神主たちが西行妖を破壊してから、数日が経った。
幻想郷に、ようやく春が訪れた。
日陰にはまだ雪が残っているものの、それに負けじと草花が芽吹き、色とりどりの花を咲かせている。
博麗神社の境内でも、桜が見事に咲き誇っていた。
「やっぱり春はこうじゃないとね」
「ああ、そうだな」
神主と霊夢は縁側に並び、桜を眺めていた。
柔らかな風が吹くたび、花弁がひらひらと舞い落ちる。
異変の最中には考えられなかったほど、穏やかな時間だった。
しかし、そんな静寂も長くは続かない。
石段の方から、白黒の魔法使いが姿を現した。
「よう、二人とも!」
魔理沙だった。
「そんなにぼーっとしてると、気づいた時には爺さん婆さんになっちまうぜ?」
「生き急いでると早死にするわよ」
霊夢が即座に言い返す。
魔理沙は、後日男から異変の経緯を聞いていた。
霊夢が珍しく取り乱したことも、その際に知った。
少しばかり心配していたのだが、こうして憎まれ口を叩けるなら問題はなさそうだ。
「私は最近、波紋の呼吸の練度が高まってきたからな。年を取る速さはかなり遅くなっているぞ!」
男が得意げに胸を張った。
「お前……どんどん人間離れしていくな……」
魔理沙は若干引いた。
「って、そうじゃなくてだな! 今日は花見だぜ! ちんたらしてたら日が暮れちまう!」
魔理沙は持ってきた荷物をほどき、手際よく花見の準備を始める。
しばらくすると、石段の方から賑やかな声が聞こえてきた。
どうやら、最初の客が到着したようだ。
「本日はお花見にご招待いただき、誠にありがとうございます」
咲夜が一同を代表して頭を下げる。
その後ろにはレミリア、フラン、パチュリー、そして大きな荷物を抱えた美鈴の姿があった。
「今回の異変解決では、随分と世話になった。ありがとう」
男はレミリアたちに礼を述べる。
「面を上げよ。そうかしこまるな。元より契約だったのだからな」
レミリアは悠然と答えた。
「それと、これは土産だ」
パチン。
レミリアが指を鳴らすと、美鈴が大きな風呂敷包みを抱えて前に出た。
「はぁ……はぁ……人使いが荒いですよ……っと!」
どさり、と荷物が置かれる。
風呂敷を広げると、そこには大量の洋酒が詰め込まれていた。
ワイン、ブランデー、ウイスキー、ウォッカ。
幻想郷では、なかなかお目にかかれない品ばかりである。
「こんなにたくさん、いいのか?」
「気にすることはない。気に入ったものがあれば、今度紅魔館に来た時にでも用意してやろう」
なんという気前のよさだろう。
これが頂点に立つ者の度量というものか。
男が感心していると、咲夜がそっとレミリアの耳元に顔を寄せた。
「レミリア様。しばらくおやつは抜きですね」
レミリアの表情は崩れなかった。
しかし、背中の羽がしょんぼりと垂れ下がった。
カリスマ……。
◇◇◇
魔理沙は紅魔館の一行を眺めていた。
その視線が、ある人物のところで止まる。
「パチュリー……」
先の異変でアリスと激しく戦ったはずだが、今は何事もなかったかのように立っている。
「お前、大丈夫なのかよ……?」
「大袈裟なのよ、あのくらいで。問題ないわ」
パチュリーは淡々と答えた。
「それに――」
「――私が面倒を見ているから、大丈夫よ」
隣から声がした。
魔理沙が振り向く。
そこにいたのは、アリス・マーガトロイドだった。
「……は?」
魔理沙は二人を交互に見る。
「いや、ちょっと待て。は!?」
「何? 私がいると不都合かしら?」
アリスが不機嫌そうに眉をひそめる。
「いや、そうじゃなくて……えぇ……? これ、私がおかしいのか?」
魔理沙は頭を抱えた。
代わりにパチュリーが答える。
「別に、私とアリスは仲が悪くて戦ったわけじゃないわ。異変解決のために戦った。それで、結局あの異変には関係がなかった。それで終わりよ」
「そういうこと」
アリスも頷く。
「……そういうもんなのか?」
「「そういうものよ」」
二人の返事は見事に重なった。
魔理沙は理解することを諦めた。
そのときだった。
「どーん!」
「ぐふっ!?」
小さな影が男の腹に飛び込んだ。
フランドールだった。
不意打ちの頭突きが鳩尾に直撃し、男は軽く横隔膜を痙攣させる。
「ふ、フランか……げ、元気そうで何よりだ……」
「私は元気いっぱいだよ〜!」
フランは満面の笑みを浮かべた。
男もつられて笑いかけたが、ふと違和感を覚えた。
「……あれ?」
フランは日傘を持っていない。
咲夜はレミリアの日傘を差している。
「フラン!? 日傘は!?」
男が慌てて叫ぶ。
「ん? ああ!」
フランは自分の頭上を指さした。
「上を見てみて!」
男が視線を上げる。
そこには、小さな人形が浮かんでいた。
人形はフランの頭上で日傘を差し、日光を遮っている。
「私の人形よ」
アリスが答えた。
「今、開発している自律式の小型人形。試作品だけど、日傘を持たせるくらいなら問題ないわ」
――自律式小型人形、Shanghai/prototype。
アリスが開発中の小型自律式人形である。
「すごいな……」
男は感心した。
「ね! 可愛いし、丈夫なんだよ!」
フランも嬉しそうに人形を見上げる。
男は顎に手を当てた。
「……しかし、どうなってるんだ、これ?」
人形は風に合わせて位置を調整し、フランの動きに合わせて日傘の角度を変えている。
まるで、自分で判断しているかのようだった。
「AI……? どれだけ学習させればこんな動きができるんだ……?」
男は独り言のように呟く。
「蓮子とかなら、分かるのか……?」
ぴくり。
アリスの肩が動いた。
「……神主」
「ん?」
「あなた、どこでその知識を得たの?」
アリスの表情は真剣だった。
「それに、蓮子って誰?」
「どこでって……」
男は答えようとした。
しかし、言葉が出てこない。
「……どこだ?」
自分でも分からなかった。
AI。
機械学習。
蓮子。
つい先ほどまで、当たり前のように口にしていた言葉。
なのに、どこで覚えたのか思い出せない。
「……蓮子って、誰だ?」
その瞬間。
――ズキンッ!
「うぐっ!?」
男は頭を押さえた。
激痛が走る。
頭蓋の内側を、何かが無理やりこじ開けようとしているようだった。
視界が揺らぐ。
そして、光景が流れ込んできた。
茶色がかった黒髪の女性。
金髪に、紫色の服をまとった女性。
二人が並んで、こちらに何かを話しかけている。
声は聞こえない。
場面が変わる。
白衣を着た先の黒髪の女性とその横にもう一人。
その手には、小さな薬が握られていた。
女性が、それをこちらへ差し出す。
何かを言っている。
だが、聞き取れない。
――そして。
巨大な閃光。
空を覆う、キノコ雲。
視界が白く染まる。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ、胸の奥に焼きつくような感覚だけが残った。
――ねぇ!
誰かが呼んでいる。
――ねぇってば!
身体が揺れる。
「……っ!」
男は我に返った。
目の前には霊夢がいた。
男の肩を掴み、必死に揺さぶっている。
「大丈夫!? ねえ!」
「……霊夢?」
「もう! 急に黙り込んだと思ったら、何度呼んでも返事しないんだから!」
霊夢の声が震えていた。
フランも、不安そうに男を見上げている。
「お兄様……?」
「……ああ」
男は何とか笑みを作った。
「大丈夫だ。ちょっと、頭が痛くなっただけで……」
「全然大丈夫そうに見えないわよ」
霊夢は男の顔を覗き込む。
「顔、真っ白じゃない。少し休んでなさい」
「……分かった」
男は霊夢に促され、神社の縁側へと向かった。
その背中を見送りながら、魔理沙がアリスに視線を向ける。
「ちょっと! 誤解よ!」
アリスは慌てて両手を振った。
「私はただ、自分の研究について何か知っていそうだったから聞いただけ! 本当に!」
場が静まり返る。
そんな空気を破ったのは、のんびりとした声だった。
「あらあら〜。お花見って聞いていたのだけど、まるでお通夜じゃない〜」
西行寺幽々子だった。
「どなたか、お亡くなりになられた?」
「幽々子様ぁっ!!」
妖夢の悲鳴が響く。
「本当に勘弁してください! 不謹慎です! 特に幽々子様が言うと洒落になりません!!」
幽々子は、きょとんと首を傾げた。
「そうかしら〜?」
妖夢は今にも泣きそうだった。
「……そうだな!」
魔理沙が手を叩く。
「今日は花見だ! さあ、みんな準備するぞ!」
その声を皮切りに、ようやく宴の準備が再開された。
◇◇◇
「そういえば、幽々子殿は何か土産はないんですかね〜?」
魔理沙が嫌な笑みを浮かべる。
幽々子は、思い出したように手を叩いた。
「ああ、そうだったわ〜。あなたたち、いらっしゃ〜い」
呼びかけに応じ、三人の少女が姿を現す。
プリズムリバー三姉妹。
ルナサ、メルラン、リリカだった。
「……どうも」
「今日は頑張るからね!」
「前回は中止なっちゃったから、その分も演奏しますよ」
三人はそれぞれ挨拶を済ませ、楽器の準備を始める。
「というわけで、私からは演奏のプレゼントよ〜」
幽々子は得意げに微笑んだ。
「……それ、前回の依頼を無駄にしたくないだけじゃないのか?」
魔理沙が突っ込む。
「何を言っているの〜」
幽々子は優雅に扇を開いた。
「桜を目で楽しみ、ご馳走を舌で味わい、音楽を耳で楽しむ。これこそ究極の娯楽というものよ〜」
「……もっともらしいこと言いやがって」
魔理沙は呆れたように呟いた。
そして、ふと疑問を思い出す。
「……そういや、幽々子」
「なぁに?」
「お前、なんで普通に生きてるんだぜ?」
「……?」
「霊夢から聞いたぞ。自分で首を斬ったって」
「ああ、それ〜?」
幽々子は、まるで昨日の夕食について尋ねられたかのような顔をした。
「妖夢〜。刀〜」
「こちらに」
妖夢が一本の長刀を差し出す。
「これね、白楼観剣っていうの〜」
幽々子は刀を示した。
「簡単に言えば、大抵のものは斬れる刀よ。亡霊を斬れば、その未練を断ち切って成仏させることもできるの」
加えて今回紫の命令でその刀所有権を博麗神社に移すよう言われ待ってきたという説明を加えた。
「……ふむ」
魔理沙は腕を組む。
「それで?」
「私ね、西行妖……あの化け物桜を満開にして、その下に封印されているものを見たかったのよ〜」
「ほう」
「でも、どうしても満開にならなくてね〜」
幽々子は困ったように頬へ手を当てる。
「それで、自分の未練を自分で断ち切れば逆説的に満開なるんじゃないかなって思ったの」
「……まさか」
「そう!自分を斬ればいいんじゃないかって!」
魔理沙は沈黙した。
そして、ゆっくりと妖夢を見る。
「……なあ。こう言っちゃなんだが、お前の主人、ぶっ飛んでんな?」
「すみません! すみません!」
妖夢は何度も頭を下げた。
「まだ話は終わってないわよ〜」
幽々子は楽しそうに続ける。
「それで、いいところまでいったんだけど〜」
「……だけど?」
「博麗の三人が、あの化け物桜の上半分を吹き飛ばしちゃって〜」
幽々子は舌を出し、自分の頭を軽く小突いた。
「失敗! てへっ!」
魔理沙は再び妖夢を見た。
いつの間にか、妖夢は土下座していた。
「……おいおい」
「それでね〜、未練は残ったままだし、そもそも私、刀で斬られたくらいじゃ消滅しないから〜」
幽々子はにっこり笑う。
「元通りってわけ! まあ、もう死んでるんだけどね〜」
魔理沙は三度、妖夢を見た。
土下座の勢いが増していた。
額が地面に擦れ、血まで滲んでいる。
魔理沙は、そっと妖夢の肩に手を置いた。
「……まあ、なんだ」
妖夢が顔を上げる。
「身内に変な奴がいると、辛いよな。頑張れよ」
ぽん、と肩を叩く。
「……っ」
妖夢の目から、大粒の涙がこぼれた。
あ、泣いた。
魔理沙は面倒なことになる前に、その場を離れた。
◇◇◇
博麗神社の縁側。
男は一人、庭の桜を眺めていた。
いや、一人ではない。
隣には霊夢が座っている。
宴の準備をする声が、遠くから聞こえてきた。
しかし、二人の間には静かな時間が流れていた。
しばらくして、その沈黙を破ったのは霊夢だった。
「……大丈夫そう?」
「ああ。もう大丈夫だ。心配かけたな」
男は笑って答えた。
だが、その顔色はまだ優れない。
霊夢には分かっていた。
いつもの男なら、こんなふうに無理をして笑うことはない。
「……そろそろ戻るか」
男が立ち上がろうとする。
そのとき。
くいっ。
着物の裾が引かれた。
「……霊夢?」
霊夢は男の裾を掴んだまま、俯いていた。
「あ、いや、その……」
珍しく歯切れが悪い。
「そういえば、まだお礼を言ってなかったと思って」
「……? 何のことだ?」
男が首を傾げる。
霊夢は小さく息を吸った。
「ほら……異変の時、私、取り乱したじゃない」
「ああ」
「あの時、あなたのおかげで落ち着けたの。……ありがとう」
男は少し考え、それから笑った。
「なんだ、あの時のことか。大したことはしてないよ」
「そんなことない!」
霊夢は思わず声を上げた。
男が目を丸くする。
「……私、怖かったの」
霊夢は視線を落とした。
「このまま異変を解決できなかったら、どうしようって」
膝の上で、両手を握り締める。
「博麗の巫女なのに、役目を果たせなかったら……母さんに失望されるんじゃないかって」
男は黙って聞いていた。
「私、今まで……やろうと思ったことは、大抵できたの」
霊夢は自嘲するように笑った。
「術だって、妖怪退治だって少し練習すればできたし、難しいと思ったこともない。何度か試せば何とかなった」
桜の花弁が、二人の間を通り過ぎる。
「だから、知らなかった」
霊夢の声が小さくなる。
「できないことが、あんなに怖いなんて」
男は何も言わなかった。
霊夢は続ける。
「……正直に言うわ」
「うん」
「私、あなたのこと、馬鹿にしてたことがあった」
「こんな簡単な術も使えないの? って。どうして何度やってもできないんだろうって……」
霊夢は唇を噛んだ。
「でも、違った」
声が震える。
「あなたは、ずっとあれを繰り返してきたのね」
男が霊夢を見る。
「できないことが怖くても、辛くても……何度も挑んで、何度も失敗して……」
霊夢は顔を上げた。
「それでも、諦めなかった」
男は何も答えられなかった。
霊夢の目には、涙が浮かんでいた。
「私、今まで……自分ができれば、周りができなくても何とかなると思ってた」
ぽたり。
膝の上に、涙が落ちた。
「でも、違った……」
霊夢は震える声で続ける。
「私、そんなに万能じゃなかった……」
「霊夢……」
「それなのに……あんたは……」
もう、声がまとまらなかった。
「そんな……ひどいこと……考えてた……クズの私に……」
涙が次々と溢れる。
「一人じゃ……ないって……」
霊夢は必死に言葉を紡いだ。
「一人で……全部……背負わなくて……いいって……」
男は、そっと霊夢を抱き寄せた。
「……もういいよ」
その声は、いつもよりずっと優しかった。
「ありがとう、霊夢」
「……っ」
「でもな。お前はクズなんかじゃない」
男は霊夢の頭に手を添えた。
「自分のことを、そんなふうに言うな」
霊夢は男の胸に顔を埋めた。
「……だって……」
「自分の未熟さに気づけたんだ。それだけで十分だよ」
男は庭の桜を見つめる。
「人間は、何度も躓いて、転んで……そうやって少しずつ成長していくんだ」
霊夢の背中を、ゆっくりと撫でる。
「お前は今まで、転ばずに走れてしまったんだろうな」
「……うん」
「だから、転び方を知らなかった。受け身を取れずに、思いっきり転んじまったんだ」
男は霊夢の頭を軽く撫でた。
「でも、転んだらまた立てばいい。走る気持ちさえ残っていれば、何度だってやり直せる」
霊夢は、男の服を強く握った。
「……うん……!」
そして、泣いた。
赤子のように、声を上げて泣いた。
男は何も言わず、ただ抱きしめていた。
その泣き声が周囲に聞こえないように、強く、優しく。
霊夢にとって、その腕の中は昔からよく知っている場所だった。
幼い頃から、何度も助けてもらった。
転んだ時も、怪我をした時も。
だから、今さら抱きしめられたところで、特別なことなど何もないはずだった。
……なのに。
どうしてだろう。
男の胸に耳を当てると、規則正しい鼓動が聞こえる。
背中に回された腕は大きく、温かい。
それを、今までこんなふうに意識したことがあっただろうか。
霊夢は考えようとした。
けれど、答えは出なかった。
ただ、もう少しだけ。
このままでいたいと思った。
◇◇◇
しばらくして。
「……随分と恥ずかしいところ、見せちゃったわね……」
霊夢は赤くなった目元を拭った。
「何、こちとら霊夢が寝小便してた頃から一緒にいるんだ。何を今さら」
「…………」
霊夢の表情が消えた。
「……私の涙、返してもらっていい?」
「覆水盆に返らず、ってな」
男は悪びれもせず笑った。
「……ほんっと、あんたって奴は」
霊夢は呆れたように息を吐く。
しかし、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
いつもの男だ。
不器用で、鈍感で。
霊力の扱いなんて、今でも自分の方がずっと上手い。
それなのに。
――どうして、こんなに強いんだろう。
霊夢は男を見つめた。
見慣れた顔。
何年も一緒に過ごしてきた相手。
今まで何とも思わなかったはずなのに、今日は少しだけ違って見えた。
胸の奥が、妙に落ち着かない。
「……どうした?」
「……ねぇ、■ ■」
霊夢は、男の名を呼んだ。
「なんだ?」
いつもと変わらない返事。
それを聞いた瞬間、なぜか胸がきゅっと締めつけられた。
自分でも、何を言おうとしているのか分からなかった。
けれど、言わなければいけない気がした。
今、この瞬間に。
「私、あなたのこと……」
霊夢は小さく息を吸う。
「す――」
――パァンッ!
突如、境内に華やかな音が響いた。
「ひゃっ!?」
霊夢が肩を跳ねさせる。
プリズムリバー楽団の演奏が始まったのだ。
ヴァイオリンの音色が、春の風のように優しく広がる。
続いてトランペットが高らかに鳴り響き、キーボードが二つの旋律を一つに結びつけていく。
男は境内の方へ顔を向けた。
「おっ、始まったか」
「……っ」
霊夢は口を閉じた。
今、何を言おうとしていたのだろう。
自分でも、よく分からない。
ただ、顔が熱かった。
「……霊夢?」
男が振り返る。
「……何でもない!」
霊夢はぷいっと顔を背けた。
「そ、そうか?」
男は首を傾げる。
霊夢は胸元を押さえた。
心臓が、やけにうるさい。
――何なのよ、もう。
春風が吹く。
桜の花弁が、二人の間を舞い上がった。
プリズムリバー。
それは幽霊が導く、三途の川への道なのか。
はたまた、七色に輝く虹の架け橋なのか。
少なくとも。
この二人が三途の川を渡るのは、まだまだ先のことだろう。
春雪異変 クリア特典情報
先代が外の世界の人間なのはもう気付いているだろう。
___厳密には男は外の世界の人間ではない。