The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
大騎士領カヴァレリエルキの都市影にいると、何もかもが懐かしいと感じる。
中枢区画と、騎士競技のメジャー大会を勝ち抜いた上位三都市。計四つの移動都市が結合することで成り立つ、カジミエーシュ最大の巨大都市。
ここに結合する事自体が、各都市にとっては勝利の褒賞であり、巨大な利益の源泉にもなっている。まるでカジミエーシュと言う国家そのもののような街。
その都市の影で、僕は懐かしい影に相対していた。
「久しぶりね、銀色」
「ええ、久しぶり。プラチナ」
カジミエーシュ商業連合会の擁する実力組織、無胄盟の幹部構成は逆ピラミッド型を取る。最上位に当たるクロガネが3人、中間のラズライトが2人、下側のプラチナが1人。そのプラチナが、2人並んでいた例外的な時期があった。それが僕と、目の前のプラチナが一緒にいた時期。
(正直に言えば、アイドル騎士として名を上げていた彼女が、無胄盟に来てしまった時は本当に驚きました)
(無胄盟って、本当に節操が無いんですねって、思わずにいられなくて)
まだ小さかった僕がプラチナに上り詰めた後、マーガレットとはまた別に、実は僕が人生で最初に好きになったアイドルがいる。それがセントーレア。つまり、目の前の彼女の事。
(アイドル相手に推し活をしていたなんて、当時の無胄盟にも言っていませんでしたけど)
彼女が実績を上げて、プラチナへの昇格を考査された後。僕はプラチナの位階を僕とセントーレア、両者の殺し合いで決めると言うクロガネの決定に反対し、論陣を張った。そうしてプラチナは2人並び立つ事になった。
「本当はね、私あなたの事が好きだったの。銀ちゃん」
「僕だってそうですよ。僕はあなたが好きでした。プラチナ」
ギイィッと、異音がする。プラチナが矢を構える。ビルの影に隠れてこちらに矢を向けた。僕もまた、矢に手を掛けて引き絞る。
「実は、あんたを殺すように命令されているんだけど」
「おや、やっぱりそうなりましたか」
弓同士の対決になるのは久しぶりだ。無胄盟式の特殊弓を構える。レユニオンどころか、イカレPMC時代からずっと使って来た弓。当時の基準で性能は良かったけど、現代の水準には追いついていないのが欠点だろう。プラチナの弓は、どう見てもこちらより上に見える。その弓から目を離してはならない。離せば必ず死ぬ事になる。
「早く僕を殺しにいらっしゃい」
「全く、人の気も知れないで!」
バシュゥゥゥンッ、そして圧倒的な強弓が解き放たれる。僕はと言えば。
「W!」
「あら、出番って訳ね!」
ドゴォォンッ、爆炎が矢の一撃を飲み込む。プラチナは驚愕して、僕たち2人を見ていた。そして言う。
「サルカズと組むなんて、相変わらず見境無しね、あなたらしいわ。銀色」
「それはありがとう、使える物は、全て使う主義なんです」
バシュッバシュッッ、ヒュゥゥンッ、無胄盟の特殊弓から、侵蝕毒を仕込んだ矢を何発も放つ。その多くが、ビル陰に遮られ、或いは躱され、そして撃ち落とされた。都市の地形もかなりの部分が変わっているようだ。それを今ひとつ利用しきれていない僕に対して、向こうは巧みに地形を盾にした弓撃を浴びせる。
「あなたの考えは分かりますよ、もう嫌なんでしょう、無胄盟で殺し屋稼業なんて」
「知った事じゃないわ、私の仕事を馬鹿にしないでくれる?」
「馬鹿にはしていませんよ。ただ、辞めたいなら辞められると言っているんです」
そしてプラチナは狙撃地点を変えて来る。都市の影に潜んで居場所が見えない。相変わらず、カジミエーシュのビルは明るさに紛れて陰影が濃い。
「何よあれ、あれが銀弓だって言うの?」
「例の銀弓が商業連合会に狙われていると聞いたから来てみたが、駄目だな、勧誘のチャンスは無さそうだ」
「あれ、助けに入る必要ある?」
「……無さそうね」
「というか、あのサルカズまで最初から戦力に数えてるじゃない」
「一対一で戦う気が最初から無いんだ……」
そんな僕たちを、ビルの底で見ていた別の影があった。レッドパイン騎士団と名乗る、カジミエーシュの感染者騎士達。銀弓が感染者である事を知った彼女達は、銀弓の騎士を助ける序でに、仲間に引き入れようとも目論んでいたらしい。
「それで、どうするんだ。フレイムテイル」
「勿論皆んなで突入しましょう。有望株には恩を売っとくに限ります!」
「クソッ、邪魔が入った。撤退するしか無さそうね」
「へぇ、暗殺者様が逃げ腰かよ。偶には狩られる立場も味わって行きなっ!」
プラチナは不利を悟ったか、素早く撤退体制に入る。レッドパイン騎士団の1人がそう言って揶揄し、追撃を加えようと図る。僕はと言えば、
(プラチナが、ハンドサインを?!)
プラチナがこちらに向けて、ハンドサインを使うのが見えた。無胄盟仕様の暗号化されたハンドサインを、僕はまだ覚えています。その内容は!
(あなたが感染者にさえならなければ、私はあなたと逃げていたわ……)
(あなたが言った通りに)
「それは……」
無胄盟にいた頃、実はプラチナに提案した事がある。僕と一緒に無胄盟を抜けようって。無胄盟を抜けてサルゴンでもヴィクトリアでも、好きな所で暮らそうって。無胄盟で稼いだ資産を元手にして。
(だとしたら)
僕は無胄盟式のハンドサインを返して伝える。弓をつがえる、その手を止めずに。
(今からでも、きっと遅く無いよ)
(素敵な逃げ場所ができました。僕と一緒に逃げてくれますか、プラチナ)
バシュゥゥゥンンンッッ、僕とプラチナの弓が同時に放たれて交錯する。ぶつかりあってビルの影に消えて行く。
そしてそこに。
「苦戦しているようですねえ、プラチナ様?」
「アンタは、よりによって今来る?」
(は……?)
プラチナは驚愕の声を上げる。僕はと言えば、心臓の動悸が止まらない。よりによって、こいつらが!
「頭のイかれたPMC。こんな所に何の用ですか」
「これはこれは銀弓様。よく生きていらっしゃいました。早く仕事にお戻り下さい。あなたの籍はまだ我が社に残っておりますよ?」
「ん、んなっ!?」
僕の籍が残っている。そう言われて、僕の頭は随分と混乱した。あのイカレPMC。どうやら見境までイカれていたらしいですね。
「お生憎様、僕には帰る場所が出来たんです。この国も、別の国にもね。お前達の場所に帰る気はありませんよ」
「どうなってるのよ、銀ピカ、あいつは一体何なの?」
Wが僕に問いかける。僕はこう答える。
「ヴィクトリア製旧式艦を本拠地とする、テラで一番頭のおかしいPMCトラスト。それが奴らの企業、サモス・アイランド・トラストです」
「頭のおかしいとは失敬ですね。適切な仕事を、適切な形で配分しているだけですとも。そうして相応しい傭兵に相応しい任務を与えているのです」
ヴィクトリア製の旧式陸上艦。サモスアイランド号と、それを移動基地としたPMCトラスト。その人事部長に相当する本当に無駄に優秀なフェリーン。僕は言った。
「大人しくゴドズィン公爵の親衛隊にいれば良かった物を。こんなアウェーに何の用ですか」
「何とは失敬な。我々は商業連合会との契約に基づき、ちょっとしたお手伝いをしているだけなのです。序でにこのカジミエーシュには、面白い仕事や人材が眠っていると気付きましてね」
「是非とも新たな市場開拓をと思いまして。これもかつてあなたを雇ったお陰なのです。ええ、あなたには幾ら感謝しても足りませんね。では、そろそろ出番ですよ」
ゾロゾロと100人単位で増援が投入される。街影から唐突に現れ、弓矢やボウガン、守護銃擬きのシラクーザ製短銃など、多様な武器を構える傭兵達。困りました。ここまでの消耗戦は想定していませんよ、流石に。
「で、どうすんの、銀ピカ」
「撤退です。長期戦は想定していな『*ウルサススラング*』何今の!?」
良くも悪くも氷原で聞き飽きたウルサススラングと共に、僕の頭上に向けてハンマーアックスが振り下ろされる。紙一重で回避しつつ、残心を残して構える矢は崩さない。奴は。
「やっと来たようだなァッ、てめえらペガサス人は、ヒッポグリフ帝国に与してイゴール大帝の邪魔ばかりしやがった」
「この俺と16勇士がぶちのめしてやるぜ、頭のイかれた騎士気取りぃぃ!」
「いや、どちら様?」
青白のストライプのシャツと、もう見て分かる通りのいかつい風貌。そして、何というかその、酷い臭いです。ちゃんと風呂入って無いんですか?
「こちらは偉大なる16勇士の末裔、その大将グロモフ様でございます。ウルサスへ寄港した際、街角で喧嘩をしていたところを採用いたしました」
「ただの現地採用じゃないですか」
ゴドズィン公爵の親衛隊から人員整理で追い出されたイカレPMCの人事部長。無駄に顔の整ったフェリーンに、16勇士? のグロモフの名前を説明される。その辺のチンピラに大層な名前を付けて煽てただけじゃ無いですか、要するに……。
「*下品な罵倒*! 食いやがれえぇっ!」
「んな、た、大砲まで!?」
そのイヴァン16勇士? のグロモフが持ち出して来た携行式の巨大砲。本来なら設置砲サイズの兵器を、ウルサス人射手の体力を利用して、携行式まで圧縮した恐るべき代物です。所詮体力任せではありますが、いざやられると相当困るタイプの奴ですね。
「クソッ、やらせるか」
レッドパイン騎士団の1人、大砲持ちがグロモフの持ち出した巨大砲に対抗する。ですが、砲同士の激突になるとどうしても数が物を言う。直ちに撤退を。
「構えを解きなさい、脱出です」
「ちょっと待て、奴らはまだ砲口を」
「砲戦と言うのは数の差がそのまま出ます。ここで耐えるのは駄目です」
「*ウルサススラング*! 撃って撃って撃ちまくれえぇっ!」
「全員撤退!」
逃げ出した後も、砲火が何度も執拗に襲って来た。それを掻い潜りながらの脱出行。それにプラチナは、もう既に脱出していたようだった。
「どうかしら、ここが私達の拠点なの」
「成る程、宜しくはありませんね」
PMCの包囲から脱出した後。レッドパイン騎士団の皆さんに、ホームだと言う0号地を案内された。何というか、非常に典型的な感染者居住区と言う感じですね。一周回って特に言うことがありません。
(みずぼらしい外観、インフラも未整備。何というか、こう言う環境に感染者を押し込めるのは、商業連合会からすると当てつけなんでしょうか)
「所で、ここをどう思います? W」
「カズデルより億倍マシね。まあ良い暮らしじゃない」
「成る程、それはその通りかもしれませんね」
「カズデルと比べたらどんな場所だって大体マシじゃない……」
「とはいえ、笑える程余裕のある状況でも無いだろう? 私達は」
そしてレッドパイン騎士団の1人、フレイムテイルのソーナが僕にこう言った。
「銀弓さんって、感染者として騎士競技に出るんですよね。だったら私達と手を組みませんか?」
僕の答えは、それまでにはもう決まっていました。
「商業連合会と言うのは、利益次第でどうとでも転ぶ組織です。それこそ、感染者の待遇ですらね」
呆気に取られた表情のソーナさん。僕は伝える。
「まずは企業から作りませんか? このカヴァレリエルキで感染者産業を採算に乗せて、いつまでもお荷物扱いしている商業連合会を時代遅れにしてやるんです」
「それが、僕の提示する皆さんと手を組む方法です」
イゴール16勇士!16人議会の長!大砲野郎!グロモフ!
最近のイベント、人々、我々より採用。一イベントで死ぬには勿体無いなって。
イカレPMC…正式名称はサモス・アイランド・トラスト。主人公の前職。ヴィクトリア製旧式艦で各地を移動する、テラでも指折りのロクデナシ企業。発祥はヴィクトリア。サルゴンとの戦争が終わった事で、故郷を追われたミノスの勇者崩れがサモス・アイランドの名前を付けた。ただ存在するだけでロドス製薬にとっては、名前のイメージが被ると言う欠陥付き。