The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「この賊徒めが、誰の威光で公爵に任じられたと思っている!」
「無論、皇帝陛下のご意向だな」
タルラは内心暗澹としていた。コシチェイから嫌になる程教育された貴族としての処世術をフルに生かして、貴族共の追求をヒラヒラと躱す自分に。
(はぁ、コシチェイの教育がこんな所で役に立つとは…)
「クルビアとの取引によって、我々は更なる工業製品の輸入が可能になった。今後はより高度な技術を取り入れる事で、チェルノボーグの農工業は更に発展し、今まで以上に生産力を高めて行くだろう」
「クルビアだと、貴様ぁっ、ヴィクトリアかぶれの感染者風情が、誰のお陰で生きていると思って」
「軍のお陰だな。私はウルサス軍のお陰でとても助けられたよ」
「所で、ヴィクトリアかぶれの感染者との取引は遠慮したいのかな。だとしたら他の公爵に話を持って行くが」
「くっうぅ、おのれ、覚悟しておれ。ウルサスは何があっても、貴様のような叛徒を許す事は無いのだぞ」
「それを決めるのはお前では無いだろう。ウルサスの意思は、ウルサスに生きる人々が決めるのだから」
プツンッ、回線が切られる。取り敢えず、目的は達したか。そう思ってタルラはスッと息を吐いた。
「公爵の振る舞いがすっかり板に付いているな、タルラ」
「コシチェイのお陰さ。残念な事に」
龍門からやって来た感染者、ナイン。事前の想像以上に多芸で、デスクワークもこなす彼女を、現在のタルラは取り敢えず公爵秘書として置いている。
「龍門でも、チェルノボーグの評判は鰻登りの一方だ。既に多くの感染者がウルサスに、そしてこのチェルノボーグに移住したいと考えているぐらいだな」
「…困ったな。元々、そんなに大層な事をする気は無かったのだが。だがやってしまった。これも間違い無く銀弓のせいだ」
元々、レユニオン時代のタルラはここまでの事をするつもりが無かった。それがトントン拍子に話が拡大して、その上挙げ句の果てに転がり込んで来たのが、よりによってカジミエーシュの銀の弓。そう、本当にウルサスと戦争する家系だったのだ。
「やはり銀弓には責任を取って貰うべきだろうか。具体的には、そうだ、婿にする…とか。いや、これは無しだな」
「何を言っている?」
「何でも無いさ。折角銀弓が休暇を取って、故郷のカジミエーシュに顔を見せているんだからな。私達が銀弓抜きでも都市を運営出来る事を、この際証明しておかなければ」
間違い無く、タルラはそう思っている。そこに
「よっ!例の銀弓はいるかー?」
「!??…お前はっ」
「…誰だ?」
チェルノボーグ仮設市長舎のドアを開けた、余りにも場違いな存在。赤を基調とした露出の激しい服飾。背中の尻尾。ナインは驚愕したが、タルラにはまだ彼女が何なのか分からない。
「私はニェン。お前ら随分と面白い事やってるんだってな。特に銀弓って奴が…て、何だ、もしかしてここにはいねーのか?」
「しゃーねえ、それなら取り敢えず、このボロい建物から建て直すか」
「は?建て直す、この建物を?」
驚いてそう聞き返した。建物一つ直すにも予算と労働力、そして資材が必要なのだ。現在のチェルノボーグはそうやって予算をやりくりしながら、何処を修復するべきかで喧嘩している段階。直したいからで直せる訳では…。
「すまないが、予算は出ないぞ?」
「予算?いらねえよそんな物。ボロい建物一つピカピカに仕上げるだけだろ?それにそんな事より」
「予算なら私の映画に出してくれよ。ここを舞台に最高の映画を撮ろうと思ってるんだからな!」
「うおおおお行けえぇっ、トレーラーを落とせえぇっ」
「金目の物をありったけ奪ってやれ、でないと割に合わねぇ!」
賞金稼ぎがトレーラーに殺到して来ました。数にして数100人はいるでしょうか。滴水村の外周部と言う、目立つ場所においたのが不味かったかもしれませんね。
「あ、罠にかかったわ」
「ああっ、お、落とし穴がぁっ」
そして、Wの用意した落とし穴にあっさり引っかかってしまった。何十人も落ちて行って、ちょっと可哀想な気がしてきました。
「ですが、この辺りにしません?W」
「はあ、どう言う意味よ、あいつらはそもそも」
「相手は金になる財宝を求めているだけですよ。村を占拠したのはその結果です」
「向こうにとっては想定外が重なる状況の筈です。そろそろ事を納めるのも必要でしょう」
そう言って僕は拡声器を持ち出し、賞金稼ぎの側に叫んだ。
「すみません、この辺りにしませんか?賞金稼ぎの皆さん。金目の物が欲しいのでしたら、報酬を出して行きますので」
「う、嘘だろ、信じられねえ、ぎ、銀弓が」
「平和的解決を試みた?あり得ない、何かの間違いではないのか?」
周囲が一気に騒がしくなって来る。そして賞金稼ぎの一人が言う。
「いや、ちょっと待て、聞いた事があるぞ、銀弓家の財宝の話を」
「何だって、それは本当かい?」
「今から130年前の東方戦争。そこで銀弓の家がカジミエーシュ中を動かして、多数の補給物資を手配したって言う話だ。その時の補給物資の一部に、実はとんでもない財宝が入っているって」
「そしてその一部は、この滴水村の周辺の何処かに、今も保管されている可能性があるんだよ!」
「も、もしかたら銀弓の家の末裔がいるなら、その財宝に辿り着けるかもしれねえって言うのか!?」
「あれ…話がおかしくなってません?」
銀弓家の財宝?…そんな物ありましたっけ。当時の屋敷の資産の大半は無胄盟が持ち出して、勝手に処分しましたが…。正直、全然覚えていません。今まで財宝なんて興味無かったので。
「よし、銀弓、お前も今日からバウンティハンターだ。俺たちと一緒に財宝を手に入れよう!」
「無敵ですか…この人達!」
「アハハッ、いいじゃない、今日からあなたも賞金稼ぎって事ね」
そうして答えに窮した僕に、例の厄星と呼ばれていた賞金稼ぎが告げる。
「ふう、ごちそうさま。じゃあ滴水村の村長、キャロルと言ったかしら、そいつを引き渡して貰うわ」
「そう言う事はキャロルさんにお願いしてくれません?」
何でこう言う話になるんでしょう。本当に。
「す、凄いです。流石銀弓の騎士様。あっという間に賞金稼ぎを手懐けてしまって…」
「寧ろ手懐けられた気がするんですが…、それと僕は騎士ではありませんよ」
キャロルさんに話を伝えると、何だかやたらと感動的な反応を返してくれた。そこまで気にする事では…いえ、一般人基準では十分気にする事ですね。
「あなたがキャロルね、私と来て貰うわ」
「え、えええっ、銀弓様、助けてください、今人攫いがっ」
「…何でこうなるんでしょう」
やたらと太い柱に縛り付けられて、ロープでグルグル巻きにされたキャロルさん。僕は言う。
「それ以上話しも無しに村人を誘拐するようであれば、征戦騎士への救援要請も視野に入れますが」
「それがどうしたの?」
「成る程。プランD、所謂ピンチですね」
正直言葉の上で何を言っても、この人には通用しない気がする。そう言う所も含めて。
(異常な目的合理性。おしゃべりに頓着しない態度。それは何に由来する?)
「実は、昔から気になっていた事が一つあるのです」
「な、それって何の事ですかぁっ」
キャロルさんが涙目で叫ぶように言う。そして僕は言った。
「イベリアの技術には、海から得た何かが関係しているのではないかと。あなたもまた、その側にいるのではありませんか」
「それを知ってどうするつもり?」
「別にどうもしませんよ」
そう言って、僕は肩を竦めて見せる。そして言う。
「この状況は処置無しですから。なので皆さんも、取り敢えず宝探しをしませんか?」
「なにこれ、何だか凄い事になってるわね…」
「流石は人海戦術と言いますか…」
宝探しそのものは、あっと言う間に進みました。賞金稼ぎに村人の協力まで利用して、人海戦術を始めたせいか。何というか、これまでの喧騒が嘘みたいな気がします。
Wはちょっと呆れた表情。僕はと言えば…。
「よし、見つかりました銀弓の兄貴。例のお宝です!」
「別に兄貴じゃありませんよ。でもありがとう」
その上何故か、僕なんかが賞金稼ぎに兄貴呼ばわりされている。こんな事で良いのでしょうか。ともあれ、見つかった銀弓家のお宝?を前に、僕は思った。
「これは…旧規格のコンテナですね」
旧規格の木製コンテナ。カジミエーシュでは木材の産出が盛んなため、昔の軍用品には木材が使われる場合が多い。この木材は腐りにくい材質の上に、防腐処理もバッチリな為、天災でも受けなければかなり長い間生き残る。その運び出されたコンテナを前に、賞金稼ぎ達が四苦八苦している。
「鍵開けはどうだ?」
「駄目だ、開かない。普通の解錠術じゃあ開かないみたいだ」
「この時代の輸送用木箱は、ウルサス軍による逆利用を想定していますから。一般的な解錠術では開きにくい作りなんです」
「少し任せてくれますか?」
賞金稼ぎ達がサッと道を開ける。僕はその箱に手袋越しに触れる。ダイヤル式の鍵穴をかつて実家で教わった通りの、旧式鍵を開ける為のやり方で回した。そして
「開きました」
「おお、凄えっ、流石は銀弓の兄貴!」
「よし、中身を見てみようぜ!」
「へええ、中々やるじゃない銀ピカ」
「あくまで皆さんのお陰ですよ。僕は仕上げをやっただけです」
Wの茶化しにそう答える。そして箱を開けたら、そこには
「な、何だぁ、これは」
「か、紙が一杯?これがあのお宝なのか?」
「これは…ウルサス軍の進軍予想図ですね」
ウルサス軍の進軍予想図。そしてカジミエーシュ側の征戦騎士の配置。現地の農村で徴兵した義勇軍の編成図。そして当時のメモが入った紙束が詰まっていた。つまり当時の、130年前の戦史情報が詰まった一つの作戦記録だと言って良い。
「成る程、これは中々の宝ですね」
「所で、これは売れるのか?銀弓」
「売るのは、少々難しいタイプの宝です。ただ、130年近く前の戦史研究を進める、極めて重要な資料になるでしょう」
「もっとも現代のカジミエーシュが、これをどう扱うかが問題ですね」
(ただ、これをお宝として喜ぶのは、寧ろドクターかも知れませんね)
あの人、作戦記録をやたらと有り難がるんですよね。何故かは知りませんが。ここにある戦史記録をロドス基準の作戦記録に換算するなら、上級作戦記録300個分、ぐらいでしょうか。
そう話していると、どうやら騎士の宝とやらも洞窟の方で見つかったらしい。キャロルさんが伝えた。
「見つかりました。洞窟の中に騎士の宝が」
「では、そちらも開けてみましょうか」
「では宝は引き渡して貰うわ」
「え、ちょっ、ちょっと、銀弓さぁんっ助けて下さぁぃっ」
現地に着いたら案の定と言うか、例のあの人がキャロルさんから騎士の宝を奪い取った。はぁ、何と言うか。そろそろ誤魔化しが効かないですね。
「で、どうすんの銀ピカ。あの女全然止まらないけど」
「…そろそろ誤魔化しが効きませんね。仕方ありません」
Wさんの言葉に、僕はそう答える。そして叫んだ。
「おーい、そろそろ来てくれませんか?」
何処からとも無く、音がする。何の音なのか、昔の僕の家系は反復する程知っていたのだろう。僕はと言えば、始めて聴く音だ。
「う、嘘だろ…あれは」
「は、白銀のっ」
「銀槍のペガサスゥ!?」
賞金稼ぎ達が後ずさった。完全武装した銀槍のペガサス。征戦騎士達を見るのはこれが初めてらしい。その中の一人が、横で矢を構えていた僕に言う。
「銀弓の子、よくぞお戻りになりました。あなたの祖国に」
「僕は既に、騎士とは何の関係もありません。ただの一般人として、この国の騎士に助けを求めただけです」
「それでもです。我々は皆、ただ一人残されたあなたを気にかけていたのですよ」
「……」
それには、少し困った。
既に気にかけられている以上、その敬意を無下には出来ない。僕は弓を降ろし、騎士礼を返した。
「ありがとう。まだ僕には帰れる所があるのですね」