___冥界。
生きとし生けるものたちが、現世での役目を終えた後に行き着く場所。
薄暗く、静かな、一つの終着点。
しかし、今宵の冥界はひときわ華やかだった。
壮大な桜の下で舞う、輝く蝶。
夜空を彩る弾幕の嵐。
その中を舞う、二人の人間。
事情を知らぬ者がこの光景を見たならば、これが命を懸けた戦いだと誰が信じようか。
そう思えるほどに、美しい光景だった。
咲夜は霊夢を抱え、幽々子の攻撃を避け続ける。
「巫女様、そろそろいかがでしょうか?」
「まだ、もう少し……」
霊夢は結界を練り上げることに全神経を集中させていた。
そのため、回避はすべて咲夜任せだ。
「巫女様、いくら完璧なメイドである私でも、結局はか弱い乙女です。人間という重__」
「それ以上言ったら、まずあなたを封印するわよ」
咲夜の言葉を霊夢が遮る。
「あらあら、仲睦まじくて微笑ましいわねぇ。私も後で妖夢に抱っこしてもらおうかしら」
幽々子は相変わらず、どこか気の抜けた調子で言う。
しかし、その言動とは裏腹に攻撃は凶悪そのものだった。
触れれば命を刈り取る蝶の弾幕は、ますます勢いを増していく。
咲夜は能力を駆使しながら、そのわずかな隙間を縫うように飛んだ。
時を操る能力。
一見すれば無敵にも思える力だが、当然ながら制限は存在する。
まず、時間を巻き戻すことには限界がある。
投げたボールを手元に戻すことはできても、齧ったリンゴを元どおりにすることはできない。
咲夜自身が不可逆だと認識している事象には、能力が及ばないのだ。
そして、時間停止にも限界がある。
何の支援も受けていない状態では、止められる時間は十秒程度。
以前、霊夢の痺れを誘発する針を無効化した際も、時間停止と時間加速を組み合わせたにすぎない。
だが、今の咲夜にとって最大の問題は別にあった。
___逃げ場がない。
時間を止めたところで、進む先に隙間がなければ意味がない。
幽々子の弾幕は密度を増し、もはや巨大な壁となって迫っていた。
万事休すか。
咲夜がそう思った、その刹那。
「『待たせた』わね!」
霊夢が両手を打ち合わせる。
___パンッ!
乾いた音が響いた瞬間、二人の前方に巨大な結界の壁が出現した。
結界は幽々子へ向かって進み始める。
あまりに巨大なため緩やかに見えるが、その実、凄まじい速度だった。
幽々子の死を呼ぶ弾幕が結界に触れる。
しかし、今度は結界が砕けることはなかった。
蝶の弾幕が次々と弾け、消えていく。
やがて結界は幽々子の目前まで迫ると、左右の端が折れ曲がり、幽々子と西行妖を囲い始めた。
上下にも結界が展開され、最後の一面が閉じる。
幽々子と西行妖は、巨大な立方体の中に封じ込められた。
夢符「封魔陣」。
魔を封じ込めるための結界術。
レミリアに使用した八方鬼縛陣とは異なり、相手に直接ダメージを与えるものではない。
その分、結界の強度に優れている。
霊夢はこの技を基礎に、より大きく、より強固な結界を練り上げたのだ。
名付けるならば、悪夢「大封魔陣」。
……いや、やめておこう。
霊夢は己の命名センスが絶望的であることを再認識した。
「これであなたを封印したわ。ついでにその桜の封印も強化したから、もう咲くことはないわね」
霊夢は結界の向こうにいる幽々子を見据える。
「このまま永遠にその桜で花見をするか、春を返すか。好きな方を選びなさい」
「あらあら、今代の巫女は凄まじい才能を持っているのね」
幽々子はなおも余裕の態度を崩さない。
「でもね、今回は私も本気なのよ」
そう言うと、幽々子はどこからともなく一振りの刀を取り出した。
この世の物を斬り裂く楼観剣。
斬ったものの迷いと未練を断ち切る白楼剣。
その二振りの力を、一振りに収めた刀。
「これは先代庭師、魂魄妖忌が愛用していた刀。白楼観剣よ」
幽々子はその刃を、自らの首筋へと当てた。
霊夢の表情が変わる。
「ちょっと、何を__」
言い終えるよりも早く、幽々子は刀を引いた。
___自らの首を斬り裂いたのだ。
次の瞬間。
___ゴゴゴゴゴッ!
冥界全体を揺るがすような地響きが起こった。
「今度は何なのよ!」
「巫女様! あれを!」
咲夜が指差した先には、西行妖があった。
桜の花びらが、一斉に散っていく。
そして、散ったばかりの枝に、新たな蕾が現れた。
一つ、また一つ。
蕾がほころび、桜が咲き始める。
身のうさを 思ひしらでや やみなまし
そむくならひの なき世なりせば__
**反魂蝶 __一分咲__**
___異変は、まだ何一つ解決していない。
◇◇◇
___数刻前。
月夜の空に、二人の魔女が舞う。
パチュリーとアリスは、互いの魔法をぶつけ合っていた。
アリスは指先から伸びる魔法の糸で、何十、いや、何百もの人形を操る。
さながら鎧をまとった中世の軍隊。
それをパチュリーは炎で焼き、木で絡め、水で流し、土で埋め、金で押し潰す。
その光景は、まさしく国同士の戦争だった。
そんな中、アリスの背後から一際異彩を放つ人形が現れる。
一見すれば、人間と見分けがつかない。
それほどまでに精巧な造りをしていた。
もはや、人形と呼んでよい代物なのだろうか。
___完全自立式人形、Alice Mk\-Ⅱ。
「行け!」
アリスが命じる。
たった二文字。
それだけで人形は敵を認識し、目的を理解し、行動を開始した。
「古より畏怖されし地獄の主よ。今こそ契約に基づき、汝を呼び覚まさん__サモン!」
すかさずパチュリーが召喚魔術を唱える。
「とうとう図書館ですらありませんじゃないですか……さすがに__」
現れた悪魔が言葉を止める。
「おや、おやおやおや!? パチュリー、貴様! 久しく使わなかったこの契約での召喚なのか!?」
以前、魔理沙を苦しめた悪魔だった。
しかし、その丁寧な口調は見る影もない。
何より、全身から溢れ出す力の奔流。
本当にあの時と同じ悪魔なのか。
魔理沙には確信が持てなかった。
「ええ、詳細は省くわ。相手は魔界神の血を引く者。あなたには、あの奇妙な人形の相手をお願いするわ。手加減は無用よ!」
「これは久しぶりに楽しめそうじゃのう!」
悪魔は右手をかざし、紅く染まった弾幕を放つ。
しかし、アリスの人形はそれらを躱し、盾で弾き、剣で斬り裂きながら迫った。
「これはこれは!」
悪魔が再び右手をかざす。
その手に現れたのは、まるで幾度も血を浴びたかのような赤黒い槍。
呪槍「ロンギヌス」。
悪魔は槍を構え、人形へ鋭い突きを繰り出した。
人形は盾で穂先を逸らし、間髪入れずに剣を振るう。
悪魔は槍を回転させ、柄で斬撃を受け流した。
そのまま槍を横薙ぎに振るう。
人形は身を沈めて回避し、再び距離を詰める。
一進一退の攻防。
しかし、それは魔理沙にとって、あまりにも遠い世界の戦いだった。
魔理沙は空で繰り広げられる光景を、ただ見つめることしかできない。
否。
見つめることすら、まともに叶わなかった。
パチュリーとアリスの魔法は規模が大きすぎる。
悪魔と人形の戦いは速すぎるうえに、その動きには一切の無駄がない。
もはや人間の目で追える範疇を超えていた。
魔理沙はその戦いを凄まじいと思うと同時に、どうしようもない悔しさを感じていた。
今まで自分がどれだけ手加減されていたのか。
自分がどれほど未熟なのか。
嫌というほど思い知らされる。
そんな中、二人の魔女の戦いがさらに激しさを増した、その時だった。
___グラリ。
地面が揺れる。
否。
揺れているのは、空間そのものだった。
「な、なんだなんだ!?」
魔理沙が慌てる一方で、二人の魔女は同時に空を見上げた。
___空に、穴が開いている。
「なるほど……そういうこと……」
パチュリーは一人で納得したように呟いた。
「ごめんなさいね。今回の異変に、あなたは無関係だったわ」
パチュリーはアリスに謝罪する。
「いえいえ。でも、ここまでしておいて、ただで帰れるとでも?」
アリスは依然として戦闘態勢を崩さない。
「私はもう、あなたを攻撃しないわ。それに、あなたもそこまで争い好きではないでしょう?」
「……それもそうね」
アリスは構えを解いた。
「じゃあね。お母さんによろしく」
パチュリーはそう言い残し、地上にいる魔理沙のもとへ降りていく。
「行くわよ、魔理沙」
「お、おい!」
魔理沙はパチュリーに引きずられるように、その場を後にした。
二人の姿が完全に見えなくなる。
その瞬間。
___ガクッ。
アリスは地面に膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
額から大量の脂汗が流れ落ちる。
「さすが……最古の魔女、ね……」
もし、あのまま戦いが続いていたら。
自分は確実に死んでいただろう。
アリスは、魔法の祖と呼ぶべき存在の実力を、その身で思い知っていた。
◇◇◇
「お、おい! いいのか!?」
魔理沙はパチュリーの手を振りほどき、問い掛けた。
「いいのよ……アリスは今回の異変とは無関係。それに__ゴホッ!」
言い終わらないうちに、パチュリーが激しく咳き込む。
「おいおい、大丈夫かよ」
魔理沙が顔を覗き込む。
その口元には、血が滲んでいた。
「おい! どうしたんだよ!」
「久しぶりに……無茶をしたわ……悪いけど、紅魔館まで送ってもらえるかしら……」
再びパチュリーが咳き込む。
今度は、鮮血が口からこぼれ落ちた。
「あ、ああ! それは全然構わないけど、本当に大丈夫なんだよな!?」
「ええ……これくらいじゃ死にはしないわ……」
パチュリーは息を整えながら、静かに続ける。
「それにしても、アリス・マーガトロイド……しっかり母親譲りの化け物に成長しているわね……」
魔理沙はパチュリーを箒に乗せ、紅魔館へと向かった。
咳をしても独り
ええ、咽頭炎です。
39.0度は辛いものがありますね......
こんなもの書いてないで寝てろって言うかもしれないですけどね、こういう時に限ってネタは思いつくんですよね。
ってことでちょいと更新遅れますけど気長にお待ちください!
あ、あといつもの感想、高評価お待ちしてます笑