そこは、二間続きの広い部屋だった。角部屋らしく二方に広い窓があり、一方は賑やかなメインストリートが見渡せる。
あの「モンスター街侵入」イベントの時、二人が参加するタイミングを測る為に街の様子を眺めていたのはここだった。
入ってすぐの部屋には、五、六人は楽に座れる丸太造りのベンチとテーブルが置いてあり、窓と反対側の壁に武骨な石を組み上げて造った暖炉と、その両脇に今までの戦利品——レアアイテムを並べた木製の飾り棚がある。
そして、暖炉の上にはこの間のイベントで手に入れた、この世界の珍獣の顔を持つ人魚像がエメラルドの輝きを湛えてデンっと鎮座し、その前の床には寝そべる事も出来るように、何の毛皮かよく判らない敷物が敷いてあった。
セイラが入った事のあるフォート・アウフの
「はーっ、カルミナ・ガデリカの一等地
部屋の中を見回し、ミミルは感嘆の声を上げる。
「まあ、大したモンでもないけどな」
このホームの持ち主、オルカはちょっと自慢げながらも謙遜して言った。
ホームはバルムンクと共同だが、借主名義はここの場合彼になっていた。
それでここの内装のコーディネートも、自分のPCに合わせてオルカがしたのである。広さもフォート・アウフのホームの倍は優にあり、五人くらいなら楽にゆったりとくつろげる。
ここなら人の目を気にせずに何時までも居られるし、たとえ大声を出したとしても、外に声が漏れる心配もない。
それ故に、バルムンクは落ち着いてゆっくり話せる場所として、ここを提供したのだ。
『しっかし、珍しいな』
物珍しそうに部屋の中を見回す三人を見やり、オルカは相棒に
『お前が初対面のヤツをホームに招くなんてな』
他人をホームに入れる時に交換し合うメンバーアドレスは、一種の個人情報だ。それだけに普通仲がいいか、信頼できる者でないとホームには招かない。
それなのにその交換において自分より慎重で、滅多な事では人にメンバーアドレスを渡さない相棒が、桜色の髪をした踊り子だけならまだしも、初対面の何の面識もない他の二人まで簡単にホームに入れたのが、オルカは意外だったのである。
まあ、もっとも今の場合、メンバーアドレスを交換したのは部屋の主の彼だけだったが。
『すまん、お前に迷惑をかける』
チラリと飾り棚に並ぶなかなかお目に掛かれないレアアイテムを、他の二人と一緒に興味深そうに眺めている壮年の剣士を見やり、バルムンクは謝った。
『いや、別にそれはいいんだけどさ』
「ねぇ、これ。ひょっとして新仕様の『モンスター街侵入』イベントのヤツ? ここでやった」
他とは別に、暖炉の上に置かれてあるエメラルドの像を指差し、ミミルが訊いた。
「ああ、バルが取ったんだ」
ボイスチャットのモードを瞬時にトークに戻し、オルカが応える。
「なかなかいいだろ」
「えー、そーかな?」
眉根を寄せ、ミミルは腰を屈めて顔がプチグソの像をじっと見た。
「なんかこう、ヘンっぽくない?」
彼女はどうもこの顔が気に入らないようだ。
「そうか? 結構味があると思うぜ」
像の顔をまじりと見てオルカが返す。
そんな遣り取りを聞きながら、セイラと共に飾り棚に並ぶレアアイテムを見るフリをして、ベアは羽根を持つ聖騎士風の青年に話しかけた。
『さっきの話なんだが、あんたはセイラのPCについて、どの程度知っている?』
それはトークモードではなくウィスパーの方だった。
さっきもそうだが、どうやら彼は本当に本人や仲間にもこの話を聞かれたくないらしい。
それを了承して、バルムンクも同じチャットモードで応えた。
『どの程度と言われても、限定モデルのPCという事ぐらいだか』
『そうか……』
吐息を漏らしながらベアは呟いた。その声には少し落胆したような響きがあった。
『彼女のPCがどうかしたのか?』
『セイラのPCは——』
どう言えばいいか悩んで口籠もったベアだったが、結局BTにしたような説明はせずにズバリと言った。
『連続して物理攻撃スキルをコマンド出来るんだ』
『………っ!?』
一瞬怪訝な表情を見せたバルムンクだったが、すぐに彼の言わんとしている意味を察し、愕然となった。
『馬鹿なっ、そんな事が——』
『事実だ』
ベアは断言し、掻い摘んで今までの事を話して聞かせた。
『成程、プログラムをいじったのでなければ、後考えられるのは——』
話を聞き終えて、バルムンクは淡々と言葉を返した。
『バグか』
プログラムの何処かがおかしくなり、正常に働かなくなっている。それなら仕様にない筈の事が出来ても不思議ではない。
「ねえ、隣の部屋も見ていいかな?」
隣室の扉に目を向けてミミルが訊いた。
ベア達が内緒話しをしている間に、エメラルド像についての論議に一区切りつけ、セイラと一緒にオルカから飾り棚に並べられた滅多に見られない他のレアアイテムについての説明を聞いていたが、それも終わってしまったらしい。
「ああ、いいぜ」
気軽にオルカが言う。
「ちょっと、散らかってるけどな」
「へえ?」
散らかってるって、どんなだろ?
フィアナの末裔のイメージからして、ちょっと想像がつかない。
ミミルは興味津々で扉を開けた。
そして、セイラと部屋の中に入った途端、ミミルは目を丸めて思わず声を上げた。
「なっ、何これ?」
そこは湖に面した出窓が一つあるだけの、隣室よりもかなり小さめの部屋だった。
家具と呼べるものは窓の反対側の壁際に置いてある、いかにも手触りが良さそうなふかふかの毛皮を敷いた丸太造りのベッドあるだけで、それ以外の場所には片手剣や両手剣、双剣などの各
しかし、これだけの装備品、よく集めたものだ。これなら十分レア専門の武器屋が開ける。
ミミルはぐるりと部屋の中を見回し、溜息混じりに部屋の持ち主に訊いた。
「両手剣があるのは判るけど、なんで他のクラスの武器まであるわけ?」
こんな物があっても、重剣士には装備できないのに。
「いやあ、なんとなく」
オルカは照れたように笑って、頭を掻いた。
「レアなヤツだと、売るのが勿体なくてつい……」
溜め込んでしまったというわけだ。そして、アイテムを預かってもらえる妖精の預かり屋では、預け切れなくなって取り敢えずここに置いていたら、何時の間にかこうなってしまったのである。
まあ確かに、レベルが低くてもう使わないけどレアだから、処分するのが勿体なくて取っておくという気持ちは分からなくないが。
しかし、レアものだからといって、自分が装備もできない他のクラスの装備品まで取っておくとは。
どうやらオルカは物が捨てられない
軽く肩を竦め、ミミルは並んでいる両手剣の一つを手に取った。
「いいなァ、こういうの欲しいけど、なかなか手に入らないんだよね」
レア物はやはりレアなモンスターを
「なんならやろうか?」
「え? いいの?」
驚いてミミルは思わず訊き返した。
勿体なくて売れずに溜め込んでいたのに、こうもあっさりと人にやるとは
「ああ、どうせもう一本持ってるし、そろそろ置き場も無くなってきたからな」
売れなくとも人にやるのは抵抗がないらしい。
事も無げにそうオルカは応え、「そっちも、気に入った物があったらやるとよ」と、重剣士の少女と一緒に見た事も無い武器を、興味深そうに熱心に見ていた双剣士の少女に近づいた。
その途端ビクっと体を震わせ、セイラは怯えてミミルの陰に隠れてしまった。ベアと同じバーバリアンタイプだが、
そうと知らないオルカは、途惑ったように動きを止めてしまった。
厳めしい外見とは裏腹に、喋ると案外人好きのする豪放落雷なキャラである彼は、ここまであからさまに怯えられた事がなかったのだ。
「ま、まあ、折角だから、何か貰っちゃおうか」
一瞬気まずくなった雰囲気を解きほぐすように明るく言って、ミミルはセイラを促して武器を吟味し出した。
隣室で三人がそんな遣り取りをしている間も、ベアとバルムンクのひそひそ話は続いていた。
『確かに、その可能性はある』
飾り棚から窓の外の夜景に目を転じさせ、ベアはバルムンクの考えを肯定した。
だが、PCのプログラムはそう簡単にバグることはない。それなのに、エディットしてたかが五カ月程しか経ってないPCにバグが出るとは、絶対にないとは言い切れないが、何か余程の事がない限り、通常では考えられない事だった。
『ついこの間、セイラから聞いたばかりなんだが、エディットしてすぐの頃、彼女は奇妙な体験をしたんだそうだ』
そう前置きして、ベアはセイラから聞いた話をした。
あのバイトのデータ取りの時、彼女はまずCC社が用意した、モンスターの出ない様々なタイプのエリアをバイト仲間と一緒に一週間ばかり回って、水や火、雪や雨などの簡単な体感テストをやったのだ。
セイラはその時回った草原タイプのフィールドで、一人仲間と離れて散策していた時に変わった物を見つけた。
それはこの世界では珍しい緋色の花だった。人知れず草原の片隅にひっそりと、吹き渡る風にゆらゆらと揺れて咲いていたその花は、曼珠沙華——ヒガンバナを思わせる幾つもの小さなユリを丸く束ねたような形をしていた。
彼女はその鮮やかな緋色に誘われるようにしてその花に近づいた。
そして、それに手を伸ばしたその時、突然背後に鮮烈な光が満ちたのだ。
驚いて振り返ると、薄い白雲のたなびく青空に流れ星が一つ、自分に向かって落ちてきていた。
逃げる間もなかった。
セイラはそれに
『それが、バクの原因だと?』
『分からん』
ベアは小さく吐息を漏らした。
『ただ気になるのは、それを彼女が体験したのが、五カ月程前に起こったあのサーバーダウンの直前だったという事だ』
『っ!?』
目を見開き、バルムンクは息を呑んだ。
あの原因不明のサーバーダウンの時、彼女も〈
『その後すぐにPCのプログラムを点検されたらしいが、問題は何もなかったらしい』
『………』
ベアの補足にバルムンクは沈黙した。
そこへ隣室からミミルが嬉しそうに戻って来た。
「ねえ、ベア。見てこれ」
と、手にした刀身が光り輝く見事な両手剣を壮年の剣士に見せる。
それは
「貰ったのか?」
密談していた素振りも見せずにチャットモードをトークに切り替え、ベアはそれに目を留めて訊いた。
「うん、こんなのポンっとくれるなんて、さっすがフィアナの末裔、太っ腹だよね」
感動してミミルが言う。
「セイラも一つもらったし、おっさんも何か貰ったら?」
「いや、俺はいい」
苦笑してベアは
「ところで、あんたセイラに戦い方を教えてやってくれないか?」
「戦い方を?」
「ああ、彼女フィールドに出る放浪モンスターがダメでな。俺達も色々とアドバイスしてみたんだが、やっぱり今一なんだ」
「ベアさんっ」
「あ、それいいかも」
ヘタさ加減を暴露されて真っ赤になった踊り子の横で、ポンッとミミルは両手を打ち鳴らす。
「高レベルプレイヤーなら、戦い方も上手いし」
「いや、しかし、俺は——」
放浪するテーマオブジェクトの調査を始めたばかりだ。そういう
「色々と忙しいだろうが、頼む」
『百聞は一見に
バルムンクに囁いたベアの言葉には、真摯な響きがあった。
彼女に戦い方を教えて欲しいというより、その動きを見てもらうのが目的のようだ。
おそらく彼は、セイラのそれを単なるバグによるものとは思ってないのだろう。やはりあのサーバーダウン直前に彼女が体験したものが引っ掛かるらしい。
そしてそれはバルムンクも同じだった。その時PCに問題なかったというが、今起こっている問題はセイラの体を貫いたその流れ星にあるように、彼も思えてならなかった。
あの謎のサーバーダウンの一件が、それに絡んでいるかも知れないとなれば尚更だ。
チラリとセイラを見ると、恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらも、何処か期待の籠った
小さく息をつき、バルムンクは静かに口を開いた。
「判った。その話、引き受けよう」
ぱっとセイラの
「おい、バル」
これから例の目玉の大群の目撃情報を、確認して回らなければならないのだ。大分絞り込んだとはいえ、その数はかなりのものである。
しかもその書き込みは未だに沈静化せずに増え続けている。二人で手分けしてもそう簡単に終わる作業ではなかった。
それなのにいくら以前関わった事があるとはいえ、今はそんな事をしている暇はないのは相棒が一番よく解っている筈だ。
第一中途半端が嫌いなバルムンクの性格からして、まず間違いなく断るだろうと思っていただけにオルカは驚いた。
「すまん、オルカ」
今ここで長々と壮年の剣士の頼みを引き受けた本当の
バルムンクは、理由は後で話すと相棒に囁きながら謝った。
「あの件は、当分一人で進めておいてくれ。手が足りなければカイトにでも頼んで——」
「手が足りんのなら貸そうか? 俺達にできる事であればだが」
何か問題がありそうな二人の遣り取りを聞いて、ベアが申し出た。
「だよね。最初に頼んだのはこっちだし」
と、ミミルが相槌を打つ。
「どうするよ」
「構わん、というより、むしろ助かる」
困惑する巨漢の相棒にそう言葉を返し、バルムンクは二人に向き直った。
「その申し出、有難く受けさせてもらおう」
そう言って、こちらの事情をベアとミミルに説明した。