革命者イブリス 作:とある後
士官学校到着と同時に私は彼の居場所を調べる。
既に従者と、自家の配下の者と共に士官学校に着いたとのことだ。
…当然王国のクラスである。
「私はベストラ侯爵家が嫡子、ヒューベルト=フォン=ベストラです。以降お見知りおきを」
「あっ、これはご丁寧に。申し訳ございません。王国のプライデリ男爵家のイブリス=プライデリと申します。お会いできて光栄でございます。……しかし、なぜ皇帝陛下の懐刀とされる御身が王国の小身に過ぎぬ私に会われたのでしょうか」
…小身と来たか。
第一印象としては、自領で結果を出し、若いうちから才覚を発揮した者にありがちな自信過剰なタイプではないようだ。
そこは高評価に値する。
だが、私としてはよろしくない。この男を口説き落とすために、ひたすら褒めるための言葉ばかりを用意してきたのが無駄になってしまった。
こちらを警戒しているのか?だとすれば、それも高評価だ。
「貴殿の領地経営は見事の一言に尽きますからな。あの王国で作物をあれほど実らせるとは…」
「あれは領民と協力してくれた魔法使い達の努力の結晶です。賛辞を頂けて嬉しいのですが、それは私一人に向けるのではなく、彼らの努力と研究熱心さに向けてほしいものです」
「いやはや、これほどとは」
人間もできているらしい。王国から引き抜くのは困難か?内心で舌打ちをする。
「戦も上手いとのことで」
「配下の者が良きに計らってくれます。私の仕事は準備をするところまで、それより先は現場の者に任せております」
「…ほう」
プライデリ男爵家は戦でも負けなし。特にあのスレンとの戦いも見事な戦いぶりだったと聞く。ここも誇らず…か。難しい男だ。
「準備をするだけですか…。誠、至言かと。わが国の貴族を救ってくださったのも入念な準備があってのことですかな?」
少し顎に手を当てて考え込む。何処から何処まで答えるか思案をしているようだ。少々顔にでやすい傾向にあるのは評価を下げざるを得ないか。
「あれは成り行きにございます。突発的な対応でして…私の信条とは異なっております」
「……それでも成し遂げた。秘訣などをお聞きしたい」
「まずはお礼よ。ヒューベルト」
私の背後からエーデルガルト様が声をかけてきた。
「…失礼ながら、貴女様は…?」
「エーデルガルト=フォン=フレスベルグよ。モニカを救ってくれてありがとう。……かけても良いかしら?」
無礼にならず、かと言って卑屈にならず。さすがに良いバランスだ。イブリス殿もエーデルガルト様の言葉に『どうぞ』と返した。
「皇女殿下様でしたか。ご無礼をして…」
「良いのよ。モニカは大事な臣下になるのだから」
「そうですな。イブリス殿。私からも謝礼をいたします」
「ああ、いやいや、そんな…」
ふむ。腰が低いのは生まれ故か?確か母が農家の出で、本人も事あるごとに男爵を継ぐことを否定してきたという話だ。
だからなのか、農村部での好感度が非常に高いのが特徴だ。収穫量が上がっても、むしろ税率は下げたとのこと。
それで領が回るのかと言うと、むしろ税率は上がったとのこと。いやはや誠に素晴らしい。
王国との戦を睨んだ場合、日和見してくれればありがたいが、内政を見るに帝国に引き抜きたい。プライデリ家丸ごとだ。
それを王国は粗末に扱っていて、あろうことか継承問題に嘴を入れようとする動きすらあるとか。
「…何と愚かな…」
「…ヒューベルト」
「おっと失礼しました」
幸いにもイブリス殿には聞かれていなかったようで胸をなで下ろす。恐らくタレス達の思惑にまでは気がついていないだろうが、とはいえ怪しい存在と思っている可能性はある。彼らとは協力関係にあるが、それはそれとしていずれ潰すべき相手でもある。
イブリス殿は察するに相当深い洞察力を持っていそうだ。
厄介な相手である。
「まさか貴族を害するような賊が居るとは思いませんでした。油断はできないものですね」
「帝国貴族の危機管理の問題でもありますな」
「油断があったのかもしれないわね。それにしてもモニカから話は聞いたわ。『あのベルグリーズ伯に勝るとも劣らない武勇だ』とね」
「……アウレリア、ああ。私の妹ですが、我が領最強の将です。賊如きに遅れは取らないでしょう」
少し自慢げに笑う男に文句を言いたくなってしまう、
モニカ殿の話によると賊は大規模で100人以上居たとか。それをたった3人で片付けるとは尋常なものではない。
さらに年齢を考えれば、ベルグリーズ伯はとうに強さのピークは過ぎていることだろう。それに対してイブリス殿の妹君はまだ17歳。まだまだ伸びる年頃といえる。今よりもさらに完成されれば、より強くなる余地があるとすら言える。事実だとすれば末恐ろしい話である。
収集した情報によると、アウレリア殿は兄であるイブリス殿に懸想しているとの事だ。どこかの貴族家の養子として妹君を引き取り、イブリス殿と結婚させるか。イブリス殿も戦力として妹君を離したくは無いだろうし、倫理的な問題に目をつぶれば、それで丸く収まるだろう。
つまりイブリス殿が味方に回ることで、強力なプライデリ家の軍事力に、それ以上に大きな経済力、さらに流通網が帝国のものになる。勿論かなりの譲歩は強いられるだろう。それを含めてもメリットの方が明らかに大きく、敵に回すデメリットは計り知れない。
付け加えるなら、婚約者の縁でガラテア家がこちらに付いてくれれば、帝国は王都までほぼ無抵抗で一息に攻め上がることすら可能になる。
地図を見れば分かるが、イブリス殿並びにプライデリ家とガラテア家は王国の喉元に突き付けられた剣だ。それを王国は理解していないのだろうか?
愚かと評価する以前の問題で、摂政を含めた上層部がもはや機能していないとすら見えてしまう。
「見事なものね。私としてはあなたの内政手腕についてもご講義いただきたいところだけど…」
「良いですよ」
「…は?」
我が主がこれほど呆けた声を出すのは珍しい。いや、私も同じ思いだ。これだけの成果を上げておきながら、秘訣を公開する?それも王国ではなく帝国に?どういう意図があるのだろうか?
「……帝国の皇女に教えていいものなのかしら?」
「既に王国中には広めておりますので」
「しかし、王国で御身ほどの成功を収めたのはガラテア家くらいのものでは…」
「伝えたからと言って活用できるかどうか、そもそも活用するのかはその領の勝手です。伝えた時点で王国の貴族としての責務は十分果たしているという認識です」
こちらは非常に冷淡だ。
自領の民のためという意識はあるようだが、国の為という意識は薄そうに見える。
いくら王家と言えど、家督について口を挟めば気を悪くしよう。それが分からぬはずはない。
「帝国が利益を持っていっても良いのかしら?」
「その時は帝国が我がプライデリと取引をしていただければ良いというだけの話です」
「帝国が豊かになれば、困るのは王国では?貴方も得られる利益は減りましょう」
「減ったのであれば、それは安全保障のための必要経費と捉えましょう。互いに儲けを得る限り、我々と帝国が相争う必要はありませぬ」
「…是非ともそうありたいものね」
「まったくです。戦などしても何にもなりませんからな」
エーデルガルト様の言葉に頷きながらイブリス殿が答える。
…恐らく我が主の意図しているところとはまるで違う認識をしている気がするが、あえて訂正はしない。しかし、あれだけ戦でも負け知らずなのにこの反応…本人に戦上手という意識は本当にないのだろう。
初陣は西部貴族の反乱鎮圧の時で、義理の弟君と妹君、後は配下を引き連れて参戦したが、目立った功は無いとされた。
一番評価が高かったのは、火が出るような戦をしたとされるディミトリ王子だろうか。
「初陣はどうでしたか?」
「お恥ずかしながら私は何もできませんでした。戦というものは恐ろしゅうございます。足がすくんでしまいました」
よく言う。
戦を恐れるものがたった三騎でたかが賊とは言え、100以上もの敵に突撃などしないだろう。自信があったがゆえに何もしなかったと考えるのが妥当だ。
エーデルガルト様も同じ考えのようで、暫し私と顔を見合わせてしまった。
「戦に勝つ秘訣は何かしら?」
「そもそも戦などするものではございませぬ。戦わない理由を何重にも用意し、その上で戦になれば負けないように準備をする。後は戦いが得意な者を専業の兵士として雇い、戦は彼らに任せる。戦に勝つのは私の仕事ではありませんな」
「では主義主張が真っ向からぶつかったらどうでしょう?」
「…話し合いで解決を目指します」
「それも無理ならば」
「戦以外の解決を目指し、それでも無理なら戦でしょうな」
「ほう。貴殿の答えにしては過激ですな」
「避けられぬなら戦うしかありませぬ。しかし、回避の努力はします」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「簡単な話です。『戦いを回避したのはこちらなのに、相手が折れないから戦をせざるを得なくなった』この主張をするためです。どんな時でも正当性は重要でしょう?」
「…なるほど」
温厚な性格に見えるが、実にしたたかでもある。こちらが本性か?読めない。
「兵士の仕事が減りそうね」
「その時は領内の治安維持に使います。街道の安全確保、危険な獣の排除、やることは多岐にわたります。仕事もそれに見合った給金も十分に支払うべきでしょう」
「合理的ですな」
心の底からそう思う。
ただ勝つというだけの軍人は多く居て、そのような者ほど戦を求める。そしてそのようなつまらない者ほど、この男をつまらないと評価するだろう。愚か者を判定するのには便利そうだ。
「兵士の統制も上手いものね」
「反乱をすることはもちろん、真面目に働かない理由を作らせませぬ。真面目に働かない兵士がいるのは領主の責任でございますれば」
「戦をする時には命を懸けてもらうと?」
「…それが彼らの仕事です。領主は彼らに死ねと命令せねばなりませぬ」
「至言にございますな。しかし、それで納得して死ぬ者はおりますまい」
「だからこそ戦はしないに限るのです」
なるほど、戦嫌いはここに繋がるか。自らに制約を課し、それをもって自身を律しているように見える。
ある程度の人となりと情報は揃った。ここからは仲を深めるだけだ。全てをここで決める必要はない。
「ククク。貴殿の考えよく分かりました。そろそろ良い時間でしょう。また話をしたいものですな」
「いえいえ、私のような身分の者がお耳汚しをしてしまい…」
「そんなことは無いわ。また語り合いたいものね」
そうあってほしいものだ。
心からそう思う。
ーーーーー
偉い人との話は疲れることばかりだ。
戦うのが嫌いで何が悪い。私は戦いなんてできないぞ!
…とまあ貴族社会でそのようなことを言ってもバカにされるだけである。
貴族ってやっぱクソだわ。人を殺してなんぼとかいう職業なんて消えてなくなってしまえ。
うちの王子様がそれで評価が高いらしい。
殺しが上手くて何になるんだ?うちの妹は実力差があるなら、殺しは滅多にしない。クロニエを勧誘した時の話に興味があったみたいだが、あれにしたって殺した敵は居ない。……はずだ。
大怪我してそのまま死んだやつは知らん。運が悪いよ運が。そもそも賊なんてやってる人間なんだから覚悟はできていたでしょ。こっちだって殺したくて殺しているわけではないし、アウレリアにもイングリットにも殺しをしてほしくはない。
もちろんアンジェリカやコンスタンツェだって、デオドラやマイクランだってそうだ。クロニエを入れても良い。絶対に良いことはない。
前世で人を殺しすぎてPTSDになった兵士の話とか聞いていると心の底からそう思う。というかあの王子様のPTSD(予想)は加速するんじゃないか?
まあ知ったことじゃないが。
早くあの王子様の心の病を誰か治してあげてよ。おう、フェリクス。お前がやるんだよ!
……は?何?知らんって?
いやいやどうすんのよ。あの人絶対精神状態おかしいよ。推測だけども。幼馴染なんだろ?何とかしてやれよ。
治し方を知らんし、自分でどうにかするべき?
あー。そっかぁ…。精神的な病の怖さって知られてないねんな…。確か、前世でもヤバさが分かったのが20世紀とかでしょ。……オワタ。理解しろって方が無理な話やんけ…。どぎゃんす?どぎゃんす?
そもそもあいつが自分で立ち直らんと、死んだ俺の兄が浮かばれない?
ぐぐぐ。それを言われると何も言えねえ…。すまん。ワイが言い過ぎたわ……。はぁ…。やっぱあいつの治療したの失敗やったかもしれん…。
え?治療って何って?あ…。いやー。それはちょっと……。え?話せって?話さんと斬る?……しゃーない。実はワイ、あの王子様が怪我してるところに治癒魔法掛けに不法侵入したことがあってん。そこで辻ヒールしたらぶん殴られて『何故治した』ってブチギレられたんや。殴られ損やでほんまに。
え?お前が責任取れ?
えぇ…それはちょっと。
お前がやたらと王子様の精神状態を気にしている理由が分かった?表面上は取り繕っているから普通は気づかない?怪しいと思ってた?
……ごめんて。
それはそれとして……なぁ。シルヴァンからもなんか言ってくれ!うちの大貴族が王家に厳しすぎる件について。
心の持ち様なんだからどうにかしろって?いやいや病気だって!アレ!
兄貴だってお前のところで真面目にやってんだから、殿下くらいなら自分でどうにかする?幼馴染だからこそ信頼して立ち直るのを見守るだって?
どうにもならなかったらどうするんだよ…
その時は…何?え?何?怖いんだけど…。
イ、イングリット!なんか言ってくれ!こいつら役に立たねえ!引っ叩いてでも性根を叩き直してやれ!騎士としての役目だろ!
殿下はともかく私の旦那になる予定の男を排除しようとするような王家に、騎士として果たすべき義理なんて無い?精神状態がおかしいなんて知ったことではない?ふざけるのも大概にしとけ?
……もうちょっとこう…手心というかですね…。
うちの婚約者が一番容赦ない件。
恩義なんてろくにないのに、奉公を求めるな?それでガラテア家も巻き添えにする気か?うちの家督にまで嘴を挟んできたら絶対に許さない?他の貴族も同じことを思っている?
あががががががががが…………。それを言われると何も言い返せねぇ…。
いや、確かにうちも色々あるよ?でも兄貴だって最近は父上殿から真面目に薫陶を受けているぜ?別に私である必要なくない?私が廃されても問題ないでしょ?
その時はガラテア家に入り婿すれば良い?だけど、王家に対する感情は別?そもそも貴族の家庭に主家とは言え口を出すべきではない?そのような主を叩きのめして分からせるのも騎士の仕事?
………コ、コンスタンツェ!何か言ってくれ!お前だけが頼りだ!
何?その言葉をもう一回言えって?お前だけが頼りだ!頼む!何か言ってくれ!…………ダメだこいつ。顔を赤くするだけで何の役にも立たねぇ…。
そう言えばこいつ、元帝国の貴族だった。そりゃ王国なんてどうでもいいわな!
はぁ…。もうダメだこいつら。どうにもならんから王国抜けるわ。やってらんねえ。おう!クロニ…じゃなくてイリーナちゃん!やっぱ芸術だよな!せや!怪我をしたり戦にトラウマを持った兵士たちの心の傷は芸術と動物で癒せばええな!
動物が何の役に立つって?
……ほら見ろよ!この猫ちゃんを!可愛いだろ?こういう子猫ちゃんと一緒に精神をやられた兵士たちを一緒の空間に置くんや!で、癒される。可愛いからな!これがアニマルセラピーやで!
バカじゃないのだって?言ったな?じゃあスレンとの戦いで精神がやられている兵士とかおるじゃろ?そいつらで試してみろや。
勿論、精神の傷が治ったからと言って戦場に出すのはNGな。病気が再発するから。
後は静かに暮らさせてやるんや。
え?無駄飯ぐらいを食わせる余裕が無い?
しゃーない。そこまで言うならうちで全部引き取ってやるわ。で、うちで芸術の振興に使うわ。
は?治療の様子をレポートしろ?ワイの仕事が増えるやん……。
というか社会復帰はしても兵士としての復帰はほぼ無理ゾ。文官仕事か芸術振興くらいしかやらせることが無いで。後は似たような経験を持つ兵士のカウンセラーやな。
無駄飯やないと思うけどなぁ…。
よく思いつくなって?殿下の様子を思い出したら出来そうやなって思った。何とかなりそうなら殿下にも試してみるわ!
イブリス書いてるとおもろいねんな。こいつ勝手にセリフが思い浮かんでくるからすごい