偽りの英雄を葬りし男、英雄と個性の蔓延る世界に降り立つ 作:遺物
ある路地裏に、一人の男が居た。彼は逃げてきたのだ。どこに目をやっても、視界に入ってくるヒーローの広告に辟易としていた。ゲームも、化粧品も、保険会社まで、全てにでかでかと、ヒーローが載っている。
だが、そのヒーローは、自分の知っている物とは少し違った。そして、それは人々の様相にも言えることだった。ヒーローではない、一般の人間でさえ、特殊能力を持っていた。ライオンの顔を持つ子供、電気を操る青年、肌が透明な少女、それらが街中を闊歩していた。街も、ニューヨークではなかった。町中の看板に書かれているのは、日本語だった。だが、それらの出来事も、男からすれば大した差など無かった。大した差のない、腐りきった世界だった。
彼は、友の手によって死んだ。彼は、世界中を巻き込む大虐殺を行おうとした。それは、かつての仲間も例外ではなかった。そんな、血と炎が彼方まで続く、彼の望んだ地獄から、人々を守るために友が止めたのだ。
彼は友を恨んではいない。いずれ、自分たちの信念がぶつかり合うことは分かっていた。人を守るためにヒーローを殺した友と、自分の怒りのままにヒーローを、罪のないものまでも殺した彼が、同じ道を進んでいたこと自体が、とても奇妙なことなのだ。そんな彼らの奇妙な友情は、彼ら自身と、仲間たちにしか分かるはずもないものだった。
そうして、友に撃たれ、倒れてから、彼が次に目を覚ましたのは、日本の街だった。全ての人間が異能力を持ち、ヒーローを当たり前に享受する世界。こんな所に居続けていると、見るだけで目が腐り、聞くだけで鼓膜が破れ、息をするだけで喉が爛れるような気分になった。
ここでも、彼のやることは変わらなかった。この世の全てのヒーローをぶち殺す。そのために、彼には、まずしなければいけないことがあった。
「なぁ、この…エンデバーガー?って奴を一つ。あぁ…カードは持ってない。レシートもいらない。」
まずは腹ごしらえだ。金は、路地裏に落ちている物をかき集めた。この国には、「腹が減っては戦は出来ぬ」という言葉もあるらしい。自分も、今だけはそれに習うつもりだ。なるほど。クソみたいな世界でも、腹が減るのは同じらしい。店内にも、能力者がはびこっている。本来旨いはずのハンバーガーも、この空気では食えたものじゃない。
無意識のうちに、拳に力が入る。何十人もいる能力者が、いつ自分に牙をむくか分かったものではない。もし自分に力を使った瞬間、この世に生まれたことを後悔するほど、残虐に殴り殺してやるつもりだ。
「だーかーら!マイトバーガーが至高だって言ってんだろクソナード!!」
「そそそうだけど、味の成分とか見た目の再現度とか考えたら、オールポテトの方がマッチしてて…」
「まぁ良いじゃねぇか。食いたいモン食えばよ!」
「俺もそう思うぞ。爆豪。」
平和ボケしたガキどもだ。ガキは嫌いだ。ヒーローに対して、何の疑念も持たず、奴らから与えられた刺激と日常を貪り食うだけの、クソの役にも立たないゴミカスどもだ。大人に対して、ただただ馬鹿正直なまなざしを向けてきやがる。かと思ったら、いきなり成長して、俺みたいな薄汚い大人を、懐疑の念でひしひしと刺してくる…ガキは嫌いだ。
バーガーを食い終わり、店を後にする。もう一度路地裏に入り、今の自分の状況を整理する。かつて自分は、暴走した世界最強のマザコンソシオパスを倒した。その後、ヴォ―トタワーで能力者を殺すウイルスを世界中に散布しようとしたが…アイツに計画を阻止され、殺された。
そして、目を覚ますと、全人類が能力者で、クソったれヒーローの跋扈する世界に来ていた。状況を整理したが、訳が分からないことになっているのは変わらない。ヒーローはいるが、ヴォ―トは存在していない。だからと言って、殺戮の手を緩める気はない。
「おいおい!こんな所で何してんだ?!」
「金目のモン置いて、とっとと逃げなジジイ!」
カエルの顔をした、片手にアーミーナイフを持っている男と、右手の指がトゲになっているパンクな格好の男。今、自分の首筋には、ナイフが当てられている。見るからに、明らかに、悪人。今の彼には、そんな存在が必要だったのかもしれない。彼の、ひたすら仏頂面を貫いていた表情に、初めて笑みが浮かんだ。
「おい!聞いてンのか…」
「…よぉ。そこのジャージャービンクスとジャバザハット。パパは今大事な仕事の最中なんだ。スターウォーズごっこがしたいなら、バーから帰ってきたママとやれ。」
彼が煽ると、ナイフが振り下ろされる。だが、彼の動きの方が早かった。切っ先が首に触れる寸前で、腕を万力のような力でひっ掴む。カエル男は、もう片方の腕で彼の手を払おうとするが、どれだけ揺らしても動かない。二人のチンピラの表情に、少し焦りが生まれる。
「なめてンじゃねー…」
彼は一切の容赦なく、カエル男を殴りつけた。カエル男の個性は、蛙水梅雨のものと大体同じであった。身体能力は特段高い訳でもなく、まして動揺した相手など、彼の敵ではない。彼は、カエル男の鼻先が血で染まるまで殴りつけ、ナイフを奪い取る。
「オラアァッ!」
背後からパンクな男が手を伸ばす。咄嗟に腰をひねり避けるが、トゲが顔をかすめる。頬を伝い、口内に血の味が広がる。だが、彼は笑みを崩さない。ナイフを振り回し、パンクな男が後ずさりする。腹を蹴りつけ、コンクリートの地面に押し倒す。ひたすらに踏みつける。足をトゲで刺されるが、彼は止まらない。ナイフを振り上げ、男に突き立てようとした瞬間、寸前で腕が止められる。
「痛えぇよぉお!チクショオオッ!このクソ野郎が!」
見ると、腕にはカエル男の舌が巻き付いていた。カエル男は、既に立ち上がり、建物の壁に張り付きながら、舌を伸ばしていた。彼はその舌をもう片方の腕で巻き取り、ナイフで一閃した。長い舌に、一本の深く赤い傷が出来る。
「ギャア—――—――――!」
落下するカエル男を横目に、彼はパンクな男の首を絞める。男の方も、彼の腕や腹を何度も突き刺す。数えきれない穴が開くが、やはり彼は止まらない。絞める力はどんどん強くなっていく。そして、彼の笑顔の彫りも、ますます深くなっていく。彼が手首を回すと、男の首が真横を向いた。目はあらぬ方向を向き、口からは泡が吹き出ていた。トゲが指の中に引っ込み、パンクな男が地面に倒れこむ。
「…ヒィ…ヒ…ヒーロー!ヒーロー!助けてください!ヒーローオオオォ!」
カエル男は路地裏から通りに出る方へ走り出す。だが、腰が抜けたのか、四つん這いでヒタヒタと這っている。彼は男を余裕の歩みで追いかける。後ろから髪を掴み、のけぞらせて無理やり目を合わせる。男の表情は、文字通り蛇に睨まれた蛙、そのものだった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…許してください…ごめんなさい…」
「カエルにはお似合いの移動方法じゃないか。そして、助けを乞う相手はヒーローじゃない。この俺だろ?」
彼がもう一度カエル男を殴りつけようとしたときだった。カエル男は地面を思い切り押し出し、彼の背後にジャンプした。彼は反撃されると思い、ファイティングポーズを取ったが、男は背中を見せながら逃げて行った。彼は追おうと思ったが、一歩だけ踏み出して立ち止まった。路地裏の奥に、異様な雰囲気の男が居たからだ。
「邪魔だお前!どけ!」
カエル男は肩をぶつけながら、走り去ろうとした。だが、肩がぶつかった瞬間、カエル男が青い炎に包まれた。叫び声をあげる暇もなく、カエル男の身体は、どこが手でどこが足かも分からない、ただの燃え滓になった。
「お前…ウチ来る?」
炎を操る男は、フードを取り、素顔を見せ、彼に笑いかけた。その顔には、いくつもの火傷の跡と、ツギハギの縫い跡があった。彼は、それで怯むような男ではなかった。
「…ウチに行って何するんだ?ご近所さん呼んで、庭でパンケーキでも焼くのか?」
「はははっ…お前、面白いな。でも、俺は甘いのは嫌いなんだ。皆で集まって、笑って、楽しんで、それから…」
男は大げさに手を振り、下手糞なダンスを踊り、手を差し伸べてきた。
「ヒーロー共をぶっ潰すんだ。」
彼は男の手を払いのけ、笑い出す。この世界で、初めて共感できそうな人間に出会えたことが可笑しかったのだ。常に、自分の欲望を叶えるために動く。気に入らない奴をぶちのめし、残るのは彼一人。この時、まだ彼は知らなかった。これから自分が、元の世界でなし得なかったことをするということを。
「俺の名は荼毘。ただの荼毘だ。お前は?」
彼は、偽りの英雄を殺した男。世界を救おうとし、同時に、世界を破壊しようとした男。ヒーローを殺すためならば、悪魔にだって堕ちられる男。彼が好むのは、血と炎、殺戮と破壊。何処までも続く焦土と、世界を覆う屍の上に、最後に立っているのは、彼一人。
「俺の名は…ブッチャーだ…ビリー・ブッチャー。」