___その年の夏は暑かった。
日が沈んでも涼しさは感じられず、床に入っても寝返りを繰り返すのみだ。
白い寝間着に身を包んだ少女はついに眠ることを諦め、眠気が来るまで本を読むことにした。
廊下の方から規則正しく床が軋む音が鳴る。
その音は読書に夢中である少女の耳には入らない。
パタンと襖が開けられる。
「霊夏?いつまで起きているの?」
黒髪を鎖骨まで伸ばし、胸が貧相__すらっとしているという言葉が相応しく、少女をそのまま成長させた様な、そんな妙齢の女性がそこにいた。
しまった、そう思ってももう遅い、時は過去に戻らないのだ__一部例外を除いて。
「ごめんなさい、母さん。ちょっと暑くて寝付けなくて」
少女は知っている。無理な言い訳はより状況を悪化させるだけであることを。
少女が本気になれば妙齢の女性、少女の母を言いくるめることはできるだろうが家族に対し、そんな一時の勝鬨を挙げてもしょうがない、むしろ家族の仲を悪くさせるだけだ。
「気持ちは分かるけど、夜更かしは体に悪いし...さらにこんなに暗いとこで本を読んでいると目を悪くするわよ」
「分かったわ、母さん。もう寝るわ」
そう言って少女は灯りを消した。
「...ところで何を読んでいたの、霊夏?」
「うちの歴史書よ、ほらうちって結構由緒正しき家系じゃない?歴史書を読んでいるだけでもおもしろくて」
そこで少女はふと疑問に思った
「ねえ、母さん。私たちの仕事は代々受け継がれていくものじゃない?どの代が一番すごかったの?」
「そうねぇ、なにをもってすごいというかにもよるわねぇ...人々との絆、友好に貢献した代もあれば、妖怪との共生、そのための規則の起案に貢献した代もいる」
母は頭を傾け考えを巡らせながら答える。
「霊夏のお父さんだってすごいのよ!」
その言葉を口火に、男の偉業を弾幕のように述べていく
そうだった、両親はおしどり夫婦もとい、俗にいうバカップルというやつであった。
母が父に抱く愛情を感じていた__半ば呆れていた時、母の表情が変わった。
「ただ最も原始的な凄さ、武力に関してなら私の父かしらね」
「おじいちゃん...?」
少女はにわかに信じられなかった。
それもそのはず、少女にとって祖父とは生まれた時から老人であり、よぼよぼのイメージしかないのだ。
「そうね、父は結界術も得意でなければ人々を引き付けるカリスマもなかった。けれど武力の一点に関しては他の追随を許さぬものだった...らしいわ」
「って母さんも言伝かい!」
思わず突っ込んでしまった。
「私の代はもう平和だったからね...ってそろそろ寝なさい」
ふと時計を確認すると時刻は零時を回っていた。
「分かったわ、おやすみ母さん」
「おやすみ、霊夏」
お互いに眠る挨拶を交わし、そして少女は眠りについた。
その日少女は不思議な夢をみた
若い男がその身一つで妖を屠っていく
鮮血を散らし 骨を砕き
それは姿まるで
鬼神が如く
走る__
少年は闇雲に走る、全力で走る。
でなければ後ろから迫る影に追いつかれてしまうからだ
グルルルル...
影は大きくなる、いや近づいているのだ。
オオカミ___と呼ぶにはあまりに大きく、そして禍々しい。
3寸にもなるだろう牙を持ち、毛並みは逆立ち、今にも喰らいついてきそうである
「ハァ...ハァ...」
息をしても苦しい、肺が破れてしまったかと錯覚するほど胸が痛い。
口からは鉄のような味がし、横腹は痛む。
もう限界はとうに超えている
ガウッ
その鳴き声か聞こえた刹那、少年はバランスを崩し転ぶ。
急いで立ち上がろうとして腕を支えに___できない。
「痛っ!」
血___そう認識するまで時間がかかった。
人間とは不思議なもので気付きの生き物だ。気付かなければ痛みというのを感じない場合がある。
そして気付いてしまった、腕に大きな傷が付いていることに
「あああああああ!」
引っかき傷というにはあまりに大きく、致命的な傷だった
少年は、ただ痛みに叫ぶことしかできなかった。
目の前に先の化け物が迫る
「くるな...来るなあああ!」
そんな威嚇も虚しく、化け物はその少年の頭部を食いちぎ___らなかった。
否、食いちぎることができなかったのだ。
目の前に男が立っていた___
その丈は6尺弱はあるだろうか、一見細見に見えるがそれは服によって隠されているためだ。
白衣を脱げばそこには鬼の顔のような背の筋肉が、袴の先には泣く子も黙る大腿筋がある___そう予感させる佇まいだった。
「大丈夫か、少年」
その男は少年に尋ねた
「あ、あなた様は...?」
少年は問いかけられた質問に答えることができなかった。
質問されたことももう頭にないだろう。
ただこの命の恩人の名前を知りたい。
その一心だった。
「私は博麗神社神主、■■だ」
名前は聞き取れなかった。
「この異変を、終わらせに来た」
その言葉はなぜだか少年に安心感を与えた。
理屈は分からない。ただ、もう大丈夫なんだろうと、そう思った。
少年は瞼を閉じた。
___数刻前
「今現在、空を赤い霧が覆う異変が発生したわ」
美しい金髪をなびかせ、女性は言う
彼女は八雲紫、ここら一帯を管理している妖怪___大妖怪だ
「あなたたちにはこの異変を早急に解決して欲しい」
紫は三人に言う
「はいはい、めんどくさいけど仕事だからやるわよ...」
赤い大きなリボンに紅白色の巫女服に身を包む少女、霊夢は答える
「さて、特訓の成果を見せるとしようか!霊夢、なんならどっちが先にこの異変を解決できるか勝負しようぜ!」
癖のある金髪の少女、頭には黒色のとんがり帽子をかぶった魔法使い、魔理沙が言う
「お前ら少しは緊張感をだな...」
少女の間に座っている男、博麗神社の神主は緊張感のない二人に緊張感を持つよう警告するが、
「アンタは緊張しすぎよ、そんなんで動けるの?」
「そうだぜ、こういうのは緊張してもしょうがないんだから楽しまなくちゃ!」
無駄だった
「では、各自準備が出来次第、出発するように」
紫はそう言い残すと消える___空間の亀裂に入って行く。
「そうそう、一つ言い忘れていたわ」
紫は片手だけ空間の亀裂からだしてそう言った。
「スペルカードルールの交渉は決裂したわ」
そう言い残すと今度こそ紫は消えた。
スペルカードルール、それは紫が進めていた新たなルールだ。
詳細は知らないが要するに命を賭けた戦いを禁止し、別の決闘方法で物事を解決する規則だとか。
まぁ力を持つ妖怪がそれを拒否するのは当然かと男は納得した。
「要するに今まで通りってことでしょ?何をいまさら」
霊夢はため息をつきながら気だるげに言う。
「まぁそのルールも興味あったんだがなぁ...」
霊夢とは反対に少し残念そうにしている魔理沙
「...帯を締めなおさねばな...」
ここは人間や妖怪、忘れ去られたものが集う世界
全てを受け入れる、美しくも残酷な世界
その場所を、幻想郷と云う_____