.hack//Counterattack   作:飛鳥 螢

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Ⅱ. 束の間の休息

 精霊の〈紋(ウエイブ)〉を染め抜いた、お椀をひっくり返したような形の連凧が吹きすさぶ風になびき、強烈な陽光を浴びて抜けるような青空の中に揺れている。

 眼下に見える白くたなびく雲海からは、突き出すように峻険とした巨大な岩山がそそり立ち、そこにへばりつくように僅かな平地が点在していた。

 人々は、その間を板と丸太を組んだだけの少々頼りない木橋を掛けて行き来し、朱(あか)い塗料で〈紋〉をペイントした岩肌の岩盤をくり貫き、その中に店や家を造って暮らしを営んでいる。

 「糸紡ぎの守護者」という意味の名を持つ、Θ(シータ)サーバーのルートタウン「ドゥナ・ロリヤック」は、厳しい自然環境の中にある高山都市だった。

 水の都マク・アヌに続き初心者が多く、また中級者などもよく訪れる場所柄、色んなレベルやタイプのプレイヤーに出会える場所でもあった。

 そして、ここの環境が合っているのか、他では見られない野生のプチグソが多数生息していた。

 岩山の脇にある小高い地平の草の上に座り、ミミルとベアは高山特有の照り付ける陽光と吹きすさぶ風を全身に浴び、その先にある雲海に浮かぶ岩場を見ていた。

 そこには〈紋〉を刻まれた四角い石畳の周りを囲む様に小さな水路が流れ、四隅に石を積み上げた円柱が立つ中に、ドゥナ・ロリヤックのカオスゲートがあった。

 二人はここで先日知り合った、踊り子の姿をした双剣士と待ち合わせをしていたのだ。

 あの日彼女は〈ザ・ワールド〉をやめるつもりだったが、事情を聞いたミミルが強引に引き留めたのである。折角頑張って手に入れた限定モデルのPCなんだから、やめるにしても遊び倒してからじゃないと勿体ないと。

 それからミミルはそう言った手前、ベアを巻き込んで毎日セイラに付き合ってエリアなどに出ていたのだ。

 が、今日は用があって少し遅れると連絡があった切り、未だゲートに彼女の姿は見えなかった。

 このままボーっと、何もせずに待っているのはヒマである。

「おじさんが思うに——」

 唐突に口を開き、ベアがぼそりと言う。

「セイラの場合、単にヘタクソというより、突発的な事態に極端に弱いと見た」

「はぁ?」

 いきなり何言い出すかな、このおっさん。

 意味がよく分からず、ミミルは思いっ切り眉根を寄せて首を傾け、隣で軽く胡坐をかいている巨漢の剣士を見た。

「つまり、予定にない事が起こると、パニクって対処できないって事だ」

 変な顔をして自分を見る重剣士の少女に、ベアは判りやすく説明した。

「ほら、彼女魔法陣から出て来るモンスターには滅法強いが、フィールドにいる放浪モンスターだと、あっさり殺(や)られたりするだろ。レベル低いヤツにでも」

「あー、そーいや、そうかも」

 ミミルはセイラとパーティを組んで、初めてフィールドで戦った時の事を思い出した。

 適当にワードを組んで行ったそこは、月の出ていない夜の草原だった。夜闇が辺りを包み視界は悪かった。

 そんな中を走ってダンジョンに向かう途中、不意に今まで聞こえていたゆったりとしたBGMが、激しい旋律に変わった。

 イベント用に設定されていないエリアには、魔法陣から出て来るそれの他に、フィールド内を自由に徘徊するモンスターが居る。それがある一定の距離に近づくとBGMが自動的に戦闘用のそれに切り替わり、モンスターの接近を知らせてその位置を表示してくれるのだ。

 モンスターは三体。

『そっち、頼んだね』

 と、セイラに声をかけながら、すかさずミミルはベアと共に、それぞれの敵モンスターをターゲットして迎え撃った。

 ——が、

『え? ど、何処に——、いやぁっ』

 と、狼狽(うろた)えまくって焦ったような叫び声の後に、バキッ、ドカッという、いかにも痛そうで派手な効果音と共に悲鳴が夜闇を斬り裂いた。

 ギョッとして、モンスターと斬り結びながら二人が慌てて振り返ると、そこには既に色彩を無くしたセイラがモンスターの足許に転がっていた。

 画面下にパーティ表示されている彼女のHPは勿論真っ赤である。おそらく暗がりの中敵を見つけられずにオロオロしている内に、死角から一方的に攻撃を受けて殺(や)られてしまったのだろう。フォローするヒマすらなかった。

 一応話は聞いていたが、思った以上のヘタさ加減に、ミミルとベアが思わず天を仰いだのは言うまでもない。

 ところがダンジョン内の魔法陣から出て来るモンスターの相手だと、彼女の動きや技のキレは目を瞠(みは)るばかりに良かったのだ。

 真っ先に敵に斬り掛かってベア達が攻撃しやすいように立ち回り、彼等がモンスターの攻撃を受けてHPが少なくなれば、即座に回復してくれる。

 そこまでやる必要はないのにと二人は思ったが、お陰でベア達は魔法陣の時は随分楽をさせてもらっていた。

 毎回ここまで両極端な事が続くと、以前彼女とパーティを組んだ子達が、「手を抜いてる」「馬鹿にしてる」と思ってしまうのも無理なからぬ事だった。

 それからもずっと三人で、セイラのレベルに合わせて色んなタイプのフィールドを回ったが、複数の放浪モンスターに襲われて、ミミルとベアがちょっとそれらを斃(たお)すのに手こずると、「何故?」と思う程にあっさりと、回復役であるセイラが真っ先に死んでくれるのだ。

 今では「蘇生の秘薬」が、二人がフィールドに出る時のセイラ専用の必須アイテムとなっていた。

「じゃさ、そこを何とかすれば、彼女そう簡単に死ななくなるってコト?」

「おそらくはな」

 とはいえ、余程の不器用じゃない限り、練習して慣れれば良くなるコントローラー操作と違って、性格的なものを直すのはかなり難しい。

 どうしたもんかと二人が悩んでいると、カオスゲートの傍らに桜色した髪の踊り子が姿を現わした。

 きょろきょろと辺りを見回す。

「こっち、こっちっ!」

 ミミルが手を振って大声で呼ぶと、セイラがそれに気付いて木橋を渡ってやって来た。

「遅くなってごめんなさい」

 言いながら、セイラはすまなそうにペコリと頭を下げる。

 使い慣れてきたのか、大分会話のモーション付けもうまくなり、今では殆ど違和感がない。

「いいよ、待つのは慣れてるし」

 軽く受け流してミミルが踊り子に座る様に促し、傍らに彼女が座ると同時にずっと思ってた事を口にする。

「それよかさ、その言葉使い、もうちょい何とかならない?」

「何とかって……?」

 何を言われているのか意味が分からず、セイラは途惑ったような声を上げる。

「だからさ、その言い方。堅苦しいってゆーか、他人行儀っぽくない?」

 パーティを組むようになって十日余り、ネットの世界ではリアルよりも恐ろしいスピードで時が流れる。現実では「たった」でも、ネットの上では「もう」がつく。それくらい過去の話になるのだ。

 それなのに、何時までも畏まって礼儀正しく「ですます」口調で話されると、何となくよそよそしく、距離を置かれているように思えてしまう。

「ミミル」

 ベアが窘(たしな)める。喋り方は人それぞれだ。他人がとやかく言う筋合いではない。

 それにミミルは不満そうに言い返した。

「だってさ、これゲームなんだよ。もっと楽にしてさ、P Cだって折角限定モデルの『踊り子』なんだし、それっぽく演じ(ロールし)てみてもよかない」

 〈ザ・ワールド〉では、プレイスタイルの一つに「なりきりプレイ」というのがある。自分がエディットしたP Cに合わせた役柄を演じるのだ。

 このゲームの会話は主にボイスチャット方式で専用の音声変換ソフトを使えば、幾らでもP Cの性別や年齢に合わせた声に加工できる。それでリアルの自分と違う別人になり切って楽しむ者が結構多かった。

「ロールする……」

 そんな事今まで考えた事がなかったセイラは、ミミルの言葉に思わず呆然と呟いた。

「あたしの言ってる事、そんなに変かな?」

「あ、いいえ」

 慌てて頭(かぶり)を振り、セイラは窺うように巨漢の剣士を見た。

「あの、ベアさんもその方がいいと思いますか?」

「いつも言ってるが、『さん』はいらんよ」

 苦笑してそう言うと、ベアは自分の考えを口にした。

「まあ、なんだな。おじさんとしても、できればその方がいいんじゃないかと思うが、セイラが今のプレイスタイルでいたいなら、無理にとは言わんよ」

 と、あくまで本人の意志に任せる態度をとった。

 セイラは暫し考え込み、そして、決心したように口を開く。

「分かりました。そうですよね。折角『踊り子』のP Cを造ってもらったんですから、勿体ないですよね」

 私、努力してみます。と決意も新たに重剣士の少女に振り返る。

「それで、どうすれば踊り子らしくなりますか?」

「え? そーだねぇ……」

 そこまで考えてなかったミミルは、暫し視線を宙に漂わせ、そして思い付いた事を口にした。

「やっぱ、ほら。踊り子なんだから踊りが上手いとか」

「踊り……」

 いきなり難問にぶち当たった。モーションコマンドは数十種類にも及ぶが、その中に「踊る」などというものはない。どうやればセイラのPCを踊らせる事ができるのか、皆目見当も付かなかった。

「なにもそこまで本格的でなくとも、言葉をもうちょっと砕けた言い方に変えるとかでいいだろう。最初にミミルが言ってたみたいに」

 途方に暮れるセイラにベアが提案する。

 ミミルもそれに賛成して桜色の髪の踊り子を見た。

「それっくらいなら、できるよね?」

「あ、はい」

 緊張した面持ちで、大きくセイラは頷いた。

「じゃ、話がまとまったところで」

 と、ベアは重剣士の少女に視線を向けた。

「用ってなんだ?」

 彼とセイラはミミルに呼び出されてここに来たのだ。

「ほら、ここんトコずっとエリア回ってばっかだったでしょ。折角夏でイベント沢山あるんだし、どれか良さそうなヤツに行かないかなって」

「そうだな……」

 骨休めにそれもいいかもしれない。

「今年はどんなヤツがあるんだ?」

「んー、あんま目新しいのはなかったんだけど……」

 と、彼女はF M Dを少しずらし、プリントアウトしたイベントの一覧表を見ながら話を続けた。

「やっぱ『モンスター街侵入』イベントかなぁ。今度マク・アヌでやるんだって。例の新仕様のヤツ」

「確かに、あれは中々凝った仕様になっていたな」

 カルミナ・ガデリカと同じ水の都であるマク・アヌなら、そのままの仕様でもいけるだろう。

「あれって、新しい仕様なんですか?」

 もっと砕けた言い方にすると言ったものの、やはりそう簡単には直らないものだ。

 が、それを指摘するよりも、ミミルは二人の知ったような口振りに慌てて訊き返した。

「って、ひょっとして二人とも、カルミナ・ガデリカでやったのに参加してた?」

「そりゃ、再開第一回目だったしな」

「あの時、みんなそこへ行くから、それでなんとなく……」

 行ってみたら、モンスターに囲まれて大変な事になってしまったが。

「えーっ、い~なァ。あたし、どーしても都合つかなくって、行けなかったんだよね」

 悔しそうにぼやいた後で、ミミルはセイラの方に身を乗り出して訊いた。

「だけど、そんな危ない所に行って大丈夫だった? あそこ、結構出て来るモンスターのレベル高いよ」

「ええ。でも危ないところ、助けて貰ったから」

 セイラがほんわりと頬を染めて応える。

「白い羽根を持った剣士の人に」

「それって、蒼天のバルムンク? あのフィアナの末裔の」

「ええ……」

 はにかむ様に、セイラは小さく頷いた。

「へえ。そーいや、そん時のMVPって、確か彼だったんよね」

「ああ、なかなか見応えあったな。あの蒼天のバルムンクとボスの一騎打ちは」

 組んだ腕の一方を顎に持っていき、見物に回っていたベアはその時の場面を思い起こしてしみじみと言う。

 セイラも、あの後言われた通りにログアウトしたものの、気になってまたカルミナ・ガデリカに戻り、見物のプレイヤー達の後ろでこっそりと彼の雄姿を見ていた。

「蒼海のオルカのサポートも絶妙だったし、流石フィアナの末裔と言ったところだな」

「うーっ、見たかったァ」

 自分だけ滅多に見れない英雄達の戦いぶりを見損ねて、ミミルは盛大に悔しがった。

 が、その後で、はたと思い付いて言う。

「あ、だけど、今度マク・アヌでやるんだし。そん時見れるかも」

「そいつぁ、どうだかな」

 首を傾げ、ベアは懐疑的な声を上げた。

「一度クリアしたイベントに、彼等がまた来るとは思えんが」

 それにマク・アヌとなれば、モンスター達のレベルも前回よりも低くなるだろう。

「えーっ、それじゃ、やっぱ見れないわけェ」

 ミミルはガックリと肩を落とす。

「そんなに見たかったのか?」

「あったり前でしょ。あのフィアナの末裔だよ。そのコンビの戦いなんて、そう見れる機会あるわけないじゃん。ただでさえ高レベルプレイヤーで、あたし達のいるようなレベルの所なんて姿見せないんだし」

「そう……なんですか?」

 未だ自分から彼に会う勇気が出ないセイラは、これを続けていれば偶然遠くから姿でも見れるかもと期待していただけに、気落ちしたように呟いた。

「まあな、二つ名を持っている有名プレイヤーってだけじゃなく、蒼天のバルムンクの方は名前を見ただけでも、結構古株だって事が判るからな」

「え? なんで?」

 きょとんとして、ミミルは巨漢の剣士を見た。

「『バルムンク』ってのは、中世ドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』に出て来る英雄ジークフリートが持っていた聖剣の名だ」

 〈ザ・ワールド〉のようなファンタジー系のRPGでは、そういったギリシャ、ケルト、北欧などの神話、叙事詩に基づいた名前は、キャラクターネームとして特に人気がある。

 その中でもゲルマン神話に出て来るジークフリートは、誰でも知っている割とポピュラーな英雄だ。

「知っての通り、この世界じゃ、同じ名のPCは存在しない。つまり、そういう人気のある固有名詞を名前に付けられたって事は、それだけ古株のプレイヤーだって事だ」

「へぇ、おっさんって、こーゆーの結構詳しいよね」

 感心して呟きながら、ミミルはすうっと目を細めた。

「もしかして、ゲーム関連会社の人?」

「ハズレ」

 ネットで現実(リアル)の話を自分からするのはともかく、尋ねるのはタブーである。リアルの自分とは違うキャラクターを演じている者が多いゲームの世界では特にそうだ。

 この〈ザ・ワールド〉でも、リアルのプレイヤーの詮索はマナー違反の最たるものだった。

 その事はミミルも知っている。ただ、自らおじさんだと言っているベアが、平日でも昼中こうやって呼び出しに応じられるのが不思議だったのだ。

 普通のサラリーマンでは絶対にないだろうし、仕事に煮詰まって息抜きに来ていると言うから失業中というわけでもなさそうだ。

 そう思ってリアルの職業をしつこく訊いた事があったが、簡単にはぐらかされてしまった。

 彼と共通の知り合いの女呪紋使いにも、それはマナー違反だとしっかりと釘を刺された。

 それに喩え当たったとしても、ベアはきっと今の様に軽い口調で「ハズレ」と言うだろう。

 それが解っていながら時々思い付いたように訊くのは、これがミミルにとってベアとのちょっとしたクイズ感覚のコミュニケーションだからだ。それにベアの方も、大人の余裕で付き合ってくれているのだった。

「名前だけで、そんな事まで判るなんて……凄いんですね……」

「まあ、キャラクターネームに関しては、早い者勝ちってなトコがあるからな」

 こんな事でしきりに感心する踊り子に、ベアはふっと微苦笑した。

「そういうお前さんも普通に『セーラ』と入れて、はねられたから『セイラ』にしたんだろ」

「え? いえ、これは……」

 言い淀み、セイラは顔を真っ赤にして俯(うつむ)いた。

 どうやら違うらしい。

 ミミルとベアは顔を見合わせ、そして、もじもじする踊り子に再び視線を向けてミミルが訊いた。

「違うの?」

「あ、あの……本当は『聖良』と、漢字で入れるつもり…だったんですけど……」

 ますます顔を赤くして、セイラは消え入りそうな声でしどろもどろに言葉を継いだ。

「PCをエディットする時、まず自分の名前を登録するでしょう。私、あんまり沢山の漢字があって、見つけられなくて……。一緒にエディットした人達は、もう済んでしまって、出来てないの私一人で、皆待ってて……それで……」

「焦って全部カタカナで登録したってわけか、本名共々」

 言葉に詰まったセイラに代わり、ベアが後を引き継いで結論を言った。

「はい……」

 殆ど聞き取れないくらい小さな声で、セイラがコクリと頷く。

 恥ずかしくて、穴があったら入りたい。そんな心境がありありと手に取る様に判る。

 ——やっぱこのコ、焦るとパニクってダメなんだ……

 今更ながらにその事を再認識したミミルとベアだった。

 

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