たくさんの人々が行き交い賑わっていた街は、今や戦場と化していた。
両手剣を振りかぶり、気合いと共に目の前の頭がハンマーのようになったサメ型モンスターに切り付ける者がいれば、別の所ではモンスターの鋭い爪に引き裂かれ、
そうかと思えば、高らかに呪紋を唱える呪紋使いの声と共に、何もない夜空から巨大な火塊が、平べったい体のエイ型モンスターの頭上に降り注ぐ。
そんな風に通りのあちこちで掛け声と
部屋を出たバルムンクは一気に一階まで降りると、裏通りに面している入口から外に飛び出した。
途端に目の前に、巻貝の体から巨大な二本の赤いハサミを付けたモンスターが立ち塞がる。
——レッドシザースかっ…
瞬時にモンスターの名と共に、それに関するデータを記憶の中から引っ張り出し、バルムンクは地を蹴った。
振り下ろされた巨大なハサミが、彼がたった今いた空間を斬り裂く。
横に跳び退いたバルムンクは、そのまま自分を追って反転しようとしたレッドシザースの巻貝の体に、痛烈極まりない斬撃を浴びせた。
耳障りな悲鳴を上げ、痙攣するように二本の巨大なハサミを振り上げたモンスターは、そのままドウっと倒れ、体色を黒ずませて消えて行く。
同時に、水飛沫を上げて傍らの湖面から、青い平べったい巨体が躍り出た。
頭についた複数の小さな瞳がバルムンクの姿を捉えるや否や、足許から彼の体を呑み込む様に凄まじい勢いで逆巻く氷混じりの竜巻が発生した。
「くっ……」
片手で顔を庇うようにしてその攻撃を
モンスターの頭上、気合いと共に剣を振りかぶり、
——バククラック——
剣に宿る
見事に技が決まり、悲痛な悲鳴を上げてモンスターは暗灰色の姿に色を変えて湖の中に消えて行った。
水辺の石畳の上に降り立ったバルムンクは、微かに眉を
このイベントのモンスターは、カオスゲートからしか侵入出来ない設定だ。当然戦いはその周辺が中心となる。
モンスターの数が多くなり、混戦になるとその範囲は街全体にまで広がってしまうが、基本的にはプレイヤーの動ける範囲、つまり行動可能なフィールド上でなければならない。
それなのにプレイヤーが行動できない水の中からモンスターが出て来るとは。種族が「魚」のモンスターとはいえ、以前なら有り得ない事だった。
——仕様を変えたのか?
考えられない事ではない。この〈ザ・ワールド〉はリアリティを追求したゲームだが、魚型モンスターだけは地上を
もしかしたらそれで今回は、モンスターをよりリアルに近づける為に水から出すようにしたのかもしれない。
とにかくこのまま裏通りにいても仕方ない。早くボスモンスターを引っ張り出す為には、こんな裏通りに居る二匹程度のはぐれモンスターより、表通りにいるヤツを斃さなければ。
バルムンクは身を返し、未だ激しい戦いが繰り広げられているメインストリートに向かおうとした。
その背中を、唐突に涙混じりの悲痛な悲鳴がど突いた。
「いやーっ、お願いっ、来ないでっ!」
何処かで聞いた事があるような女性の声。
嫌な予感がし、バルムンクは身を翻して声のした裏通りの奥へと向かった。
途中湖よりのそりと現れたレッドシザースを、通りすがりに斬り斃して角を曲がると、その突き当りに木箱を楯にして、ぐるりと周りを囲んでいる赤い魚体に翼の様な長いヒレを付けたモンスターに、頼み込む様に悲鳴を上げて手にした双剣を振り回している桜色の髪をしたPCがいた。
しかし、いくら来ないでと頼んだところで、モンスターが言う事を聞くわけがない。今は振り回される双剣の攻撃を避けて待機しているが、彼女が疲れてその手を止めたら最後、一斉に襲い掛かるだろう。
小さく舌打ちし、バルムンクはそのモンスター達に向かって突っ込んだ。
目にも留まらぬ速さで剣を左右に一閃させる。
いきなり背中を斬り付けられ、魚型モンスターはなす術もなく体色を黒ずませて地に落ち、そのまま消えて行く。
「あ……」
突然疾風のように現れ、モンスターを斃して目の前に立った見覚えのある剣士の姿を、踊り子は
「何故ここにいるっ」
わざわざ一番レベルの低い
しかも、よりによって街にモンスターが溢れかえっているこんな時に来るなんて、どういうつもりか理解に苦しむ。
「ご、ごめんなさい……」
非難する剣士の口調に、びくっと体を竦めた踊り子は、消え入るような声で謝った。
すっかりしょげ返り、微かに
「あ、いや……」
バルムンクは
これではまるで自分が彼女をいじめているみたいだ。
「と、とにかく、ここは危険だ。今日はこのまま落ちた方がいい」
「落ちる?」
「ログアウトするって事だ」
きょとんとする踊り子のプレイヤーにそう教えたところで、背後の湖から盛大な水音と共に飛沫が上がった。
また新たなモンスターが出現したのだ。それも今度はエイ型モンスター二体に魚型モンスター五体の複合で。
団体さんのお出ましに、バルムンクは咄嗟に踊り子の体を両手で抱きかかえると、正面にいる青いエイ型モンスターに向かって跳躍した。
一瞬前まで二人が居た石畳から、先端が鋭利な尖った氷柱が放射状に生えてくる。
もし、あのままそこに留まっていたら、今頃それに串刺しにされていただろう。
モンスターの体に跳び乗ったバルムンクは身を捻って方向を変え、そこを踏み台にして更に傍にある建物の壁に向かって跳んだ。
壁を蹴り、通路の反対側にある建物の五階のベランダに跳び乗る。
ここならモンスターの攻撃もそうそう届かないだろう。
元々水属性が高いバルムンクは、この程度の敵から今のような水属性の攻撃を受けたとして大してダメージは受けないが、彼女のH Pでは間違いなく一撃でゲームオーバーになる。それもある意味ログアウトする事になるが、折角助けた相手が目の前で死なれるのはあまりいい気分ではない。
「バトルモードが解除されたら、すぐにここからログアウトしろ」
抱きかかえていた踊り子をベランダに降ろすと、バルムンクはそう言い捨ててそこから眼下のモンスターに向かって飛び降りた。
水属性の敵に相克である火属性のスキルで攻撃し、効率よくモンスターを
だが、全部のモンスターを斃しても、バトルモードは解除されなかった。
建物を挟んだメインストリートの戦闘が、こちらの
通常ルートタウンから外に出るにはカオスゲートからでないと出来ないが、ログアウトするなら街の何処からでも出来た。とはいえ、バトルモードになっている場合はエリアにいる時もそうだが、それが終了しない限りそのフィールドから転送は出来ない。
チラッとベランダを見上げて踊り子の姿を一瞥すると、バルムンクは表通りに向かった。
メインストリートの戦闘はもう峠を越えて、そろそろ終盤に差し掛かろうとしていた。
辺りを見渡すと、さっき自分が戦っていた反対側にあたる場所で、あちこち半透明な灰色の死体になって転がっているプレイヤーの中で、唯一生き残っているパーティがヒトデ型モンスター相手に苦戦していた。
二本の脚で立ち、うねうねと肉感のある青緑の肢体を
バルムンクは駆け寄り、彼等の脇を擦り抜けると同時に地を蹴った。
——バククラック——
剣に刻まれた〈紋〉の力を使い、炎を帯びた剣をモンスターの頭上から
頭上に「エレメンタルヒット」の飾り文字を浮かべたヒトデ型モンスターは、仰け反る様に体を引き攣らせ、先に相手をしていた三人が呆然と見ている前で、黒焦げになって石畳の上に仰向けに倒れ込んだ。
戦闘終了の文字が画面に表示される。
だが、バルムンクはそのまま、近くに居た別のパーティが相手をしていたモンスター二体もついでに屠った。
これで、この区画の戦闘は全て終了した事になる。
「おい、バルっ」
一息つく彼の耳に、低く深みのある男の声が届いた。
振り返ると、オルカが駆け寄って来るのが見える。
「何処に行ってたんだ?」
先に出て行った筈の相棒の姿が何処にもないので捜していたらしい。
「それより戦況は?」
「ついさっき、お待ちかねのヤツが出て来た」
顎をしゃくって、オルカはカオスゲートのある方を示した。
見ると、確かにそこは戦闘の真っ最中らしく、人だかりが出来ていた。
しかし、ボスモンスターらしき姿は何処にも見当たらない。
怪訝そうに傍らの相棒を見上げると、オルカは行けば判るとカオスゲートに向かった。
その後にバルムンクも続く。
建物が途切れ、視界が広がった先の湖の中に、巨大な女性の上半身が暗い水上にあった。
背中を覆う長い髪は海藻を思わせる深緑色で、顔は妖艶なまでに美しく、耳の後ろにエラのようなものが見える。長く伸びたしなやかな手の指の間は水掻きがあり、上半身は透ける様な真珠色の裸身で、豊かな胸から下は銀に縁どられたエメラルド色の鱗で覆われていた。
そして、彼女の後ろの少し離れた水上には、そのボスモンスターのものと思われる緑色の巨大な魚の尾ヒレの先が突き出ていた。
今回のボスモンスターは半人半魚、つまり人魚の形態をしたモンスターのようである。
足を止めてそれをターゲットすると、モンスターの名である「ウェパル」が表示された。
「ソロモン王が封印した魔神の一柱か……」
顔を
「ソロモン王?」
相棒の呟きに、オルカは眉を
「旧約聖書に出て来る古代イスラエルの王だ。彼は人々を苦しめた七十二柱の魔神を封印して使役したと云われている」
ゲームの世界観や裏設定などに割と興味のあるバルムンクは、こういう方面の知識を豊富に持っていた。
「その王様、どうやってこいつを封印したんだ?」
「教えてもいいが、知ったところで無駄だ」
つまり、その方法はここでは使えないという事だ。
ウェパルは丁度物理攻撃が届かないギリギリの所に居るので、船など水上に出る手段のないプレイヤーは、湖の上に伸びる石造りの桟橋の上から魔法攻撃で相手にダメージを与えるしかない。
けれど、呪紋使いが声高らかに呪紋を唱えて様々な魔法攻撃を加えるが、弾けるような乾いた音と共にモンスターの周りに虹色に輝く透明な障壁が現れ、その頭上には「ダメージ 0」の表示が羅列されるだけである。
魔法耐性が備わっているのだ。
それに気付いた者がアイテムの「魔獣の封印」を使ってその耐性を無くそうとするが、心耐性も高いのか、思うように解除できない。
それならばと、麻痺、毒などの体に状態異常を引き起こすタロットを使ってみるが、それも効果なしである。
そんなプレイヤー達を嘲笑い、ウェパルが口から毒々しい暗紫色の霧を吐き、桟橋上の彼等に浴びせかけた。
それは状態異常を引き起こす毒の
それを浴びたプレイヤー達は、猛毒にやられて徐々にHPを減らしていく。
慌てて「解毒血清」を使ってそれを治したところへ、今度は氷塊混じりの竜巻が桟橋の上で荒れ狂い、衝撃波が追い打ちをかける。
そして、最後にもう一度ダメ押しの鋭利な氷柱が彼等の体を刺し貫く。
回復し切れずに大ダメージを受け、半数近くが灰色の半透明のシルエットに代わった。
パーティで生き残ったプレイヤーが、大急ぎで「蘇生の秘薬」を使って仲間を生き返らせる。
そこへ、いきなり錯乱したように次々とプレイヤー同士が斬り合いを始め出した。
どうやらウェパルは、敵を一時的に錯乱状態に陥らせる「ランキレィ」まで使えるらしい。
それに掛かった者は混乱状態になり、敵味方なく手近にいる者を攻撃する狂戦士と化すのだ。
プレイヤー達は仲間の蘇生と治療と体力回復に手一杯で、とてもボスモンスターに攻撃を加えるどころではないらしい。
「おいおい、半端じゃねーぜ、こりゃ」
桟橋手前で足を止め、すぐ戦闘に参加せずに相棒と共に様子を見ていたオルカは、呆れたような声を上げた。
相手はやりたい放題できて、こっちの攻撃は全く通用しないのでは、攻略のしようがない。
「ウェパルの力は、水の中では万能に近い」
渋面を作り淡々とバルムンクが、あのモンスターのモデルになった魔神の特性を上げる。
「だが、地上ではその力は殆ど使えなくなる」
つまり、水からウェパルを引っ張り上げる事が出来れば、こっちにも勝機はあるという事だ。
「どうやって、アレをあそこから上げるんだ?」
「………」
それが問題だった。挑発したところでウェパルが自分からホームグラウンドである水から出て来る可能性は殆どない。
でもこれはゲームだ。攻略出来ないイベントはある筈がない。攻略不能とまで言われた「ザワン・シン」でさえもそうだった。だから、絶対何か
八方塞がりの中、バルムンクは何かいい策はないか思案した。
湖の向こう岸を巡り、桟橋と水上で繰り広げられる戦闘などお構いなしに、ゆっくりと中空を不格好な飛行船がこちらに渡って来る。
それに目を留めてバルムンクは何やら考え込み、そして傍らの相棒に声を掛けた。
「オルカ」
「なんだ?」
「回復を頼む」
そう言って、相棒にパーティ編成を申し込む。
それを受け、オルカは訊いた。
「どうするんだ?」
「あれを使う」
ウェパルの頭の脇を通り過ぎる飛行船を顎で示し、バルムンクは傍らに建つ湖の上に張り出た建物の中に姿を消した。
「……なるほど」
相棒の意図を察すると、オルカも
「何時でもいいぜ」
と、既に建物の屋上で待機している相棒に声を掛ける。
チラリとバルムンクは相棒の姿を視界の端で捉えると、バサリと背中の羽根を広げ、そこから水上の飛行船に向かって跳躍した。
「ザワン・シン」のクリア特典であるこの羽根は、単なるお飾りではなかった。空が飛べるというわけではないが、ジャンプ時にそれを使うと飛距離が格段に上がるのだ。だから、プレイヤーなら普通飛び越せない場所でも、バルムンクなら苦も無くやってのける事が出来る。
対岸の煌めく摩天楼を背景に、羽ばたきの音と共に戦天使が夜空を飛翔する。
湖の上空をゆっくりと対岸に向かう飛行船の上に飛び乗る。
腰の片手剣を抜き放ち、更に動く飛行船の上からタイミングを測ってボスモンスターの頭上に跳躍した。
——ギバククラック——
炎を纏った刀身が夜空を斬り裂き、ウェパルの緑の頭に振り下ろされる。
つんざくような悲鳴を上げ、初めてボスモンスターのHPゲージが減った。
が、水属性の相克である火属性の攻撃を喰らったにしては、思ったほどダメージは受けていないようだ。多分物理防御が高いのだろう。
とはいえ、手応えはあった。
桟橋の上でそれを見ていたプレイヤー達の間から、歓声が沸き起こる。
怒ったウェパルが両手を振り上げ、自分の頭上にいる不届き者を捕まえようとする。
それを躱し、バルムンクは夜空を飛んだ。
ウェパルの斜め後ろ、丁度対岸を巡って戻って来た飛行船の上に。
すかさず体を返し、そこを足場に再び跳躍したバルムンクは、火属性の攻撃をボスにみまう。
そしてまた、モンスターの頭を蹴って、ゆっくりと遠ざかろうとする飛行船に飛び移った。
そこへ、ウェパルが毒の息を吹きかける。
全身を猛毒に冒されたものの、すぐさま解毒される。
オルカが「解毒血清」で回復してくれたのだ。
何事もなかったように、再びバルムンクはウェパルに炎を纏った剣で斬撃を浴びせる。
そして、遠ざかってしまった飛行船とは逆に、やって来た別の飛行船に飛び移ろうとした刹那、不意に体の動きが制御できなくなった。
闇雲にボスモンスターの頭を斬り付ける。
ウェパルに「ランキレィ」を掛けられたのだ。
今の場合、攻撃対象はそれを掛けたウェパル自身なので、特に実害ないように思えるが、コントロールできないままだとスキルを使った効果的な攻撃ができない上に、敵の攻撃に対して一切対処できなくなる。
それを見たオルカが、慌てて「気付けソーダ」を使って相棒の混乱状態を治す。
が、遅かった。
逆巻く竜巻の中に閉じ込められ、氷塊が容赦なくバルムンクを襲う。
「ぐっ…」
一気にHPが削られる。
攻撃力を上げる為に、アイテムで火属性を上げていたのがマズかったようだ。
痛烈な攻撃を受け、バルムンクの動きが一瞬止まる。
その体を、振り上げたウェパルの手が薙ぎ払った。
「くっ!」
吹っ飛ばされながらも、バルムンクは羽根を羽ばたかせて中空で体勢を立て直す。
そこへ、ウェパルの放った衝撃波が襲い来る。
堪え切れず、バルムンクはそのまま背中から水上に聳え立つ建物に激突した。
「バルっ!」
回復アイテムで殆ど瀕死に近い相棒の体力を全快させながら、オルカは建物のベランダに落ちた相棒を見上げて気遣うように声を飛ばす。
「まだ、これからだっ」
よろけながらも立ち上がり、バルムンクは水上で妖艶な顔を怒りで染めて自分を睨むウェパルと対峙した。
不意に、ウェパルの
ついバルムンクとボスとの一騎打ちに魅入っていた他のプレイヤー達が、彼が大ダメージを受けた事でハッと我に返り、ダメ元で自分達に出来る攻撃をウェパルにみまったのだ。
ダメージが無いとはいえ、煩わしさに不快な唸り声を上げ、ウェパルは体を返すと桟橋上のプレイヤー達に向けて衝撃波を放った。
その隙にバルムンクはベランダから跳躍し、水上をゆったりと渡る飛行船の側面を蹴って更に高く跳んだ。
——ギバククラック——
炎を帯びた剣でウェパルを斬り付ける。
頭上に「エレメンタルヒット」の飾り文字が浮かび上がり、二倍のダメージを受けて、ボスモンスターは苦しげに大きく仰け反った。
同時にバルムンクは跳び上がって再び同じ技を繰り返す。
その間にも桟橋上のプレイヤー達は、ボスモンスターの魔法耐性解除や状態異常を引き起こそうと、回復の間合いに惜しげもなくアイテムやスキルを使いまくった。
攻撃が二方面になった事でウェパルの攻撃も散漫になり、その間隙を縫ってバルムンクが相棒のサポートを受けながらボスのHPを徐々に減らしていく。
——と、
夜空を焦がす炎の塊が降り注ぎ、ウェパルの体を焼き焦がした。
一気にボスモンスターのHPが削り取られる。
どうやら魔法耐性を解除することに成功したようだ。
それを機に、今まで手を出せなかったプレイヤー達の鬱憤を晴らすかのように、次々と水属性の弱点である火属性の魔法攻撃がウェパルに浴びせかけられる。
常夜の湖に炎の饗宴が繰り広げられ、
「これで、最後だっ!」
炎に彩られた夜空を縫い、バルムンクは手にした炎の剣を振りかぶり、火に焼かれて苦悶の呻き声を上げるウェパルの脳天に斬り下ろした。
魔法攻撃の炎の中、属性クリティカルを表す飾り文字が浮かび上る。
星の煌めく夜空に一際大きな咆哮を放ち、ウェパルの美しかった真珠の肌とエメラルドの鱗が黒く変色し、グラリと傾いた。
その体を蹴り、羽根を羽ばたかせてバルムンクは相棒の待つ桟橋の上に降り立った。
背後で水飛沫を上げ、倒れ込んだウェパルの姿が湖の中に沈んで行く。
歓喜の声が湧き上がる中、バルムンクの目の前に宝箱が舞い降りてきた。
ボスを斃す際に最もそれに貢献した——ダメージを与えたプレイヤーに与えられる、ボスモンスターのみが落とすレアアイテムの入った宝箱だ。
途中まで一人で地道にウェパルのHPを削っていた分、大ダメージを与えていた魔法攻撃を使った者達よりも評価が高かったとみえる。
バルムンクはそれを受け取り、蓋を開けて中を見た。
中に入っていたのは両手に乗る、先程斃したボスモンスターのエメラルドの像だった。
ただし、上半身の人の顔の部分は、何故かこの世界にしかいない幻の珍獣と言われるプチグソの顔になっていた。
「へえ、初めて見るな、こんなの」
相棒が手にした像を見て、オルカが目を丸めて呟く。
確かに、こんなのは初めてだ。多分今回のイベント用にあのボスモンスターと一緒に造ったのだろう。しかし、何故顔がプチグソなのか。このアイテムを制作した奴は、余程プチグソがお気に入りらしい。
「……お前にやる」
微妙な沈黙の後、バルムンクは妙にとぼけた顔をした人魚像を相棒に渡した。
「えっ、いいのか?」
「ああ、ウェパルを斃せたのも、お前の
回復を気にせずに攻撃に専念できたからこそ貰えたレアアイテムだ。自分が貰うより、相棒の方が相応しい。
目を輝かせて喜ぶオルカの体越しに、カオスゲート付近にいたプレイヤー達がこっちにやって来るのが見える。
おそらくボスの落としたレアアイテムが何か知りたいのだろう。
相手にするのは何かと面倒だ。それに、そろそろ限界だった。
「後は任せる」
そう言って落ちようとしたバルムンクは、ふと脳裡に裏通りのベランダに置いて来た踊り子の姿がよぎった。
だが、もう既にログアウトしている筈だ。
軽く
ソロモン王が封印した72柱の事を、「悪魔」と呼ぶのがどうやら一般的のようですが、数を「柱」で表すのは普通「神」なので、自分はウェパルを敢えて「魔神」としました。
あと、背景などの仕様はどちらかというと「.hack//SIGN」寄りです。ゲームだと行動範囲が狭くなりすぎて……
背景の建物やオブジェクトの上には登れないし、ホームも案はあったようだけど実際はなかったしね。