___閃光が境内を貫いた。
魔理沙の八卦炉から放たれた魔力の奔流が、萃香の立つ場所を容赦なく薙ぎ払う。
轟音。
砂利が弾け、土煙が巻き上がった。
「おおっ! 派手だねぇ!」
その声は、頭上から聞こえた。
萃香は軽々と跳び上がり、魔力の奔流をかわしていた。
「ちっ、素早いな!」
魔理沙が舌打ちする。
「なら、こいつはどうだ!」
八卦炉を構え直すと、無数の光弾が萃香へと放たれた。
萃香は笑いながら、その間を縫うように飛び回る。
小柄な身体が、右へ、左へ。
まるで童が遊んでいるかのようだった。
しかし。
「……おや?」
進行方向に、銀色の光が走った。
無数のナイフ。
魔理沙の弾幕を避けた先に、咲夜の投げた刃が待ち構えていた。
直後、その身体が霧となって散る。
ナイフは何もない空間を通り過ぎた。
「……!」
咲夜が目を細める。
「やはり、そう簡単にはいかないわね」
「惜しかったねぇ!」
霧の中から声が響く。
次の瞬間、咲夜の背後に萃香が姿を現した。
「まずは一人!」
小さな拳が振り抜かれる。
しかし、その拳が届く寸前、咲夜の姿が消えた。
「……む?」
萃香が目を瞬かせる。
「背後を取れば勝ちだと思いました?」
声がした時には、咲夜はすでに離れた場所に立っていた。
その指の間には、新たなナイフが挟まれている。
「ほう」
萃香が笑う。
「面白い術を使うじゃないか!」
「お褒めにあずかり光栄です」
咲夜が刃を構え直す。
だが、そこへ。
「咲夜、退け」
頭上から、声が響いた。
レミリアだった。
紅い翼を広げ、悠然と宙に浮かんでいる。
「その鬼は、私が相手をしよう」
「かしこまりました、お嬢様」
咲夜が一歩退く。
萃香は空を見上げた。
「おやおや、今度は吸血鬼のお嬢様かい!」
レミリアの口元が吊り上がる。
「鬼と吸血鬼、どちらが上か試してみるのも一興だ」
「いいねぇ!」
萃香が両腕を広げた。
「そういうの、大好きだよ!」
「ふっ。ならば、受けてみるがいい」
レミリアが右手を掲げる。
紅い魔力が渦を巻き、巨大な槍を形作った。
空気が震える。
「行くぞ」
腕が振り下ろされた。
紅槍が、轟音とともに降り注ぐ。
萃香は避けなかった。
地面を踏み締め、拳を引く。
「よいしょっ!」
その一撃が、槍の穂先を正面から捉えた。
轟音。
紅い魔力が砕け散り、無数の光となって飛び散る。
「……ほう!」
レミリアが目を見開いた。
そして、笑った。
「やるな、鬼!」
「そっちもね!」
萃香が地面を蹴る。
小さな身体が、砲弾のように空へ飛び上がった。
レミリアは翼を翻し、迫る拳をかわす。
すれ違いざまに爪を振るう。
しかし、萃香の身体は霧となって散った。
「……!」
背後に気配。
レミリアが振り返るより早く、萃香の拳が脇腹を捉えた。
「ぐっ……!」
吸血鬼の身体が吹き飛ぶ。
空中で翼を広げ、どうにか勢いを殺した。
「……なるほど」
レミリアは口元を拭った。
その瞳に、紅い光が宿る。
「ただの怪力自慢ではないというわけか」
「鬼だからね!」
萃香が笑う。
「さあ、もっと遊ぼうじゃないか!」
「言われるまでもない!」
レミリアが再び飛び出した。
二つの影が空中で交錯する。
紅い爪が閃き、小さな拳が唸る。
そのたびに、衝撃が大気を震わせた。
だが、決定的な違いがあった。
レミリアの攻撃は、萃香の霧化によってかわされる。
一方、萃香の拳は、確実に吸血鬼の身体を捉えていた。
「……ちっ!」
レミリアが距離を取る。
「なかなか厄介な力だな」
「そうだろう?」
萃香は得意げに笑った。
その時。
「……そこです!」
白刃が閃いた。
妖夢だった。
レミリアとの攻防に意識を向けていた萃香へ、地上から一気に斬り込む。
楼観剣が、少女の胴へ迫った。
しかし。
「甘い!」
萃香が振り返る。
その身体が霧となり、刃をすり抜けた。
「……ッ!」
妖夢は即座に踏み込みを止めた。
斬撃が通じない。
ならば、次の攻撃に備える。
だが。
「ほいっ!」
霧が集まる。
妖夢の目前に現れた萃香が、拳を振り抜いた。
「……!」
妖夢は刀を横に構え、咄嗟に受け止める。
轟音。
凄まじい衝撃が、刀身を通して両腕へ伝わった。
「ぐっ……!」
足が地面を滑る。
そのまま押し切られ、妖夢の身体が後方へ吹き飛んだ。
妖夢は空中で身を捻り、地面へ着地した。
しかし、膝が折れる。
「……なんという、力……!」
「大丈夫?」
幽々子が傍へ寄る。
「はい……まだ、戦えます」
妖夢は刀を握り直した。
その様子を見て、幽々子は小さく微笑んだ。
「そう。でも、少し休んでいなさい」
扇子が開かれる。
「ここからは、私も混ぜてもらうわ」
萃香が振り返った。
「おや、亡霊のお姫様!」
「ふふ。ずいぶん楽しそうね」
「もちろん!」
萃香が両腕を広げる。
「こんなに強い連中が集まってるんだからさ!」
「それなら……」
幽々子が扇子を振った。
「もう少し、楽しませてあげましょう」
淡い光を帯びた蝶が、無数に舞い上がった。
ひらひらと宙を漂う、美しい蝶。
だが、その軌道は決して気まぐれではなかった。
萃香の周囲を取り囲み、少しずつ逃げ道を狭めていく。
「……おっと!」
萃香が跳び上がる。
しかし、蝶は追ってきた。
右へ逃れれば、右へ。
左へ避ければ、左へ。
無数の光が、少女を追い詰めていく。
「へぇ、これは面白い!」
萃香は笑った。
そして、霧となって散る。
蝶がその中を通り過ぎていった。
「……あら」
幽々子が目を細める。
「本当に厄介ねぇ」
「まだまだ!」
霧の中から萃香の声が響く。
その光景を、霊夢はじっと見つめていた。
魔理沙の魔法。
咲夜のナイフ。
レミリアの紅槍。
妖夢の斬撃。
そして、幽々子の蝶。
どれも萃香を捉えきれない。
しかし、霊夢は気づいていた。
萃香は攻撃を受ける瞬間、身体を細かな霧へと分散させている。
霧となることで、攻撃に触れる部分を限りなく小さくしているのだ。
ならば。
逃げ場そのものを、なくしてしまえばいい。
脳裏に浮かぶのは、紅魔館での戦い。
あの時、霊夢は八方鬼封陣を放った。
吸血鬼レミリアを追い詰めた、大技。
しかし、倒しきれなかった。
あれから霊夢は、術式を見直していた。
霊力の流れを組み替え、威力を引き上げた。
八方鬼封陣を、さらにその先へ。
だが、その術には一つ、大きな欠点があった。
発動までに、時間がかかる。
膨大な霊力を集め、八方へ行き渡らせなければならない。
その間、術者は自由に動けない。
一対一では、到底使えない大技だった。
それでも。
霊夢は、目の前で戦う仲間たちを見た。
「……やってみるか」
御札を取り出し、静かに息を整える。
足元に、淡い光が灯った。
その時。
「……ん?」
魔理沙が、ふと振り返った。
霊夢が動いていない。
いつもなら、とっくに御札を投げているはずなのに。
しかも、その足元から微かに霊力が漏れ出している。
何をするつもりかは知らない。
だが、あの巫女が黙って突っ立っているだけのはずがない。
何かを仕掛けようとしている。
ならば。
「……仕方ないな!」
魔理沙が八卦炉を構え直した。
「おい、鬼!」
「ん?」
萃香が振り返る。
「今度は何だい?」
「まだまだ遊び足りないだろ!」
魔理沙が笑った。
「だったら、私が相手してやるぜ!」
八卦炉から、無数の光弾が放たれた。
萃香が地面を蹴る。
その身体が、光弾の間を縫うように駆け抜けた。
「いいねぇ!」
「そいつはどうも!」
魔理沙は箒を翻し、距離を取る。
萃香が追いかける。
その瞬間。
銀色の刃が、二人の間へ割り込んだ。
咲夜のナイフだった。
「随分と無茶をするのね」
咲夜が呆れたように言う。
「無茶じゃないぜ!」
魔理沙が笑った。
「ちょっと、時間が欲しいだけだ!」
「……時間?」
咲夜が眉をひそめる。
魔理沙は答えず、ちらりと霊夢へ視線を向けた。
その一瞬で、咲夜も察した。
「……なるほど」
銀のナイフを構え直す。
「そういうことなら、お付き合いしましょう」
「話が早くて助かるぜ!」
魔理沙が八卦炉を掲げる。
咲夜のナイフが、萃香の進路を塞ぐ。
その間を、魔理沙の光弾が埋め尽くした。
「おっとっと!」
萃香が霧となってかわす。
だが、再び実体を現した先には。
「はあっ!」
妖夢が待ち構えていた。
白刃が走る。
萃香は身を捻り、刀をかわした。
「おおっ、危ない危ない!」
「まだです!」
妖夢が踏み込む。
しかし、その刃も霧となった身体をすり抜けた。
妖夢が後退する。
その頭上を、紅い槍が通り過ぎた。
「下がれ、剣士!」
レミリアだった。
紅槍が炸裂し、土煙が舞い上がる。
「おやおや!」
萃香が笑った。
「今度はみんなで一斉かい!?」
「不満か?」
レミリアが不敵に笑う。
「鬼の力を見せてみろ!」
「言われなくても!」
萃香が地面を蹴った。
その身体が、砲弾のようにレミリアへ迫る。
だが。
「ふふ。こちらも忘れないでね」
幽々子の扇子が揺れた。
無数の蝶が舞い上がり、萃香の進路を塞ぐ。
「……おっと!」
萃香が霧となる。
その霧が、蝶の間をすり抜けていく。
しかし、実体を取り戻すより早く、魔理沙の光弾が降り注いだ。
「まだまだ!」
轟音。
爆発が続く。
萃香は笑いながら、そのすべてをかわしていた。
だが、少しずつ気づき始めていた。
先ほどまでとは、何かが違う。
攻撃の威力は変わらない。
むしろ、一撃一撃は軽くなっている。
その代わり、途切れない。
右へ逃れれば、左から攻撃が来る。
上へ跳べば、頭上に刃が待ち構えている。
霧となってかわしても、実体を取り戻す場所を狙われる。
倒そうとしているのではない。
足止めしている。
「……へぇ」
萃香が笑った。
「そういうことか!」
その視線が、霊夢へ向けられた。
霊夢は、まだ動いていなかった。
だが、その足元からは、凄まじい霊力が溢れ出している。
「……なるほどねぇ!」
萃香の笑みが深くなる。
「面白いことを考えるじゃないか!」
少女が地面を蹴った。
霊夢へ向かって、一気に距離を詰める。
しかし。
「行かせるかよ!」
魔理沙が割って入った。
八卦炉から放たれた魔力が、萃香の進路を塞ぐ。
「……おっと!」
萃香が霧となってかわす。
だが、霧が集まる先には、咲夜のナイフが待ち構えていた。
「通しません」
銀の刃が閃く。
萃香は再び霧となる。
しかし、その瞬間。
「はあっ!」
妖夢が踏み込んだ。
刀が、霧の集まりかけた場所を薙ぐ。
「……ちっ!」
萃香が小さく舌打ちする。
霧となってかわすことはできる。
しかし、そのたびに足を止められる。
霊夢へ近づけない。
「……あははっ!」
萃香が笑った。
「いいねぇ! そうこなくっちゃ!」
その身体が、再び霧となって散る。
だが、霧の先には幽々子の蝶が待ち構えていた。
「ふふ。こちらも忘れないでね」
無数の蝶が、萃香の進路を塞ぐ。
その間にも、霊夢の足元では霊力が膨れ上がっていた。
八方へ広がった術式が、ゆっくりと形を成していく。
「……あと少し」
霊夢が呟いた。
額に汗が滲む。
膨大な霊力を制御する負担が、全身へとのしかかっていた。
それでも、術式を維持する。
目の前では、魔理沙たちが戦っている。
誰一人として、退こうとはしない。
「……まったく」
霊夢は小さく笑った。
「本当に、お節介なんだから」
その時。
「おい、霊夢!」
魔理沙の声が響いた。
「まだか!」
霊夢は顔を上げた。
傷だらけになりながら、それでも萃香へ八卦炉を向けていた。
「……もう少しよ!」
「ったく!」
魔理沙が笑う。
「世話の焼ける巫女だぜ!」
八卦炉から、巨大な光が放たれた。
萃香が霧となって散る。
その直後、咲夜のナイフが空間を埋め尽くした。
妖夢が斬り込み、レミリアが紅槍を叩き込む。
幽々子の蝶が、逃げ道を塞いだ。
五人の攻撃が、絶え間なく続く。
萃香はそのすべてをかわし、受け流し、時には拳で打ち砕いた。
しかし、霊夢へ近づくことだけはできなかった。
そして。
「……できた」
霊夢が呟いた。
その瞬間。
境内の八方に、光が走った。
地面へ刻まれる、巨大な術式。
それぞれが互いに結びつき、萃香を中心とした空間を包み込む。
「……!」
萃香の表情が変わった。
「これは……!」
「みんな、下がって!」
霊夢が叫んだ。
魔理沙が箒を翻す。
咲夜が妖夢の腕を取り、後方へ跳ぶ。
幽々子がふわりと宙へ浮かぶ。
レミリアも翼を広げ、距離を取った。
霊夢の身体から、凄まじい霊力が溢れ出す。
八方鬼封陣。
かつて、吸血鬼を倒しきれなかった術。
その威力を、極限まで高めた一撃。
龍。
幻想郷において、最上位に君臨するとされる存在。
その名を冠するほどの、圧倒的な攻撃。
萃香が地面を蹴る。
その身体が、霧となって散った。
だが。
神技「八方龍殺陣」
閃光。
結界の内側が、白く染まった。
八方から、膨大な霊力が殺到する。
右も、左も。
上も、下も。
結界の内側、そのすべてが攻撃に呑み込まれた。
霧となって分散する。
攻撃を受ける面積を、限りなく小さくする。
その回避方法は、確かに有効だった。
だが。
空間そのものを焼き尽くすほどの攻撃を前にしては、意味をなさない。
「……ッ!!」
霧の中から、萃香の声が響いた。
光が膨れ上がる。
轟音。
境内を揺るがすほどの衝撃が走った。
しかし、術式の外へは、霊力の奔流が漏れ出すことはなかった。
すべてが、結界の内側へ叩き込まれている。
やがて。
光が収まった。
術式が消え、土煙がゆっくりと晴れていく。
そこには。
「……っはぁ……はぁ……!」
片膝をついた萃香の姿があった。
衣服は焼け焦げ、全身には無数の傷が刻まれている。
小さな肩が、荒く上下していた。
しかし、その瞳は、まだ輝いていた。
「……あはっ」
萃香が笑った。
「こいつは……効いたねぇ……!」
ゆっくりと顔を上げる。
「まさか、ここまでやるとは……!」
霊夢もまた、荒い呼吸を繰り返していた。
全身から汗が噴き出している。
持てる霊力を注ぎ込んだ、渾身の一撃。
それをまともに受けて、なお生きている。
鬼。
その種族が持つ生命力と頑丈さは、常識の外にあった。
「……どう?」
霊夢が息を整えながら尋ねた。
「まだ、続ける?」
萃香はしばらく霊夢を見つめていた。
そして。
「あははははっ!」
豪快に笑った。
「参った参った! 私の負けだよ!」
そのまま、地面に腰を下ろす。
「いやぁ、楽しかった!」
「……まったく」
霊夢は大きく息を吐いた。
「こっちは、ちっとも楽しくないわよ」
「そう言うなって!」
萃香が瓢箪を掲げる。
「さあ、宴会の続きだ!」
「まだ飲むのかよ!」
魔理沙が叫んだ。
「当たり前だろう?」
萃香は笑う。
「こんなに面白い連中が集まってるんだからさ!」
「……やれやれ」
レミリアが肩をすくめた。
「まったく、鬼というものは度し難いな」
「おや? 吸血鬼が言うかい?」
「ふっ。違いない」
レミリアが笑った。
境内に、ようやく穏やかな空気が戻り始める。
張り詰めていた緊張が解け、誰からともなく笑い声が上がった。
その時だった。
「……やったんだな」
背後から声がした。
霊夢が振り返る。
そこには、傷だらけの男が立っていた。
足取りは覚束ない。
身体のあちこちに痛みが走るのか、時折、顔をしかめている。
それでも、男は穏やかに微笑んでいた。
「さすがは霊夢だ。まさか、鬼を倒してしまうとは」
「……何言ってるのよ」
霊夢は男を見上げた。
「私一人の力じゃないわ」
「……?」
「みんながいたから勝てたの」
霊夢は、境内の面々へ視線を向けた。
「魔理沙も、咲夜も、レミリアも、妖夢も、幽々子も」
そして、男へと向き直る。
「それに、あなたも」
「……私、ですか?」
「そうよ」
霊夢は静かに頷いた。
「前に言ってくれたじゃない。私には仲間がいるって」
男が目を瞬かせる。
「一人で何でも背負う必要はない。困った時は、誰かを頼ればいいって」
「……ああ」
「だったら、あなたも同じよ」
霊夢は一歩近づいた。
「あなたにだって、仲間がいるんだから」
男は何も言わなかった。
ただ、霊夢を見つめていた。
「何があったのかは知らない。どうしてそこまで勝つことにこだわるのかも」
霊夢は、男の傷だらけの手を取った。
「でもね」
その手を、きゅっと握る。
「一人で全部背負わないでよ」
「……」
「負けたっていいじゃない。あなたが負けたら、今度は私たちが戦うわ」
男の唇が、わずかに動いた。
しかし、言葉は出てこなかった。
「だから……」
霊夢は少しだけ俯いた。
「あまり、無茶しないで」
春風が、二人の間を吹き抜けた。
男はしばらく黙っていた。
やがて、握られた手に視線を落とす。
「……そう、だな」
その声は、いつもと変わらず穏やかだった。
「……ありがとう、霊夢」
霊夢は小さく笑った。
「どういたしまして」
遠くから、魔理沙の声が響く。
「おーい! 二人とも! 宴会始まっちまうぜ!」
「今行くわよ!」
霊夢が振り返って答える。
そして、男の手を引いた。
「ほら、行くわよ」
「……ああ」
二人は並んで歩き出した。
境内には、再び賑やかな笑い声が満ちていた。
鬼も、人間も、妖怪も。
勝者も、敗者も。
今はただ、同じ場所で笑い合っている。
男はその光景を、静かに眺めていた。
そして、ふと。
先ほど霊夢に握られた手へ、視線を落とす。
……一人ではない。
その言葉を、胸の内で繰り返した。
霊夢の言葉は、確かに届いていた。
だが。
それでも。
強くならなければならない。
勝たなければならない。
その思いは、まだ胸の奥に深く根を張っていた。
男は静かに目を伏せた。
そして、何事もなかったかのように微笑む。
「……行こうか!」
春の風が、境内を吹き抜けた。
桜の花弁が、ひらひらと舞い落ちる。
その中で。
博麗神社には、再び賑やかな宴の声が響いていた。
萃夢想編クリア特典
男が異常なまでに強さを求め、敗北を恐れる理由。
その根底には、かつて大切な人を失った過去がある。
しかし、それが誰なのかは、誰も知らない。