The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「どう言う事、ねぇ、伯爵に叙して頂いたって!? お兄ちゃんウルサスで何をやったのぉっ!?」
「ぐえぇっ、ん、うぐゥゥぃ……」
柱にロープでグルグル巻きにされた後、詰問され過ぎてそろそろ何も考えられない状態だった。
「何って気になる訳? 小馬ちゃん。こいつはねぇ、ウルサスの凍原で万単位の軍隊を壊滅させた挙句、都市一つを丸ごと占拠して、テロリストを名乗って大戦争を起こそうとした、どんな悪魔より悍ましい悪魔なのよ」
「そう言う事を、今言ってはいけな……ぐぇぇぇっ」
「そうか、いかにも銀弓のやりそうな事だ。家を失っても全く成長していないのだな」
ムリナールさんはそう言って、さながら溜息をつくかのよう。僕は一応、言っておいた。
「そんな事を言われても、あの時の事情は極めて複雑でした。そして、複雑だから今の結果があるんです」
「これも、時間の功名と言って、ひゃんっ」
「むううぅ、お兄ちゃんの尻尾相変わらずふさふさしてる。こうなったらもっふもふにしちゃうんだから」
そしてマリアが、勝手に柱に縛られた僕の尻尾をモフリ出す。な、何でそう言う事するんですかぁ……ひゃぁぁんっ
「ひゃんっ、ひにゃぁぁっ、うにゃぁっぅ、らめえぇっ、尻尾モフったらひゃぁぁんっ」
「これがあの、幾つもの選帝侯家が警戒していたと言う銀弓の騎士家なんですか。か、可愛い……っ」
ヴィヴィアナさんがそう言って、変な方向に感動していた。毎回ながら何故こうなるんでしょう。
「はぁ、はぁ、はぁぁ……と、とにかく、僕は陛下との約束で騎士競技に出場します。ウルサス皇帝からの直々の親書と、感染者騎士と言う商業連合会の制度を利用した方策です。そして表向きに、銀弓家の名誉回復と言う一般人にも分かりやすいストーリーを付ければ、これで……、商業連合会は、拒絶、出来なく、なります……っ」
「それにぃっ、向こうに、は、分かるはずです。これがぁ……、どれほどの、ビジネスチャンス、なのか。だから、乗ってくる、企業はっあ、かなりの数に、及ぶと、思います……はぃ」
「で、ですから──ダメえぇっ」
再び締め上げられた。そろそろ本当に限界です。
「休暇で故郷に帰ってまで、またリスクを背負う気なのか、お前は」
「そんな事は、別にしなくて良い」
「そ、そんな事、と言う訳では、おぐいぇぇっ」
ぎゅううぅうぅっ、マリアの抱き付き、そろそろ本格的にキツい。柱に縛られている上に、抱き締め攻勢まで受けると、そろそろ、駄目、かも……。
「全く、その程度でへばるな。訓練が足りん」
「騎士じゃ、無いので。僕はっぁぁ……うぐぅっいぃぎぎっ」
ムリナールさんに、そう言われて、何も、答えられない。は、はぁ、はぁぁっ、何で、こうなったんですっけ。
「そろそろ、彼を解放してあげませんか? マリアさん」
「駄目ええぇ、でないとお兄ちゃんまた仕事に逃げちゃうっ。今度こそガレージに押し込んでロープでグルグル巻きにしないとぉっ」
「……一応言っておかなければならない事があります。私がこの二アール家に来た理由は、あなたが試合に勝ち過ぎたからです」
「えっ……?」
マリアは驚愕するようだった。そしてヴィヴィアナさんは続ける。
「あなたの勝利を見て来た商業連合会は、いよいよ本格的な強豪騎士を当てる事にしました。そうして私に白羽を矢を立てたのです。今日は、その挨拶のつもりだったのですが……」
「……そうか」
マーガレットは、ヴィヴィアナさんの言葉を真っ直ぐ聞いている。そしてこ言い放つ。
「その挑戦は、私が受けるぞ。ヴィヴィアナ」
「はい。商業連合会にとっても、それが望ましいでしょう」
「えっと、ちょっと待って、私抜きに話が進んでない」
「そうですけど。ついでに僕も抜きですね」
そう言ってマリアは何か言いたげな表情をする。そしてこう言った。
「じゃあ、お兄ちゃんの事ガレージに連行して、試合期間の間ロープでグルグル巻きにしても良いよね? ね?」
「何でそう言う話になるんですか……」
「お前達、いい加減二アール家の名誉を汚す行いはやめろ」
「あはは、ごめんなさい叔父さん」
そう言ってテヘペロを決めたマリアは、嘘を言っていたようには見えませんでしたね。ええ、実に。そう思って、ふとはしゃいでいる今も付いているニュースが目に入った。
「次のニュースです。リターニアの移動都市、ウォルモンドにおいて大規模な天災が発生しました」
「ウォルモンドは現在、大裂孔によって進路を奪われた極めて危険な状況にあります。天災トランスポーターの説明によれば……」
(ウォルモンドが、そんな状態に。カジミエーシュには、まあ関係無いでしょうね)
ここからウォルモンドは遠過ぎます。目の前の事に集中するしか無さそうです。
チェルノボーグ仮設市長舎は、唐突にやって来たニェンの手ですっかり様変わりしていた。頑丈な上にやたらと豪勢な造りに建て替えられ、良くも悪くも公爵に任じられたタルラの政務室として、既にもう申し分無い建物になっている。
「おお、おつかれさんニェン。今日も仕事か?」
「おうよ、今度は別の街区にも手を付けねえとな。良いぜここは。自由な上にやりがいもたっぷりだ」
「そりゃ良かった。ニェンさんみたいな腕の良い職人なら、チェルノボーグの何処だって大歓迎さ。感染者とかそうじゃないとか、そう言う細かい事は気にすんな。それと面倒事があったらパトリオットに投げちまえよ」
「あ、ちょっと待ちなさい、良いから待って」
炎国から新たに送り込まれた司歳台のズオ・ラウは、必死になってあちこち動き回るニェンの後を追いかける。なんか面白そうだからと、唐突にチェルノボーグに出て行ったニェンの監視と言う名目でやって来たものの、ニェンの仕事ぶりとチェルノボーグの想像以上の自由都市ぶりに、すっかりやられている様子だった。
「くぅっ、そ、そもそも何故、都市を占領した側がそのまま統治者になっているんですか……」
「一体世の中の誰がそんな狂ったアイデアを考え『狂っていて悪かったな、炎国人』な、ぁ、なんでもありません」
一人毒づいている所に、ひょっこりとウルサスの新たな公爵閣下にして、クルビアとの取引を成功させ、短期間でチェルノボーグの再生を成し遂げつつある台風の目、タルラがやって来てしまう。
ズオ・ラウが何も言えない間に、タルラは更に言う。
「先程、チェルノボーグは進路を変更し、リターニアの移動都市、ウォルモンドへ急行する事が決まった」
「目的はウォルモンドへの緊急支援だ。食料、医薬品、重機を積み込み、必要なら避難民も受け入れる。先方とは救済協定を結ぶ」
「な、なぁっ、そ、そんな話は、幾ら何でもあり得ません。移動都市の航路という物は国家によって厳格に決められなければなりません。そうも簡単に」
「炎国ではそうかもしれないな。だがここはあくまでウルサスだ。そして、チェルノボーグは高度な自治権を付与された自由都市でもある」
「よって何の問題も無い」
「……そ、そんなっ、有り得ない、何かの間違いでは無いんですか」
ズオ・ラウは絶望感の漂う表情で、タルラの言葉を聞いていた。そしてタルラは更に言う。
「このチェルノボーグにおいて、お前の身分はあくまで観光客だ。自由都市である以上、例え他国で重要な責を負っていても一々追い出すつもりは無い」
「だが、ニェンの仕事の邪魔をするようであればその限りでは無い。覚悟しておけ、観光客」
「か、観光客、ですって……」
ズオ・ラウの内心に、驚愕が走る。観光客と、よりによってそう言われる可能性だけは、流石に考慮していなかったらしい。
「私は、ここで一体どうすれば……」
「遊べば良いんじゃないか?」
そう言って、タルラはスタスタと去って行ってしまう。ズオ・ラウにはこの後の事が不安でならなかった。
「あーあ、でっかい穴になってんな。こう言うのは詳しく無いけど、飛べないって事だろ?」
「はい、飛べません」
休暇を利用してやって来た、ガヴィルの故郷だと言うサルゴンの密林地帯、その名はアカフラ。ドクターは完璧に途方に暮れていた。ガヴィルの言葉に、ロドスの医療支援ロボットであるLancet-2が答える。そしてドクターは旅立つ前に聞かされた、ケルシーの言葉を思い出す。
「だが先に断っておくが、本人が希望したとしても、アーミヤの同行は許可出来ない。業務が山積みだからな。彼女にも伝えておいてくれ」
「サルゴン領内にはロドスの事務所が極めて少ない。面倒事を起こさないよう気をつけてくれ。それが個人的なものでも、ロドスに関するものでもだ」
「それと、飛行装置はロドスにとっても貴重な乗り物だ。サルゴンの環境は劣悪だが、傷一つ付けずに持ち帰って欲しい。ドクター」
ドクターの顔色が見る見る内に悪くなる。ガヴィルがこう伝える。
「おい、ドクター、顔色が悪いぞ?」
そしてドクターはトチ狂った。普段通り? それは言わないお約束。
「ケルシーに殺される!」
「はっ?」
ドクターはしばらく慌てふためいた末、何故かLancet-2に熱湯を要求し、その場でカップ麺を食べ始めた。
「……何やってんだ、ドクター」
「現実逃避」
「堂々と言うなよ」
「ドクター、何でこの時期に休暇なんて、うう、まだ休んじゃ駄目なのに」
「ドクターの休暇そのものに問題は無かったが、その間の事態の急変は想定以上だ。おまけにドクターと連絡が取れない。カジミエーシュでの業務と並行して、現地で行方不明になった輸送機とのコンタクトを継続しなければならない」
カジミエーシュに逗留しているロドス艦は、業務量が普段の三倍に達するレベルで忙しい。ドクターがサルゴンで行方不明に陥った上に、カジミエーシュで幾つかの医療契約を取得した結果、カヴァレリエルキでの本業が死ぬ程増えている。その上
「それにあの銀弓さん、休暇中に滴水村でスカジさんと一悶着あったって」
「滴水村の件は問題だが、事態はそれだけでは無い。銀弓家の末裔が帰還した事で、カジミエーシュは激しく揺れている。一体何が起きるか予想が付かない」
スカジの件は確かに問題だった。だがケルシーには、何故かそれだけで終わるとは思えなかった。そう思っていたケルシーの元に、驚愕すべきニュースが舞い込む。
「本日、商業連合会より新しい発表がありました。カジミエーシュに対してウルサスの皇帝、フョードル1世より驚愕すべき親書が届いております。その内容は」
「なんと騎士競技に対する協賛宣言です。皇帝フョードル1世は、失われたカジミエーシュ征戦騎士の名家、銀弓家の子孫を保護し、彼を全権代理人として、銀弓家の名誉回復を賭けた騎士競技への参加を求めています」
「経済アナリストによると、この規格外の協賛によるカジミエーシュ商業への利益は……」
「……やってくれたな、ウルサス」
「あの、ケルシー先生?」
アーミヤは不安そうにケルシーの顔を覗いた。ケルシーは言う。
「この状況では、ロドスは普段通りに動けないだろう。殆どは事の成り行きを見守るしか無い」
「成り行きを見守りながら、本当に危険な問題だけは注視するんだ」
「ああ、ケルシー。アーミヤもいたのね」
そう言って話し合っていたケルシーとアーミヤの元に、カヴァレリエルキの街に出て、コンビニでおやつと飲み物までしれっと買って来た、余裕たっぷりのスカジが現れる。そして言う。
「滴水村で会った、あの銀の弓って言う奴、気に入ったわ。彼を次の狩りに連れて行きたいんだけど」
「待て、何で余計な問題を増やす」
ニアーライト開始、ドクターはサルゴンで行方不明。チェルノボーグはウォルモンドへ向けて南下中。ズオ・ラウはいつのまにか巻き込まれる。