.hack//Counterattack   作:飛鳥 螢

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Section2. 〔想 い〕
Ⅰ. 新たな出会い


 斜に傾く大きな夕陽に照らされ、朱金に染まる煉瓦や石造りの家々。その立ち並ぶ建物に沿って流れる運河には、夕焼けを映して黄金色に輝く清らかな水が流れていた。

 運河によって南北に分けられた街は、その中央を木材で造られたアーチ型の大橋で繋がれ、その先にはとんがり屋根の鐘楼のある建物が見える。

 そして、この暮れなずむ中世ヨーロッパを思わせる街並みのあちこちの壁や、たなびく旗には色鮮やかにこの世界特有の〈紋(ウエイブ)〉が描かれていた。

 水の都であるここ「女神の息子」という意味の名を持つ、Δ(デルタ)サーバーのルートタウン「マク・アヌ」は始まりの街である。

 初めてこの〈ザ・ワールド〉にログインするプレイヤーは、まずこのルートタウンに出る。そして、ここからこの世界での自分の物語を創っていくのだった。

 初心者プレイヤーが集うマク・アヌの中央に流れる運河に掛かるアーチ橋の袂の階段を降りた脇で、一人の男性PCが階段の縁に腰掛け、石畳に突き立てた剣の柄に組んで乗せた両手の上に顎を置いて、ぼんやりと運河のせせらぎを見ていた。

 蒼海のオルカと同じタイプの、大柄のがっしりとした体躯をしたバーバリアンタイプの壮年の剣士だ。

 オールバックにした灰褐色の髪に、顔と上半身の裸体には地属性を表す亀甲型の〈紋〉が白線でペイントされ、それに沿って顔の上部分と首から腕を含めた体の右部分が青く染めてあった。身に付けている防具もオルカと同じこのタイプ標準のものだ。

 PCを作る際にまず体格の基本タイプを選ぶ。そこにそれなりに種類も色も豊富にある装備品などの各パーツを自分好みに組み合わせて作るのだが、余程キャラメイクに拘(こだわ)って作らない限り、大体基本寄りの他の誰かと似たり寄ったりの姿になってしまうのは仕方ない事だった。

 男はまた一つ溜息をついた。

 ——そこへ、

「あれ、ベア。そんな所で何やってんの?」

 元気な声が頭上から降ってきた。

 見上げると、アーチ橋の手摺(てすり)の上から覗き込む様に、自分の背に余る程の長さの両手剣を担いだ少女が彼を見下ろしていた。

 年齢は十代後半くらい、肩上までの外はね気味の茶色い髪をした快活そうな、アマゾネスタイプの重剣士の少女である。惜しげもなく晒(さら)した小麦色の肌に〈紋〉をペイントし、足には膝までのブーツを履いて、胸と腰、そして肘までの腕にそれぞれお揃いのデザインの紅い防具を装着していた。

「よお、ミミルか」

 知り合いの少女に、ベアは軽く手を挙げた。

「今来たばかりか?」

「あ、うん。おっさんは?」

 軽快な音を響かせて、ミミルは階段を降りてベアの許にやって来た。

「かれこれ一時間ほど前かな」

 ふ~んと言いながら、ミミルは自分を見上げるベアの顔をまじまじと見返し、小首を傾げて訊いた。

「な~んかさ、ベア、へこんでない?」

「へこんでいるように見えるか?」

「うん、どっからどう見ても」

 声からして元気がない。

 片目を吊り上げて問い返す男に、ミミルはきっぱりと言い切った。

「そうか……」

 溜息混じりに苦笑して、ベアは重剣士の少女から運河の川面(かわも)に視線を向けた。

「何かあったん?」

 彼の脇の壁に身を預け、心配そうにミミルは訊いた。

 ちらりと少女を見返し、ベアは暫し悩む様に難しい顔をしていたが、やがて静かに口を開いた。

「実はな、さっき双剣士の娘(こ)に声を掛けたんだ。双剣士というより踊り子みたいな、この世界ではあまり見かけない珍しい格好をしたPCなんだが……」

「ああ、最近時たま見掛けるよね、そーゆーの」

 心当たりがあるのか、ミミルが口を挟む。

「あたしも、この間カルミナ・ガデリカに行った時、頭からすっぽりとベールを被った占い師みたいな、いかにもって感じの呪紋使いを見たし、それからくノ一とか忍者風の双剣士や剣士、それにインド僧みたいな重槍使いなんかもいるって話だし」

「キャラデザインが、新たに追加されたのかもしれんが、まあ、今はそれは置いといてだ」

 と、ベアは逸(そ)れた話を元に戻して先を続けた。

「結構前なんだが、ここのカオスゲート前で、その双剣士の踊り子を含めた女の子ばかりのパーティがケンカして……というより、踊り子を残り二人が一方的に責めてたんだ。どうもその娘(こ)のヘマで酷い目に合ったらしい。彼女達は周りにいた連中が思わずたじろぐ程の罵声を、その娘に浴びせていたんだ」

「なにそれっ」

 ミミルは不快げに顔を顰(しか)めた。

「ヘマの一つや二つ、誰だってするでしょ。それをフォローするのが仲間ってもんだし、その為のパーティじゃない。ヘマしたコだって、きっと悪かったって思ってる。それなのに、人が見てる前で責めるなんて、サイッテー」

 嫌悪と共に吐き捨てる。こういうモラルのない自分勝手なプレイヤーは、彼女の最も嫌うタイプだった。

「だな。で、怒りを相手にぶちまけた後でハッと我に返った彼女らは、皆の注目を集めているのに気付いて、そそくさと何処かに行っちまったわけだ」

 少女の相変わらずの気性にふっと口許を綻ばせ、ベアは言葉を継いだ。

「そして、一人残された踊り子は、気の毒になるくらい打ちひしがれて落ちたまま、それ以降二度とここに姿を見せなくなった」

「って、やけに詳しいけど、おっさん、まさかその場にいたとか?」

 ミミルは疑わしそうな目を巨漢の男に向けた。

「いた」

「だったら、なんで止めてやんなかったのよっ」

「言っただろ。とても口出しできるような状態じゃなかったって」

 喰って掛かられて、ベアは仰け反りながら弁解じみた言葉を返した。

 それ以来、ずっとその踊り子の事が気になって、ちょくちょくここに来ては彼女の姿を捜したり、それとなく他のプレイヤーに訊いたりしていたのだと。

「で、ついさっき久しぶりにそのPC(こ)を見掛けてな。思わず声を掛けたんだが……」

「うん」

「逃げられた」

「はあ?」

 思いっ切り眉根を寄せ、どういうことかとミミルはベアを問う様に見返した。

「振り返ってこっち見た途端、彼女ログアウトしちまったんだ」

 と、深く嘆息してベアはぼそりと呟いた。

「俺って、そんなに恐そうに見えるかな」

 それで、さっきへこんでいたのである。

「かもね、なんたってバーバリアンタイプだしぃ」

 軽く肩を竦め、ちろっと横目でへこんでいる巨漢の壮年の剣士をみやり、揶揄(からか)いを含んだ口調でミミルは応えた。

 確かにちょっと見、ごつい体の野蛮な戦士といった感じだが、よく見ると目許などは随分柔らかで優しい顔付きになっているから、そんなに恐いという程でもない。

 ベアは彼女が本気で言っている訳ではないと解っているが、憮然として長々と溜息をついた。

 ふと、運河の向こうに目を向ける。

 そこに、行き交う人々を避ける様にとぼとぼと運河沿いに、呪紋の札や巻物などのアイテムが売っている魔法屋の前を通り過ぎ、その奥にある通路に足を向ける桜色の髪をした少女の姿があった。

「噂をすれば、何とやらだ」

「あのコが……」

 人目を避けるように一人項垂(うなだ)れて路地裏に向かう少女の後ろ姿が、何だかとっても痛ましくミミルには見えた。

 ——と、ベアがぼそりと声を掛ける。

「ミミル」

「ん?」

「彼女追い掛けて、声掛けてくれ」

「え? なんで?」

 きょとんと、ミミルは壮年の剣士を見た。

 ベアは彼女を見返し、軽く肩を竦める。

「俺だと、また逃げられるかも知れんだろ」

「いいけど、あたしだって同じかもよ」

 そう言いながら、ミミルは預けていた壁から身を離した。

 

 

 

 

 桜色の髪をした踊り子は細い水路の上の石橋を渡り、そのまま人気のない運河沿いの石畳の通路の角を曲がって行った。

 その先は行き止まりで何もない。人も滅多に来ない忘れ去られた場所だった。

 踊り子——セイラは石畳の端にしゃがみ込み、運河の清流を覗き込んだ。

 水面に映る、久しぶりに見る顔は、無表情で何処か哀しげに見える。

 別に表情のモーションコマンドの入力はしてないのに、今はもうこの表情が地になってしまった自分が悲しい。

 現実で友達を作る機会を逸してしまったから、ここで友達を作ろうと思って頑張ったけど、やっぱりダメだった。

『アンタってサイテー』

『何度も何度も、手ぇ抜いてんじゃないわよ。あたしらバカにしてんの』

『結構イケる癖に、なんであそこであっさり殺(や)られちゃうワケ』

『回復役がさっさと死んだら、意味ないじゃん』

『ホント、もう、やってらんないわ。アンタと組んでると、命も「蘇生の秘薬」も、幾つあったって足りないよ』

 最後にパーティを組んだ子達に投げ付けられた言葉が、今も鋭く心に突き刺さる。

『アンタとなんか、二度とパーティ組むもんかっ』

 何度言われたか知れない。色んな人とパーティを組んで、最後には決まって同じ言葉を言われる。

 友達を作りたくてこの〈ザ・ワールド〉を始めたのに、自分が下手だから皆去っていってしまう。これじゃあこのゲームを続ける意味がない。

 ——やっぱり、もうやめよう……

 嫌な思いを一杯してまでバイト頑張ってやっと手に入れたのに、全てが無駄だったなんて。

 そう思うと余計悲しくなる。

 だけど仕方ない。諦め切れなくてこうやってログインしてみたけれど、また同じ事の繰り返しになるんじゃないかと思うと、怖くて誰にも話し掛けられない。女性プレイヤーに、そして、男の人にも。

 さっき剣士の男のプレイヤーに声を掛けられた時、バイトをやっていた時の体験が脳裡に蘇り、セイラは思わず逃げ(ログアウトし)てしまった。

 そう、彼女はあの時の体験の所為で、もう触れられても感じないと判っていても、男性プレイヤーに傍に寄られると、嫌悪で怖気(おぞけ)立ってしまうようになっていたのだ。ただ一人、何時も自分を助けてくれたあの羽根を持った剣士以外は。

 ——最後に、あの人にもう一度会いたかったな……

 あの時貰った彼のメンバーアドレスは今も大事に取ってある。「会いたい」とメールすれば、きっと会ってくれるだろう。

 でも、こんなんじゃ会えない。あんなに迷惑かけて協力までしてもらったのに、友達どころか、死んでばかりでレベルさえも満足に上げられてないのに、会えるわけがない。

 セイラはハーッと溜息をついた。

 その耳に、石畳を踏み締める硬質な足音が飛び込んで来た。

 ハッとして振り返ると、そこに健康そうな小麦色の肌をしたアマゾネスタイプの重剣士の少女が立っていた。

「あ、初めまして、ミミルで~す」

 片手を挙げ、軽やかに声を掛けて来る。

 だが、セイラはその少女を呆然と見詰めたまま固まっていた。

 こんな場所にいる自分に、声をかけて来る人がいるとは思わなかったのだ。

「なんか、お邪魔だった?」

「あ、いいえ」

 慌ててセイラは立ち上がった。

「初めまして。私はセイラといいます」

 そう言った後で、深々と頭を下げた。

「あの、何か御用ですか?」

「え、え~と……」

 いきなり問い返されて、ミミルは焦った。

 ベアに頼まれて声をかけたものの、それから先の事は考えてなかった。

「今ヒマ?」

 取り敢えず訊いてみる。

「あ、はい……」

「じゃさ、パーティ組まない?」

 と、ミミルは咄嗟に思い付いた事を口にする。

 セイラはドキリとした。

「私と…ですか?」

 何かの間違いじゃないかと思わず問い返す。

「あー、うん。これからエリアに出ようかと思ってんだけどさ」

 予定はなかったが、そういう事にしてミミルは話を進めた。

「後一人、回復呪紋使えるヤツ捜してたんだ。あんた双剣士だよね?」

 回復役を頼むなら呪紋使いが適任だが、双剣士も回復は得意な方だ。むしろ呪紋使いよりHPや攻撃力が上な分、レベルの低い者だけのパーティでは重宝される。

 けれどセイラは顔を強張らせてまた固まった。

「………」

 今までの事が脳裡に蘇り、声が出ない。

 そんな事は知らないミミルは、返答がないのでちょっと困ったように小首を傾(かし)げる。

「えっと、違った?」

「い、いいえ」

 慌ててセイラは首を横に振った。

「そう…ですけど。……でも、私、物凄く下手で、よく死んでしまうから、あまり役に立たないかも……」

 多分この人は自分の事を知らないから誘ってくれるのだろう。でもエリアに出れば、きっと同じ事の繰り返し。やっとやめようと決めたのに、最後にまたあの言葉を聞くのは辛すぎる。

 そう思い、遠回しにセイラは断った。

「大丈夫、ちゃんとフォローするから」

 自信なさげな踊り子の言葉に、ミミルは片目を瞑(つぶ)って請け合った。

 ここで引いたら、二度とこのコと会えないような、そんな気がした。

「それにあたしだって、そんなに上手いわけじゃないし。ただエリアの景色眺めるだけでもいいんだしね。ここの景色(グラフィック)、すっごく綺麗でしょ」

 と、辺りを見回して、ミミルは二ッと笑う。

 それに釣られ、セイラも表情を和らげた。

 ——この世界の綺麗な景色を見るだけなら、いいかもしれない。最後にあの人と過ごしたあの景色を、もう一度見てみるのも……

「はい。……でも、本当に私でいいんですか?」

「うん、パーティ組むならあんたがいい」

 最初はベアに言われて声を掛けてみたけど、今は本気でそう思っていた。

 きっぱりと言い切ったミミルは、窺うように踊り子の顔を覗き込んだ。

「どう? それとも、やっぱダメ、かな?」

「いいえ、お願いします」

 慌てて頭(かぶり)を振り、セイラはにっこりと微笑んだ。

 早速お互いにメンバーアドレスを交換し、パーティを組む。

「じゃさ、パーティのもう一人の方紹介するね」

 ミミルが後ろを振り返って最後の一人を呼んだ。

「ベア、出て来ていいよ」

 その声に、通路の角からのそりと姿を現わしたのは、三十分くらい前にセイラに声を掛けてきたあの壮年の剣士だった。

「あ……」

 びくっと肩を震わせ、思わずセイラは後退(あとずさ)った。

「大丈夫だって、見た目こんなだけど、恐くないから」

 慌ててミミルが執り成す。ここで落ち(にげ)られたら元の木阿弥である。

 ベアもすぐには近づかずに途中で足を止め、すまなそうな表情をして謝った。

「さっきは驚かせて、すまなかったな」

「あ……、いえ」

 悪いのは私の方なのに、気を使わせてしまった。

 セイラは自分を恥じて謝った。

「私の方こそ、ごめんなさい。本当に、あんな失礼な事をしてしまって……」

「ああ、いや。もう逃げないでくれるなら、おじさんはそれでいいんだ」

 ひたすら謝る踊り子を制し、ベアは近づいていいかとやんわりと訊いた。

「は、はい」

 今すぐ逃げ出したい衝動にかられながらも、「この男(ひと)はきっと大丈夫。この娘(こ)もいるし」と、セイラは自分自身に言い聞かせた。

「それじゃ、改めてベアだ。よろしく」

「セイラです。よろしくお願いします」

 踊り子は硬い声で深々と頭を下げた。

 緊張しきっているのがありありと分かる。

 ふうっと息を吐き、ベアはこっそりとミミルに囁(ささや)いた。

『やっぱ、俺ダメかな』

『後はもう、慣れてもらうっきゃないっしょ』

 軽く肩を竦めて囁き返すと、ミミルは気まずい雰囲気を吹き飛ばすように、明るくセイラに声を掛けた。

「じゃ、何処行こっか?」

 ——と。

 

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