The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「それじゃあ財宝をよこしなさい」
「今それですか……」
例の賞金稼ぎの言葉に、僕は一瞬言葉に詰まった。今割と感動的な場面なんですが、覚悟を決めてキャロルさんに合図。頷いたのを見て、財宝を差し出す。
「分かりました。では差し上げます」
「良いのか? 銀弓の子よ」
「この際仕方がありません。それに財宝と言う物は、それを必要とする人の手にあるべきです」
「そう、じゃあありがとう」
征戦騎士の問いかけに答えて、ヒョイッと騎士の財宝を渡す。そんな事より、僕の思考は別の方向に潜っていた。
(だけど、この人が騎士の財宝を欲する理由は何?)
(何故そんな物を必要とする? それはカジミエーシュに何か関係がある?)
「銀弓の兄貴ぃっ、良いんですか、あの厄星に財宝を差し出すなんて」
「そうですね、あなた達には、あなた達の財宝が必要ですから」
「それと、別に兄貴じゃありませんから」
賞金稼ぎ達が口々に文句を言うのを、僕は何とか宥める。そしてこう言った。
「ここに征戦騎士の皆さんがいらっしゃいます。この機会を利用して、今からあなた達の財宝を、つまり企業を作りませんか?」
「今までの賞金稼ぎが行って来た無秩序な仕事を取引化して、安定した収入も確保しましょう。そうすれば、このカジミエーシュで今後も生き残る事が出来ます」
「それが、あなた達の財宝になると言う訳です」
「何よそれ、笑っちゃうじゃない。でも、まあ銀ピカらしいわね」
Wはそう言って、僕の案を茶化しましたね。
賞金稼ぎを集めて新企業を設立すると言う案そのものは、案外うまく行った。賞金稼ぎの中にはカジミエーシュの都市で公民権を持った方も何人か居ましたから。その公民権と征戦騎士の公認が有れば、そう難しくはありません。まあ起業資金だけは僕から提供しましたね。無胄盟時代の資産がまだまだあるので……怖いですね、無胄盟。
必要な手続きを進める目処は、その日のうちに経ちました。
そしてその日の夜。僕はまた野戦料理を作ろうとして、その上征戦騎士の皆さんに手伝われている。
「ブラッドソーセージに、付け合わせはザワークラウトか。シンプルだが良い料理だ。料理は親族に学んだのかね?」
「はい、実家で徹底的に叩き込まれましたね」
「成る程、中々に良い教育をしていたのだな。銀弓の家は」
作っているのはブラッドソーセージを使った焼き料理。ザワークラウトも付け合わせに。クルビアのスーパーで売っているような通常のソーセージに比べて、家畜の血を余さず使う為のレシピですが、栄養価の高さと、持ち運びの容易さから征戦騎士が遠征で味わう、極めて伝統的なレシピにもなりました。
「君がよりによってウルサスで目撃されたと言う情報を知ってから、我々はずっと気が気で無かったのだ。二アール家にも比される銀弓の子が、まさか歴史的な仇敵の国で見つかったとあっては」
「挙げ句の果てに移動都市を占拠し、ウルサスとの戦争を目論むように見せかけ、その上でウルサス軍や皇帝を相手に真っ向から交渉し、チェルノボーグと言う巨大都市の自治権まで手に入れてしまった。その上今ではクルビア企業を引き込み、大手を振って取引まで始めている。その方法を見ていた我々には深い既視感があったよ」
「まさに君達の家そのものだったからね」
「それは、その、すみません……」
正直、否定は出来なかった。自分でやった事をいざ列挙したら相当に酷いと言いますか。僕だって無関係な国にいたら流石に警戒……いえ、本当に他人だったらこの程度で警戒はしませんね。レユニオン時代からずっと目的は分かりやすいですし。何なら利用価値だって充分……。
(……こう考えてしまう辺り、やっぱり僕も銀弓なんでしょうね)
そこまで考えて、思考を止めて料理に集中する事にした。
「すみません、新しい薪を焚べてくれますか?」
「ああ、もう準備している。少し待ってくれ」
「ええ、お願いします。そろそろですね」
美味しい匂いがして来る。料理そのものはすぐに出来そうです。
「うおおおっ、凄いな、流石は銀弓」
「可愛くて腕も立って料理上手、こんな人がうちの滴水村に欲しい」
「ありがとうございます、ではどうぞ」
出来上がった料理を皆さんに配膳する。今回は少々量が多いので、村人や賞金稼ぎの手伝いも使って素早く実行します。そうして始めた先から、次々と野外テーブルを使った夕食パーティーが始まる。パーティーにまでする気は無かったんですけどね。
「よう銀弓、酒は無いのか? 酒は」
「征戦騎士は余裕が無い限り、遠征先で酒なんて飲みませんよ。とは言え、今は平時ですからね。こちらはカジミエーシュの伝統的なワインです。楽しんで下さいね」
「おおっ、流石は騎士様!」
「騎士ではありませんよ……」
そうやっていると滴水村の村民達が、次々にワインやビール、種々の村の料理を持ち出して来る。カジミエーシュの伝統的な宴は、こうして突然のように始まるのです。
「うん、美味しい」
「はあ、何よこれ、雰囲気に乗せられ過ぎじゃない? 銀ピカったら」
「雰囲気には乗った方が得な事もあります、W。それこそ今みたいにね」
Wはどうやら、少々不満そうでした。まあ気分は分かります。滴水村に来てから、寄り道してばかりですし。
「ですが、W。今の状況を観光として考えてみて下さい。中々悪くないでしょう?」
「そうねえ、観光としては、まあ合格なのかもしれないわ」
Wがそう言った後、僕はブラッドソーセージに齧り付いた。ふふ、美味しい。そして懐かしい味。ウルサスの凍原では、こうした料理は暫く食べていませんからね。ウルサスにはウルサスの料理があるんです。
「銀弓の子よ、君は何か後悔した事はあるか?」
「いえ、特には。後悔なんてするだけ無駄です。役に立たないですからね」
「そうか、それも君達らしい」
その後、征戦騎士の一人、シチボルと名乗った方と少し話した。シチボル、名前に覚えが無いですが、そもそも知らない騎士の方が多いのです。気にしないで良いと思う。
「所で、君は今のカジミエーシュと言う国をどう思っている?」
「特には感慨が有りません。何というか、信じられないくらい根本は変わっていませんね。せいぜい、感染者騎士の登場くらいでしょうか」
「根本は変わっていないか」
そう言って、シチボルさんは何とも言えない感慨を持つように見えた。僕は言う。
「もしこの国を変えたいと望むなら、取り敢えず待つ事です。或いは、気晴らしに外国に出国するのもありだと思います」
「外国に出国する? 君のようにかね?」
「いえ、僕の事例は極端ですが。カジミエーシュと言う国は、一朝一夕で変わらない国では有りません。一朝一夕の事件で激変する、極めて変化に富んだ国です」
「かつて騎士の時代を否定し、資本を国家の中心に据えたように。但し、その変化は国家的な熱狂を伴う必要が有ります」
「国民が憧れ、信じて期待する物だけが、この国の変化を起こせるんです。資本は限定的とは言え、その条件を満たして居ました。しかし……そうですね。例えば戦争は、その条件を満たせません」
「つまり戦争が起きても、カジミエーシュは早々に変わらないと言う事です」
「……そうか。銀弓の子は、やはり銀弓なのだな。君達の言葉はいつも示唆に富んでいる」
そう言って、シチボルさんは神妙になって聞いていた。僕に向けてこう問う。
「では、国を裏から動かす者についてはどう思う?」
「そうですね……強いて言えば、陰謀と言う物は、公然と打ってしまえば陰謀でも何でも無くなります。多くの支配者はそうしている物です」
「さあさあ、皆様! ファイヤブレード競技場へようこそ___!」
「十分な実力を持ちながら、これまでメジャー進出が叶わなかった精鋭たちによる「復讐同盟」スノーウィヒール騎士団の試合を始めます!」
ファイヤブレード競技場は、既に飲み込まれそうな程の歓声に包まれている。
「さあ、お迎えしましょう! 今シーズンの話題沸騰の大型新人! 二アール家の可憐な騎士、マリア・二アールの登場です!!」
マリア・二アールは、改造に改造を重ねた蒸気槍を携えて、この試合に現れる。圧倒的な歓声はいつまでも鳴り止まない程。それに対して
「対する相手は、スノーウィヒール騎士団所属のベテラン騎士!」
「過去大会二回連続で、所属していた騎士団からはメジャーへの出場が叶わず、別の道を模索している中で手を取り合った復讐同盟!!」
「スノーウィヒール騎士団の一員となった今も、騎士競技界にその名を轟かせる___」
突然鳴り響いた巨大な音がMCの言葉を遮った。
「……え?」
「おい、ステージ上のアレは何だ? オレの幻覚か?」
「一体何が起きてるんだ!?」
高揚していた観客が我に返り、だが静寂は一瞬で弾けた。
「えぇっと、こちらはスノーウィヒール騎士団の……」
「「腐敗」騎士と「凋零」騎士です!!」
「うおおおっ、凄え、何だあの武器っ」
「まさか征戦騎士の為の新型か!? 信じられねえ!」
「凄いわよあれ! 腐敗騎士に、凋零騎士って言うの!?」
銀色の鎧。磨かれた体躯。重厚な盾。そして何より存在感をを唆られる武器が衆人の耳目を引いた。マリアは思った。
「まさか、あれって、征戦騎士の!?」
商業連合会はカジミエーシュの技術を結集した、本来なら征戦騎士に配備される筈の新型武器を、この腐敗騎士と凋零騎士に持たせたらしい。最新の騎士の剣が、古臭い蒸気槍に狙いを定める。
「それでは試合開___」
二人の騎士は、ビッグマウスモーブの合図を差し置いて攻撃を開始。圧倒的な斬閃がマリアを襲う。その筈だった。
「まだ、炉内圧力が上がらない。向こうの方がずっとエネルギー効率が良い」
マリアは蒸気槍をチャージしながら、二アール家伝来の盾で征戦騎士の騎士剣を往なす。征戦騎士の為の騎士剣は、現代の技術水準に合わせて、最適化されたエネルギーシステムを持っている。出力を限界まで引き上げた小型炉一つを内蔵しなければ動かない蒸気槍とは、余りにも技術レベルが違う。それに問題があるとすれば、威力が足りなくて盾の防御を抜けなかった事くらい。
「チャージなどさせるか!」
「このまま押し切らせて貰う」
腐敗騎士と凋零騎士は、息を合わせて騎士剣のモーションを放つ。完璧に最適化されたモーション。最短効率、最短経路で最大限の打撃を叩き付ける。そして相手の蒸気槍は、まだエネルギーチャージが済んでいない。その隙を突いた筈だった。
「行けええっ」
「な、何!」
「充填はまだ完了していない筈、何という威力だ」
マリアは蒸気圧力80%の段階で槍を振るう。圧倒的な質量とリーチ。蒸気圧による爆発的な初速が、商業連合会の総力をつぎ込んだ、最新の騎士剣すら飲み込んで弾き飛ばした。
「この蒸気槍が何十年も前の旧式だなんて、そんな事は分かってる」
「だから手を入れて、何度も何度も改良を重ねたの。低圧力でも一定の打突力を出せるようにしたり、老朽化した素材を入れ替えて更に高性能化したり!」
「何よりお兄ちゃんの遺志がこもったこの槍に、商業連合会の小細工なんか無駄なんだもん!」
「く、くそ、だがこちらの鎧も最新型だ。ロアーガード社の技術を買収して、妙な欠陥を全て取り除いた、今度こそ完璧な鎧なんだぞ」
ロアーガード社の強力な代わりに変な欠陥の多い技術を取り込み、弱点を全て潰してブラッシュアップした完璧な装甲。それならば今度こそ、例え超大型蒸気槍が相手でも耐えられる筈、筈なのだ。
「炉内圧力、120%! ドラ──ーイブッ!」
「グア、ァァァァァァァァ!?!」
まあ、耐えられなかったけど。
「では、銀弓は現在カジミエーシュの辺境に逗留していると」
「はい。現状ウルサスから取得可能な情報は少々遅れます。銀弓の一行はまもなく滴水村を発つ頃かと」
「成る程。それにしても流石としか言えんな。無秩序な賞金稼ぎ達をあっさりと組織化し、村人への危害を抑えるどころか、数日も待たずに一つの企業に変えてしまうとは」
「やはり、カジミエーシュの利弓と言う訳か」
ウルサスの中心部、サンクトグリファーベルクの王宮。皇帝フョードル一世と帝国議会議長イスラーム・ヴィッテは、カジミエーシュの辺境に逗留する、銀の弓の活動情報を照会していた。今回の計画はかなりの繊細さを要する。特にウルサス史上でも珍しい、平和的な対外活動計画とあっては。
「良いだろう、ヴィッテ。例のトランスポーターの準備は?」
「はい、万事抜かりなく。カジミエーシュとの国境付近に待機させております」
「では、今からカヴァレリエルキへ出発するよう伝えてくれ。これから本格的な対外活動を開始する。これは戦争では無いが、戦争に匹敵する程に重要なのだ」
「チェルノボーグの設置以来、ウルサスは既に変わり始めている。我々には既に、力によらずとも生きて行く力がある。その事実を外に向けて示すのだ」
Q.グラニの数少ない出番は?
A.数日遅れて滴水村に着いたよ