「はじめの一歩」に女の私が転生する需要はあるの?一応、需要はあるらしい 作:SUN'S
シャチは、獲物で遊びます。
タイトルを変更しました
今日のテレビ特番「突撃!芸人達のプロ体験記!」の準レギュラーを獲得するため、俺は1年か2年前に日本でも広まり始めた女子ボクシングの選手と試合をするという企画に参加した。
そのために俺は東邦ボクシングジムに加入し、新人トレーナーに無理を言ってライセンスを取得している。プロと試合するために取ったけど。
相手は、プロボクサーでも女だ。
既にアメリカでは興行業としての立場を獲得して、新しい事業みたいになっているが、男と女の筋力じゃ違いすぎるって向こうも理解しているだろう。
世界チャンピオンの鷹村守と、俺の加入した東邦ジムに所属する日本チャンピオンの間柴了がスタジオに入ってきたとき、ざわめきが起こる渦中で平然と立っている161cmぐらいの小柄な女が現れる。
フライ級の花咲渚だ。
現在、6戦6勝6KO中の無敗の暫定王者───。
しかし、強くても女だって事に代わりはない。
女子マネと更衣室に向かっていく背中を見送り、生放送ということもあってリング外の鷹村と間柴にカメラとマイクを近付ける司会。
「ズバリ!うちの中野君は花咲選手に勝てるでしょうか!」
そうマイクを突き出して訊ねる。
二人のチャンピオンの近くに控えるトレーナー達は溜め息を吐いている。
「一つ、言っておこう」
「はい!」
「其処のヤツがライセンスを取得したってのは聞いた。曲がりなりにもプロボクサーということだ。ソイツがライセンスを取得していなかったら、渚にも素人なら手加減して貰えただろうな」
そう言うと鷹村は黙り、パイプ椅子に座った。
間柴も似たような事を言い、まるで俺が負けるのは確定しているかのように話していく。
「花咲選手、入場です!現在の体重は116ポンド*1!得意技はグランパス・キャノンという突き上げ型の変形フックということですが、今回のスペシャルマッチで見れるのでしょうか!?」
沸き立つスタジオ。
四角いリングに立って、俺はリングに上がってきた花咲を見つめる。177cmの俺より20cm近くも小さいし、俺の体重は71kgもある。
こんなのに負けるわけがない。
マウスピースを噛み、ゴングを待つ。
カァン…!とゴングが鳴る。
俺は振り返ってリングの対角線に立ったまま動かない花咲に速攻のワンツーを打───ドパァンッ!───、なんで倒れ、て?
「(は?、え?、顔が削れ?は?)」
スタジオの天井を見上げていた。
スタジオの歓声が消える。
「(なにが、おき?)」
目だけが、前を見る。
左ジャブ。左ジャブ。左ジャブ。左ジャブ。
ゆっくりと誰でも見えるぐらいにノロマな四連続の左ジャブが俺の顔を打って左右に頭を弾き、倒れる前に腹の真ん中を殴られる。
その一発で俺の気絶しかけていた意識が文字通り、無理やり叩き起こされながら、身体がくの字に曲がり、がら空きの顔面に左ジャ───左ストレートが突き刺さる。
身体が前のめりに倒れ、右足が前になっていることに気付き、後ろ向きに倒れるようにバタバタと走って、コーナーにぶつかりながら、目の前に立つ女を鼻血を滴しながら見る。
なんだよ、こいつ。
おかしいんじゃねえのかよ!?
「あ、へあ?!たった今入った情報によりますと花咲選手は素手でクマやサメを殴り殺せるほど強いパンチを打てるそうです!」
「いや、それはフィクションだけでしょう」
司会に突っ込む声が聴こえる。
「(違う!ホントだ、ホントに殴り殺せる!?)」
「鷹村選手、この話は?」
「ウソじゃねえよ。俺様と同じく渚は世界の頂点に立つ事が最初から決まっている人間だ。それを今更人の域であーだこーだと言っている暇があるなら見ておけ」
ふざけんなっ、ふざけんなよ!?
ゆっくりと向かってきた花咲から逃げようにも腹を殴られた痛みで足が動かない。
「あああああっ!!?」
今日のためにトレーナーに言って教わったフックやストレートを打って打って打ちまくる。一発でも当たれば!一発でも当たればいいんだ!
俺の願いが通じ、花咲に右フックが迫る!
「(吹っ飛べ!)」
スカッ、と俺のフックが空気を撫でた。
スウェーバック。後ろに上半身を退いて、身体を引き戻すその反動を乗せたパンチが、また腹の真ん中にめり込み、脂肪を突き抜けて、内臓をつぶす。
ミシィ…!とアバラが軋み、ヒビが入る。
終われ、もう終わってくれ
そう願って電子パネルを見る
1R2分12秒───、まだ、48秒しか経っていない。
ふざけていい世界じゃない。
ライセンスを取得したからって一丁前にプロボクサー気分でボコってやろうなんて考えていた俺はバカなのか、こんなのに勝てるわけがない。
がむしゃらにパンチを打つ。
俺のアゴが突き上がり、腰が沈むもまたアゴが突き上がり、ダウンすら許してもらえない。スタジオは俺が粘っているとか油断しすぎとか好き勝手に言っている。
カァン!とゴングが鳴る。
3分が、経った……
ふらつき、コーナーに戻る
カメラが俺に近付くなり、悲鳴を上げた。
俺の顔は腫れ上がって、両目が腫れて前は上手く見えず、鼻が折れて、鳩尾と右脇腹にアザがある。
セコンドなんていない、ビビって逃げたから。
タオル、タオル……だれか
カァン!
「ぎ、ぎあぶっ」
顔が腫れてしゃべれ────。
ラッシュが始まる。
「渚~、もう終わらせろ」
鷹村の言葉に、ピタリと花咲が止まった。
終わると安堵した俺の身体は凄まじい衝撃で浮き上がり、キャンバスに倒れた。
5分ぐらいで意識が戻り、俺は不思議と痛みの引いてきた身体を起こしていた。
「最後の左フックはグランパス・キャノンじゃ。突き上げ型の変形フック、身体を押し上げるように打つ性質上、その破壊力は倍になる」
「ば、倍ですか!?……あの、こんな話をテレビで話しても大丈夫なんですか?花咲選手もフィニッシュブローがバレたら不味いんじゃ……」
「別に構いませんよ。そもそも私のパンチに攻略法なんて存在していないですし」
「その心は?」
「私、両利きなのでグランパス・キャノンは両手で打てるんですよ。あと、この距離まで近付いた時点で相手は逃げ場はありませんし」
そう言って司会の目の前に立つ花咲がいた。