The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「商業連合会はさ、もう上から下まで大慌てな訳。あの銀弓を殺せとか、やっぱりやめろとか。こういうの、炎国の諺で朝令暮改っていうんだっけ? そろそろ嫌になっちゃうねぇ」
「ふーん、そうなんだ」
「えー、他人行儀だなあ、プラチナは」
銀弓が大騎士領に到着してから、無胄盟に下る命令はもう滅茶苦茶だった。
銀弓を殺せ。やっぱりやめろ。いや、やっぱり殺せ。
一体どうしたいんだか。
「だって、銀ちゃんがそんなやり方で死ぬ訳ないし。適当に仕事する振りでもしてたら、商業連合会もそのうち頭を冷やすよ」
「はいはい。我らがプラチナ閣下は、やる気がおありでないみたいだねぇ」
そう言って、ラズライトのロイが茶化してくる。
はぁぁ。ここにいるのが銀ちゃんだったら、どうなってたかな。
銀ちゃんって、仕事の選別が死ぬほど得意だったし。商業連合会から矛盾した命令が下っても、その中から必要な仕事だけを選び出してしまうの。
「とは言え、仕事をしない訳にはいかないからね。ここは例のPMCを頼りにしようと思う訳」
「サモス・アイランドっていうやつ?」
「そ。あそこから刺客を雇って銀弓にぶつける。その結果として失敗しても、商業連合会の命令通りに暗殺を避けたと言い切れるって話」
サモス・アイランド・トラスト。
銀ちゃんの古巣らしい。カジミエーシュでは無名のPMCだけど、ボリバルやウルサスでは相当悪名高いんだって。
クルビアではBSWの牙城を崩せなかったって話もあるし、企業規模はそんなに大きくないと思うんだけど。
「銀弓の奴を下手に殺せば、当然ウルサスの逆鱗に触れることになる。何せ皇帝陛下が直々に協賛する、初の騎士試合を妨害するんだからね」
「かと言って、殺さないと過去の責任が降りかかる。暗殺者を使って、カジミエーシュで最も影響力のあった征戦騎士家を全滅に追い込みました、なんて。一体誰が責任を取れるのやら」
「国民議会にはどう説明すればいい? 監査会には? 何より国民自身には?」
「という訳で、商業連合会は自縄自縛に陥っているのさ」
「うわ、アホくさ……」
こうして見ると、カジミエーシュは自分自身が築いた罪の塔に縛り付けられている。
商業連合会は欲望のために銀弓家を排除し、その最後の末裔を無胄盟に取り込ませた。
その末裔がカジミエーシュを追われてもなお生き残り、ウルサスで認められて帰還を果たしてしまった。
よりによってウルサスで。
カジミエーシュの、歴史的な仇敵の国でだ。
「銀ちゃん……」
そう思うと、やっぱり銀ちゃんのことを考えずにはいられないの。
銀ちゃん、辛かったんだよね。
ずっと苦しかったよね。
利用され続けて、捨てられてばっかりの人生で。私なんかより、ずっと辛かったはずじゃん。
なのに、あなたは何も変わっていないの。
ちゃんとオシャレだってできてないのに。
家が滅びても、感染しても、無胄盟から追い出されても、銀ちゃんは翌日になると何か別のことを始めていた。
「それは、銀ちゃんにとって呪いじゃないの?」
「おっと、センチメンタルになってるところ悪いけど、問題はもっと別にあるんだよね。銀弓が騎士として、とにかく儲かるってこと」
「お涙頂戴の最高のコンテンツだよ。おまけに話題性も十二分。耀騎士との麗しい絆まで付いてくる。そうなれば、当然国内にも協賛したい企業が現れる」
「つまり、銀弓でもっと金儲けがしたい企業と、銀弓を殺して過去の責任から逃げたい企業。商業連合会は二方向に向けて、完璧に割れてるのさ」
「はぁぁ……結局そうなるんだ」
ロイの説明を聞いていると、やっぱり憂鬱になってくるなぁ。
過去の私、やっぱり何も考えてなかったんだ。
銀ちゃんのこと、単にオシャレで可愛い、腕利きの男の子ぐらいに思ってたんだから。
背負っていた過去も、銀弓の家の異質な生き方も、まるで理解していなかったんだなって。
そこまで考えて、私は席を立った。
「お、どこかに行くのかい?」
「別に。ただ、銀ちゃんの試合、スタジアムの席を予約しとこうかなって」
「お、そりゃいいね。せっかくだしモニークも誘って」
「やめてあげなよ。モニークが可哀想」
(ついでに、報酬も全額賭けよ)
銀ちゃんの試合の席を取って、ついでに今季の報酬も全額賭ける。
私は密かに、そう決めていた。
そこはチェルノボーグで新たな繁華街となるべく、建設が進められている区域。
クルビア資本を利用し、今後は繁華街として使う予定のストリート。その一角に、最近になってバー「スノーデビル」が開業していた。
店を見つけた彼女は、そっと扉を開けて中へ入っていった。
「失礼、酒を一杯頼めるかい?」
「おう、いいぜ。どんな酒がいい? ビールかワインか、それとも」
「白酒はあるかな?」
「白酒か……炎国系の奴だな。分かった。そこのテーブルで待ってな。支払いには」
「龍門幣は使えるかい?」
「おう、龍門幣もばっちり扱ってる」
彼女はそうして、テーブル席の一つに腰を下ろした。
どこか非現実的な雰囲気をまとった、美女然とした人物だった。
カウンターで白酒を用意しながら、バーの従業員たちは彼女について話していた。
「えらい美人って奴だな、あれは」
「炎国系の白酒がお望みだ。さっさと用意しな。向かいの棚だ」
「はいはい、直ちに」
「……何というか、あの人、ニェンさんに似てないか?」
「そうかな? 尻尾は似ているかもだが……それ以上、客の事情を気にするもんじゃないだろ」
かつてのスノーデビル小隊の隊員たちは、少なからず彼女のことが気になっているようだった。
チェルノボーグでバーを開業した後も、忙しい日々が続いている。
感染者が飲食店経営を続けていけるのか。そして何より、どこまで売り上げが伸びるのか。
気にすることはいくらでもあったのだから。
「よっ、入るぞお前ら」
「あぁ、ニェンさん、お疲れ様。今日はどうする?」
「今日はつまみも用意してくれよ。それから酒に……」
そんなバーに、今度はニェンが来店した。
チェルノボーグでもすっかり有名になった、今この街で一番腕利きの鍛冶師だ。
以前は大工と呼ばれていたが、本人の申告で鍛冶師に修正されたらしい。
そのニェンが、先客を見るなり唐突に叫んだ。
「おめー、まさかリィン姉!?」
「おや、我が妹は健在で何よりだね。ニェンちゃん」
「は?」
バーの従業員たちの間に、またしても困惑が広がった。
そこへ、今度は別の二人組が来店する。
「恩人様、今度は一体どちらに向かわれるのでしょうか? 恩人様」
「いや、だから何故そうなるんだ……」
レユニオン時代からの剣客で、現在はチェルノボーグ都市防衛軍、すなわちウルサス軍大尉の階級を得たエンカク。
そして、もう一人。そう、ただの変なおじさん。
「ほんの少し助けただけだろう。どこまでも付いて来るのはやめろ」
「そうは仰いますが、いやまったく、恩人であるあなた様は天賦の才と正しい気風に溢れ、その上稀有な義侠心までも持っておられる。もしやどこぞの崇高な隠者でありましょうか」
「ううっ、天が私を憐れみ、死するには早いと命を助けたに違いない……あの凶悪な畜生どもを思い出すと、怒りでどうにかなりそうだ。偶然、巣穴に迷い込んだだけなのに、なにゆえこんな目に」
「はぁ、仕方ない。ビールを二杯頼めるか?」
「はいはい、ちょっと待ってくださいよ」
エンカクと同じ席に座ったウユウは、延々と喋り倒して止まらない。
その様子をリィンがやたらと面白がり、ニェンが突っ込みを入れている。
「ふむ、ここは炎国人の集まりなのかな?」
そして、バーの端でその様子を眺めていた灰色のシルクハットの人物は、茶番劇を記憶に収めながら、ワインをちびちびと嗜んでいた。
なかなか、悪くない味だ。これはウルサスワインだな。チェルノボーグでの取引が再開したようだ。うん、悪くない。
「もうすぐ、チェルノボーグもリターニア領に入る頃合いだ。タルラ公爵のお手並み拝見といこうじゃないか」
「独り占めは、許さないためにね」
ガキイイィンッ!
激しい斬撃が僕を襲った。
アーツで作り出したらしい手刀。その斬撃をナイフで斬り払おうとして──
「くっ、ナイフを奪われた、もうっ」
「失礼ながら、銀弓様は私のアーツを軽視していらしたのでは?」
「それは否定しませんよ」
手刀に対応しようとしたナイフが溶けて、奴のアーツに取り込まれた。
鉄を操るとか、そういうアーツでしょうか。
「そして、これも断言しましょう。別にあなたを軽視したことも、無視したことも、下に見たこともありません」
「それは喜ばしい。とても私の心に響きます」
ジェッセルトンは手刀を解除すると、アーツで作り出した鉄のワイングラスから、鉄片を浴びせてきた。
……その小さなワイングラスには、何の意味が?
「おおっとジェッセルトン選手! 気品に溢れた小さなワイングラスから、鉄の弾丸を浴びせています! 何と気品に溢れた紳士でしょうか! これには銀弓のペガサスも感嘆しているぞ!」
(それ、もしかしてやらせなんですか?)
司会の台詞も、何だか絶妙に悪意があると言いますか。
それはともかく、この弓は駄目ですね。鉄のアーツとは相性が悪い。
僕は弓矢をその辺に投げ飛ばし、小型のアーツユニットだけを握った。無胄盟時代から使っていた、予備の暗器型アーツユニットです。元々非磁性なので、鉄のアーツでは支配できないはず。
「ほう、そのような小さな武器で立ち向かうというのですか? 実に立派な心がけですね。心から称賛致しましょう」
「ところで、その小さな器はやらせなんですか?」
「は? ……」
ジェッセルトンの表情が変わった。
そして手刀を復活させ、一秒もかけずに振り下ろしてくる。
その手刀を、僕はアーツで形成した銀剣で受け止めた。
銀のアーツを固定化し、ソードブレイカー状に整形する。手刀を、その歯に噛み合わせたのだ。
「失礼。あなたの小さな器に感心していました。それでも刺客のつもりなのでしょうか?」
「くっ、ですがどうでしょうね。あなたの自慢の弓は投げ捨ててしまったようですが」
「実は言い忘れていましたが、僕には弓なんてどうでもいいので」
「あれは性能がいいから使っているだけです」
ソードブレイカーの歯に噛み合った手刀を、ジェッセルトンはアーツを解除することで分解する。
僕は続ける。
「あなたは素晴らしい技量とアーツをお持ちですが、器が小さ過ぎるのが玉に瑕です。その小さなワイングラスは皮肉のつもりなのですか?」
「な、そんなことはありませんよ。随分と仰いますが、私はピーチブレラ社の五年連続最優秀社員として」
「それについて、僕から言わせてもらうなら」
アーツを整形し、銀の弓へと変えて引き絞る。
ジェッセルトンは焦ったのか、再び手刀を形成して切り込む。それに対して応戦の構えを取った。
「そのピーチブレラ社も含めて、器が小さ過ぎるのです。小さい器の、器が小さいおじさん?」
「銀弓うううううぅっ!」
ドヒャァァァンッッ!
放った弓撃が、ジェッセルトンの手刀を粉々に砕いた。
そのままボディアーマーを引き裂き、本人に直撃する。
後には、無惨に打ち倒されたジェッセルトンの姿が転がっていた。
「ですが、そんなことを気にする必要はありません」
「あなたは立派で、何より優れた人です。あなたの苦労を知らない下野からの非難は、せいぜい忘れてしまえばいい」
「これからも、あなたの積み立てるキャリアが立派でありますように」
そう言って、僕はスタジアムに一礼した。
試合が終わった。
ジェッセルトンは医療班に運ばれ、僕は控室で装備を片付けていた。
壊れたナイフが一本。使えなくなった矢が数本。それから、銀のアーツを使った影響で少し傷んだアーツユニット。
修理費は、まあ、許容範囲でしょう。
「……ナイフは新調しないと駄目ですね」
机の上に並べた装備を確認する。
試合の報酬は十分に出るはずです。そこから修理費を引いても、かなりの黒字になるでしょう。
問題は次の予定ですね。
カジミエーシュでの騎士活動を続けるなら、スポンサーとの契約を考える必要があります。ウルサス側の事務手続きも残っていますし、チェルノボーグから届いた書類にも目を通さなければ。
「銀ちゃーん」
「ひゃんっ!?」
突然、控室の扉が開いた。
振り返ると、そこには見覚えのある白金色の髪があった。
「セン……プラチナ?」
「やっほー。お疲れ様」
「どうしてここに?」
「試合を見に来たの。銀ちゃん、相変わらずだったね」
プラチナはそう言って、机の上に並べた装備を眺めた。
「うわ、ナイフ壊れてる」
「ジェッセルトンさんのアーツに取り込まれました。なかなか厄介でしたね」
「ふーん。それで勝っちゃうんだ」
「まあ、相性が悪いだけでしたから」
「相性が悪いって、普通は結構な問題なんだけど」
「そうですね」
僕は頷いた。
確かに、相性の悪い相手と戦うのは面倒です。
「次からは、もう少し装備を工夫しないと」
「……銀ちゃんってさ」
「はい?」
「本当に、何も変わらないね」
「そうでしょうか?」
プラチナは答えなかった。
代わりに、控室の椅子を引いて腰を下ろした。
「ねえ、銀ちゃん。今日の試合、どうだった?」
「どう、と言いますと?」
「楽しかった?」
少し考える。
ジェッセルトンさんは、優れた戦闘技術を持っていました。
鉄を操るアーツも便利です。特に、武器の形状を自由に変更できる点は興味深い。
ただ、僕の装備とは相性が悪かった。
「勉強にはなりましたね」
「そっか」
「プラチナは?」
「私?」
「試合を見に来てくれたのでしょう。楽しめましたか?」
「うん。すっごく」
プラチナが笑った。
「今季の報酬、全部銀ちゃんに賭けちゃった」
「えっ」
「勝ったから、結構な額になったよ」
「そ、そんな危険なことをしないでください!」
「えー、銀ちゃんが負けると思わなかったし」
「それは結果論です! 僕だって負けることはあります!」
「でも勝ったじゃん」
「そういう問題ではありません!」
プラチナは、くすくす笑っていた。
まったく、何を考えているんでしょうか。
「……ねえ、銀ちゃん」
「はい?」
「今日、これから暇?」
「いえ、これから装備の点検を済ませて、それから契約関係の書類を確認して……」
「それ、明日じゃ駄目?」
「明日ですか?」
「うん」
僕は机の上の装備を見た。
急ぎの仕事ではありません。
書類の期限にも、まだ余裕があります。
ただ、先に済ませておけば明日の仕事が楽になるので、できれば今日のうちに片付けたいところです。
「何か用事ですか?」
「別に。ちょっと一緒に出かけたいだけ」
「どこへ?」
「買い物」
「買い物?」
「そ。銀ちゃんの服、買いに行こうよ」
僕は自分の服を見下ろした。
試合用の装備を脱いだばかりなので、今は普段着です。
別に破れてもいませんし、汚れてもいません。
「服ならありますよ?」
「そういう話じゃないの」
「ひゃん?」
「銀ちゃん、昔からそういうところ変わらないよね」
プラチナは椅子から立ち上がった。
「ねえ。今日くらい、仕事しなくてもいいじゃん」
「ですが、まだやることが」
「明日やれば?」
「明日も仕事がありますから」
「じゃあ明後日」
「明後日にも予定が」
「銀ちゃん」
「はい」
「そういうところだよ」
プラチナは、何だか呆れた顔をしていた。
僕は少し考えた。
……なるほど。
つまり、仕事の予定を調整してほしいということですね。
それなら、できない話ではありません。
「分かりました。少し待ってください」
「え?」
僕は机の上の端末を手に取った。
今日の予定を確認して、明日に回せるものを選ぶ。
装備の点検は後回しにしても問題ありません。契約書の確認も、明日の午前中で間に合います。
チェルノボーグからの書類は、急ぎの案件だけ先に確認すれば十分でしょう。
「……はい。これで大丈夫です」
「何が?」
「今日の仕事を明日に回しました。買い物に行きましょう」
プラチナは、しばらく僕を見ていた。
「……あっさりしてるね」
「予定を調整するだけですから」
「そっか」
何だか、変な顔をしています。
「どうかしましたか?」
「ううん。何でもない」
プラチナは笑った。
「じゃ、行こっか」
「はい」
僕は壊れたナイフを机の引き出しにしまい、アーツユニットの電源を切った。
控室を出ると、スタジアムの廊下にはまだ観客の声が響いていた。
銀弓のペガサス。
そんな名前を呼ぶ声も、遠くから聞こえてくる。
「ねえ、銀ちゃん」
「はい?」
「昔のこと、覚えてる?」
「昔?」
「無胄盟にいた頃。私が銀ちゃんの服、選んであげたこと」
「ああ、もちろん覚えていますよ」
「あれ、結構楽しかったんだよね」
「そうでしたか?」
「うん」
プラチナは僕の少し前を歩いていた。
「銀ちゃん、何でも似合うのに、本人は全然気にしないんだもん」
「服は着られれば十分ですから」
「ほら、そういうところ」
「ひゃん……」
廊下を抜け、スタジアムの外に出る。
大騎士領の街並みが、夕方の光に照らされていた。
見覚えのある街でした。
けれど、以前とは少し違います。
新しい店が増えている。
道路も整備されている。
昔からあった建物がなくなって、知らない建物に変わっている場所もある。
「……随分、変わりましたね」
「大騎士領?」
「はい」
「そりゃ、銀ちゃんがいない間も、みんな普通に暮らしてたからね」
「そうですね」
僕は頷いた。
それは当然のことです。
僕がいなくなっても、カジミエーシュはなくならない。
誰かが働いて、誰かが商売をして、誰かが新しい建物を作る。
僕の家がなくなっても、この街は続いていた。
「銀ちゃん?」
「はい?」
「何考えてるの?」
「いえ。新しい店が増えたな、と」
「ふーん」
プラチナは少しだけ歩く速度を落とした。
「じゃあさ、今日は知らない店にも入ってみよっか」
「いいですね」
「服を買って、ご飯食べて、それから……そうだなあ」
「何でしょう?」
「適当に歩こうよ」
「適当に?」
「うん。行き先を決めないで」
それは、なかなか珍しい提案でした。
僕は普段、移動する前に目的地を決めます。
仕事でも、買い物でも、何かしら用事があるものです。
目的地を決めずに歩くとなると、少し勝手が違います。
「……迷子になりませんか?」
「大騎士領で?」
「はい」
「銀ちゃん、ここ地元でしょ」
「そうですが」
「大丈夫だって」
プラチナは笑って、僕の手を取った。
「今日は私に任せてよ」
「分かりました」
僕はその手を握り返した。
夕方の大騎士領は、思っていたより賑やかでした。
店先には新しい服が並んでいる。
通りの向こうでは、子供たちが何かを買ってもらおうと騒いでいる。
仕事帰りらしい人々が、あちこちの店に入っていく。
「銀ちゃん、あのお店どう?」
「服屋ですか?」
「うん。ちょっと覗いてみようよ」
「分かりました」
僕たちは店に入った。
プラチナは早速、棚に並んだ服を見始めた。
僕はその後ろについていく。
「これ、銀ちゃんに似合いそう」
「そうですか?」
「うん。着てみて」
「はい」
渡された服を持って、試着室へ向かう。
サイズは問題なさそうです。
値段も、それほど高くありません。
……そういえば。
今日は、まだ仕事のことを考えなくてもいいんでしたね。
「銀ちゃーん、着替えた?」
「はい、今出ます」
試着室のカーテンを開ける。
プラチナがこちらを見た。
そして、嬉しそうに笑った。
「うん。やっぱり似合う」
「ありがとうございます」
「じゃあ、それ買おっか」
「えっ、もう決めるんですか?」
「だって似合ってるし」
「もう少し比較した方が」
「銀ちゃん」
「はい」
「今日は仕事じゃないんだよ?」
「……そうでした」
プラチナは、また笑った。
僕も少しだけ笑って、鏡の中の自分を見た。
見慣れない服でした。
別に、悪くありません。
「では、これにしましょう」
「うん!」
そうして僕は、久しぶりに新しい服を買った。
それだけのことでした。
けれどプラチナは、何だかとても嬉しそうだった。
理由はよく分かりません。
まあ、いいでしょう。
今日は彼女に任せると決めたのですから。
暗殺失敗おじさん…競技騎士としてボロ負けするも、見事なやられっぷりと絶妙な実力のバランスにファンから謎に人気が高騰。早くも次の試合を望む声が各所から来ている上に、スポンサー依頼まで無駄に殺到中。ジェッセルトンのキャリアはどうなる!?
主人公…ジェッセルトンの事は忘れて取り敢えず青春しましょう