東方博麗伝   作:Lup

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其の五「反魂」

 ___冥界。

 

 生きとし生けるものたちが、現世での役目を終えた後に行き着く場所。

 

 薄暗く、静かな、一つの終着点。

 

 しかし、今宵の冥界はひときわ華やかだった。

 

 壮大な桜の下で舞う、輝く蝶。

 

 夜空を彩る弾幕の嵐。

 

 その中を舞う、二人の人間。

 

 事情を知らぬ者がこの光景を見たならば、これが命を懸けた戦いだと誰が信じようか。

 

 そう思えるほどに、美しい光景だった。

 

 咲夜は霊夢を抱え、幽々子の攻撃を避け続ける。

 

「巫女様、そろそろいかがでしょうか?」

 

「まだ、もう少し……」

 

 霊夢は結界を練り上げることに全神経を集中させていた。

 

 そのため、回避はすべて咲夜任せだ。

 

「巫女様、いくら完璧なメイドである私でも、結局はか弱い乙女です。人間という重__」

 

「それ以上言ったら、まずあなたを封印するわよ」

 

 咲夜の言葉を霊夢が遮る。

 

「あらあら、仲睦まじくて微笑ましいわねぇ。私も後で妖夢に抱っこしてもらおうかしら」

 

 幽々子は相変わらず、どこか気の抜けた調子で言う。

 

 しかし、その言動とは裏腹に攻撃は凶悪そのものだった。

 

 触れれば命を刈り取る蝶の弾幕は、ますます勢いを増していく。

 

 咲夜は能力を駆使しながら、そのわずかな隙間を縫うように飛んだ。

 

 時を操る能力。

 

 一見すれば無敵にも思える力だが、当然ながら制限は存在する。

 

 まず、時間を巻き戻すことには限界がある。

 

 投げたボールを手元に戻すことはできても、齧ったリンゴを元どおりにすることはできない。

 

 咲夜自身が不可逆だと認識している事象には、能力が及ばないのだ。

 

 そして、時間停止にも限界がある。

 

 何の支援も受けていない状態では、止められる時間は十秒程度。

 

 以前、霊夢の痺れを誘発する針を無効化した際も、時間停止と時間加速を組み合わせたにすぎない。

 

 だが、今の咲夜にとって最大の問題は別にあった。

 

 ___逃げ場がない。

 

 時間を止めたところで、進む先に隙間がなければ意味がない。

 

 幽々子の弾幕は密度を増し、もはや巨大な壁となって迫っていた。

 

 万事休すか。

 

 咲夜がそう思った、その刹那。

 

「『待たせた』わね!」

 

 霊夢が両手を打ち合わせる。

 

 ___パンッ!

 

 乾いた音が響いた瞬間、二人の前方に巨大な結界の壁が出現した。

 

 結界は幽々子へ向かって進み始める。

 

 あまりに巨大なため緩やかに見えるが、その実、凄まじい速度だった。

 

 幽々子の死を呼ぶ弾幕が結界に触れる。

 

 しかし、今度は結界が砕けることはなかった。

 

 蝶の弾幕が次々と弾け、消えていく。

 

 やがて結界は幽々子の目前まで迫ると、左右の端が折れ曲がり、幽々子と西行妖を囲い始めた。

 

 上下にも結界が展開され、最後の一面が閉じる。

 

 幽々子と西行妖は、巨大な立方体の中に封じ込められた。

 

 夢符「封魔陣」。

 

 魔を封じ込めるための結界術。

 

 レミリアに使用した八方鬼縛陣とは異なり、相手に直接ダメージを与えるものではない。

 

 その分、結界の強度に優れている。

 

 霊夢はこの技を基礎に、より大きく、より強固な結界を練り上げたのだ。

 

 名付けるならば、悪夢「大封魔陣」。

 

 ……いや、やめておこう。

 

 霊夢は己の命名センスが絶望的であることを再認識した。

 

「これであなたを封印したわ。ついでにその桜の封印も強化したから、もう咲くことはないわね」

 

 霊夢は結界の向こうにいる幽々子を見据える。

 

「このまま永遠にその桜で花見をするか、春を返すか。好きな方を選びなさい」

 

「あらあら、今代の巫女は凄まじい才能を持っているのね」

 

 幽々子はなおも余裕の態度を崩さない。

 

「でもね、今回は私も本気なのよ」

 

 そう言うと、幽々子はどこからともなく一振りの刀を取り出した。

 

 この世の物を斬り裂く楼観剣。

 

 斬ったものの迷いと未練を断ち切る白楼剣。

 

 その二振りの力を、一振りに収めた刀。

 

「これは先代庭師、魂魄妖忌が愛用していた刀。白楼観剣よ」

 

 幽々子はその刃を、自らの首筋へと当てた。

 

 霊夢の表情が変わる。

 

「ちょっと、何を__」

 

 言い終えるよりも早く、幽々子は刀を引いた。

 

 ___自らの首を斬り裂いたのだ。

 

 次の瞬間。

 

 ___ゴゴゴゴゴッ!

 

 冥界全体を揺るがすような地響きが起こった。

 

「今度は何なのよ!」

 

「巫女様! あれを!」

 

 咲夜が指差した先には、西行妖があった。

 

 桜の花びらが、一斉に散っていく。

 

 そして、散ったばかりの枝に、新たな蕾が現れた。

 

 一つ、また一つ。

 

 蕾がほころび、桜が咲き始める。

 

 身のうさを 思ひしらでや やみなまし

 

    そむくならひの なき世なりせば__

 

 **反魂蝶 __一分咲__**

 

 ___異変は、まだ何一つ解決していない。

 

 ◇◇◇

 

 ___数刻前。

 

 月夜の空に、二人の魔女が舞う。

 

 パチュリーとアリスは、互いの魔法をぶつけ合っていた。

 

 アリスは指先から伸びる魔法の糸で、何十、いや、何百もの人形を操る。

 

 さながら鎧をまとった中世の軍隊。

 

 それをパチュリーは炎で焼き、木で絡め、水で流し、土で埋め、金で押し潰す。

 

 その光景は、まさしく国同士の戦争だった。

 

 そんな中、アリスの背後から一際異彩を放つ人形が現れる。

 

 一見すれば、人間と見分けがつかない。

 

 それほどまでに精巧な造りをしていた。

 

 もはや、人形と呼んでよい代物なのだろうか。

 

 ___完全自立式人形、Alice Mk\-Ⅱ。

 

「行け!」

 

 アリスが命じる。

 

 たった二文字。

 

 それだけで人形は敵を認識し、目的を理解し、行動を開始した。

 

「古より畏怖されし地獄の主よ。今こそ契約に基づき、汝を呼び覚まさん__サモン!」

 

 すかさずパチュリーが召喚魔術を唱える。

 

「とうとう図書館ですらありませんじゃないですか……さすがに__」

 

 現れた悪魔が言葉を止める。

 

「おや、おやおやおや!? パチュリー、貴様! 久しく使わなかったこの契約での召喚なのか!?」

 

 以前、魔理沙を苦しめた悪魔だった。

 

 しかし、その丁寧な口調は見る影もない。

 

 何より、全身から溢れ出す力の奔流。

 

 本当にあの時と同じ悪魔なのか。

 

 魔理沙には確信が持てなかった。

 

「ええ、詳細は省くわ。相手は魔界神の血を引く者。あなたには、あの奇妙な人形の相手をお願いするわ。手加減は無用よ!」

 

「これは久しぶりに楽しめそうじゃのう!」

 

 悪魔は右手をかざし、紅く染まった弾幕を放つ。

 

 しかし、アリスの人形はそれらを躱し、盾で弾き、剣で斬り裂きながら迫った。

 

「これはこれは!」

 

 悪魔が再び右手をかざす。

 

 その手に現れたのは、まるで幾度も血を浴びたかのような赤黒い槍。

 

 呪槍「ロンギヌス」。

 

 悪魔は槍を構え、人形へ鋭い突きを繰り出した。

 

 人形は盾で穂先を逸らし、間髪入れずに剣を振るう。

 

 悪魔は槍を回転させ、柄で斬撃を受け流した。

 

 そのまま槍を横薙ぎに振るう。

 

 人形は身を沈めて回避し、再び距離を詰める。

 

 一進一退の攻防。

 

 しかし、それは魔理沙にとって、あまりにも遠い世界の戦いだった。

 

 魔理沙は空で繰り広げられる光景を、ただ見つめることしかできない。

 

 否。

 

 見つめることすら、まともに叶わなかった。

 

 パチュリーとアリスの魔法は規模が大きすぎる。

 

 悪魔と人形の戦いは速すぎるうえに、その動きには一切の無駄がない。

 

 もはや人間の目で追える範疇を超えていた。

 

 魔理沙はその戦いを凄まじいと思うと同時に、どうしようもない悔しさを感じていた。

 

 今まで自分がどれだけ手加減されていたのか。

 

 自分がどれほど未熟なのか。

 

 嫌というほど思い知らされる。

 

 そんな中、二人の魔女の戦いがさらに激しさを増した、その時だった。

 

 ___グラリ。

 

 地面が揺れる。

 

 否。

 

 揺れているのは、空間そのものだった。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

 魔理沙が慌てる一方で、二人の魔女は同時に空を見上げた。

 

 ___空に、穴が開いている。

 

「なるほど……そういうこと……」

 

 パチュリーは一人で納得したように呟いた。

 

「ごめんなさいね。今回の異変に、あなたは無関係だったわ」

 

 パチュリーはアリスに謝罪する。

 

「いえいえ。でも、ここまでしておいて、ただで帰れるとでも?」

 

 アリスは依然として戦闘態勢を崩さない。

 

「私はもう、あなたを攻撃しないわ。それに、あなたもそこまで争い好きではないでしょう?」

 

「……それもそうね」

 

 アリスは構えを解いた。

 

「じゃあね。お母さんによろしく」

 

 パチュリーはそう言い残し、地上にいる魔理沙のもとへ降りていく。

 

「行くわよ、魔理沙」

 

「お、おい!」

 

 魔理沙はパチュリーに引きずられるように、その場を後にした。

 

 二人の姿が完全に見えなくなる。

 

 その瞬間。

 

 ___ガクッ。

 

 アリスは地面に膝をついた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 額から大量の脂汗が流れ落ちる。

 

「さすが……最古の魔女、ね……」

 

 もし、あのまま戦いが続いていたら。

 

 自分は確実に死んでいただろう。

 

 アリスは、魔法の祖と呼ぶべき存在の実力を、その身で思い知っていた。

 

 ◇◇◇

 

「お、おい! いいのか!?」

 

 魔理沙はパチュリーの手を振りほどき、問い掛けた。

 

「いいのよ……アリスは今回の異変とは無関係。それに__ゴホッ!」

 

 言い終わらないうちに、パチュリーが激しく咳き込む。

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

 魔理沙が顔を覗き込む。

 

 その口元には、血が滲んでいた。

 

「おい! どうしたんだよ!」

 

「久しぶりに……無茶をしたわ……悪いけど、紅魔館まで送ってもらえるかしら……」

 

 再びパチュリーが咳き込む。

 

 今度は、鮮血が口からこぼれ落ちた。

 

「あ、ああ! それは全然構わないけど、本当に大丈夫なんだよな!?」

 

「ええ……これくらいじゃ死にはしないわ……」

 

 パチュリーは息を整えながら、静かに続ける。

 

「それにしても、アリス・マーガトロイド……しっかり母親譲りの化け物に成長しているわね……」

 

 魔理沙はパチュリーを箒に乗せ、紅魔館へと向かった。




咳をしても独り
ええ、咽頭炎です。
39.0度は辛いものがありますね......
こんなもの書いてないで寝てろって言うかもしれないですけどね、こういう時に限ってネタは思いつくんですよね。

ってことでちょいと更新遅れますけど気長にお待ちください!

あ、あといつもの感想、高評価お待ちしてます笑
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