毎週ブルボンが行なっている実家との定例会で、ブルボンの父親は娘に、学園で友人ができるとよいね、と話したらしい。
それを聞いたブルボンは、友人1名以上の獲得を今月中の課題に追加し、その旨を私に報告した。
私はその課題を確認し、学園生活への適応として妥当だと判断した。友人が増えれば合同トレーニングの機会も増やせるため、有用でもある。
ただし、ノルマと期限は削除した。今月末までに友人にならなければ来月の予定する、もしくは、今月末までに友人を作れなければ来月作らなければならない友人が増えると、という事態は避けるべきだった。人間関係には、ノルマと納期を設定しない方がよいものがある、ということを船長AIと船務士AIの非生産的な対立を眺めていた安全補佐AIが言っていたのだ。彼、あるいは彼女は今どうしているのだろうか。
「何から始めるべきでしょうか」
「接触の機会を増やす」
私が答えると、ブルボンは学園の案内図を開いた。
ついでに私に搭載されている検索補助アプリケーションが私の思考を読み取り、アルゴリズムが私のオフラインデータベースから拾ってきた必要な情報と、おそらく嫌がらせ目的でデータベースに入れられたであろう広告で視覚領域を占有してきた。『有機生命体と仲良くなる方法100選』『混雑の避け方』『いい感じの触感』『死ぬまでに一度は行きたい中性子星』『有償版にアップグレードすることでこの広告を削除することができます!』
私は可能な限り素早く広告を最小化するとともに、右上にある閉じるボタンが誤作動によって規定よりも早くアクティベートする可能性を考慮し、視覚領域のポインタで秒間1000回連打した。
接触の機会と聞いたブルボンが食堂と正門に印をつけ始めたので、私は筆記具を止めさせた。通行量の多い場所に立つ方法では、広告と同じ問題が生じる。即ち、我々に望まない接触をされた側が、有償版にアップグレードしてしまうかもしれない、ということだ。
そのとき、扉が開いた。
「ブルボンちゃーん! ボール遊びしない?」
ハルウララだった。後ろにはハルウララに誘われたであろうキングヘイローがいた。
キングヘイロー曰く、たまたま二人の休養日が重なり、たまたま体育館の使用枠が空いていたため、仕方なくハルウララの希望通り遊ぼうとしていたところ、ハルウララがもっと人が多い方がいいというので、人数を集めているという。そして(本当に)たまたまいつもの取巻きという名の友人がいないので、(これも本当に)たまたま近くにいた我々に声をかけたのだとか。
「共同作業の機会だ。どうだ」
「参加を希望します」
「やった! トレーナーさんも来る?」
私は本日の予定を確認した。支障はなかった。
キングヘイローは、何か言いかけてやめた。すでに私とブルボンが立ち上がっていたためだろう。彼女は「普通に遊ぶだけですからね」と言った。私は了解した。普通に遊ぶために招かれたのだから、当然だった。
*
キングヘイローは、最初の五分で、自分が人数に含めるべきではない者を含めたと理解した。
遊びは単純だった。四人で輪になって、柔らかいボールを投げ合う。最初は近くから始め、慣れたら離れる。ウララがそう説明し、ブルボンが頷き、トレーナーの男がボールの材質と空気圧、ボールの中の大気組成を確かめた。この時点でキングは違和感を抱いた。
そこまではよかった。
ウララが投げたボールが、トレーナーの頭上を大きく越えた。ウララは「あっ」と言い、キングは足元の予備のボールを使おうとした。ところが男は振り返り、追いつき、壁へ当たる前に受け止めた。
「すごーい!」
「少し高かった。次は、手を離す位置を遅くしてみるとよい」
男は歩いて戻り、ボールを返した。
二投目は右へ飛んだ。男は右へ行った。三投目は低すぎた。男は床へ触れる前に取った。ウララはだんだん楽しくなり、男は毎回、短く有用な助言をした。
結果として、ウララの投球は少しずつよくなった。
「どうやったら上手にキャッチできるの?」
「トレーナーだからだ」
同時に、トレーナーという者にはどこへボール投げても取ってもらえるという、今後の人生には役立ちそうにない確信も得た、
「ちょっとあなた、無理な球まで全部取らなくていいのよ」
最初は距離感のある口調だったキングだったが、警戒心を解いたのだろう、いつのまにか砕けた口調になっていた。私は親切で優しいので、この帰結は当然だった。
キングが言うと、男はボールを持ったままこちらを見た。
「無理ではない。それに、取れる球を取りこぼすことは非効率的だ」
「あらそう……? まあ、それならいいのだけど」
ウララが首を傾げた。
「じゃあ、もっと遠くに投げていいの?」
「ウララさんそういうことじゃないのよ」
ブルボンが手を上げた。
「捕球に失敗した場合、取りに行く時間が発生します。効率の観点からは、マスターの対応が適切かと」
「あなたたちねぇ、遊びに効率を求めなくていいのよ」
二人が同時に黙った。キングは、議論の入口を間違えたと悟った。それと、なんとなくこの二人のことが分かった。似ているのだけ。
ボール遊びは、受け取りやすい場所へ投げる練習でもある。その説明には、二人とも納得した。トレーナーはウララに、胸の前へ届くように投げてほしいと頼んだ。ウララは頷き、慎重に構えた。
ボールはほぼ垂直な斜め上へ飛んだ。
男は一歩横へ動き、その場で高く跳んだ。明らかに人類の、というかウマ娘を含めた二足歩行人類の限界を超えている高さ。
空中でボールを胸の前へ収め、音もなく着地した。
「位置は合っている」
「あなたが合わせてどうするの!」
キングの声が体育館へ響いた。
ウララが拍手した。ブルボンは頷いていた。観客の反応だけを見れば、成功した演目だった。
*
キングヘイローの提案で、遊びを変更した。
だるまさんが転んだ、である。発声する者が後ろを向いている間に接近し、振り返った時点で動いていれば失格になる。私は規則を知っていた。小学校の校庭等で広く行われる遊戯で、特別な器具を必要とせず、多人数が参加できる。私を含め、中等部以上が実施する遊戯ではないためか、私たち、主にハルウララとキングヘイローとミホノブルボンを微笑ましく見るものが多数いた。
1回目はキングヘイローが発声役になった。
私は歩き出した。
「だるまさんが、ころんだっ!? えっ!?」
彼女が振り返ったとき、私はすでに隣にいた。
キングヘイローは短く声を上げた。その声に反応し、ウララとブルボンが動いたので、二名は規則上失格だった。ただし、キングヘイローはそちらを見ていなかった。
「近いわよ! あと早い!」
「接触するのが目標だったはずだ」
「速すぎるのよ!」
「ゆっくりにする」
二回目は移動速度を落とした。キングヘイローが発声する間だけ歩き、頭部を回転させ始める前に停止した。見られている間は動かない。振り返りの予備動作は首だけでなく、肩と呼吸にも現れる。私はそれらを観測した。
しばらくして、五回目に、負けず嫌いであるらしい(プロファイリングした)彼女は卑怯にも何も言わずに振り返った。
「キングちゃんずるーい!」
私だけが止まった。
「……何で分かるのかしら」
「肩が動いた」
「肩を動かさないで振り返れと?」
「頸部だけでも可能だが、無理に行う必要はない」
「負けたわ……」
キングヘイローが両手で顔を覆った。危険な動作を勧めたつもりはなかったので、その点は明確に伝えた。
ウララが後ろから私の袖を引いた。
「ねえ、トレーナーさんが鬼やって!」
「構わない」
発声役を交代した。私は三人に背を向け、十分に移動できる間隔で発声した。振り返ると、ウララの上体がわずかに揺れていた。ブルボンの尻尾が動いていた。キングヘイローは完全に止まっていたが、表情筋が動いた。
「ハルウララ、上体が揺れている。ブルボン、尻尾が動いている。キングヘイロー、表情筋が動いた。全員、失格」
「厳密すぎるのよ!」
キングヘイローが抗議した。私はどの部分が動いたか再度説明した。判定の妥当性も。私はルールに抵触していない。
その結果、表情と尻尾は不問、呼吸も不問、風で動いた衣服も不問という補足がなされた。規則の更新を記録した。遊戯としての精度は低下するが、参加者が合意するなら問題はない。
次に振り返ったとき、ウララが両手で顔を押さえていた。ブルボンは自分の尻尾を抱えていた。
「尻尾は動いてよい」
「動かない方が確実です」
「あなたたちねぇ……」
合理的な意見だった。
キングヘイローが、床へしゃがみ込んだ。肩が上下していた。負傷ではない。声から判断すると、笑っていた。
「キングさんも、動いています」
ブルボンが報告した。
キングヘイローは、さらに動いた。
*
体育館を出るころには、昼に近かった。
ウララが、今度は食堂で一緒に食べようと誘った。ブルボンはトレーナーを見た。トレーナーは予定に支障がないことを伝えた。するとブルボンは、その場で手帳を開いた。
「本日の接触は継続可能です」
「うん! キングちゃんも行こう!」
「ええ。……もう、運動はしないわよ」
キングの声は少し疲れていた。
歩きながら、ブルボンは手帳の課題欄を見た。友人の獲得。横線で見え消しされたノルマと期限という文字の下に、ハルウララとキングヘイローの名前を記入した。確定と書き、少し考え、確認中と変えた。
ウララが覗き込んだ。
「なに書いてるの?」
「友人関係についての記録です」
「あ、わたしの名前だ!」
「記載に問題があれば、修正します」
「ないよ! お花つけていい?」
ウララは借りた筆記具で、名前の横に花を描いた。
ブルボンは確認中という文字列が花に隠れたのを眺めていた。花を消して、確認中という文字を残そうとはしなかった。
ウララはキングの名前にも花を描き、少し迷って、トレーナーの名前を追加した。
「この方は、担当トレーナーです」
「一緒に遊んだもん」
ブルボンは考えたあと、そのまま残した。
後ろを歩いていた男が、キングへ尋ねた。
「親睦は深まったと判断してよいか」
「深まったんじゃないかしら」
「参考になった。次回は規則を整理しておく」
「それよりも、次回までに普通の手加減を覚えておくことね」
男は、どの程度の手加減か、と尋ねた。
キングは答えず、歩く速度を上げた。答える代わりに、宿題だから次回までに考えておきなさい、と言った。