革命者イブリス 作:とある後
男の方はそもそも眼中になかった。
幼馴染の婚約者というだけの繋がりもクソもない相手で、会ってみた印象はひょろっとした弱そうな男というだけ。
次に見えた姿はまた違っていたが、それをうまく表現できない。
女の方はとにかくでかい。そして強いというだけ。どんなに本気で打ち込んでも軽く返してくる大きな女。パワーもスピードも自分が圧倒的に負けている。だから気に食わなかった。
『いや、それにしても見事なものです』
『嫌味か?お前の妹に一度も勝てない俺への』
『いえ、本気で申しております。我が家では、アウレリアと戦った者は二度と戦いたがらないので』
『あの大男でもか?』
『…デオドラのことですか?彼もなかなかの強さですが、アウレリアにこっぴどくやられて以降はあまり…』
大きな女はアウレリアというらしい。忌々しいがヤツと戦えば俺はもっと強くなれる。強くなって俺は……俺はどうしたいのだろうか?
『ふむ踏み込みはフェイントで本命は背後からの義姉殿の攻撃か』
化け物め!
思わず悪口を叩きそうになるがそれどころではない。作戦を見破られたとしても、ここを抑えれば一撃入れられる。そのためには俺がこいつを抑えておかなければならない。
『…見事だ』
イングリットが模擬槍で女を突くがそれもあっさり躱される。
『休憩にしよう……兄上〜見てくださいましたか〜?』
『見てたぞ。見事な腕だ。アウレリア』
『もっと褒めてください〜』
あからさまに声色の変わる変な女。でかいくせにあの男の側に居る時は大型犬のようになる。
『……おい。イングリット』
『……何よ』
『良いのか?お前の婚約者は他の女にうつつを抜かしているぞ』
大女は大男の胸に頭を擦り付けていて、その様子をシルヴァンがどこかひいたように見ている。
『…あくまで家族愛を確かめているだけよ。それよりも、あの娘を抑えるのは並大抵では難しいわ』
『わかっている!……強すぎるだろう。あいつは』
『今さらね。そんなことはよく分かっていたでしょうに』
あの大女は俺と同い年で、そして俺の兄と同い年の兄が居て、だけど俺の兄は死んでいて、あいつの兄は生きている。まだ、あいつには甘えられる相手がいるのだ。
『強さ…ですか?単純な武力の話、ではないですよね?』
『そうだ。強さだけならあの大女に聞けばいい。だが、お前はあの大女ですら一度も勝てないと聞く。さぞ強いのだろう?』
『アウレリアは私と模擬戦をすることは絶対にありませんね。そういう意味では勝負になりませんが、まあ本気で戦えば私に勝ち目は無いでしょうな』
前置きは良い。先を教えろと思っていると、男はため息をついた。
『フェリクス様は何を目指されているのですか?』
『何を…だと…?』
『それがわからない以上は何を言えば良いのか分かりませぬ』
『強いだけで良いのならアウレリアに聞けばいい。それなのに、私に強さの秘訣を聞いた。そこに理由があるのでしょう?』
『…兄が死んだ。幼馴染は大怪我をした。何故俺は生きている』
『…突拍子もない話ではありますな。…まあ一つだけ言えるのなら運が良かったと』
『…運だけで片付けろというのか!』
『それ以外に言いようがございませぬ。順風満帆に見えようとも陥穽はどこにでも潜んでいるものです』
『……つまり俺が強さを求めるのは無駄ということか?』
『無駄ではないでしょう。少なくとも私が先ほど申した陥穽にハマっても抜け出せる可能性が上がります。それでも足りぬと思うのであれば…』
男は言葉を切ってから言う。
『ただ強いだけでは足りぬでしょう。知を鍛える必要もある。そうすれば…』
『それが陥穽と分かる……か?』
『そういうことです』
『…ふん。知の鍛え方というのは考えたこともなかったな』
『知っておいて損はありますまい。魔法を使えずとも、相手の魔法使いがどのような戦術を取るのか。それを想像するために知るということは無駄ではありませぬ』
『……それだけでは足りんだろう?』
『そうですね』
『知について教えろ』
『私の知る範囲で良ければ』
『良い。少なくとも俺よりはお前の方が上だ』
ーーーーー
どうしてこうなったのだろう?
「兄上!初陣!楽しみですね!」
「まあ。妹君がいらっしゃるなら問題ないでしょうが…無理だけはせんでくださいね」
義兄の初陣から1年程経ってから私も初陣を迎えた。隣にはアウレリアとデオドラ。そしてまだ初陣を迎えていなかった義兄達が居る。
「この戦闘糧食は上手いな。売り物にできそうだ」
「保存性も問題ない」
「持ち運びには難があるが…」
「……兄上方は余裕そうですな」
兄上たちはガラテア家で増産が始まった甜菜を、加工した羊羹に興味津々だ。おう。やる気あんのか?
「いやだってなぁ…」
「アウレリアが居て、デオドラも居て、お前も居るんだろ?負けようがないって」
「そうそう。それにフラルダリウス家だって本腰入れてるじゃないか。負けようがない」
「それに何のためにプライデリ家が、あいつらを今まで経済的に締め付けてきたかって話だよ。投入できる物資、資金、兵士、何もかもで俺たちに負ける理由はない」
脳筋気味だった義兄達はすっかり金の匂いに染まってしまっている。武の名門などと脳筋扱いされていた過去は何処へやら、今では立派な金満貴族と揶揄されている。
何人かは別の家のお嬢さんのところに婿入りが決まっている。それは良かったな。別の領地に行っても元気でいてくれ。え?支援をしろ?農業魔導士(私命名)も何人か借りたい?育成システムも寄越せ?
…盗賊やんけ…。まあ同族の誼で渡すけどさぁ…。
「…まぁ、兄上たちが言うように勝ちが見えた戦だ。無理なんてしようがない。アウレリアは残念だったな。…それにお偉いさん方も初陣のようだ。我々に功を立てる場面があるとは思えん」
とは言え、アウレリアは既に敵陣の偵察で武功を上げている。
ただでさえバカでかい赤いドラゴンとかいう目立つこと極まりないものに乗っているせいかただでさえ目立つ。そいつが敵の上空を単騎で悠々と飛び回った挙句、敵のドラゴンマスター部隊を軽々と全滅させるものだから、途中で敵は対空を諦めた。
それをいいことにアウレリアを中心にしたプライデリ家のドラゴンマスター部隊が、これまた量産にこぎつけた硝石から作成した爆薬でもって空爆を敢行。
おう。デオドラ。お前も大概容赦ないな。え?空から爆弾を落とせって指示したのは私?そ、そんなことはない…ぞ?アウレリアが頭上を抑えたから爆弾を落としたらええやんって言っただけやで?本当だよ?
この時点で反乱を起こした西方貴族軍の士気は完全に崩壊。後は総攻撃をかけるだけという状態となってしまっていた。
まあプライデリ家が前に出ることはないやろ。勝ったな!ガハハ!
「あなたがイブリスか。話には聞いている」
「…お会いできて光栄でございます」
そう思っていた時期が私にもありました。
いや、戦闘自体はすぐに終わったらしいよ。俺は兄上たちと戦闘糧食の羊羹の試食をしていた。というかプライデリ家の軍全体がご飯休憩で、この糧食を食べていた。もっと寄越せって?おう。うちの嫁(予定)に頼むんだよ!この世界持ちつ持たれつだからね。
なんてことをやって和気あいあいとしているところに襲来してきたのが王子殿下だ。
いや。俺なんかした?もう十分(アウレリアとデオドラが)働いたから遊んでてええやろ?ダメ?
「硬くならなくていい。私の幼馴染達とよくしているということで気にはなっていたよ」
いやいや無理があるって。前世での天皇陛下…はちょっと違うか。だとすると総理大臣だろうか?いずれにせよ農民如きがお近づきにはなれない人だろう。
「最近フェリクスが書物をよく読むということを聞いた。あなたの存在が浮かび上がったんだ」
「……猪にしては耳の早いことだ。すまないな。お前はこういう場は苦手だから、やめておけと俺は何度も言った」
本当にその通りだ。フェリクスは人を気づかえる良いやつだな。
……なんていうと思ったか?いや、本当にやめてね?苦手とかそんなレベルじゃない。蕁麻疹が出そう。何で農民の子どもが以下略。
というか殿下とフェリクスは幼馴染か?何か壁があるというか…。
「……ところでダスカーの件はどう考える?」
「………王族に弓を引いた罪を思い知らせたと思います」
「…つまりこれで終わりにしておけということか?」
いやいや、こいつの親が殺されてるの知ってるよ?なのに地雷みたいな質問してくるなよ。本当にやめてくれ。目つきが怖いわ。
だから王族というのは嫌なんだ。あの時治さなければ良かったと心の底から思う。誰か知らんけど、ダスカーの黒幕は俺のことを殺したがってるだろうな。
ああ。やだやだ。婚約者の言うことだからって聞かなければ良かった。
こっそり王都に忍び込んだお陰で、王都の地理や利権関係を調べることができたのは良かったが、やっぱり割に合わん。
しかもこの王子、アウレリアと同レベルの剛力と聞く。完全にやべー奴である。
「………有り体に申せば肯定します」
「何故だ?王国は悲しみに包まれている。それでもか?」
「利がありませぬ」
「利だと?」
「はい。ダスカーより入ってくる品物は王国にとって不可欠な物も多くございます。これらの産物に関わる者たちを見境なしに殺せば、今後、彼らが王国を信用して取引に応じるでしょうか?」
まあ手遅れだけどね!
全く、大事な技能を持った人たちがどれだけ犠牲になったのかって話だ。
「しかし、お前の兄は戦に積極的だったと聞く。そのあたりはどう考える?」
ほんまそれな!
あのバカ、うちの利権関係の事なんかガン無視してダスカー人を殺しまくりやがった。表向きには父の勘気に触れて謹慎という形にはなっているが、あまりの酷さに親父殿がブチギレたというのが真相だ。
まあこの殿下がダスカー人を保護したという事実のおかげで、うちもダスカー人をたくさん保護する名目ができて良かったよ。
とは言え彼らとは未だに壁がある。義兄のせいだ。やってられん。
「それは感情的に許せないだけでなく、義兄には義兄の利があってのことでしょう。私とは異なるでしょうが」
「分かった」
ひぇ~罰されると思っていたら、そのひと言だけで済んだ。ラッキーである。
「では王とはどうあるべきと思うか?」
「……一農民に答えられるような質問には思えませぬが…」
「自由に答えて欲しい」
止めてよね!これ以上名無しの農民を虐めるのは!
…最近農業していないな。土いじりに逃げたい。お腹痛い。
「王が孤独であれば危うい……ですかな」
「…孤独とは?」
「相談できる者が居ない状態です」
「いや、それは無いだろう。うちの家もそうだが、王に意見を求められれば答える」
話にフェリクスが割って入るが、こいつ分かってないな。王の孤独を癒やすのは臣下ではない。
「言葉足らずでしたね。気兼ねなく相談できる相手、です」
「…というと?」
「配偶者や兄弟姉妹、場合によっては親、古くから知っている幼馴染。誰でもいいのです。王が一人の人間に戻れなければ危ういと思います。ですので、先ほどの質問に答えるのであれば、王は気兼ねなく相談できる相手を持つことから始めるべきでしょう」
前世での様々な君主を思い出すと、一緒に酒を飲んで気兼ねなく話せる相手を失った権力者はとんでもない失敗をするような気がする。劉備だって諸葛亮の諫言を聞かずに夷陵の戦いで次世代を担う者たちを大勢失い、それが蜀の滅亡に繋がった。日本で言うなら豊臣秀吉だ。彼も朝鮮出兵という失敗を犯している。
いずれもその原因は優秀な参謀が居なかったから起きたのではなく、気兼ねなく相談できる相手、言ってみれば王が一人の人間に戻れる相手を亡くしたことで起きたように見える。
劉備なら簡雍、秀吉なら秀長だ。
一方で劉備には諸葛亮、秀吉には官兵衛といった優秀な参謀は居たが、彼らは結局主君の過ちを正すことはできなかった。王の隣に侍る者に必要なのは能力ではなく、彼を人間に引き戻せる者であるべきだと思う。
「……肝に銘じておこう」
王子様はそう言うが、本当に分かってるのかね?いくら帝王学を学んでいるであろうとは言え、まだ10代のガキだ。子どもの間はまだ良い。しかし年を取れば、自分の過去を知る人間は櫛の歯が欠けるように居なくなる。そして失われるまで本当の意味で理解できないかもしれない。
あるいは既に失った殿下であれば、それを理解できるのだろうか?私には何とも言えなかった。
「…悪かったな」
「何がです?」
殿下が去ってからフェリクスは私に謝ってきた。
そうだな。ああいうのはやめてくれ。心臓に悪い。
「お前、ああいうのは苦手だろ?」
「……まあ不敬になるのであまり言わないことにします」
「正直どうかと思った。今回の戦でのあいつの戦い方を見ていて」
「戦った?それは……」
「ああ。あいつ自ら先陣を切って飛び込み、敵を何人も殺していた。……実に楽しそうにな」
「……それは…」
「ああ。お前が思う通り、大将が真っ先にやられるような位置に居るのは論外だ。俺もそう思う。後ろで偉そうにふんぞり返っていればよかったんだ。俺たちの包囲は完ぺきで、それ以上何かする必要はなかった。あんなむごい殺し方をする必要はなかったはずなんだ」
フェリクスは手を強く握りしめる。
大して私の反応は冷めていた。
何を考えているのだろう?というのが本音である。王家では次世代の教育を放棄していたのだろうか?……ありうる。今王の代わりをしているのが前の王の弟だ。思うにダスカーで前の王とその護衛たちを皆殺しにしたのは多分こいつだろう。口には絶対に出さないが、貴族であれば大体みんな怪しいと思っている。
むしろ次世代の王子なんて邪魔と考えるのが妥当で、殿下を生かす理由が無い。だが殿下は生きている。そして王としての教育を受けた形跡も無い。いずれは殺すよりも傀儡にした方が良いと考えたのかもしれない。それなら碌な教育を受けさせない理由にもなる。
前の王の弟、リュファスに子がいたというのも聞いたことが無いので、殿下は操り人形か。
「私の話聞いてました?」
「ああ。王が人に戻れる人間が要るという話だろ?その話は分かる。分かるが、俺にはとてもそういう人間になれる気がせん」
えぇ…これどうすんの?次世代の王国を担う人材が諍い起こしてるんですけど!
UA増えたら消す。