革命者イブリス   作:とある後

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プロローグ

気が付いたら中世ヨーロッパ世界に転生していた。

前世のことは覚えている。

勉強が好きで、それが高じて研究者にまでなった。専攻は生命化学。両親は存命。なのに今ここに居る。

最期の瞬間は思い出せない。思い出さない方が良いのかもしれない。

神とやらの配慮だろうか?

顔も見ていないけどとりあえず感謝しておこう。

そうして生まれてからは特に何もすることもなく。とりあえず魔力的な何かを感じ取るところから始めてチートを成し遂げて母親を楽にしようと思った。

私にとって親とは前世の父と母しか居ないが、今世における母も尊敬、というよりむしろ哀れみの対象と言えるだろうか。

恐らく前世の自分の半分以下、下手をすると3分の1にも満たない年齢の母親から母乳を得るのはなかなか辛くはあった。

そして父親は居ない。

母の体つきを見るに、出産適齢期のさらに前の時期に私を身ごもり、この世に産み落としたのだろう。それだけ幼い身でありながら私を慈しんでくれる。

愛おしい。愛さずには居られないと思った。同時に父親に対して憤りも感じる。この年頃の娘を何故放置するのか。あるいは死に別れたか。後者ならどうしようもないが前者なら私は。私はどうすれば良いのだろう。

今世での名前はイブリス。母にそう告げられた。

 

そんなことを考えているうちに月日は過ぎる。

魔力的な何かを感じ取って、転生者あるあるの魔力を鍛えるための訓練的な何かをやりながら日々を過ごす。それ以外出来ることはない。

そしてどうやら父親は居るようだ。

姿は見たことがないが、私が3歳になったくらいに母のお腹が出てきて二人目を出産した。

その子は女の子で、アウレリアと名付けられた。

どうも父親が名前を付けているらしい。良い名前だと思うが、それはそれとして父親は絶対に許さないリストに登録である。

 

「撫でてあげて」

 

アウレリアを抱き上げながら授乳をする母が、慈しむように私にそう頼んできた。だから私は言われた通りに、そっと彼女の頭を優しく撫でたのだった。

きょとんとする今世の妹。そして何が楽しいのか私の手を握ってキャッキャと笑い出す。

前世では子供など出来なかったが、私に娘が居ればこんな感じだったのだろうか。そしてその子を前世の両親に抱かせてあげられたのだろうか。後悔ばかりが去来するが、もう遅きに失している。

その日からアウレリアの世話は私の仕事となった。

母は遅くまで畑仕事をしている。私はアウレリアを寝かしつけながら、村の教会から借りてきた蔵書を読むのが日課だ。

前世においては神道だった私に、中世ナーロッパ世界における信仰心など欠片もあろうはずもなく、それでいながら、教会の神父は私に回復魔法の才能があると言う。

この村では誰からも尊敬される人格者の言うことだ。信じてみても良いだろう。

あるいは前世において生命化学を学んだ知識から来ているのかもしれない。転生に備えて生命化学を学ぶと良い。

冗談はさておいて、私が書物と神父から学んだ回復魔法は、野良仕事で疲れた母に掛けてあげるという崇高な役目を担うようになった。

一日酷使した筋繊維の回復と、太陽に灼かれた肌の細胞を修復、少なくともこのくらいは出来ていそうな気がするが、細胞の転写ミスといったエラーに対処できているのだろうか。前世の知識から少々心配になるが、母は『イブリスとアウレリアの近くに居ると疲れなんて吹っ飛ぶわ』と言っていた。まあ細胞レベルで修復されているからね。よく食べてよく眠れば翌日にはピンピンしていると思うよ。

必要な栄養素を摂らないと回復のための素がなくなるからね。不摂生は敵だ。

それはそれとして、この回復魔法も本当に安全なものかは分からない。

これが何らかのエネルギーを持っているのだとすれば、放射能と同じく危険をまき散らすものになり得る。人間の肉体の状態を見極めるための魔法が必要だ。

神父にそう言うと驚いたような顔をして私を見る。

また俺何かやっちゃいました?

 

ということで、肉体の状態を確かめるアナリシスの魔法を作ったのが7歳の頃。

妹のアウレリアも大きくなってきて、私の後ろをついて回って来るのが可愛い。

私はと言うとアウレリアを背後に控えさせて、村のお年寄りから若者まで、野良仕事の終わった人たちにアナリシスの魔法を掛けて体の状態をチェックし、的確に治癒の魔法を使い、その様子を神父が見守るのが日課となっている。

 

「このアナリシスの魔法は素晴らしい。体のどこに異常があるのかすぐに分かる」

 

とは神父の言。とりあえず治癒の魔法を掛けるよりも力を使わずにすむとのこと。消費するMP的な何かを節約する効果があるのだろう。私は私で、ある一定の範囲に含まれる人を回復する魔法を開発しているところだ。

やはり回復するのであればベホマよりはベホマズンだろう。

後、教会の蔵書は全て読んだ。神父が言うには、私は既に彼の知識を超えているらしい。

ただ、私の場合、存在そのものがインチキみたいなもので、前世では、令和時点における最先端の生命化学に携わっていた。アドバンテージの差がありすぎる上に、私のようなガキの考えに合わせて、思考をアップデートしてくる神父の方がむしろおかしいと思う。私の着眼点を斬新だと褒めそやしている彼こそ、技術的な特異点ではなかろうか。

 

そうこうしているうちに村の農業について私なりに調べてみた。

野良仕事をしている母に交じって土の状態や必要な元素をアナリシスで調べ、どのような肥料を使えば良いのか、そして行商人が持ってきた作物のうち何を育てれば良いのかを考えてみる。

寒冷でありながらも肥沃な大地のこの土地は、私はこの地の名前を知らないのだが、黒い土をしていて、となると前世のウクライナあたりの気候と近いと考えれば良いだろうか?となると、小麦にとうもろこし、ひまわりや豆類、甜菜やじゃがいもあたりを育てれば良いだろう。

じゃがいもと小麦とともうころこし、そして甜菜は既にあるようだ。魔法といい、さすが中世ナーロッパである。何でもありの世界だ。

甜菜を栽培しつつ、蜂蜜を作れれば食生活も豊かになるだろう。アナリシスで土壌を見極め、必要成分を作り、それを追加する。この作業が楽しい。

それにしてもアウレリアのパワーは人外じみているような気がする。母が何とか持ち上げられる小麦の束を、7歳にして軽々と持ち上げて運んでいるのは普通ではないのでは?周囲の人も驚愕のまなざしで見ているあたり、ナーロッパだからでは済まない怪力なのだろう。

どうやら私に抱きついてくるときは加減をしてくれているらしい。あのパワーで抱きしめられたら、10歳の私の体は骨ごと粉砕されかねない。

そんな日々を送っていると、唐突にその日が来た。

父と相対する日である。私からすれば憎むべき相手だ。

 

「やぁイブリス。噂は聞いている。会えて嬉しいよ!」

 

男の見た目からおそらく40代か。若作りをしている可能性を考慮すると50代の可能性もある。つまりこの男は30か40そこいらで10代前半の母に私を産ませて放置したと考えられる。

前世の基準に照らし合わせるならクズだ。今世に合わせるならどうだろう。少なくとも私とは相容れない人間性なのは間違いない。

教会の神父経由で話が来て、私は母と妹共々着飾らされて、男爵の館に連れてこられた。権力者に言い寄られて仕方なく私を生まされながらも、健気に育ててくれた母には感謝しかない。

それにしても周りを囲む連中の目線の嫌なことと言ったらない。考えてみれば当然か。平民の、それも普段は土に塗れるような女の子供を自分の子として、貴族が認知することの意味を考えれば尚の事だ。異母兄、異母姉の嫌な目つきはそういう類のものだと思う。

 

「私の方こそお会いできて光栄です。男爵様」

 

隔意を気取られないように笑みを貼り付けて挨拶をする。今世でのマナーは教わらなかったが、それでもせめて文句の付けようのない挨拶を心がける。異母兄達やその母親からすれば、私たちは殺したいレベルの存在だろうが、それをすれば男爵が黙っていないだろう。

農民とはいえ、自分で招いた家族を殺したとなれば男爵の面子が潰れる。とはいえ何かしらのイチャモンはつけられる可能性はある。まさかこんな厄ネタを母が抱えているとは思わなかった。

 

「男爵様だなんて。私は君の父親だよ。他人行儀な言い方はしないでくれ」

 

10歳にしては大人びた返答に気押されたのであろう父を名乗る人物は、人好きのする笑みを浮かべて応えてくる。そして、この言葉も嘘だ。本心からとするなら何故母を放置したのか。生活の支援をしてくれているような様子も見受けられなかった。

 

「君がアウレリアだね。幼くしてお母さんの手伝いをしているそうじゃないか」

「あ、ありがとうございます…男爵様…」

 

通常の家族とはいえないような他人行儀振りに男爵の方が戸惑っているように見える。妹からしても権力者であろうが、着飾った初対面のおじさんだ。

まあ家族共々顔がいいのは認めるが、それを言うならうちの母だってここに集まった『家族』の中でも見劣りはしないだろう。

 

「…ヘレナ。君も良く頑張ってくれた。紋章持ちの兄妹を産んで育ててくれるなんて、こんなに嬉しいことはないよ。それに教育も行き届いている。素晴らしいよ」

「…お役に立てて嬉しいです」

「グレイ神父にも礼を言わないとな」

 

おそらくただの農民の娘から生まれた子を認知する理由が、この紋章というやつだろう。

そしてその紋章とかいうものを持っていることが、少なくとも男爵家の跡継ぎたりうる条件の一つと見なされているのかもしれない。そして私と妹がそれを持っていた。異母兄達はどうだろう?持っていないとしたら非常に面倒くさいことになりかねない。

とはいえ私としてはやることは変わらない。貴族の家督なんぞどうでもいい事に現を抜かすなどというつもりなどなく、生まれ育った村(アル村というらしい。実に適当で結構)の食糧事情の改善と、中世への転生ではあるあるの硝石の生産、できることなら蒸気機関から電力設備まで一気に取り揃えたいところだ。必要な元素はアナリシスの魔法で分かるので、後は加工方法を地道に試すだけの簡単なお仕事である。




☆0を投票しようとしたら作者だからできなかった。別に良いやん
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