END OF HOPE:21xx - Last Call   作:久遠 -kuon-

12 / 16
第六話 闇裂く閃光のもとへ - 3

 ──ガシャアアアアアアン!!

 

 鋭利な岩の脚が振り上げられ、容赦なく振り下ろされる。シアが咄嗟に展開した防御魔法ごと、彼女の体を吹き飛ばした。

 

「……っ、がは……!?」

 

 ゴツゴツとした岩肌にシアの華奢な体が叩きつけられた。ガツンと、肉や骨が衝突する鈍い音が、耳にこびりつく。その音が、ルイの胸を抉るように響いた。

 全身に冷たい汗が噴き出す。声は、喉の奥で詰まっている。心臓を何かに握り潰されたように、視界がぐらつき、世界が遠のいていく。

 

(──また)

 

 焦げた肉の匂い。全身を貫く刃。神経ごと焼き切れた、あの熱。

 狭間で刻まれた感覚が、許可も取らずに蘇る。目の前にいるのはシアなのに、脳の奥のどこかが、あの時の自分と、今のシアを、勝手に重ねようとしていた。

 

(死ぬ。シアが、死ぬ)

 

 根拠なんて、どこにもない。ただ壁に叩きつけられただけだ。頭を強く打った様子もない。手足の角度もおかしくない。

 ──それでも、頭の中では、もう何かが決定的に壊れてしまったかのように、警鐘が鳴り続けている。

 

 シアの顔が歪む。痛みに顔を歪め、彼女は必死に息をつかもうとする。

 

「シア!!」

 

 ルイの声が、震えながら叫ばれる。だが、その声が届くのか届かないのか、シアの表情はぼんやりとしたままだ。

 

「……っ、ルイ……」

 

 声は、出ている。ちゃんと、聞こえている。

 なのに、ルイの耳には、それが今にも掠れて消えてしまう、最期の言葉のように聞こえた。

 

 駆け寄ろうとする。でも、足が竦む。

 

(動け。動けよ。これじゃ、あの時と同じだ──)

 

 狭間で、シアが焼かれる想像に指一本動かせなかった、あの瞬間と。

 今、目の前で本当にシアが傷ついている、この瞬間が。

 頭の中で、二つが溶けて、区別がつかなくなっていく。

 

 どちらが現実で、どちらが植えつけられた恐怖なのか。

 立ち止まって考える余裕なんて、どこにもなかった。

 

 その瞬間、星骸が再び動く。すでに、何もかもを終わらせようとしているかのように、無慈悲に動き出す。

 ──とどめを刺そうと、容赦なく。その巨大な脚が持ち上げられる。

 

 

 ……なんだよ。結局もう、巻き込んでるじゃないか。

 勝手な振る舞いのせいで迷惑をかけて、怪我をさせて。

 

 ──許されることじゃない。他の誰かが許したとしても、自分が、自分のことを許さない。

 

 何もできずにただ座り込んでいた自分への怒りが胸を灼いた。指先が震え、喉が焼けるように熱い。鼓動が早鐘のように響き、体中に血が駆け巡る。怒りが、力に変わり、全身に火をつけた。

 

(……シアに、伝えないといけないことがある)

 

 こんなところで、自分も、シアも、死んでいいわけがない。

 一人で突っ込むな。危ないことをするな。俺より前に出るな。言いたいことは、山ほどあった。今すぐ怒鳴りつけてやりたいくらいに。

 

 ──でも、それを言うためには。

 

 まず、この状況を生き延びなければならない。

 このままシアを死なせるなんて、絶対に、許されない。

 

 ──どれだけ心が折れて、立ち直れなくなりそうになっても、五年間握り続けてきたグリップだけは、今この瞬間も、自分の体の一部のように手に馴染んだ。

 

 

 ──バンッ!!

 

 乾いた銃声が、洞窟の静寂を切り裂いた。

 

「──お前が視た絶望なんかに、くれてやるかよ」

 

 ルイはシアを背に庇い、双銃の銃口を一瞬で星骸へと定めた。

 巨体が動き出す。だが、天井までの高さは、ぎりぎりしかない。──この狭さを、利用する。

 

 ルイは地を蹴り、爆発的に前へ飛び込んだ。

 蜘蛛型の星骸。図体はでかい。だが、狭い洞窟では、その図体そのものが枷になる。振り向くにも、脚を振り上げるにも、岩壁が邪魔をする。動きは制限され、必然的に択は絞られていく。

 確実な勝利のために、迷いは少なければ少ないほどいい。残された選択肢も、全て、潰す。

 

 手の中で銃を回転させ、刃を展開。双銃は一瞬でダガーに変形する。

 巨大な脚が振り下ろされる。

 

(来る──)

 

 迷わず踏み込んだ。両刃を交差させ、迫る脚の軌道を刃を当てて逸らす。風圧だけが頬を叩く。逃げ場のない岩壁に脚が深く突き刺さり、動けなくなる。

 これで、星骸は動けなくなった脚を必ず引き抜こうとする。奴らの生態として、行動を制限されることが、どうにも気に入らないらしい。

 その瞬間だけは攻撃が来ない。油断はしない。別の脚の動きも、常に視界の端で捉え続ける。

 

 ルイの目が、関節部の隙間を捉えた。そして、全身を使って、迷いなくそこへ刃を突き立てる。

 鋼鉄のような甲殻の間に、深々と食い込む感触。すぐさま力を込めると──関節が崩れ、その部分から脚が千切れた。

 

 ──キシャァァァアアアアアッ!!!!

 

 星骸が絶叫し、その甲高い声が洞窟に響く。反響した音が、逆に星骸自身の動きを一瞬乱したのを、ルイは見逃さなかった。

 すぐさま別の脚が猛然とルイへと襲いかかる。狭い空間ゆえに、その一撃は真っ直ぐにしか来られない。

 

(……追える。コイツの攻撃なら)

 

 『星骸だから』と侮ってはいけないのは百も承知だ。

 だが、狭間で見せつけられた、あの知覚の限界すら超えた金色の攻撃と比べれば。

 

「──なにもかも、遅いんだよ!!」

 

 迫る脚を弾く。低い天井を利用し、岩肌を蹴って軌道を変えながら空中へ逃げる。着地と同時に、また別の脚を天井や壁、地面へと叩きつけ、動きを封じてから関節を一気に切断する。

 それだけで油断はしない。次の攻撃を、即座に察知する。

 

 追い、弾き、切る。何度も、何度も。

 狭い洞窟の中を、まるで壁を蹴って跳ねる小さな獣のように、右へ左へ、時には天井近くまで跳び上がりながら。関節を狙い続け、徐々に機動力を奪っていく。

 図体が大きい分、一つの脚を失うたびに、その巨体は支えを失ってますます不自由になっていく。

 

 ──四本。

 壁に突き立てて、動けなくした脚が、もう四本。

 

 ルイは、荒く息をつきながら、星骸の姿ではなく、その"位置"を見ていた。

 入ってきた時のことを思い出す。奴がここへ現れた瞬間、頭上でぱらぱらと砂が降った、あの場所。

 崩れかけた天井。もとから、この洞窟自体が長くはもたない、脆い岩盤でできている。

 

(──あそこに、誘い込む)

 

 残る脚は、まだ動く。だが、この巨体を思うように支えられるだけの本数は、もうない。

 ルイは、あえて距離を詰めすぎず、浅く斬りつけては引く。苛立たせるように、少しずつ、少しずつ。

 誘導は簡単だった。動けない脚に苛立った獣は、残った脚で無理やり体勢を立て直そうとする。その度に、ルイが浅く傷をつけた側へ、自然と重心が逃げていく。

 

 目的の真下まで、あと少し。

 

 その時、星骸が大きく上体を反らした。

 腐食性の糸。触れれば、一瞬で全身が溶かされる。狭い空間で放たれれば、逃げ場も限られる。

 

 ──それでも。

 

(今しかない)

 

 ルイは真横の岩壁を蹴り、一気に跳躍する。糸が放たれる刹那、壁を蹴った反動でさらに軌道を変え、星骸の死角へと飛び込む。

 ダガーを回転させれば、それは銃へと変形する。

 

 狙うのは、星骸の身体じゃない。

 

(上だ)

 

 崩れかけた天井の、亀裂の走った岩盤。

 トリガーを引いた。轟音とともに、異能エネルギー弾が発射される。

 

 ──ドンッ!!!

 

 弾は星骸を素通りし、そのまま脆い岩盤へと突き刺さる。

 みしり、と鈍い音がした。糸のように細かった亀裂が、蜘蛛の巣状に一気に広がっていく。岩の内側で、何かが軋み合う音が続けて響いた。

 

「シア、来い! 俺と一緒に走るぞ!」

「う、うん!」

 

 シアの手を掴み、星骸の脚の下を潜り抜けるように駆け出す。

 崩落まで、猶予はほとんどない。足元は瓦礫と傾いた岩肌で、まっすぐには走れない。それでも、最短距離で洞窟の入り口側まで、シアを引きずるようにして導いていく。

 背後で、頭上の軋みが、悲鳴じみた高さに変わっていくのがわかった。

 

「──防御魔法、頼めるか!」

「わかった!」

 

 入り口まであと数歩というところで、シアが振り返りざま杖を構えた。詠唱の暇はない。彼女の意志だけが先に立って、二人の頭上に、薄い光の膜が広がる。

 

 その一瞬。

 頭上の軋みが、ぴたりと止んだ。

 

 次の瞬間、天井そのものが、抜け落ちた。

 

 ──ゴアアアアアアンッ!!!

 

 地響きにも似た崩落音が、幾重にも重なって轟く。最初の一枚が落ちた衝撃が呼び水になって、次から次へと岩塊が引きずり出されるように落ちていく。連鎖するたびに、洞窟全体が下から突き上げられたように震えた。

 舞い上がった土煙が、一拍遅れて、洞窟の入り口まで一気に押し寄せてくる。灰色の砂粒が視界を塗り潰し、鼻の奥まで乾いた土の匂いで満たされた。

 張られたばかりの光の膜に、細かな石つぶてが次々と当たって弾ける。パチ、パチ、と乾いた音が続けて鳴った。膜越しに見える崩落の輪郭が、土煙にぼやけて、まるで白昼夢のように滲んでいる。

 

 二人は身を屈め、腕で顔を庇いながら、そのまま外へ転がり出る。膝と手のひらに、冷たい地面の感触が突き刺さった。石粒が皮膚に食い込む痛みで、ようやく、自分がまだ動けていることを実感する。

 しばらく、咳き込む音以外、何も聞こえなかった。

 

「……っ、げほっ、大丈夫か、シア」

「う、うん……なんとか……」

 

 二人とも、しばらくは言葉にならない呼吸の音だけを重ねていた。

 土煙が、風に流されて少しずつ薄くなっていく。灰色の粒子の向こうに、洞窟の輪郭がじわじわと像を結び始めた。

 

 ルイは、ゆっくりと振り返る。

 崩落した天井の瓦礫が、洞窟の奥を分厚く埋めている。天井があった場所には、今はもう歪な穴だけが開き、外の薄暗い光が一筋、瓦礫の隙間から差し込んでいた。

 

 その隙間から、かろうじて土煙越しに見えるのは──

 

(──生きてる)

 

 脚を封じられ、身動きの取れない星骸の背に、天井そのものが降ってきていた。

 巨体が沈む。潰れた、ではない。瓦礫の重みに押されて、確実に体勢を崩し、首から上だけが、押し潰された胴体の隙間から、力なく伸びていた。

 

 ──だが、それでもまだ、息の根は止まっていない。

 

 あの質量の天井を、丸ごと浴びせたのだ。並の生物なら、原形すら残らない。

 それでも、星骸は死なない。押し潰された胴の隙間から伸びる首は力なく垂れ下がったまま、それでも僅かに、瓦礫の隙間の暗がりで、脈打つような光が奥で明滅していた。とくん、とくん、と。命というより、機械の残り火のような、規則正しい弱い光。

 

 ──化け物。

 その言葉の意味を、今更ながら思い知らされる。

 

 なるべく弾を温存して倒したかった。岩盤に、装甲を砕くだけの何かがあればと期待したが、そううまくはいかなかったらしい。

 瓦礫に埋もれた巨体を見ても、外殻に目立った亀裂はない。少しは効くかと思ったが、甘かった。

 

(……仕方ない。いつも通りだ)

 

 そうしたら、また前と同様に、首の付け根に銃を突っ込んで──

 そう覚悟を決めた、その時。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。