ミホノブルボンとトレーナー   作:かなわ

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人間には個体差がある

 

 仮契約の翌朝、私はミホノブルボンを測定室へ案内した。

 

 初回の測定では、身体の現状と、負荷に対する反応を確かめる。学園の設備は、この目的に十分対応していた。整備状態も良好だった。使用前の点検を終え、記録用端末と計測器の時刻を合わせ、ブルボンが来るのを待った。

 

 彼女は五分前に到着した。

 

 端末は四分前に停止した。

 

 私は電源と接続を調べた。異常は見つからなかった。ブルボンが端末から少し離れると、端末は再起動した。元の位置に戻ると停止した。二度目も同じだったので、測定条件へ彼女との距離を追加した。

 

「マスター。私は、機械との相性に問題があります」

「どの程度だ」

 

 ブルボンは携帯端末、目覚まし時計、券売機、体温計の順で過去の事例を挙げた。体温計については、測定終了の音が鳴り続けたという。測定を中止しても、収納しても鳴っていたので、今朝、寮の職員へ引き渡したらしい。

 

「体温計の故障は現在も継続しているか。必要ならば直す」

「電池を抜いた結果、動作停止を確認しました」

「それはよかった」

 

 私は自分の状態を確認した。異常はない。私は計測器ではなく生体インターフェースなので、同じ影響を受けるとは限らない。だが、端末を不随意に停止させる現地生命体の隣に、未だかつて停止させられたことのない異星文明の製品が立っている。私を構成するナノ電子機器は極めて極少量だが、残念なことに、その事実は私の無事を保証していなかったので、何も良くはなかった。

 

 彼女を三歩下がらせ、私は反対側へ三歩下がった。

 

「マスターも離れる必要があるのでしょうか」

「部屋の間取りと君の位置を確認する必要がある」

「間取りを。了解しました」

 

 ブルボンを納得させつつ、距離を取ることには成功するした。

 

 極めて人間的に部屋の間取りを確認する動作を装いつつ、速やかにバックアップファイルを作成、通信船への送信を試みた。予測通り通信船からの応答はない。

 

 引き続き極めて人間的に振る舞いつつ、ブルボンとの距離をつめた。電子機器を壊すという彼女の特性は距離に依存する可能性があるためだ。これは惑星探査上極めて重要な情報になる。検証のため、私は極めて至近距離で自己破滅的な検査を行った。人間的、人間的。私が壊れるとしても、壊れる最後まで現地生命体らしく振る舞った、とログに残さねばならない。しばらく破滅的な検査を行ってみたが、幸い、現地生命体の特性による私の機能停止は起きなかった。

 

「マスター」

「なんだブルボン。見ての通り私は極めて自然に部屋の間取りを確認している」

「今日の測定はどのように行いますか」

「ふむ……」

 

 私は検査をやめ、携帯型の機器を机へ戻し、紙と筆記具を取り出した。機器の影響範囲は、原因の追究ができるまで観測事項として残すが、機器の故障が今日の測定を中止する理由にはならない。

 

「測定方法を変更する」

「申し訳ありません」

「君を測るための機器だ。君が近づくと働かないのであれば、業務上の問題は機器の側にある」

 

 ブルボンは端末を見た。私は機械式の体重計を運び、床の水平を確認した。こちらは正常に動いた。巻尺も動いた。打腱器には動く部分がほとんどない。文明は電力を獲得する前にも、相当程度まで人体を測っていた。

 

 ただし、さきほど端末に入力した予約情報は失われていた。

 

 機器の不調は、最終的には私の残業として処理される。大変ありがたいことに、地球の業務システムは、未知の自然現象を人件費に変換する能力に優れていた。

 

     *

 

 坂路の入口には、使用上の注意が掲示されていた。

 

 予約時間を守ること。落とし物を確認すること。雨天時は路面の状態に留意すること。ブルボンはすべて確認し、トレーナーへ向き直った。トレーナーは坂を見ていた。

 

 然るべきセンサー類があれば、彼が非可視光線を両眼から放っていることも見えただろう。彼は走行の支障となりそうな地面の窪みや大きめの小石などが無いことを確認し、日付と坂路のバージョンと紐付けて記憶領域に保存した。誰にも伝えていないが、この坂路はいずれ改造するつもりなので、バージョン管理は必須だった。

 

「ここを使用する」

「了解しました」

「路面の状態は確認済みだ。今日は短い区間から始める」

 

 トレーナーは用具を下ろした。目印の旗と、記録板と、手持ちの時計。ブルボンはそれらを見て、機器が減っていることを確認した。測定室ではいくつかの機器が停止したが、男は予定を変更しながら必要な情報を集めていた。ブルボンが手間を増やしたことについて怒っている様子はなかった。ただ、トレーナーは機械式の巻尺よりも自分のほうがより精密に距離を測定できるが業務上使わなければならないこと、機器類の停止は要改善事項として学園に報告することをしきりに述べていた。

 

 準備運動を終えると、ブルボンは最初の一本を走った。坂路と、アップ用のカーブした平地。全力ではないが全力ではないだけで人間より明確に速い。指定された範囲でさらに速度を上げ、目印を過ぎてから減速した。

 

 計測開始時には計測開始地点にいたはずの男は、ブルボンが走り終える前に、すでに計測終了地点にいた。

 

「呼吸を整えてから、歩いて下りる」

「???はい」

 

 二本目も、男は終了地点にいた。

 

 三本目は後ろにいた。計測終了地点にいないので振り返ると、すぐ後ろにいた。足音は無かった。

 

「マスターは、何本走行されたのでしょうか」

「走行という形容は正しくない。移動しているだけだ」

「ではその移動速度が、私の走行速度に近似しています」

「追いついていることを疑問に思っているのならば、説明する。短い経路を使っているためだ」

 

 ブルボンは木々の間を見た。たしかに、枝が曲がっていた。直線で結べば短くもなる。そこに道がない点を除けば、説明は妥当だった。

 

「道は悪くなりますが」

「距離は減る」

「なるほど。理解しました」

 

 男の肩に葉がついていた。ブルボンが伝えると、彼は取り除いた。説明と観測結果が一致したので、ブルボンは納得した。

 

 しかしその後、休憩を挟んだあとの一本では、男がブルボンの横へつき、同じ速度で並んでいた。じゃあ先ほどの説明はなんだったのかと、ブルボンは少しもやっとした。情緒の発露。

 

 呼吸を整える為のジョグで並走しつつ、何故先ほどは自分について来れたのか質問すると、トレーナーはブルボンの上体と脚の動きを見るためだと答えた。追いついている答えにはなっていなかった。

 

 ジョグを終え、一周回ってそのまま測定の指定区間に入り加速すると、トレーナーは体勢を変えつつ加速、ブルボンの前を後ろ向きに走った。

 

 ブルボンは一瞬、彼の足元を見た。間違いなく後ろ向きで走っている。ステータス「驚愕」。

 

「ブルボン。下ではなく正面を向くように。重心や足の置き方が変わる」

 一切息を切らさないトレーナー。

「マスター、も、正面を、向いて、いません」

「君を見るためだ」

 

 目的の違いだった。

 走り終え、トレーナーと目が合った。

 

「マスター。マスターは人間です。どのようにして、ウマ娘と同等以上の、スタミナを得たのでしょうか」

「(現地生命体にバレてはいけないという契約に抵触する可能性が否定できないため)回答できない」

「では、私もマスターのようになれるでしょうか」

「もちろんだ。私が資格を保持している軍事用有機生命体燃焼効率向上士の知識を使えば、たとえ生まれたての赤子であってもフルマラソンができる。君が望むなら調整するが」

「それは、何かデメリット等はありますか」

「副作用として、身体が自然発火する」

「では結構です」

「そうか。副作用は一人につき一回しか起きないが?」

「それは、その人が燃え尽きているからです」

 

 息を切らしていないトレーナーを見た。スタミナ、タフネスは見習うところがある。

 

「発火しないトレーニングでお願いします」

 

     *

 

 後輩は、坂路の下で足を止めた。

 

 ある人物に用具を返しに来ただけだった。担当がまだいない先輩に。以前、練習記録の見方を教わったことがある。他にも色々助けてもらった。すこし様子がおかしいが、良い人だ。今日、初めて担当候補と練習していると聞いたので、用具を返すついでに挨拶と軽い祝いをして帰るつもりだった。

 

 見つけた時、先輩は担当候補らしきウマ娘(以下、担当ウマ娘と呼称)と同じスピードで後ろ向きに坂を上がっていた。

 

 後輩トレーナーは、瞬きをした後、一度、時計を見た。朝食は取っている。昨日は7時間半寝ている。目の前の光景を、自分の体調で説明することは難しかった。

 

 練習を終えた二人が下りてきた。先輩は呼吸を乱していなかった。担当ウマ娘は汗を拭き、記録板を確認していた。

 

「おはようございます。あの、先輩、今のは」

「動作の確認だ」

「それは、なんとなく分かったのですが」

「なんとなくではない。君の思考は正しく状況を捉えている」

「ありがとうございます……?」

 

 後輩トレーナーはできてるようでできてない意思疎通に首を傾げた。先輩は「回答と感謝、完璧な会話」と呟き、何故か満足そうに頷いている。後輩は担当ウマ娘を見た。彼女も首を傾げていた。後輩は援軍がないことを悟った。

 

「後ろ向きで、走ると、危なくありませんか」

「進路上に誰もいないことは確認している」

「ええと……」

「私のことなら、足を置く場所は事前に安全を確認している」

「そういう問題でしょうか」

「重要な問題だ。安全の確認がとれていない場所では実施しない」

 

 後輩トレーナーは返す言葉を探した。なんとなく、安全に配慮していることは理解できた。しかし、人間がウマ娘の走りに後ろ向きでついていける理由については一言も説明されていない。

 

「体力がすごくすごいんですね」

 

 本当に言うべきはこれではないのかもしれないが、人生で初めて直面する謎の事象に対し、意味不明の相手をなるべく刺激しないよう言葉を慎重に選んだ。先輩は我が意を得たとばかりに頷いた。

 

「人間には個体差がある」

「個体差かー」

 

 大きな個体差だった。

 

 個体差で片付けられる類のものではないと思ったが、これ以上追求しても良いことはなさそうなので、後輩トレーナーは一旦自分を納得させることにした。

 

 先輩の担当ウマ娘が手帳へ何か書き込んでいる。ちらっと「個体差」という丸っこい文字が見えた。後輩トレーナーは、参考にしてはいけない項目が世の中にはあるよと教えるかどうか迷った末、やめた。形勢不利である。

 

 先輩は用具を受け取り、礼を言った。それから坂の斜度について後輩トレーナーへ尋ねた。もっと険しく、長い区間を確保できる場所はないかという、思ったより普通?の質問だった。後輩トレーナーは少し安心して、別のコースを説明した。

 

「そちらですと、午後は混みますね。ちょうどよい坂があればいいのですが」

「混むか。であれば、やはり坂を作らねばならないか」

「……作る?坂を?」

 

 後輩は自身の聞き間違いを疑ったが、先輩は記録板の下から、紙を一枚出した。聞き間違いではなく、斜面の断面図だった。移動させる土の量と、作業日程が書かれていた。

 

「昨日申請を出し、昨日中に却下された。本日再申請を行う」

「そうですか」

「予算は最小限だった。私が掘るので人件費はかからない」

「そこが問題だったのではありませんか?」

「山を持ってくるだけなのだが」

「山???」

 

 後輩トレーナーは発言の意図が分からなかった。先輩は不思議そうな顔をした。

 

 担当ウマ娘が先輩の手元にある図面を覗き込んだ。

 

「マスター。私も作業に参加できます」

「掘削は運動計画に含まれていない」

「了解しました。残念です」

 

 担当ウマ娘がついてから先輩の変人ぶりが加速している。様子のおかしいひとではあったが、ここまでおかしい人では無かった。担当ウマ娘がついてからおかしさが加速している。後輩トレーナーは、なんかこう、自分の頭もおかしくなりそうだったので、二人から一歩距離をおいた。目の前では、山を持ってくることについての有用性や、斜面を走る効能について、打てば響く鐘のような論理的な会話の応酬が続いている。どうやら仮契約は順調らしい。順調であることに、不安を覚えた。まだ若い後輩トレーナーは経験を重ねて少し大人になった。

 

     *

 

 翌日、私は理事長秘書の駿川たづなから呼び出しを受けた。

 

 彼女の机には、一昨日と昨日に提出した斜面調整の申請書が置かれていた。却下の理由を聞く機会が得られたので、私は椅子へ座った。

 

「施設の変更には、まず管理担当者との相談が必要です」

「承知している。そのため、申請に留めている」

「はい。それは助かりました」

 

 たづなは書類を一枚めくった。

 

「ただ、こちらの、夜間に実施すれば通常業務への影響がない、という部分ですが」

「日中は利用者が多い」

「夜中に坂の形が変わっていたら、翌朝、皆さん驚きます」

「事前に掲示する」

「掲示すればよいというお話ではなくて」

「山を持って来るだけなのだが」

「山??? とにかくやめてください」

 

 計画の問題点は、周知以外にもあるらしかった。私はたづなの発言を記録するため筆記具を取った。記憶領域に保存しているのでこのようにアナログな保存手段は全く無駄なのだが、人間は敢えて無駄な仕事をすることが多いため、私のこの行動は極めて人間的と言えた。

 たづなはそれを見てから、紙を裏返した。

 

「既存の坂路を使ってください」

「了解した」

「ほかの施設についても同じです」

「まだ申請していない」

「では、申請する前に、私へ相談してください」

 

 私は頷いた。事前相談の窓口が明確になった。私はメモをした。たづなは渋い表情を作った。おそらく表情筋のエラーだろう。

 

 退室後、廊下でブルボンに会った。呼び出しが終わるまで待っていたらしい。

 私は計画変更を伝えた。

 

「山は動かさない」

「承知しました」

 

 たまたま通りかかった職員が、私たちの会話を聞いた後、進行方向を変えてたづなの部屋へ入っていった。私以外にも相談窓口は機能しているらしい。

 

 しかしこれではたづなの業務負荷が高くなってしまう。彼女の本業は秘書であり、規則に基づいて多様な業務を受け持っているが、相談は本来業務ではない。そもそも相談という形は効率が悪い。たづなが話を聞き、問題点を抽出しなければならない。高度な推論演算能力を持つ私であれば、相談する前に施設の改善点を可能な限り多く見つけ速やかに改善実行及び報告を行うことができる。

 

 そうしよう。

 

 たづなの業務を補佐し学園環境を改善することはブルボンの効率的効果的な訓練にも有効だ。

 

 やはり私は親切で、優しい。




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