革命者イブリス 作:とある後
『できれば私を選ばないでほしい』
「……はぁ」
朝起きると昨日会った婚約者候補の顔がちらつく。降り積もった雪に反射した太陽の光と、その対極に位置するような真っ黒な髪と瞳。申し訳なさそうに伏せられた黒曜石のような瞳からは私に伝えたかったことがまだあるように感じられた。
「って。何であんな人の事をまた思い出しているのよ!鍛錬よ!」
ただ、私の騎士になるという夢を笑わずに、それでいて肯定もせずに居た忌々しい相手の顔が脳裏にまたもや浮かんでかき消した。
『プライデリ家の息子と会ってみないか?』
『嫌です!武勇の誉れ高いとは聞きましたが、それほどの武功を上げているようには見えませんでした!本当にあれで山賊や海賊を単騎で屠ったのですか?それほどまでに普通の人とかけ離れているようには見えません』
『ま、まあ。それはそうだが…しかしかの家が賊の盗伐で目覚ましい活躍をしているのは事実だ』
『プライデリ家が我が家の食糧事情を改善してきたことも、資金援助をしてくれているのも分かっています。ですがそれで結婚相手を決めるのですか?お金と結婚するみたいでどうにも嫌な感じです』
『今度はちゃんとした方の息子だ』
彼と会う前の父との会話を思い出す。
プライデリ家は最近王国でも富裕で有名な家として名乗りを上げている。食糧生産の増大に、特産品の生産、安価な民生品の量産化に、交易網を広げ、王国の外の諸部族、そこにはもちろんダスカ―も含まれるが、とのつながりもある家だ。
そしてかの家に食料と金を融通してもらっている家も多い。
元より製塩業で裕福な家ではあったが、最近はとみに力を増している。
男爵自体は有能な方なのかもしれないが、次代の跡継ぎたる嫡子は、少なくとも結婚したいと思えるような男性ではなかった。
武功を誇る割に話の内容が薄すぎるのだ。
『何よ。重さ30キロもある武器を片手で振り回せるって、そんな体でできっこないじゃない』
喉から出かかった言葉だ。
ある程度武を習っていたら分かる。賊であろうと一人で集団を圧するというのは難しいことだ。ましてやそれだけの武をふるうには、相応の体格であったり筋力が必要で、歩いている姿を見ればある程度の事は察することはできる。
『それで?今回のまともな方の息子はどなたですか?』
『先日お会いしたミハイル殿の弟君に当たる方で、名前はイブリス殿というらしい。歳もイングリットに近い。確かグレン殿と同い年くらいのはずだ』
グレン。
ダスカ―で散っていった憧れの元婚約者。
そんな彼を思い起こさせるような情報に少し私は感傷に浸ってしまった。
『…はいはい。お会いすれば良いのでしょう』
『…すまない。ただ、イブリス殿のおかげでプライデリ領は豊かになったともっぱらの評判だ。兄君と次期男爵家を継ぐかどうかという話だが、それほどの才覚があれば他の貴族家が黙ってはいないだろう。それに私は実際に彼と会って話したが、世評以上の人物かもしれん。話をしておいて損はないと思う』
『あまり期待せずに待っておきますわ』
父との会話から一月後。イブリス殿はすぐにガラテア領へと到着した。
「お会いできて光栄です。イングリット様」
「いえ、わざわざお越しいただいて嬉しいです。イブリス様」
第一印象は細長いだ。
兄であるミハイル殿は小柄にしてよく鍛えられた体をしていたが、イブリスは縦に大きい一方で体に厚みがあまりないように見えた。一方で目は理知的な光を宿しているような気がする。
「まず最初に、我が兄ミハイルがご無礼を働いたようで誠に申し訳なく思っております。慰めにはならぬかもしれませぬがこちらはせめてもの謝罪の気持ちです」
「こ、これは…!?」
イブリスが父に渡したのは、相当な額の金貨だった。
「今回のイングリット様の婚約者探しとは分けて考えていただきたいのです。ダスカ―の周辺がきな臭くなっておりますゆえ。我々からすれば、いざとなった時に避難する場所はこのガラテア領となるでしょう」
『ダスカーの地がきな臭い』
それだけで私の胸がカッとした。
「イブリス様ほどの知恵者であれば、ダスカーの蛮族などいかほどの事もないでしょう。かように恐れる理由がわかりませぬ」
「これっ!イングリット!」
「良いのです。私は知恵者ではございませぬが、ご息女の疑問はもっともでございます。貴族の端くれである以上、私には答える義務がございましょう」
イブリスは私を叱る父上を制する。
周囲を固めるプライデリ領の方たちからの目線も厳しいものになった。
「我々は先の陛下を亡くし、しかしその悲しみに暮れている暇もございませぬ。圧倒的に準備が足りぬ以上、不測の事態に備える必要がございましょう」
「しかし、それでは勝てる戦も勝てないのでは?将が端から敗北を考慮に入れるようでは、兵が着いてこないでしょう」
「まことにその通りにございます。私が負けを想定して行動していると知られれば、味方の士気に関わりましょう。実に頭の痛い問題でございます」
「でしたら!」
「しかし我々は貴族にございます。後背の安全はしっかりと確保せねば、領民が道連れとなりましょう」
「むっ!」
「それにガラテアとプライデリ、平時より交流を深めておけば、王都の守りはより硬くなり、それでいて交易網はより大きく広がります。同盟を経由してパルミラ、帝国を経由してモルフィス。ガラテア家はこの交易路の中心となるのです。お互いにとって理のある話でございませぬか?」
「まことその通り!お若いのにイブリス殿の深謀遠慮には感服仕る。イングリットも理解したな?」
「……はい。イブリス様。失礼いたしました」
「いえ、私もこのような実のある議論を好んでおりますので」
初顔合わせではやり込められた気がした。
「私は騎士になりたいのです」
「なるほど」
「否定なさらないのですか?」
「それがあなたの望みなのであれば、私に否定する義理はありませぬ」
「……冷たいお方ですわね」
「冷たいついでに申し上げますと、騎士になるという事は綺麗事だけでは済まないという事を理解しておいでか?イングリット様は伯爵家のご息女です」
「…それが何か?」
「あなたは自分の命令で人が死ぬという事の意味を理解しておられますか?」
そして二人きりで話した時は、私の夢を否定しなかったが、肯定もされなかった。ただ現実を突き付けてくるだけ。
「それで辞めろと言うのですか!?」
「言いませぬ。好きにすればよいと思います。しかし、いざ、あなた様が夢を叶えたとして、その夢と正面から向き合えなければ不幸なことになるとも思っております」
ああ言えばこう言う気に食わない男。
「あなたはミハイル様ほどの武功はお持ちではないのね」
「はい。私は武功を立てる立場にはありません。現男爵よりできうる限り、戦場に出ることは禁じられております」
「なぜ?あなたは次期男爵でしょう?皆そう言ってました」
「その者たちは罰さねばなりませぬ。誰が言っておりました?現男爵は健在でまだ精力的に動ける年齢でもあります。不敬です。許せませぬ」
男爵への忠誠心はあるらしい。ここはちょっと騎士らしいかもと思った。
「世の中の評価というものです。それよりも戦場に出て、兄君のように武功を立てようとは思わないのですか?」
「思いません。戦場で私の代わりなど誰でも務まりますが、内政において少なくとも我が領地では私と同じことができる者は居りませぬ。である以上、私の死ぬ場所は戦場ではありませぬ。現男爵様よりそう申しつかっております」
こんなことを言っておきながら、朝の鍛錬で武器を持たせてみたら、思っていたより強かった。意外と鍛えているのね…。
「もし…もし私とイブリス様が結婚したとして、イブリス様は私が騎士になることをどう思いますか?」
「どうも思いませぬ。あなたが成すべき道を成せばいい。……言葉が過ぎました。所詮は仮定の話です。お忘れください。ですが、騎士になるという事は血生臭いものです。覚悟はしておかれた方がよろしいでしょう」
「またその話ですか?聞き飽きました!」
でもちょっとだけ良いなと思えることもあった。
「……だからどうかわたしを婚約者として選ばないでいただきたい」
「…何故?」
「……義兄がうるさいのです。あなたのような良家のお嬢様が私と婚約を結べば、義兄の立場はより弱くなってしまう。私は男爵家は義兄が継ぐべきだと思っています。そもそも男爵の血が混ざっているとはいえ、私は農民の子です。貴族家を継ぐ正当性が欠片もありません」
「普通は喜ぶべきところでは?」
「私は自分の才を過大に評価はしません。田舎で土を触っているのがお似合いでしょう」
「…そう。あなたの気持ちはよく分かりました」
「分かっていただけて光栄です。是非とも婚約者は我が義兄のミハイルをお願いいたします」
だからあのいけ好かない顔を歪めてやろうと思ってしまった。
「ふふ。どう思ったのかしらね。イブリス様?」
ーーーーーー
「……どうしてこうなった…何で?いやいや、やめとけって言ったよね?」
「……兄上…」
「どうした?アウレリア」
「いや、イングリット様の夢を否定せずにちゃんと答えを返してたらそうなるって分からない?」
「聞かれたことに答えていただけだ」
「……はぁ。そういう所なんだけどね…まあいいや」
「良くない」
「良いの!」
「……いや良くないだろう?」
「良いの。だってお母さんだってお妾さんだったから。私もお妾さんで良いよ?」
「アンジェも兄上のお妾さん。お母様みたいにお妾さん!」
「おい!人聞きの悪いことを言うな!アンジェはともかく、アウレリアの方はそろそろヤバ目の噂が出ているんだぞ!」
「言いたい奴には言わせておけばいい」
「いやいや!関係各所に迷惑かかるからね?」
「でも言わせておいた方が、兄上から領主の座が遠のくかも…イングリット様との婚約も無しになったりして…」
「素晴らしい噂だ。もっと流すしかないな」
「…単純…」
こっそり目立たず投稿。それが私のジャスティス