The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「それにしても、移動都市間を高速道路で移動出来るなんて、随分変わりましたね」
「まあな。これも商業連合会の手柄と言えばそうだろう」
「ふうん、また快適だこと。あぁっ、あの車に追い越されそうよ、追い越しなさいよ」
「そう言う事はマーガレットにお願いします。誰が運転していると思っているんですか」
ぶうぅんっ、と、エンジンの振動を感じながら、追い越された車を見つめる。シンプルな白い塗装の、かなりの高性能車両みたいだ。カジミエーシュ企業の新モデルかと思いましたが、クルビア製ですね、あれ。どこからか買ったみたいです。
征戦騎士の皆さんが滴水村から帰った後、僕たちは修理の完了した定期便のトレーラーを降りた。そして途中の街でレンタカーを借り、カジミエーシュの中心部、大騎士領カヴァレリエルキまでの道を進んでいる。そして僕は、ふと考えた事を呟いた。
「僕がカジミエーシュを追放される前は、高速道路は都市内部の環状道路が基本でした。随分と変わったんですね」
「ああ、とは言え、基本的には一般道とそう変わらないがな。途中のサービスエリアやインターチェンジだけを、小規模なプラットフォームが担っているんだ」
「そうやって移動都市に向かい、最後の接続は移動都市前のリフトが行う。ターミナルで接続リフトに車を乗せたら、後は向こうが引っ張り上げるのを待つだけだ」
「へええ、それはまた便利だこと」
Wはそう言いながら、興味を隠せていないようだった。僕はと言えば。
(この高速道路。カジミエーシュよりもウルサスの方が実際の有用性は大きいですね)
(こう言う輸送システムは、基本的に国土が広ければ広い程効率的になります。広い方が大量輸送の需要が増える上に、鉄道や高速道路と言った設備そのものが、各移動都市の航路を阻害する機会も減りますから。後は、スケールメリットによるコスト削減も無視出来ません)
(問題は国土が広がるにつれて、敷設コストも天文学的に上がって行く事ですね。ですが、いつかは必ず実現します)
皇帝陛下にも約束しましたからね。一応僕も、ウルサス帝国の伯爵と言う事ですし。タルラさんのおまけとはいえ。
「銀弓の車両はどうだ?」
「確認した。ちょうどさっき追い越したぞ。耀騎士に、例のサルカズ傭兵も居るとか。どうやら乗っているのはレンタカーのようだ」
「そうか、俺たちは一足早くカヴァレリエルキへ向かう。商業連合会と話を付けるには、時間は早ければ早いだけ良いとの事だ。俺たちを雇ってくれた皇帝陛下のご意向の為にもな」
「そうそう、報酬も随分と気前良く貰っちまったしな」
さっき僕たちを追い越した車両の中で、そんな会話が繰り広げられていた事を、僕達は誰一人、ええ、全然気付いていませんでしたとも。
大騎士領カヴァレリエルキに入ったら、車を返却しようかと思っていましたが、マーガレットが言うには、数週間は借りたまま市内で使うつもりとの事です。僕たちは市街地の中心部で車を降りる。そして
「勝者、マリア・二ア────ル!!」
「うおおお二アール!」
「ヒュ──ッやったー!」
「二アール家の末娘がまた勝ったってな! 掛け金もたんまりと貰えそうだぜ!」
(……この感じ、なんだか懐かしい気がします)
ビルの前に張り出された大型ビジョンを見ていると、眩しい程に生きている都市の匂いがする。僕が生まれ育った場所。余りにも巨大で、巨大過ぎて誰の手にも余ってしまう場所。常に動いている都市の、視界のどこまでも続くビルの群れの姿。それに大型ビジョンの前で、騎士試合の結果に一喜一憂する人たちの姿にも。
昔はどうでも良かったのに、今となっては愛おしさに、懐かしさまで感じますね。それに巨大なビジョンに映る、競技騎士として試合に挑んだマリア・二アールの姿が……は? な、何故?
「マーガレット、あれはどう言う事です?」
「すまない、私にも分からない」
「説明しなさいよ。部外者にも分かりやすく」
「あれはマリア・二アール。私の妹だ」
「……は? あんたの?」
驚愕した表情のW。そんな中で僕は思っていた。
(今回の帰郷では、良くも悪くもカジミエーシュに用がある訳ではありません)
(ムリナールおじさんに顔を見せて、暫くしたら帰りましょう)
(マリアの事は……まあ気にしない方向で)
ええ、あんな話になるとまでは、まだ思っていなかったんです。
カヴァレリエルキの中心部でお土産を用意して、車で目的地である二アール邸に向かうと、なんだか無性にドキドキして来ます。はあ、今になって帰りたくなくなってきました。
(今更どの面下げて帰るんでしょうね、僕って)
こう言う考えは、一度頭を過ぎると止まらない物です。悪い方にばかり考える慣性になって、カヴァレリエルキを一通り回ったら誰にも顔を見せずに帰る案が、急に魅力的になって来ます。
「どうした? 不安なのか?」
「不安にもなりますよ。僕だってね」
車の窓側に頬杖をついて、僕はふと考える。今更この国が、僕に何の用があるのでしょう。ここは既に、僕を必要としていないのでは無かったでしょうか。
(この国は既に、何年も前に結論を出しています。僕も、僕の銀弓の家も、最早必要としてはいないのだと)
(今更顔を見せた所で……)
「何よ、銀ピカったら何年も過ぎて今更怖がってる訳?」
「ええ、そうなります。それこそ今更ですからね」
「何よそれ……。自分で認めたらおしまいでしょ」
そう言って、Wさんは窓の外の景色を見ている。僕はふと考えた事を言った。
「僕の過去にも精算の時間が来たのでしょうね。まあ彼らの、商業連合会の望むような精算はしませんが」
「だって効率が悪いですから」
そうしていると、レンタカーのカーオーディオからこんなニュースが入って来た。
「只今、大騎士領カヴァレリエルキのメインポートにロドスアイランド製薬の本艦、ロドスアイランド号が入港しました」
「この製薬会社は主に鉱石病遅延薬の製造事業などを行い、商業連合会も新たな企業の出現に注目しています」
(……何故、この時期にロドスが?)
この疑問だけは、分からないままでした。
二アール家の前で、マーガレットがレンタカーを停めた。僕は車の外に出て、そっと伸びをする。そしてその光景が目に入った。
「あ、懐かしいですね。あのコンビニ」
「はあ、コンビニが懐かしいの? あんた」
Wがそう言って疑問符を浮かべる。僕はこう返す。
「ええ、懐かしくもなります。あそこ、昔は僕の家の屋敷があったんです」
「はあ? 何よそれ」
「銀弓家から騎士称号が抹消された後、銀弓家の屋敷跡地はカジミエーシュの土地法で接収され、競売にかけられた」
「そして屋敷は取り壊され、今ではコンビニになったのさ」
「うわぁ、また趣味悪……」
マーガレットの説明に対して、Wは何とも言えない表情をしていた。僕はと言えば、ああ、無胄盟時代にも結構使ってましたね、このコンビニ。などと適当な事を思い出していた。僕は言う。
「コンビニには後で行きましょう。今は屋敷の方に。新しいお客さんも紹介しなくてはね」
「ああ、そうだな」
僕たちは3人で歩き出す。今、僕の心臓は動悸がしている。僕は正しくも、綺麗でも、立派でも無い。使える物は全て使って来た存在。この立派な家に、相応しい存在とは言えない。
僕は正しくも、綺麗でも、立派でも無い。
それでも、僕はこの生き方に誇りを持っています。
結果だけは何が何でも出す。そのための誇りです。
それだけは、捨てなくても良い筈です。だから、まあ良いか。
ガチャって、マーガレットが屋敷のドアを開けた。だから、その展開はちょっと予想外だった。
「あ、あなたは?」
「あなたは、まさか……銀弓の」
いや……誰?
ドアを開けると出て来たのは、何だかやたらと美人なエラフィアの方でした。いえ、この人って誰でしょうか、割と真剣に。
「ヴィヴィアナ、ここに来ていたのか」
「いらっしゃったのですね、あなたも。いえ、マーガレットさん。それにそちらは」
「Wよ、今はただの観光客ね」
「えっと……あなたはヴィヴィアナさん、と言う名前で宜しいのですか?」
「はい、その通りです。お会い出来て光栄です、銀の弓さん。カジミエーシュで最も危険な方」
「僕ってこの国にとってそんなに危険でしたか?」
危険視されている自覚はありますけど。そこまで言われるには知名度不足と思っていました。この国って良くも悪くも、話題性至上主義ですからね。
そしてヴィヴィアナさんの後ろから、誰かが僕に向かって突っ込んで来る。
「お兄ちゃぁぁぁぁぁんっっっ、うわぁぁんっ」
「ウギャッッッアッッ」
ズドォォンッとでも言わんばかりの衝撃。僕はなすすべなくぶっ飛ばされそうになった。銀のアーツで空中に反発場を形成して、まあ何とかカバーする。カバー、出来てます? これ。
「うぅ、ぐすん、ゔぇぇぇ、お兄ちゃぁぁんっ。まだアーツで操られた死体じゃないのっ?」
「何でそう言う結論が出てくるんですか……、アーツ反応を確認しなさい。マリア」
「ぐすんっ、だって、だってそこにサルカズの術師がぁっ」
「ああんっ、なんですって!?」
「その人は術師じゃありませんよ。それと、失礼な振る舞いは大概に」
「こちらはW。僕の尊敬し、愛する人です。あなたも相応の振る舞いをして下さい。ね?」
「えっ?」
ガーンッ、とばかりに、目のハイライトが吹っ飛んだマリア。えっと、何でこうなったんでしょうか。
「全く、お前達は何を騒いでいる」
そして、ああ、言うまでもなかった。カジミエーシュで最も偉大な俠客。ムリナー……。
PLLLLLLLL……部屋の中に気の抜けた音がした。ガチャッと電話を手に取る。
「はい、どうぞ部長。お疲れ様です」
(はっ? ……はぇ?)
信じられないとは、こう言う光景の事でしょうか。あのムリナールさんが電話を取って、まるでしがない会社員のように振る舞っている。い、いえ。
(な、何で? ムリナールさんに会社員なんて死んでも無理でしょう? 一体何をどうやって……)
「はい、その件はこちらで何とかしておきます。ええ、分かりました。……はい。ではまた後日に」
ガチャッ、電話が切れる。二アール家の客間は完璧にシーンとしていた。真っ先に口を開いたのはWだった。
「は? いや、何これ。アンタ、何でそれだけ強い奴が会社員なんかしてる訳?」
「お前のような部外者には分からないだろうな。このカジミエーシュの事は」
(いえ、部外者じゃなくても分かりませんよ、ムリナールさん……)
本当に訳が分からない。そう思っている僕の、ウルサス伯爵位を渡された際に持たされた端末が振動した。躊躇なく手に取る。その相手は。
「私だ、フョードル1世だ。聞こえるな? 銀弓」
「はい、聞こえています。どうぞ。陛下」
ウルサスの皇帝、フョードル1世が今、僕に話しかけている。僕の中に緊張が走った。序でに二アール家の客間にも激震が走る。
「例の計画を実行に移す時が来た。お前の帰還によってカジミエーシュが揺れている機会を利用し、カジミエーシュに対して大規模な宣伝戦を仕掛ける」
「お前には、その広告塔となって貰う。済まないとは思うが」
「いえ、叛逆の汚名を雪ぐ為であれば、安い仕事です。僕は既に、どんな仕事でもこなす覚悟をしています」
二アール家の客間が更に凍りつく。僕は一旦気にしないふり。そして皇帝陛下は仰った。
「やる事は単純だ。まずは派遣済みのトランスポーターを介して、銀弓の名を感染者騎士として登録する。その後余の名代として、銀弓の騎士に対し騎士競技におけるウルサスの全権を委任。カジミエーシュと商業連合会に対し、試合を通じて銀弓の騎士家の名誉回復を要求する」
「この試合では、余の名を背負って貰うぞ」
「はい、とても光栄です、必ずこなしてみせます。フョードル1世陛下」
「そして伯爵に叙して頂いた際にお約束した通り。ウルサスの凍土に生きる、全人民の腹を満たしてご覧に入れましょう」
二アール家の客間は、完璧にカチンコチンと化した。まるでウルサスの凍土みたいでしたね、と僕は呑気に思っていました。
スターインザライト…この世界におけるニアーライト。最早ニアールだけの光では無い。