東方博麗伝   作:Lup

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其の三「龍」

 ___閃光が境内を貫いた。

 

 魔理沙の八卦炉から放たれた魔力の奔流が、萃香の立つ場所を容赦なく薙ぎ払う。

 

 轟音。

 

 砂利が弾け、土煙が巻き上がった。

 

 「おおっ! 派手だねぇ!」

 

 その声は、頭上から聞こえた。

 

 萃香は軽々と跳び上がり、魔力の奔流をかわしていた。

 

 「ちっ、素早いな!」

 

 魔理沙が舌打ちする。

 

 「なら、こいつはどうだ!」

 

 八卦炉を構え直すと、無数の光弾が萃香へと放たれた。

 

 萃香は笑いながら、その間を縫うように飛び回る。

 

 小柄な身体が、右へ、左へ。

 

 まるで童が遊んでいるかのようだった。

 

 しかし。

 

 「……おや?」

 

 進行方向に、銀色の光が走った。

 

 無数のナイフ。

 

 魔理沙の弾幕を避けた先に、咲夜の投げた刃が待ち構えていた。

 

 直後、その身体が霧となって散る。

 

 ナイフは何もない空間を通り過ぎた。

 

 「……!」

 

 咲夜が目を細める。

 

 「やはり、そう簡単にはいかないわね」

 

 「惜しかったねぇ!」

 

 霧の中から声が響く。

 

 次の瞬間、咲夜の背後に萃香が姿を現した。

 

 「まずは一人!」

 

 小さな拳が振り抜かれる。

 

 しかし、その拳が届く寸前、咲夜の姿が消えた。

 

 「……む?」

 

 萃香が目を瞬かせる。

 

 「背後を取れば勝ちだと思いました?」

 

 声がした時には、咲夜はすでに離れた場所に立っていた。

 

 その指の間には、新たなナイフが挟まれている。

 

 「ほう」

 

 萃香が笑う。

 

 「面白い術を使うじゃないか!」

 

 「お褒めにあずかり光栄です」

 

 咲夜が刃を構え直す。

 

 だが、そこへ。

 

 「咲夜、退け」

 

 頭上から、声が響いた。

 

 レミリアだった。

 

 紅い翼を広げ、悠然と宙に浮かんでいる。

 

 「その鬼は、私が相手をしよう」

 

 「かしこまりました、お嬢様」

 

 咲夜が一歩退く。

 

 萃香は空を見上げた。

 

 「おやおや、今度は吸血鬼のお嬢様かい!」

 

 レミリアの口元が吊り上がる。

 

 「鬼と吸血鬼、どちらが上か試してみるのも一興だ」

 

 「いいねぇ!」

 

 萃香が両腕を広げた。

 

 「そういうの、大好きだよ!」

 

 「ふっ。ならば、受けてみるがいい」

 

 レミリアが右手を掲げる。

 

 紅い魔力が渦を巻き、巨大な槍を形作った。

 

 空気が震える。

 

 「行くぞ」

 

 腕が振り下ろされた。

 

 紅槍が、轟音とともに降り注ぐ。

 

 萃香は避けなかった。

 

 地面を踏み締め、拳を引く。

 

 「よいしょっ!」

 

 その一撃が、槍の穂先を正面から捉えた。

 

 轟音。

 

 紅い魔力が砕け散り、無数の光となって飛び散る。

 

 「……ほう!」

 

 レミリアが目を見開いた。

 

 そして、笑った。

 

 「やるな、鬼!」

 

 「そっちもね!」

 

 萃香が地面を蹴る。

 

 小さな身体が、砲弾のように空へ飛び上がった。

 

 レミリアは翼を翻し、迫る拳をかわす。

 

 すれ違いざまに爪を振るう。

 

 しかし、萃香の身体は霧となって散った。

 

 「……!」

 

 背後に気配。

 

 レミリアが振り返るより早く、萃香の拳が脇腹を捉えた。

 

 「ぐっ……!」

 

 吸血鬼の身体が吹き飛ぶ。

 

 空中で翼を広げ、どうにか勢いを殺した。

 

 「……なるほど」

 

 レミリアは口元を拭った。

 

 その瞳に、紅い光が宿る。

 

 「ただの怪力自慢ではないというわけか」

 

 「鬼だからね!」

 

 萃香が笑う。

 

 「さあ、もっと遊ぼうじゃないか!」

 

 「言われるまでもない!」

 

 レミリアが再び飛び出した。

 

 二つの影が空中で交錯する。

 

 紅い爪が閃き、小さな拳が唸る。

 

 そのたびに、衝撃が大気を震わせた。

 

 だが、決定的な違いがあった。

 

 レミリアの攻撃は、萃香の霧化によってかわされる。

 

 一方、萃香の拳は、確実に吸血鬼の身体を捉えていた。

 

 「……ちっ!」

 

 レミリアが距離を取る。

 

 「なかなか厄介な力だな」

 

 「そうだろう?」

 

 萃香は得意げに笑った。

 

 その時。

 

 「……そこです!」

 

 白刃が閃いた。

 

 妖夢だった。

 

 レミリアとの攻防に意識を向けていた萃香へ、地上から一気に斬り込む。

 

 楼観剣が、少女の胴へ迫った。

 

 しかし。

 

 「甘い!」

 

 萃香が振り返る。

 

 その身体が霧となり、刃をすり抜けた。

 

 「……ッ!」

 

 妖夢は即座に踏み込みを止めた。

 

 斬撃が通じない。

 

 ならば、次の攻撃に備える。

 

 だが。

 

 「ほいっ!」

 

 霧が集まる。

 

 妖夢の目前に現れた萃香が、拳を振り抜いた。

 

 「……!」

 

 妖夢は刀を横に構え、咄嗟に受け止める。

 

 轟音。

 

 凄まじい衝撃が、刀身を通して両腕へ伝わった。

 

 「ぐっ……!」

 

 足が地面を滑る。

 

 そのまま押し切られ、妖夢の身体が後方へ吹き飛んだ。

 

 妖夢は空中で身を捻り、地面へ着地した。

 

 しかし、膝が折れる。

 

 「……なんという、力……!」

 

 「大丈夫?」

 

 幽々子が傍へ寄る。

 

 「はい……まだ、戦えます」

 

 妖夢は刀を握り直した。

 

 その様子を見て、幽々子は小さく微笑んだ。

 

 「そう。でも、少し休んでいなさい」

 

 扇子が開かれる。

 

 「ここからは、私も混ぜてもらうわ」

 

 萃香が振り返った。

 

 「おや、亡霊のお姫様!」

 

 「ふふ。ずいぶん楽しそうね」

 

 「もちろん!」

 

 萃香が両腕を広げる。

 

 「こんなに強い連中が集まってるんだからさ!」

 

 「それなら……」

 

 幽々子が扇子を振った。

 

 「もう少し、楽しませてあげましょう」

 

 淡い光を帯びた蝶が、無数に舞い上がった。

 

 ひらひらと宙を漂う、美しい蝶。

 

 だが、その軌道は決して気まぐれではなかった。

 

 萃香の周囲を取り囲み、少しずつ逃げ道を狭めていく。

 

 「……おっと!」

 

 萃香が跳び上がる。

 

 しかし、蝶は追ってきた。

 

 右へ逃れれば、右へ。

 

 左へ避ければ、左へ。

 

 無数の光が、少女を追い詰めていく。

 

 「へぇ、これは面白い!」

 

 萃香は笑った。

 

 そして、霧となって散る。

 

 蝶がその中を通り過ぎていった。

 

 「……あら」

 

 幽々子が目を細める。

 

 「本当に厄介ねぇ」

 

 「まだまだ!」

 

 霧の中から萃香の声が響く。

 

 その光景を、霊夢はじっと見つめていた。

 

 魔理沙の魔法。

 

 咲夜のナイフ。

 

 レミリアの紅槍。

 

 妖夢の斬撃。

 

 そして、幽々子の蝶。

 

 どれも萃香を捉えきれない。

 

 しかし、霊夢は気づいていた。

 

 萃香は攻撃を受ける瞬間、身体を細かな霧へと分散させている。

 

 霧となることで、攻撃に触れる部分を限りなく小さくしているのだ。

 

 ならば。

 

 逃げ場そのものを、なくしてしまえばいい。

 

 脳裏に浮かぶのは、紅魔館での戦い。

 

 あの時、霊夢は八方鬼封陣を放った。

 

 吸血鬼レミリアを追い詰めた、大技。

 

 しかし、倒しきれなかった。

 

 あれから霊夢は、術式を見直していた。

 

 霊力の流れを組み替え、威力を引き上げた。

 

 八方鬼封陣を、さらにその先へ。

 

 だが、その術には一つ、大きな欠点があった。

 

 発動までに、時間がかかる。

 

 膨大な霊力を集め、八方へ行き渡らせなければならない。

 

 その間、術者は自由に動けない。

 

 一対一では、到底使えない大技だった。

 

 それでも。

 

 霊夢は、目の前で戦う仲間たちを見た。

 

 「……やってみるか」

 

 御札を取り出し、静かに息を整える。

 

 足元に、淡い光が灯った。

 

 その時。

 

 「……ん?」

 

 魔理沙が、ふと振り返った。

 

 霊夢が動いていない。

 

 いつもなら、とっくに御札を投げているはずなのに。

 

 しかも、その足元から微かに霊力が漏れ出している。

 

 何をするつもりかは知らない。

 

 だが、あの巫女が黙って突っ立っているだけのはずがない。

 

 何かを仕掛けようとしている。

 

 ならば。

 

 「……仕方ないな!」

 

 魔理沙が八卦炉を構え直した。

 

 「おい、鬼!」

 

 「ん?」

 

 萃香が振り返る。

 

 「今度は何だい?」

 

 「まだまだ遊び足りないだろ!」

 

 魔理沙が笑った。

 

 「だったら、私が相手してやるぜ!」

 

 八卦炉から、無数の光弾が放たれた。

 

 萃香が地面を蹴る。

 

 その身体が、光弾の間を縫うように駆け抜けた。

 

 「いいねぇ!」

 

 「そいつはどうも!」

 

 魔理沙は箒を翻し、距離を取る。

 

 萃香が追いかける。

 

 その瞬間。

 

 銀色の刃が、二人の間へ割り込んだ。

 

 咲夜のナイフだった。

 

 「随分と無茶をするのね」

 

 咲夜が呆れたように言う。

 

 「無茶じゃないぜ!」

 

 魔理沙が笑った。

 

 「ちょっと、時間が欲しいだけだ!」

 

 「……時間?」

 

 咲夜が眉をひそめる。

 

 魔理沙は答えず、ちらりと霊夢へ視線を向けた。

 

 その一瞬で、咲夜も察した。

 

 「……なるほど」

 

 銀のナイフを構え直す。

 

 「そういうことなら、お付き合いしましょう」

 

 「話が早くて助かるぜ!」

 

 魔理沙が八卦炉を掲げる。

 

 咲夜のナイフが、萃香の進路を塞ぐ。

 

 その間を、魔理沙の光弾が埋め尽くした。

 

 「おっとっと!」

 

 萃香が霧となってかわす。

 

 だが、再び実体を現した先には。

 

 「はあっ!」

 

 妖夢が待ち構えていた。

 

 白刃が走る。

 

 萃香は身を捻り、刀をかわした。

 

 「おおっ、危ない危ない!」

 

 「まだです!」

 

 妖夢が踏み込む。

 

 しかし、その刃も霧となった身体をすり抜けた。

 

 妖夢が後退する。

 

 その頭上を、紅い槍が通り過ぎた。

 

 「下がれ、剣士!」

 

 レミリアだった。

 

 紅槍が炸裂し、土煙が舞い上がる。

 

 「おやおや!」

 

 萃香が笑った。

 

 「今度はみんなで一斉かい!?」

 

 「不満か?」

 

 レミリアが不敵に笑う。

 

 「鬼の力を見せてみろ!」

 

 「言われなくても!」

 

 萃香が地面を蹴った。

 

 その身体が、砲弾のようにレミリアへ迫る。

 

 だが。

 

 「ふふ。こちらも忘れないでね」

 

 幽々子の扇子が揺れた。

 

 無数の蝶が舞い上がり、萃香の進路を塞ぐ。

 

 「……おっと!」

 

 萃香が霧となる。

 

 その霧が、蝶の間をすり抜けていく。

 

 しかし、実体を取り戻すより早く、魔理沙の光弾が降り注いだ。

 

 「まだまだ!」

 

 轟音。

 

 爆発が続く。

 

 萃香は笑いながら、そのすべてをかわしていた。

 

 だが、少しずつ気づき始めていた。

 

 先ほどまでとは、何かが違う。

 

 攻撃の威力は変わらない。

 

 むしろ、一撃一撃は軽くなっている。

 

 その代わり、途切れない。

 

 右へ逃れれば、左から攻撃が来る。

 

 上へ跳べば、頭上に刃が待ち構えている。

 

 霧となってかわしても、実体を取り戻す場所を狙われる。

 

 倒そうとしているのではない。

 

 足止めしている。

 

 「……へぇ」

 

 萃香が笑った。

 

 「そういうことか!」

 

 その視線が、霊夢へ向けられた。

 

 霊夢は、まだ動いていなかった。

 

 だが、その足元からは、凄まじい霊力が溢れ出している。

 

 「……なるほどねぇ!」

 

 萃香の笑みが深くなる。

 

 「面白いことを考えるじゃないか!」

 

 少女が地面を蹴った。

 

 霊夢へ向かって、一気に距離を詰める。

 

 しかし。

 

 「行かせるかよ!」

 

 魔理沙が割って入った。

 

 八卦炉から放たれた魔力が、萃香の進路を塞ぐ。

 

 「……おっと!」

 

 萃香が霧となってかわす。

 

 だが、霧が集まる先には、咲夜のナイフが待ち構えていた。

 

 「通しません」

 

 銀の刃が閃く。

 

 萃香は再び霧となる。

 

 しかし、その瞬間。

 

 「はあっ!」

 

 妖夢が踏み込んだ。

 

 刀が、霧の集まりかけた場所を薙ぐ。

 

 「……ちっ!」

 

 萃香が小さく舌打ちする。

 

 霧となってかわすことはできる。

 

 しかし、そのたびに足を止められる。

 

 霊夢へ近づけない。

 

 「……あははっ!」

 

 萃香が笑った。

 

 「いいねぇ! そうこなくっちゃ!」

 

 その身体が、再び霧となって散る。

 

 だが、霧の先には幽々子の蝶が待ち構えていた。

 

 「ふふ。こちらも忘れないでね」

 

 無数の蝶が、萃香の進路を塞ぐ。

 

 その間にも、霊夢の足元では霊力が膨れ上がっていた。

 

 八方へ広がった術式が、ゆっくりと形を成していく。

 

 「……あと少し」

 

 霊夢が呟いた。

 

 額に汗が滲む。

 

 膨大な霊力を制御する負担が、全身へとのしかかっていた。

 

 それでも、術式を維持する。

 

 目の前では、魔理沙たちが戦っている。

 

 誰一人として、退こうとはしない。

 

 「……まったく」

 

 霊夢は小さく笑った。

 

 「本当に、お節介なんだから」

 

 その時。

 

 「おい、霊夢!」

 

 魔理沙の声が響いた。

 

 「まだか!」

 

 霊夢は顔を上げた。

 

 傷だらけになりながら、それでも萃香へ八卦炉を向けていた。

 

 「……もう少しよ!」

 

 「ったく!」

 

 魔理沙が笑う。

 

 「世話の焼ける巫女だぜ!」

 

 八卦炉から、巨大な光が放たれた。

 

 萃香が霧となって散る。

 

 その直後、咲夜のナイフが空間を埋め尽くした。

 

 妖夢が斬り込み、レミリアが紅槍を叩き込む。

 

 幽々子の蝶が、逃げ道を塞いだ。

 

 五人の攻撃が、絶え間なく続く。

 

 萃香はそのすべてをかわし、受け流し、時には拳で打ち砕いた。

 

 しかし、霊夢へ近づくことだけはできなかった。

 

 そして。

 

 「……できた」

 

 霊夢が呟いた。

 

 その瞬間。

 

 境内の八方に、光が走った。

 

 地面へ刻まれる、巨大な術式。

 

 それぞれが互いに結びつき、萃香を中心とした空間を包み込む。

 

 「……!」

 

 萃香の表情が変わった。

 

 「これは……!」

 

 「みんな、下がって!」

 

 霊夢が叫んだ。

 

 魔理沙が箒を翻す。

 

 咲夜が妖夢の腕を取り、後方へ跳ぶ。

 

 幽々子がふわりと宙へ浮かぶ。

 

 レミリアも翼を広げ、距離を取った。

 

 霊夢の身体から、凄まじい霊力が溢れ出す。

 

 八方鬼封陣。

 

 かつて、吸血鬼を倒しきれなかった術。

 

 その威力を、極限まで高めた一撃。

 

 龍。

 

 幻想郷において、最上位に君臨するとされる存在。

 

 その名を冠するほどの、圧倒的な攻撃。

 

 萃香が地面を蹴る。

 

 その身体が、霧となって散った。

 

 だが。

 

 神技「八方龍殺陣」

 

 閃光。

 

 結界の内側が、白く染まった。

 

 八方から、膨大な霊力が殺到する。

 

 右も、左も。

 

 上も、下も。

 

 結界の内側、そのすべてが攻撃に呑み込まれた。

 

 霧となって分散する。

 

 攻撃を受ける面積を、限りなく小さくする。

 

 その回避方法は、確かに有効だった。

 

 だが。

 

 空間そのものを焼き尽くすほどの攻撃を前にしては、意味をなさない。

 

 「……ッ!!」

 

 霧の中から、萃香の声が響いた。

 

 光が膨れ上がる。

 

 轟音。

 

 境内を揺るがすほどの衝撃が走った。

 

 しかし、術式の外へは、霊力の奔流が漏れ出すことはなかった。

 

 すべてが、結界の内側へ叩き込まれている。

 

 やがて。

 

 光が収まった。

 

 術式が消え、土煙がゆっくりと晴れていく。

 

 そこには。

 

 「……っはぁ……はぁ……!」

 

 片膝をついた萃香の姿があった。

 

 衣服は焼け焦げ、全身には無数の傷が刻まれている。

 

 小さな肩が、荒く上下していた。

 

 しかし、その瞳は、まだ輝いていた。

 

 「……あはっ」

 

 萃香が笑った。

 

 「こいつは……効いたねぇ……!」

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 

 「まさか、ここまでやるとは……!」

 

 霊夢もまた、荒い呼吸を繰り返していた。

 

 全身から汗が噴き出している。

 

 持てる霊力を注ぎ込んだ、渾身の一撃。

 

 それをまともに受けて、なお生きている。

 

 鬼。

 

 その種族が持つ生命力と頑丈さは、常識の外にあった。

 

 「……どう?」

 

 霊夢が息を整えながら尋ねた。

 

 「まだ、続ける?」

 

 萃香はしばらく霊夢を見つめていた。

 

 そして。

 

 「あははははっ!」

 

 豪快に笑った。

 

 「参った参った! 私の負けだよ!」

 

 そのまま、地面に腰を下ろす。

 

 「いやぁ、楽しかった!」

 

 「……まったく」

 

 霊夢は大きく息を吐いた。

 

 「こっちは、ちっとも楽しくないわよ」

 

 「そう言うなって!」

 

 萃香が瓢箪を掲げる。

 

 「さあ、宴会の続きだ!」

 

 「まだ飲むのかよ!」

 

 魔理沙が叫んだ。

 

 「当たり前だろう?」

 

 萃香は笑う。

 

 「こんなに面白い連中が集まってるんだからさ!」

 

 「……やれやれ」

 

 レミリアが肩をすくめた。

 

 「まったく、鬼というものは度し難いな」

 

 「おや? 吸血鬼が言うかい?」

 

 「ふっ。違いない」

 

 レミリアが笑った。

 

 境内に、ようやく穏やかな空気が戻り始める。

 

 張り詰めていた緊張が解け、誰からともなく笑い声が上がった。

 

 その時だった。

 

 「……やったんだな」

 

 背後から声がした。

 

 霊夢が振り返る。

 

 そこには、傷だらけの男が立っていた。

 

 足取りは覚束ない。

 

 身体のあちこちに痛みが走るのか、時折、顔をしかめている。

 

 それでも、男は穏やかに微笑んでいた。

 

 「さすがは霊夢だ。まさか、鬼を倒してしまうとは」

 

 「……何言ってるのよ」

 

 霊夢は男を見上げた。

 

 「私一人の力じゃないわ」

 

 「……?」

 

 「みんながいたから勝てたの」

 

 霊夢は、境内の面々へ視線を向けた。

 

 「魔理沙も、咲夜も、レミリアも、妖夢も、幽々子も」

 

 そして、男へと向き直る。

 

 「それに、あなたも」

 

 「……私、ですか?」

 

 「そうよ」

 

 霊夢は静かに頷いた。

 

 「前に言ってくれたじゃない。私には仲間がいるって」

 

 男が目を瞬かせる。

 

 「一人で何でも背負う必要はない。困った時は、誰かを頼ればいいって」

 

 「……ああ」

 

 「だったら、あなたも同じよ」

 

 霊夢は一歩近づいた。

 

 「あなたにだって、仲間がいるんだから」

 

 男は何も言わなかった。

 

 ただ、霊夢を見つめていた。

 

 「何があったのかは知らない。どうしてそこまで勝つことにこだわるのかも」

 

 霊夢は、男の傷だらけの手を取った。

 

 「でもね」

 

 その手を、きゅっと握る。

 

 「一人で全部背負わないでよ」

 

 「……」

 

 「負けたっていいじゃない。あなたが負けたら、今度は私たちが戦うわ」

 

 男の唇が、わずかに動いた。

 

 しかし、言葉は出てこなかった。

 

 「だから……」

 

 霊夢は少しだけ俯いた。

 

 「あまり、無茶しないで」

 

 春風が、二人の間を吹き抜けた。

 

 男はしばらく黙っていた。

 

 やがて、握られた手に視線を落とす。

 

 「……そう、だな」

 

 その声は、いつもと変わらず穏やかだった。

 

 「……ありがとう、霊夢」

 

 霊夢は小さく笑った。

 

 「どういたしまして」

 

 遠くから、魔理沙の声が響く。

 

 「おーい! 二人とも! 宴会始まっちまうぜ!」

 

 「今行くわよ!」

 

 霊夢が振り返って答える。

 

 そして、男の手を引いた。

 

 「ほら、行くわよ」

 

 「……ああ」

 

 二人は並んで歩き出した。

 

 境内には、再び賑やかな笑い声が満ちていた。

 

 鬼も、人間も、妖怪も。

 

 勝者も、敗者も。

 

 今はただ、同じ場所で笑い合っている。

 

 男はその光景を、静かに眺めていた。

 

 そして、ふと。

 

 先ほど霊夢に握られた手へ、視線を落とす。

 

 ……一人ではない。

 

 その言葉を、胸の内で繰り返した。

 

 霊夢の言葉は、確かに届いていた。

 

 だが。

 

 それでも。

 

 強くならなければならない。

 

 勝たなければならない。

 

 その思いは、まだ胸の奥に深く根を張っていた。

 

 男は静かに目を伏せた。

 

 そして、何事もなかったかのように微笑む。

 

 「……行こうか!」

 

 春の風が、境内を吹き抜けた。

 

 桜の花弁が、ひらひらと舞い落ちる。

 

 その中で。

 

 博麗神社には、再び賑やかな宴の声が響いていた。




萃夢想編クリア特典
男が異常なまでに強さを求め、敗北を恐れる理由。

その根底には、かつて大切な人を失った過去がある。

しかし、それが誰なのかは、誰も知らない。
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