The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「武装組織としてのレユニオンは、今日をもって解散とする。これからは感染者の権利を得る為ではなく、日々を生き続ける為の戦いが始まる」
「我々は非感染者との共存を果たし、その上で更なる都市の発展を成し遂げていかなければならない。きっと厳しいと思うが、最後には必ず必要になる道だ」
「皆、どうかよろしく頼む」
そう言って頭を下げたタルラさんの言葉と共に、あちこちから凄まじい量の歓声が響き渡る。僕はその言葉を、群衆に混じって観客席の側から聞いていた。
(レユニオンとしての活動は今日で終了しました。だとしたら、今後はより本格的な活動が必要になるでしょう)
(自由都市として認可されたチェルノボーグを更に発展させ、タルラさんのウルサス帝国公爵としての勢威を高め、この都市の地位を不動の物にする。その為には…)
「私は、これで良いのだろうか」
「どうしましたか?タルラさん」
「いや何、考えていたんだ。私などが公爵と呼ばれ、市民から敬われても良いのかと。それもこのウルサスと言う国でな」
「成る程、それですか」
今後の都市計画や、自由都市としての各国の企業誘致計画の草案を纏めて、タルラさんがデスクを置くチェルノボーグ仮市庁舎に持って行くと、タルラさんは随分と悩んでいました。
「正直に言わせて貰うと、綺麗な解決ではありませんよ。そもそも綺麗に解決できる段階は、チェルノボーグが占領された時点で終わっています。ですからまあ、そこは仕方ありません。対策も特に無いです」
「…仕方ないか。コシチェイとの賭けに負けた、私のような者が」
「私のような者、ではありませんよ。タルラさんだからこそ、例え中身が入れ替わっても皆んなが信じて来たんです」
僕はロドスで貰って来た紅茶を淹れる。タルラさんはカップを混ぜて、上品に口を付けた。
「正直に言えば、私はウルサスと言う国などどうでも良いんだ。この国を放っておけないのは、この国の人々の苦しみに、見て見ぬふりが出来ないからに過ぎない」
「それは、そうかもしれませんね。タルラさんは元々ヴィクトリアにルーツがありますから。でもそうだとしたら、尚更利用すれば良いんです。公爵と言う立場と、王族という血の力。自由都市となったこのチェルノボーグの開明さを」
そう言って、僕は今後の事業計画書をタルラさんの前に差し出した。そして説明を始める。
「今後の予定を伝えます。まずはクルビア企業に接触して、取引を引き出します。それを利用して最初は水、食料、エネルギー分野の安定を図る計画です。既にビッグボブの農園がありますが、都市を運営するには更なる農地の拡大が必要になります。クルビアから種籾を輸入して、農業機械も大々的に導入しましょう。それと、ロドス製薬と契約して医療支援を引き出します。将来的には病院も建てるので、その時も協力して貰いましょう」
「そうか。所でその計画だとカジミエーシュにはまだ接触しないのか?」
タルラさんはそう僕に問いかけた。でも僕はと言えば、この問いに対する回答は決まっている。
「必要無いと思います。カジミエーシュだけでなく、ヴィクトリアもそうです。何故なら放ってさえおけば、焦って向こうから接触して来るからです」
「そうやって取引の値を釣り上げましょう。それに相手が国外にいる以上、こちらから向かうだけでも少なからずコストがかかります。現在のチェルノボーグに余裕がある訳では無い以上、向こうから来て貰う方が結果的に安いです」
「相変わらず、銀弓らしい狡猾なやり口だな。相手の弱い所を見ている」
「こういうのは、強みを見ていると言っても構いませんよ。カジミエーシュにせよ、ヴィクトリアにせよ。外国のニュースに注意を払い、必要ならば自ら接触するのは、それ自体が対外的な能力です」
「それと、ヴィクトリアの公爵達にはお気をつけて。連中は必ず接触して来ます。カジミエーシュの企業くらいなら、僕でも対応出来ますが」
ヴィクトリアの公爵達となると、それだけでは済みませんからね。そう言って僕は執務室を出ようとした。
「待ってくれ」
「どうしましたか?」
タルラさんは僕をそっと抱きしめる。そして言う。
「これからも、私を支えてくれるか?」
「ええ、当然です。銀の弓はあなたの為に」
仮設市長舎を出た後、チェルノボーグの市内の中でも特に荒れていたエリアの一角。そこはレユニオンが前に野営地として選定していた場所だ。その場所で、サルカズの傭兵達が野営地の引き払い作業をしているのが見えた。
「すみません、みなさんは次の場所に?」
「おう、銀弓か。レユニオンではたっぷり稼がせて貰ったが、残念ながら割りの良い仕事も終わりみたいだからな」
「成る程、そう言う事でしたら、引き留めはしませんよ。ですが寂しくなりますね。みなさんが居なくなってしまうと」
「全く、俺達が居なくなって寂しいなんて言う奴は、あんた達くらいの物だぜ?銀弓」
傭兵と言うのは、仕事が終われば次の場所へ向かうのが基本です。外から言って止められる訳ではありません。ただ。
「ただ、傭兵の仕事に嫌気がさした方や、そろそろ新しい生活がしたい方はお伝え下さい。ここでの仕事はまだまだ沢山あるので」
「では、私から聞いても良いか?」
「ええ、構いませんよ、マドロックさん」
レユニオンの幹部の一人、マドロック。ビッグボブに似た重装備に身を包んだ方が、少なくない数のサルカズ傭兵を連れて僕にこう問いかけた。
「これからのチェルノボーグは、誰であっても暮らせる場所に、私達の故郷になり得るのか?」
「ええ、なり得ます。と言うより、そうなるまで持って行きますよ。これは約束です。銀弓の名誉にかけて果たします」
「分かった。なら仕事を紹介してくれ。私と、戦争から降りたいと望む彼らの為に」
「分かりました。ではこれからも宜しく、マドロック」
「ほう、中々良い話じゃないか銀弓。お前なら、そうするだろうと思っていたけどな」
「ああ、エンカクさん」
エンカクさんは少し離れた場所にいて、マドロックと話していた僕の話を聞いていたらしい。そして背中を預けていた壁を離れる。
「俺は暫くの間、ここの軍で過ごす事にした。それにパトリオットの旦那にも随分世話になったからな。話によると、新しいチェルノボーグの都市防衛軍を作るんだろう?」
「それは嬉しいです。都市防衛軍の新設はその通りですよ。ではこれからも宜しく、エンカク」
「へえぇ、誰が相手でも一々安請け負いするじゃない、銀ピカさん?」
僕の言葉をそう言ってWが茶化した。僕はWの方に向く。
「安請け負いじゃありませんけどね。僕は本気ですから」
「…全く、そう言う所が怖いのよ。あんたって」
Wが近付いて来る。普段とは違って、武器は殆ど付けていない。そしてこう呟いた。
「この大地が……静かに眠れるように」
「…それは?」
「テレジアの言葉よ。流石のあなたも知らないみたいね」
「テレジア…それは、かつてのバベルのリーダーだった方の名前ですか?」
「ええ、その通り。テレジア。この名をよく覚えておきなさい」
「別に忘れませんよ、W」
この大地が、静かに眠れるように。それが本当にテレジアと言う人の言葉だとしたら、彼女はこの大地がいかに喧騒に満ちていて、寝る暇も無く動き続ける場所である事を知っていたのでしょう。
「私達は、ヴィクトリアに行かなきゃいけないわ。死んだテレジアの復讐の為に、ロンディニウムに立つ軍事委員会の旗を引き摺り下ろしてやるの」
「そうかもしれないわね。でもそうだとしても、まだ向かう必要があるとも思えないわ」
「イネスさん。ヘドリーさんも」
Wと話していると、いつのまにかイネスさんとヘドリーさんが立っていた。そしてヘドリーさんが言う。
「俺たちは、もう暫くチェルノボーグに滞在する事にした。この都市は利便性が高い上に、軍事委員会と事を構えるにはどうしても時間が必要になる」
「分かりました。ではそのように。所で、暫く滞在するなら部屋を用意しましょうか?」
「ああ、三部屋程頼む」
「二部屋よ」
ヘドリーさんの言葉に、イネスさんがそう言って割り込む。そして暫く喧騒に陥った後、僕はこう言った。
「分かりました、ではアパートを二部屋分用意しますので。準備が出来たら後で鍵をお渡ししますね」
「全く、何で二部屋にしたんだ」
「言わせないの。そんなの決まっているじゃない」
「はーったく、のろけ話なんてやってられないわよ、ねぇあなたもそう思わない?銀ピカ」
「そんな事を言われても…W」
「よし決めたわ」
そう言って、Wさんが奮起したような表情になる。そしてこう言った。
「私達も一緒に住むわよ。銀ピカ」
「…え?」
「よーし乾杯だ!」
「感染者の権利は守られたんだ。俺たちの明日に乾杯!」
「うん、乾ぱーい!」
夜を迎えたチェルノボーグの一角。ロドス艦が接舷している小エリアで、小さなパーティーが繰り広げられていた。野外にテントを広げて瓶を開け、次々とビアジョッキに注いで行く。その隣では、炭火で焼かれた肉や香野菜、バーベキューの香りが伝わって来そう。
「それにしても、本当に約束通りの酒盛りが出来るなんて、夢みたいだよ」
「そうだな。俺たちにも信じられない。ちゃんと約束を果たせる時が来ただなんて」
「気にするなよ、今日がスノーデビル小隊最後の日だ。ロドスに行く姉さんの分も込めて、たっぷり飲み明かそう」
今日をもって、スノーデビル小隊は解散する。フロストノヴァは自らの意思でロドス艦に乗り込む事を決めた。スノーデビル小隊の面々はチェルノボーグで一般人に戻り、これからはバーを経営するという話をブレイズに伝えた。
「へー、バーをやるんだ。そりゃいいね!次からチェルノボーグに来る度絶対通ってやるから」
「おう、期待して待ってろよ。実は銀弓の兄さんから開業資金まで貰ったんだ。土地の購入も済みそうだし、これからは感染者でも大手を振って商売が出来そうだ」
「それにしても信じられないよ。雪原で彷徨っていた頃の俺たちに比べて、何もかもが変わっててさ」
「だな。だけど良い変化だって、この大地にもきっとあって良い筈だろ」
「うん、そうだね。よし、ジョッキおかわり!」
「はいよ、ブレイズさん」
新しい酒がジョッキに注がれる。そして肉や野菜も焼き上がり、バーベキューも仕上がって来たと言った所。
「お前たち、楽しんでいるか?」
「おう、姉さん。この通りさ」
「うう、なんて感動的なんだ、うぅ…」
ドクターは酔い潰れてもう駄目そう。その辺の折り畳み椅子で寝込んでいる。そんなところにやって来たフロストノヴァ。ブレイズは聞く。
「ねぇフロストノヴァ。ロドスに入るって言うのは本当?」
「本当だ。この戦いを通じて、私は今まで戦って来た世界の狭さを思い知った。今後はもっと広い世界で、あらゆる理不尽を退ける為に戦いたい。その為には、きっとロドスこそが相応しいと思う」
「よし、姉さんの門出に乾杯」
「そう言うと思って、はい、姉さんもどうだ?」
「ん、私もか?」
スノーデビル小隊の一人が、紙コップに注いだ少量の酒を差し出す。子供用に敢えて量を減らして出された酒に、フロストノヴァは口を付けた。
「そんなに、美味しくは無いな」
「ははっ、仕方ない。だってまだ子供なんだから。そんな事より、肉が良い焼き具合だ。しっかり食べて行こうじゃないか」
「ああ、そうだな」
「このような光景を見る事は、この大地において酷く珍しい。かつての敵同士が同じバーベキューを囲み、宴席を楽しむ。それは本当に貴重な機会だ」
そう言ったケルシーが、一杯貰った酒を飲み干す。そして感慨深く長い過去を想っていた。こんな光景が、果たして遺塵の底にどれだけ沈殿していただろう。
「そう言えばパトリオットの旦那は、新しいチェルノボーグ都市防衛軍の元帥に任命されるんだってな」
「大尉が遂に元帥にまでなっちまったのか、そりゃ良いや。感染者遊撃隊のみんなも、明日からは立派な都市防衛軍の一員って言う訳だな」
「それにメフィストやファウスト、スカルシュレッダーは学校に入るって」
「やっぱりそうだよ。子供が戦うなんておかしいんだよ。まずは学校でしっかり勉強しないと」
「クラウンスレイヤーは、シラクーザに帰るって聞いたぞ」
「そうか、ではクラウンスレイヤーの門出に乾杯!」
「それにヘラグ将軍は、診療所の経営に戻るってさ」
「アザゼルも闇医者をやめて、普通の診療所になるんだってな。こいつは幸先が良い。我らが将軍に乾杯!」
「レユニオンと言う名前は今日で終わるか。だが、次に彼らが再び別れる誘惑に駆られた時には、ロドスもまたそれを助けるだろう」
レユニオンとは、そもそも別れた者が再び結び付くと言う意味なのだから。ケルシーはそう言って佇む。もうすぐ深夜に入る時間。ロドスが迎える明日のスケジュールを思う。
「僕はこのレユニオンと言う組織が、別に正しかったとは思っていません。でも、間違っていた人間を苦しませるために、今生きている人間の生活まで壊す理由もないでしょう」
「それに僕たち以外に、このチェルノボーグの生活を建て直す主体が何処にいるんでしょうか。軍、政府、皇帝、貴族、皆が辺境の利害から離れ過ぎています」
「へぇ、銀弓ってそうやって考えるんだ」
一通り仕事の差配が終わった後、僕は石棺の前で佇んでいたメフィストを見つけた。そして話している間、今はこんな事を語っている。
「そもそもチェルノボーグに侵攻しなければ良かったと言えば、それはその通りですね。ですが、侵攻前に戻れば問題が解決する訳でもありません。あのままでは永遠に、感染者の待遇は三歳児のままでしたから」
「何処かで不可逆な失敗が発生するのです。ならば銀の弓は、それを引き受けなければなりません」
「でも、それって損だよね。兄さん」
「ふふ、そうですね」
メフィストの言葉に、僕は頷く。実際、報われないやり方なのでしょう。何処かで復讐されてもおかしくはありません。銀弓家が滅びた事には、明確な理由があるんです。
「でもその方が効率的じゃないですか。わざわざ過去の罪を罰する為に、使える人材を潰すよりずっと」
「そう言う所が最低なんじゃ無い?でも、兄さんらしいなあ」
「参考になるよ」
僕は石棺の方を眺めて思う。このエネルギー源は、いや、エネルギー源ですら無いのかもしれない。古代の遺跡から発生したエネルギーを、都市の動力として取り出しているだけですから。
「お前達レユニオンは」
そうしていると、ロドスアイランドのケルシーさんが僕を見つけたようだった。僕は答える。
「認められませんか?都市を制圧した侵略者が指導者に変わる事は」
「そのような事態は、遺塵の底に幾らでも重なっている。今更気にすることでは無い。だが」
「この街の住民が、苦しみを覚えるなら別だ」
「知っていますよ、それくらい」
ケルシーさんの言葉が頭の中に残響する。正直に言えば、それを条件と呼ぶほどの事でもありません。都市を引き受ける以上、その程度は当然です。
「僕にはこの都市の住民を、どんな都市よりも幸せに出来る自信と、その計画があります。少なくともあなたが考えているような、どんな穏当な計画よりもね」
「止めるだけでは世界は進まないのだと、ここで証明しましょう」
「全く、それも含めて監視しておいてやる」
「ふふ、それは良かったです」
この場には、メフィストとケルシーさんがいる。僕はこう言う。
「僕がレユニオンに加盟したのは、本当はまだ使える余地があるからです。PMCが戦闘に負けて投降したからと言うのは、単なるきっかけに過ぎません」
「使える物は全て使うんです。その中には、正義も善良さもまた入っているのです」
「それこそ、カジミエーシュの幽霊だな。どんな企業よりも強欲だ」
そう言って、ケルシーさんは何とも言えない表情をしていた。
レユニオンは占領者でありながら、何故チェルノボーグ住民に受け入れられたの?
A.ウルサス軍がチェルノボーグを龍門へ衝突させようとしていた事が露見したため。元々それほど豊かでもなく、政治的締め付けも強かったチェルノボーグの旧体制に、強い思い入れを持つ住民もそこまで多くありません。
ただ、一番大きいのは、本来チェルノボーグへ降り注ぐはずだった天災を、銀弓があっさり都市を動かして回避した事。
そのため巷では「レユニオンは、どんな天災トランスポーターより優秀なトランスポーターを抱えている」と言われています。本人はそんな評判があることを知りません。
フョードル1世は何故銀弓を評価するの?
A.皇帝教育の一環としてウルサス戦史を学んでいるため。ウルサスからすれば敵だった銀弓家の活躍は、嫌でも目に入ります。
そしてチェルノボーグでもその手腕は健在。一般的なウルサス軍と違って破壊や略奪を禁止し、都市機能の維持に努め、感染者と非感染者で扱いを変えませんでした。
フョードルからすれば、手元に置ければウルサスの寄生虫共よりどれほど役に立つことか。
主人公は……正しさでは動きません。
重要なのは、使える可能性が残っているかどうか。
レユニオンに加入したのも、レユニオンにはまだ使える可能性があると判断したからです。PMCが敗北したのは、その判断をするきっかけ。
もし可能性が無いと判断していたら?程々に利用して、普通に逃げ出していました