東方博麗伝   作:Lup

27 / 27
幕間其の三

 

 紅魔館、大図書館。

 

 膨大な蔵書が収められたその空間に、今日も静かな時間が流れていた。

 

 もっとも、その静寂は長く続かなかった。

 

 「……くそっ!」

 

 突如、少女の声が響く。

 

 霧雨魔理沙。

 

 黒い帽子を被った魔法使いは、手にした八卦炉を睨みつけていた。

 

 その周囲には、魔力の残滓が淡く漂っている。

 

 「……また失敗かよ」

 

 魔理沙は大きく息を吐いた。

 

 目の前には、魔法陣が描かれた数枚の紙。

 

 そのうちの一枚は、端が黒く焦げていた。

 

 「……騒がしいわね」

 

 背後から、気怠げな声がした。

 

 パチュリー・ノーレッジ。

 

 紅魔館に住まう魔女は、分厚い本を片手に魔理沙を見つめていた。

 

 「図書館では静かにしてちょうだい」

 

 「……悪い」

 

 珍しく素直な返事だった。

 

 パチュリーは僅かに眉を上げた。

 

 「……何かあったの?」

 

 「別に」

 

 魔理沙は八卦炉を懐へしまった。

 

 「ちょっと、上手くいかないだけだぜ」

 

 「そう」

 

 パチュリーはそれ以上追及せず、椅子に腰掛けた。

 

 そして、再び本を開く。

 

 しばらくの沈黙。

 

 やがて、魔理沙が口を開いた。

 

 「……なあ、パチュリー」

 

 「何?」

 

 「お前、霊夢のことどう思う?」

 

 パチュリーの指が止まった。

 

 「……唐突ね」

 

 「いいから」

 

 パチュリーは少し考えた。

 

 「そうね。非常識な巫女、かしら」

 

 「ははっ。違いない」

 

 魔理沙は小さく笑った。

 

 だが、その笑みはすぐに消えた。

 

 「……あいつ、強いよな」

 

 「ええ」

 

 パチュリーは即答した。

 

 「少なくとも、普通の人間とは比較にならないわ」

 

 「……だよな」

 

 魔理沙は俯いた。

 

 「私だって、結構頑張ってるつもりなんだけどな」

 

 パチュリーは何も言わなかった。

 

 手のひらを見つめる。

 

 「それでも、あいつには届かない」

 

 「……」

 

 「霊夢は、何でも簡単にやっちまうんだ」

 

 魔理沙は苦笑した。

 

 「新しい技だって、ちょっと考えただけで形にする。私が何日もかけてようやく覚えるようなことを、あいつは当たり前みたいにやるんだぜ?」

 

 パチュリーは静かに本を閉じた。

 

 「……嫉妬しているのね」

 

 「……悪いかよ」

 

 「別に」

 

 パチュリーは淡々と答えた。

 

 「自然な感情だと思うわ」

 

 魔理沙は少し驚いたように顔を上げた。

 

 「……お前にしては優しいな」

 

 「事実を言っただけよ」

 

 パチュリーは椅子に深く腰掛けた。

 

 「でも、一つ勘違いしているわね」

 

 「……何が?」

 

 「霊夢が努力していないと思っていることよ」

 

 魔理沙は眉をひそめた。

 

 「……してるのか?」

 

 「しているわ。本人が自覚していないだけで」

 

 「……?」

 

 パチュリーは指を一本立てた。

 

 「私の考えでは、天才と秀才の違いは、努力を意識しているかどうかよ」

 

 「……どういうことだ?」

 

 「秀才は、自分に足りないものを理解して、意識的に努力する」

 

 パチュリーは続ける。

 

 「一方、天才は努力を努力として認識していない。本人にとっては、ただ当たり前のことをしているだけなの」

 

 「……当たり前?」

 

 「ええ」

 

 パチュリーは窓のない天井を見上げた。

 

 「霊夢は幼い頃から、先代の博麗の巫女や、あの男と一緒に過ごしてきたのでしょう?」

 

 「……ああ」

 

 「なら、考えてみなさい」

 

 パチュリーは魔理沙を見つめた。

 

 「普通の人間にとっては、命懸けの修練になるようなことが、あの子にとっては日常だったのかもしれない」

 

 魔理沙は黙り込んだ。

 

 「霊力の扱い方。身体の動かし方。危険を察知する感覚」

 

 パチュリーは一つずつ挙げていく。

 

 「幼い頃から、そういうものに囲まれて育ってきた。本人にとっては特別な訓練ではなく、生活の一部だったのでしょうね」

 

 「……なるほど」

 

 魔理沙は小さく呟いた。

 

 「そりゃ、強くもなるわけだ」

 

 「そういうこと」

 

 パチュリーは頷いた。

 

 「あなたが何年もかけて積み重ねてきたものを、霊夢はもっと幼い頃から、無意識に積み重ねてきたのかもしれない」

 

 「……」

 

 魔理沙は手を握り締めた。

 

 「……それじゃ、結局勝てないってことじゃないか」

 

 パチュリーは首を横に振った。

 

 「そうとも限らないわ」

 

 「……?」

 

 「天才には、天才なりの弱点があるのよ」

 

 魔理沙が顔を上げた。

 

 「弱点?」

 

 「ええ」

 

 パチュリーは本を机に置いた。

 

 「無意識にできてしまうからこそ、何をどうすれば上達するのか、本人にも分からないことがある」

 

 「……ふむ」

 

 「もちろん、天才が意識的な努力を覚えれば話は別。でも、少なくとも霊夢は、自分の能力を細かく分析して伸ばすような性格には見えないわね」

 

 魔理沙は思わず笑った。

 

 「……確かにな」

 

 「あの子は、必要になれば必要なだけ力を発揮する。でも、特定の能力だけを狙って鍛えることは、あまり得意ではないでしょう」

 

 パチュリーは魔理沙を見つめた。

 

 「そこが、あなたとの違いよ」

 

 「……私との?」

 

 「あなたは、自分に何が足りないのかを考えられる」

 

 パチュリーは続けた。

 

 「失敗した理由を探し、方法を変え、何度でも試す。意識的に能力を伸ばせるのは、秀才の強みよ」

 

 魔理沙はしばらく黙っていた。

 

 そして、ぽつりと呟く。

 

 「……でもさ」

 

 「何?」

 

 「努力できるってだけじゃ、結局あいつには届かないだろ」

 

 パチュリーは、ほんの僅かに口元を緩めた。

 

 「……そうね」

 

 「おい」

 

 「努力すれば必ず追いつける、なんて無責任なことは言わないわ」

 

 パチュリーは静かに続ける。

 

 「でも、あなたには一つ、私より優れているところがある」

 

 「……は?」

 

 魔理沙は目を瞬かせた。

 

 「お前より?」

 

 「ええ」

 

 パチュリーは頷いた。

 

 「魔力の放出量よ」

 

 「……放出量?」

 

 「あなたは、魔力を一度に外へ放つ能力が異常に高いの」

 

 パチュリーは指先に小さな光を灯した。

 

 「魔法には、魔力を蓄える能力、制御する能力、術式を構築する能力……様々な要素がある」

 

 光は、複雑な形を描きながら空中を漂った。

 

 「私は、魔力の制御や術式の構築には自信がある。でも、一度に放出できる魔力の量では、あなたに及ばない」

 

 「……本当か?」

 

 「嘘を言ってどうするの」

 

 パチュリーは光を消した。

 

 「あなたは、精密な魔法よりも、大量の魔力を一気に叩きつける魔法に適性がある」

 

 魔理沙は、自分の八卦炉を見下ろした。

 

 「……マスタースパーク、か」

 

 「そうね」

 

 パチュリーは頷いた。

 

 「今のあなたは、まだその才能を十分に活かしきれていない」

 

 「……どうすればいい?」

 

 魔理沙が顔を上げた。

 

 その目には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。

 

 パチュリーは静かに答えた。

 

 「放出量を鍛えなさい」

 

 「……放出量を?」

 

 「ええ。術式の複雑さや、魔法の種類で私や霊夢と張り合う必要はないわ」

 

 パチュリーは魔理沙を見つめた。

 

 「あなたにしかできないことを、徹底的に磨けばいい」

 

 「……」

 

 「ただし、放出量を増やすだけでは駄目よ。自分の魔法で自滅したら意味がないもの」

 

 パチュリーは指を一本立てた。

 

 「どれだけの魔力を、どれだけ短い時間で、どれだけ無駄なく放てるか。それを突き詰めなさい」

 

 魔理沙は、じっとその言葉を聞いていた。

 

 「そうすれば……」

 

 パチュリーは少しだけ笑った。

 

 「もしかしたら、霊夢にも届くものが見つかるかもしれないわね」

 

 「…………」

 

 魔理沙は、しばらく黙っていた。

 

 やがて。

 

 「……ははっ」

 

 小さく笑った。

 

 「何だよ、それ」

 

 「何が?」

 

 「お前、結構いいこと言うじゃないか」

 

 「失礼ね」

 

 パチュリーは眉をひそめた。

 

 「私はいつだって正しいことを言っているつもりよ」

 

 「はいはい」

 

 魔理沙は帽子を被り直した。

 

 そして、八卦炉を取り出す。

 

 「……よし」

 

 「……何をするつもり?」

 

 「決まってるだろ」

 

 魔理沙は、にやりと笑った。

 

 「修行だぜ!」

 

 「……ここではやめなさいよ」

 

 「大丈夫だって! ちょっと試すだけだから!」

 

 「ちょっと待ちなさい、魔理沙」

 

 パチュリーが立ち上がる。

 

 しかし、魔理沙はすでに八卦炉へ魔力を込め始めていた。

 

 「おいおい、何だよ。さっきは鍛えろって言ったじゃないか」

 

 「場所を考えなさいと言っているの!」

 

 「大丈夫だって!」

 

 魔理沙は笑った。

 

 「ちょっと強めに出すだけだぜ!」

 

 「だから、それが問題なのよ!」

 

 次の瞬間。

 

 図書館の一角が、眩い光に包まれた。

 

 ◇◇◇

 

 数分後。

 

 大図書館には、再び静寂が戻っていた。

 

 もっとも、先ほどまでとは少々様子が違っていた。

 

 床には焦げ跡が残り、数冊の本が煙を上げている。

 

 魔理沙は正座させられていた。

 

 その前には、腕を組んだパチュリーが立っている。

 

 「……反省している?」

 

 「……はい」

 

 「次からは?」

 

 「……外でやります」

 

 「よろしい」

 

 パチュリーは小さくため息をついた。

 

 そして、踵を返す。

 

 「……まったく」

 

 その背中を見ながら、魔理沙は小さく笑った。

 

 「……ありがとな、パチュリー」

 

 パチュリーの足が止まった。

 

 「……何のこと?」

 

 「別に」

 

 魔理沙は帽子を被り直した。

 

 「ちょっと、やる気が出たってだけだぜ」

 

 パチュリーは振り返らなかった。

 

 ただ、小さく呟いた。

 

 「……そう」

 

 そして、再び本を開いた。

 

 魔理沙は立ち上がり、八卦炉を握り締めた。

 

 霊夢は強い。

 

 それは、今も変わらない。

 

 自分がどれだけ努力しても、追いつける保証などない。

 

 だが。

 

 「……見てろよ、霊夢」

 

 魔理沙は小さく笑った。

 

 その瞳には、確かな闘志が宿っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

一般シャーレ事務員ケモミミ男子高校生(作者:ひやめし)(原作:ブルーアーカイブ)

ケモミミ+しっぽ付きのシャーレ事務員男子高校生の狐塚イナリが生徒や先生とわちゃわちゃする話。▼主な登場人物(増える可能性アリ)▼孤塚イナリ(16)▼ケモミミとしっぽのある男子高校生、髪と瞳は金色、まんまキツネの擬人化みたいな生態をしており冬になるとケモミミとしっぽのもふもふ度が限界突破する、あと発情期もある、少しだけならキツネの姿にもなれるが疲れるからあまり…


総合評価:616/評価:7.86/短編:4話/更新日時:2026年10月12日(月) 22:57 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>