを当てにしてたんだが……」
「あの男を?」
BTは意外そうな声を上げた。
クリムとはそこそこの付き合いだが、あの有名人と知り合いだとは聞いた事がない。
「蒼天のバルムンクは昴と知り合いなんだ。俺も一度彼女と一緒に居た時、危ないところを彼に助けられた事がある。もっとも、向こうは憶えちゃいないだろうがな」
と、ベアは軽く肩を竦めた。
昴とクリムは、かつてこの世界にあったプレイヤーの有志によるモラル維持のための自治組織である「紅衣の騎士団」の団長と副団長だったのだ。当然他の者よりも繋がりは深く、
「ならば、直接昴に頼めばいいだろう」
「昴は……今ここにアクセスしていない。ここからだと連絡の取りようがない」
「司の方はどうなのだ? リアルであの二人、連絡を取り合っているのだろ」
「……あいつは——」
と、ベアが言い掛けた時だった。
「ちょ、ちょっとォ、それマジヘンだって」
大聖堂の中一杯に響き渡る盛大な笑い声と共に、ミミルの声が距離を取っている二人の耳にも飛び込んできた。
見ると、ショートヘアの
「踊りは踊りでも、それじゃ、阿波踊りだよ」
「あーっ、人が一生懸命やってんのに、そーいう事言うんスかっ」
A-20はプンプンとモーションで怒るしぐさをした。
どうやら彼女はセイラに教えて貰った通りに、簡単な操作のコマンドキーを押して「踊って」いたらしい。
が、結果はミミルの爆笑が全てを物語っていた。
「そんなに笑うんなら、ミミルさんやってみるッスよ」
「えーっ、あたし重剣士だよ。あんたみたく動き早く出来っこないっしょ」
文句を言われ、慌ててパタパタとミミルが手を振る。
だが、A-20は簡単には許さず、尚もミミルに詰め寄っていた。
それを遠くから眺めやり、BTは口許に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「お子ちゃまだな」
「まあな」
ベアも苦笑して相槌を打ち、そして、途切れた話の続きをした。
「とにかく、俺はこの件に司を関わらせるつもりはない」
以前ある事件で司のPCは、この世界にとって有り得ない存在に造り変えられ、とても辛く大変な思いをして
セイラは司ほどではないにしろ、同じくこの世界の仕様に有り得ないPCだ。単なる思い過ごしならいいが、まだ何もはっきりしていない以上、やっと現実の世界で落ち着きを取り戻した司を関わらせて、古傷を
「クマさんは優しいんだな」
「その呼び方はよせ」
むすっと文句を返した後で、ベアは軽く片眉を吊り上げ軽口を叩いた。
「まあ一応、父親代わりの後見人だからな」
肩を竦めてそれを受け流し、BTも口許を緩めた。
「では、いっそBBSで呼びかけたらどうだ? 蒼天のバルムンクに」
「それは最後の手段だ。それほど切羽詰まってる訳でもないしな。まあ、取り敢えずはクリムが戻ってくるのを待って、様子見といったところだな」
「……分かった。当分はマメにメールのチェックをする事にしよう」
小さく息を吐き、窺うように自分を見る半裸の剣士にBTは約束する。
「忙しいところ、すまんな」
「いいものを見せてもらったからな」
そう言って、BTは相変わらずワアワア言い合っているお子様達をチラリと一瞥し、ふっと口許に笑みを漏らして大聖堂から出て行った。