この世で淫魔は生きづらい! 作:つれづれ猫
依頼書とマップを見比べて1時間。
俺は今回受ける依頼を決めると先ほどとは別の受付で依頼を受ける旨を伝える。
今回は『ホーンラビット3体』と『月光花10株』。
どちらも難易度はFでゲートからそこまで離れていない場所に生息するためこの依頼に決めた。
ホーンラビットは1体2500円。月光花は10株単位で500円の報酬だ。
ただ、兎のほうは解体せずに納品すると10%解体料金がかかるそうなので、2500×0.9×3で6750円。月光花と合わせて総成功報酬7250円。
俺は常にギリギリで生きていく。
この金で今夜お風呂に行くんだ。
そう強い決意で受託する旨を伝えると、これまた先ほどの受付嬢さんとは別の美しい
「あの……準備などはよろしいのですか?」
と、心配そうに言ってくれたが俺は力強く頷いた。
全然使ってないが、もうこの状況下。俺は俺の能力と心中するほか選択肢はない。
ちなみに俺の格好は家を追い出されたその時のまま。白のトレーナーに、黒のチノパン。靴は普通のスニーカーだった。住処もそうだが、服も洗濯用にもう一枚くらいは流石にほしい。
「そうですか……。それでは、こちらは納品用の袋と、こちら解体用のナイフもお付けできますが、どうなさいますか?」
俺は一も二もなく頷いた。
それではどうぞと手渡される袋とナイフ。
はたしてナイフ一本でどうにかなるとも思わないが、手ぶらから武器一つになるだけでも安心感は段違いだった。
お気をつけて、と見送ってくれた受付嬢さんにお礼を言うと、俺はギルド受付の右手。
カフェの手前の通路を通り、ギルド奥の通路へと歩いていく。
経験したことはないのだが、学校では社会や歴史、ほかにもたまにダンジョンに関する授業があり、そこでどういう風にダンジョンへ行くかの仕組みは学んでいた。
ギルド廊下の突き当り。
そこには高級そうな
それこそが箱庭型ダンジョンの出入り口。
ちょうど俺の前にも二人組の冒険者が歩いており、彼らは慣れた手つきでその宝石に手を伸ばすと魔法のようにすっとその場から消えてしまう。
後ろに人はいなかったので少しだけ宝石を眺めていると、今度は俺のいる向かい側から納品袋をぱんぱんにした男が一人出て、裏口から出て行った。解体場や納品場はどうやら裏手からいけるらしい。
ふっと息を吐いて、足を一歩前へ。
ゆっくりと手を伸ばすと、ほんの一瞬視界が暗転したかと思えば――。
そこは見渡す限りの大草原が広がっていた。
はっと息をのむが、後ろから人が来たらぶつかるのではないかと思って踏み固められた道沿いを歩いていく。
どうやら少し小高い丘の上。
ゲートの近くではキャンプをしている冒険者も多く、そこかしこに色とりどりのテントが張られていた。
近くには小川が流れ、天井には太陽はないのに青空が広がっている。
箱庭というだけあって、地平線の向こう側には何か薄いオーロラのような不思議な壁が地面から空に向かってゆらゆらと伸びていた。
目を疑ってしまうような美しい世界。
たった一つのダンジョンの、たった一つ目の階層でこれだ。それだけで冒険者を目指す人が多いことも納得できた。
しかし、いつまでも余韻に浸っていても仕方ない。
残念だが、今日は癒されに来たわけではない。依頼書とマップの写しは貰っていたので俺はゆっくりとその場所に向かって歩いていった。
**
1時間ほど歩いて目的地まで近づくと目当ての魔物はいとも簡単に見つかった。
俺は近くの岩陰に隠れて様子をうかがう。
ホーンラビット。頭に角が生えている。
敏捷性が高く。突進攻撃に注意。
と、魔物図鑑に書かれていた。
俺は正直いって舐めていたのだ。
なぜなら
だが、しかし。
実際、実物を目の前にするとどうだろうか。
まず、想像していたより2.5倍はデカい。
確実に中型犬くらいの大きさはある。デカいよ……。
そして角。何あれ、カジキマグロの先端……?
普通に死ぬだろ刺されたら……。
早くも後悔してきたが、俺の陣形はモノホンの背水の陣だ。
冷静に自分の手札をまずは確認する。
俺の能力は淫魔というだけあり、結構多彩だ。
ただ問題があるとすれば、ほとんどが対人専用であること。そして、一般的な攻撃手段といったものは一つたりとも持ち合わせていないことだ。
唯一魔物にかけられそうな力は、魅了の力。自分の能力だから分かるのだが、この能力は相手が異性かつ、相手の恋愛対象が異性であること。この二つの条件を満たしていれば、掛けることができる。
ただ、問題はといえばホーンラビットの
人間相手だったら、そりゃわかるし、淫魔になってからというものなんだったら、一か月のほにゃらら回数が何回かくらいはわかってしまうが、やはり魔物相手ではだいぶ力が制限されてしまうようだった。
そもそも動物のオスメスなんて一般人には仰向けにして股間を見る以外の方法が存在するのかも疑わしい。
そして、現状その方法をとることは不可能に等しい。
となれば、男と女。
二分の一である。
引けるのか……? 今の俺に?
ここ数週間の運の悪さから考えると外す気しかしないのだが、俺の中のギャンブラーがこうも言っている。
その時の下振れは今日この時の上振れのためにある。
うおおおおおお!!
バッと岩陰から飛び出して、俺は一匹のホーンラビットの前。
問答無用で能力を発動した!
「…………」
「…………」
「…………」
「ぷぷぅー!!」
ホーンラビットは襲い掛かってきた!!
鳴き声かわい!
俺は脱兎の如く逃げ出したが、ホーンラビット足早ぁ!
だが、こちらも陸上部で短距離を嗜んでいた。鋭い突進を何とか躱しながら5分ほど全力疾走しているとやがて諦めたのか追ってくるのをやめてくれた。
九死に一生を得た。
どうやらオスだったようだ。
無理だよこれ!!
だが、なんというのだろうか。
息を整えながら冷静になって敗因を分析してみると勢いよく飛び出した。
ただ、その一点のみが敗因な気がしなくもない。
割とトラウマだったが、再挑戦することはやめない。
もう一度、ゆっくり元いた場所に戻ると割とすぐにまた見つかる。なんだったら遠くにも見えるし、結構いっぱいいる。
先ほどの個体とは角の色が少し違うので別個体だろう。
今度は冷静にじりじりと距離を詰めて、相手が怒らないようにと優しさをもって魅了の力を発動した。すると……。
「ぷぅ!」
その兎は先ほどとは打って変わってぴょんぴょんと敵意なくこちらに近づいてくる。
「ぷぅぷぅ」
茶色毛の個体は俺にすりすりと体をこすりつけて甘えてきた。
か、かわよい。
え、ちょっと待って。
俺、殺すん? このかわいい生き物を?
俺はすり寄ってくる兎の頭をつい撫でそうになってぐっと思いとどまる。
だめだ。情が移ってしまったらもうお終いだ。
ご、ごめんよ。俺も生きるためなのだ。
俺は睡魔の力で眠らせる。そして、夢魔の力で兎に可能な限り幸せな夢を見せる。
魅了にかかった相手であれば、魔物といえどもほかの能力も効くようだった。
その後、脳の神経系を支配して俺は心臓を止めた。
ぷぅ……。
しかし、そこで俺の予想だにしないことが発生した。
魔物の体から、ぷかぷかと薄青白い。
エクトプラズマのような物体が浮かび上がり、それはやがてホーンラビットの形を作り、ぴょん! と一度ジャンプしたのである。
俺はかなり困惑した。
こんな能力知らないのだが……。
その兎の幽体はくるくると足の周りを体をこすりながら回った後、ぴょんと俺の胸元にジャンプするとそのまま体へと吸い込まれていった。
それでお腹が膨れるわけではない。
しかし、そこで俺はその力がどんなものか不思議と理解する。
いわゆる
異性相手の精神支配ができることは知っていたが、魂まで行けるのか……。
俺、死んだら天国行ける?
「ぷぅ」
呼びかけると一度魂が融合したためか、『ぷー』と心の声が聞こえるようになる。
そして俺の体から地面へぴょんと降り立つ。
感覚も少しリンクしているようで、普通に立っているのにぷぅの視界が同時に見える。これは結構酔いそうだった。
勝手に魂魄支配しといて、協力してくれもなにもないと思うが。
悪魔のようなこの力。いや、まさに悪魔の力か。
俺はいつかの地獄を覚悟して、この能力を使い続けることを決めた。