.hack//Counterattack   作:飛鳥 螢

6 / 6
Ⅴ. 想いと結末

 踊り子が嬉しそうに表情(かお)を綻ばせる。

『それじゃあ、その前に一つ、お願いしてもいいですか?』

 と、窺うように訊いてくる。

『なんだ?』

『…——私を、抱き締めてください』

『は?』

 一瞬、言われた言葉の意味が理解できず、思わずバルムンクは間の抜けた声を上げた。

 呆然と目の前の彼女を見やり、そして、疑わしそうな目を向けて確認する。

『それは、その男に交渉しに行くのに必要な事なのか?』

『はいっ』

 力一杯桜色の髪をした踊り子は返事をした。その声には、これ以上ない程真摯な響きがあった。

 しかし、お願いの内容が内容だけに、そう簡単に頷けるものではない。

『あの、やっぱりダメですか?』

 黙り込んでしまった銀髪の青年剣士を、踊り子は不安そうに窺った。

『いや』と頭(かぶり)を振り、あまり気が進まないながらもバルムンクは応えた。

 それの何処が必要なのかよく分からないが、彼女がそう主張するのであれば仕方がない。

『ただ、ここではちょっと……、場所を変えてもいいか?』

 幾らここが人気のない場所だといっても、全く人が来ないわけではない。こんな所で蒼天のバルムンクが女性PCを抱き締めているのを他のプレイヤーに見られでもしたら、BBSに何を書かれるか分かったものではない。

 自分が納得している事に対してあれこれ書かれても平気だが、ゴシップ記事のネタにされるのだけは願い下げである。

『はい、構いません』

『じゃあ、付いて来てくれ』

 そう言って踵(きびす)を返し、バルムンクは彼女を連れてプチグソ屋の浮島を後にした。

 武器屋のある浮島に行き、更にその裏手から延びる居住区に通じる架け橋を渡って、そこにある建物の一つに入る。

 中央にある螺旋階段を上がり、最上階の一室の前で立ち止まった。

 〈ザ・ワールド〉では、使用料——ゲームのお金(G P)を支払ってルートタウンの居住区の部屋を借りる事が出来る。プレイヤーの間では俗に「アジト」と呼ばれているが、要は借家の自宅(ホーム)である。

 ホームでは、調度品アイテムを使って内装をコーディネートしたり、アイテムを保管したり、友達を呼んでホームパーティーのチャット大会を開いたりとか自由にできる。

 ただ、このゲームをするのに絶対必要なものでもないオマケオプションなので、それのレンタル料はゲーム内でも相場と比較して結構割高になっている。お金持ちの高レベルプレイヤーでないと中々借りられない代物だ。が、中には仲間でお金を出し合って借りているプレイヤーもいた。

 バルムンクの場合、オルカと共同で使えるホームを、各人名義で一つずつ持っていた。

 ドアを開けようとして、バルムンクは思い出したように踊り子に振り返って言った。

『君のメンバーアドレスをくれないか?』

 ホームには、その持ち主とメンバーアドレスを交換した者でないと入れない。もし入ろうとしても、見えない壁に阻まれて中に入る事が出来ないのだ。そういう仕様になっていた。鍵を掛けなくとも不法侵入者(どろぼう)は絶対に中に入れない。リアルでは羨ましい限りの造りである。

 踊り子とメンバーアドレスを交換したバルムンクは、そこで初めて彼女の名を知った。

 ゲーム内では普通PCの頭付近に名前が表示され、ターゲットすれば誰でもそのPC名を知る事が出来る。中にはそれが嫌でワザと表示しない(オフにする)者もいた。

 バルムンクがそうだし、この踊り子もその一人だと思い、助けたあの時もその場限りで二度と会う事はないだろうと思っていたから、敢えて名前を聞くことはしなかった。

 ——セイラ……?

 メンバーアドレスの名を確認して、バルムンクは微かに目を細めた。

 こういう場合、普通「セーラ」と書かないかと思ったのだ。が、ありふれた名前だから、既に誰かが登録してしまったのかもしれない。

 このゲームでは同じ名前のPCは存在しない。新規ユーザーが既存の名前を使おうとすると「この名前は既に使われています」とシステムにはねられて登録できないのだ。

 とはいえ、呼び名が同じでも表記の仕方が違う場合通る事がある。例えば漢字をひらがなに変えるという様に。

 多分彼女もそれで「セーラ」ではなく「セイラ」としたのだろう。

 ホームに入ると、そこはワンルームの割とこじんまりした部屋だった。実際ここで生活するわけではないので、広さはこれで十分といえた。

 壁には青と白を基調とした〈紋(ウエイブ)〉がペイントされたタペストリーが掛けられ、中央にテーブルと椅子が、そして窓際には今まで攻略したイベントの戦利品——レアアイテムの飾られた戸棚にベッドが置かれてあった。

 ベッドは必要ないとバルムンクは言ったのだが、オルカがいかにもマイホームっぽくていいだろうと置いてしまったのだ。

 ドアを閉めると中の音は外には聞こえない。ここならわざわざウィスパーモードを使う必要もなかった。

 バルムンクはボイスチャットのモードを元に戻して踊り子に向き直った。

「それで、どんな風に抱き締めればいいんだ」

『背に手を回して、ギュッと抱き締めてください』

 チャットモードの切り替えなど思いも寄らないセイラは、緊張した声で囁(ささや)いた。

「判った」

 頷き、言われた通りに彼女の背中に手を回して、バルムンクはしっかりとセイラを抱き締める。

 彼の腕の中で身を固くしていたセイラだったが、暫くして彼に身を預けるように体の力を抜いた。

 それからどれくらい時間が経っただろうか。まあそれ程長い時間ではないだろうが、彼女が一向に「もういいです」と言ってくれないので、バルムンクは踊り子の体を抱擁したまま所在無げに部屋の中を見回し、ふと腕の中に視線を落とす。

 セイラは身じろぎせず、安心しきっているようだった。

 しかし、これと心当たりの男を説得するのと、一体どういう関係があるのか、未だにその理由が分からない。

 バルムンクが悩み込んでいると、腕の中から声が上がった。

『もういいです。ありがとうございました』

 彼の腕から解放されたセイラは、そう言ってにっこりと微笑んだ。

「じゃあ、その男の所へ頼みに行くのか?」

『はい』と、嬉しそうに応え、セイラは言葉を継いだ。

『今までの人は、あんな話を聞くと本当に感じるのかどうか、変な所を触って試したがるんです。でも、貴方は私の思っていた通り、そんな事はしませんでした』

 そう言ってバルムンクの手を取り、ギュッと握り締める。

『後残り五日、協力お願いします』

「え? いや、だけど心当たりの男が——」

『それは勿論、貴方です』

 きっぱりとセイラは言い切った。

 心当たりの男が自分だとは露程にも思ってなかっただけに、バルムンクは呆気に取られた。

 出来れば辞退したい。お触りの実験に付き合うのは。しかし、フィアナの末裔ともあろう者が一度「任せろ」と言っておいて、あっさりそれを反故するような不誠実な真似をするわけにもいかない。

 それでも一応回避できないか訊いてみる。

「俺の知り合いに、大丈夫そうな者がいるのだが、そいつはどうだ?」

『いえ、貴方でなければダメです』

 幾ら大丈夫と言われても、今までの事から何時豹変するかも知れない、見ず知らずのプレイヤーなど信用できない。

 それに彼は、気付かれない様に慎重に人となりを試してみて、やっと見つけた信用できる(好感が持てる)男性プレイヤーなのだ。期日が迫っている今、絶対逃すわけにはいかなかった。

『引き受けてくれますよね?』

 期待に満ち満ちた眼差(まなざ)しで念を押す踊り子に、バルムンクは諦めたように嘆息した。

「あ、ああ……」

 気分はもう、駅前に屯(たむろ)むキャッチセールスに捕まって、詐欺にあった被害者のそれであった。

 

          ⁑ ⁑ ⁑

 

「よおっ」

 フォート・アウフのカオスゲートの前に姿を現わしたオルカは、霞(かす)む空の向こうに見える浮島の端で佇んでいた相棒を見つけ、架け橋を渡って久しぶりに会う彼に軽く手を挙げて挨拶した。

 それに気付き、バルムンクも挨拶を返す。

「変わりはないか?」

「おかげさんでね。あの『モンスター街侵入』イベント、結構評判良かったんでこの夏他のサーバーでもやるって話らしいな」

「夏はヒマ人が多くなるからな」

「だからイベントがてんこ盛りだ」

 今から楽しみだと、オルカは相好を崩した。

「何に参加するか、バルはもう決めたのか?」

「まだだ」

 バルムンクは頭(かぶり)を振った。

「全部の日程が発表されるのはもう少し先だろう。良さそうなものがあれば参加してもいいが、今年はどうだろうな」

 マンネリを防ぐ為に、この間のイベントのように一つ二つは仕様を変えたりするだろうが、C C社はここ一年プレイヤーのカムバックを狙って様々なイベントを行っている。新たに新規のイベントがあるかどうかは疑問だ。大体一度攻略したイベントには興味はない。

「ま、プレイヤーの主催するイベントもあるし、そん時にならなきゃ分からんか」

 頭の後ろで手を組み、チラリとオルカは相棒に視線を向けたが、また何やら思案に耽(ふけ)っている様子を見て空に視線を転じた。

 ややして眼下の金色に波打つ雲海に視線を落とすと、沈黙していたバルムンクがポツリと声を掛けてきた。

「なあ、オルカ」

「ん?」

「最近、このエリアのサーバーテーマ、やけに出現率が高いと思わないか?」

「ここのサーバーテーマって、確か目玉の大群だよな」

「ああ、他のプレイヤーからもそんな話が出ている」

 サーバーテーマとは、サーバーのフィールドの空に約四分の一の確率で出現する謎のオブジェクトの事である。サーバーによって出現するものが違い、この∑(シグマ)サーバーでは複数の眼球が一塊になって出現する。

 そこにもダンジョンが存在し、ある特殊なイベントをクリアした後で手に入るワードによってしかそこへは行けないので、情報屋やアイテムトレードの仲介取引をするトレーダー達の間では、そのワードはかなり高いレートで取り引きされているという。

 だが、ただ一つこの∑(シグマ)サーバーのサーバーテーマだけは、そこに至るワードが存在していなかった。最初からないのか、それともまだ誰もそのワードを手に入れていないだけなのか。

 もしそうなら、どうやればそのワードを入手できるのか。それは長年プレイヤー達の間で噂される謎だった。

「だけど四分の一の確率って言っても、必ず四回に一回現れるって訳じゃないだろ。たまたま毎回見掛けても別におかしくはないんじゃないか」

「それはそうだが……」

 一人二人ならともかく、このエリアでプレイする大半のプレイヤーがそう感じる程に目撃されているのは、やはりどう考えても不自然だ。そこには何か作為的なものが感じられた。

 バルムンクはまた難しい顔をして再び考え込んだ。

 そこへ、大事な事を忘れていたと言わんばかりに、オルカが囁(ささや)いた。

『そういや、お前の彼女の事なんだけどさ』

「彼女?」

 今のところ、そう呼べるような存在は自分にはいない。

 誰の事を言っているのか判らないバルムンクは、怪訝そうに相棒を見返した。

『そう、ほらピンクの長い髪の、一風変わった姿をした女性PC』

『彼女は違う』

 それを聞いて、バルムンクはボイスチャットを相棒と同じにしながら即座に否定した。

『え? 違うのか?』

『ああ、彼女はその、困っていたのを助けただけだ』

 渋面を作ってそう言うと、バルムンクは相棒を睨み付けた。

『大体、何処からそんな話が出て来た』

 BBSにそんな書き込みはなかった筈だ。

『カイトからだよ。そのPC(こ)とお前が一緒にいるのを、何度か見掛けた事があるって言ってたから、てっきりそうだと』

 実はあの時、バルムンクから連絡を貰っていたのに気付いて急いでログインしたカイトは、彼が見知らぬ女性PCとただならぬ様子でフォート・アウフの居住区に向かうのを見て、何となく声を掛けそびれてしまっていたのだ。

 その後でバルムンクにメールを送ったら、「頼みたい事があったのだが、もう用は済んだ」と返信されて来たので、その時はそのまま終わってしまっていたのだが、それから二度ほどカイトは人目を憚る様に二人が会っているのを偶然見かけ、一緒にいたブラックローズが「へぇ、あの鈍感なバルムンクにも、やっと春が来のかも」と言ったのだそうだ。

 それをテスト開けにログインしてカイトから聞いたオルカは、今度会ったら冷やかしてやろうかと思ったのだが、すれ違いが多くて今までずっと出来ずにいたのだ。

『あいつら……』

 人に見られないように細心の注意を払い、カオスゲートで会ってすぐさまエリアに出ていたのに、まさかカイト達に見られていたとは。不覚だった。

『じゃあ、まあ、彼女じゃないとしても知り合いって事で。知らないみたいだから、一応お前の耳に入れておいた方がいいか』

『彼女に何かあったのか?』

『ああ、ちょっと小耳に挟んだんだけど、ほら、俺よくビキナーの案内役とかやってるだろ』

 イベントなどでよくコンビを組む二人だが、普段はどちらもソロでプレイしている。

 世話好きのオルカは、ちょくちょく初心者の集まるサーバーに出入りして、ビキナーに〈ザ・ワールド〉で楽しく過ごす為のマナーや遊び方を教えていた。

 オルカはそこでカイトから聞いていた特徴の女性PCの噂を耳にしたのだ。結構いい動きをするのに、肝心な処で使えないダメな双剣士の噂を。

『そのプレイヤー(こ)と組んだら「蘇生の秘薬」がいくらあっても足りないって噂が立って、誰も仲間にしたがらなくなってな』

 と、そこで言葉を切り、オルカは言いにくそうに言葉を継いだ。

『で、今はどうもここにログインしてないみたいなんだ』

『それは本当か!?』

 彼女のデータ取りが終わってから一度も会ってないが、そんな事になっていたとは。

『ああ、姿を見かけなくなる直前、マク・アヌのカオスゲート前で、パーティ組んでた娘(こ)達に酷く罵(ののし)られていたらしい』

 そのプレイヤー達は相当頭にきていたようで、その周囲にいた全員が驚いて立ち止まり、思わず振り返ったくらいにそれは凄まじかったようだ。

『女の子って、頭にくると容赦ないからなぁ』

 肩を竦め。オルカは相棒の反応を窺った。

 が、雲海に視線を落としたまま、バルムンクは黙していた。

『お前、もしその娘(こ)のメンバーアドレス持ってるなら、メールでもしてみたらどうだ』

『いや、それがかなり前の話なら、今更だろう』

 バルムンクは頭(かぶり)を振った。

 ここで友達を作りたくて、嫌な思いをしてまでデータ取りのバイトを頑張ってやっていたのに。もっと早くそれを知っていれば、何かできたかも知れないが、今となっては遅すぎる。そんな事情でやめてしまった者にメールを出すのは、古傷を抉(えぐ)るようなものだ。

『ありがとうございました。おかげでやっと〈ザ・ワールド〉で遊べます!』

 そして、ここで沢山友達を作るのだと、別れ際に嬉しそうにそう言って笑ったセイラの顔を、まだはっきりと思い出せる。

 だがもう、その想いを形にすることなく彼女はこの世界を去ってしまった。

 過ぎた事を悔やんでも仕方がない。今はただ、彼女にとってこの世界が、辛いものでしかなかったのが残念でならないと思うだけだ。

 小さく吐息を漏らすと、バルムンクはメンバーアドレスのリストを開き、そこからセイラの名を削除した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。