The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「うおおおおっ、凄えぇっ! 流石は伯爵サマ!」
「それにしても、本当に派手なスタジアムですね。カジミエーシュメジャーが、ここまで盛大な大会だとは思いませんでした」
チェルノボーグ、ペテルヘイム高等学校の休憩時間。
都市艦がリターニア近辺に入った後も、学校のスケジュールはそれほど変わらない。ズィマーはイースチナ、グムと一緒に、教室の端に置いた、最近チェルノボーグでも販売が始まったばかりのクルビア製タブレット端末に張り付いていた。
「ここを卒業したら、絶対軍に入ってやるんだからな。チェルノボーグの都市防衛軍、今じゃウルサスで一番の軍隊って話だぜ。何せ元帥は、あの伝説のポジョカスティだってんだから!」
「あっ、銀弓さん、ジェッセルトンって人を助け起こしちゃった。優しいね」
「やっぱり、騎士としての振る舞いが板に付いているわね。称号を持っていないだけで、騎士として育てられた人なのだわ」
グムの言葉に、モニターの後ろからロサが観察するように口を挟んだ。
カジミエーシュの銀の弓。その名は、事情を知らない庶民層よりも、むしろ貴族層にこそ大きな意味を持っている。
たった一つの騎士家を相手に、一体何万人のウルサス兵が屍を晒すことになったのか。
ロサは、その歴史をある程度知っていた。
「今は味方だと思えば、良くも悪くも頼もしいわ」
一方、イースチナはモニターを眺めながら、以前、銀弓が大騎士領カヴァレリエルキについて語っていたことを思い出していた。
『あの大騎士領という街は、あくまで中堅国であるカジミエーシュが、巨大国家の首都級都市に追いつくため、無茶を重ねた結果です』
『複数の都市を接続してまで巨大化し、それでもサンクトグリファーベルクやロンディニウムのような、本当の巨大都市には及ばない。つまり大騎士領とは、カジミエーシュという国家の限界の現れなんです』
(あれだけ栄えた都市を、他国に追いつくために無茶を重ねた結果だと見ているなんて……)
イースチナからすれば、大騎士領はウルサスの都市など足元にも及ばないほど、華やかで豊かに見える。
しかし銀弓は、その繁栄を国家の限界として捉えていた。
同じ都市を見ても、随分と考え方が違うものだ。
そこまで考えて、イースチナはふとモニターから目を離した。
「そういえば、私たち、初めての海外旅行ですね。もうすぐリターニアまで来てしまいますよ」
「だよなぁ。まさか本当にリターニアまで来るなんて、信じられねえよ」
「タルラ公爵も、なかなか無茶をするわよね」
ロサがそう言って、少し考え込む。
「でも、双子の女帝と、大裂孔に阻まれたウォルモンドの双方へ、公爵名義の書簡を送ったという発表もあったわ」
「今頃、リターニアも大慌てでしょうね」
教室のモニターでは、遠いカジミエーシュの騎士試合が続いている。
その一方で、彼女たちを乗せたチェルノボーグは、普段通りの学校生活を抱えたまま、リターニアへと向かっていた。
試合を終えてニアール家へ帰った僕を、ハイテンションなマリアとWが出迎えました。
その日は、まあ、色々とありましたね。
そして今は、別の仕事をしています。
「それにしても、凄いことをするわね、銀弓の騎士さん」
「そうでしょうか? これも必要経費ですよ。それと、騎士じゃありません」
現在、僕達はレッドパイン騎士団が駐屯する違法居住地の再開発を進めています。
そのために、商業連合会に所属する複数の企業を動かしていました。
そして、この事業を実際に指揮しているのが、僕の連れてきた人物です。
「あなた方感染者騎士は、まず自分たちの活動が認められることで、都市の発展が始まると考えているかもしれません。しかし、商業連合会からすれば順序は逆なのです」
男は、落ち着いた口調で説明を続けます。
「まず採算の取れる事業があって、初めて制度が動くのですよ」
「はぁぁ……それにしても、銀弓サマは一体誰を連れてきたのよ?」
フレイムテイルさんが、何とも言えない顔で僕を見ました。
「こちらは商業連合会の代弁者だったチャルニーさんです。現在はマルキェビッチさんが代弁者に就任していますので、今はフリーのネゴシエイターですね」
「私にお声掛けいただいたときは、本当に驚きました」
チャルニーさんは穏やかに微笑みます。
「ですが、必要で、かつ有益な仕事がここにあるのなら、喜んで力をお貸ししましょう」
「いや、何でよりによって代弁者を雇ってんのよ……元とはいえ」
「使えるものは何であれ使う主義ですから。あなたたちも、別に余裕があるわけではないでしょう?」
僕はそう答えて、再開発計画の説明を続けました。
「レッドパイン騎士団を後援する新企業を設立し、この一帯の再開発を担当させます。寂れた土地をゼロコストで採算化してくれるなら、商業連合会は基本的に大喜びですよ」
「……はぁ。お前は資本を何だと思っているんだ?」
灰毫騎士、グレイナティさんが怪訝な目を向けてきました。
僕は少し考えてから答えます。
「不出来な統治装置です」
「……は?」
「装置としては不出来ですが、まあ、今のカジミエーシュでは使うしかありません」
使える仕組みがあるのなら、使えばいい。
別に、それ以上の話ではありません。
(にしても、胡散臭いと思ってたが、なかなかやるじゃねぇか)
銀弓の騎士家、カジミエーシュの軍事史を調べれば、嫌でもぶつかる名前だ。
野髭騎士、イヴォナ・クルコフスカは、その末裔である銀弓の敏腕ぶりに、内心舌を巻いていた。予想以上というべきか、それとも予想通りというべきか。
「これがジャスティスナイトというモジュールですか。レイジアン工業の旧型ですね。拡張性の高いモデルですし、まだまだ弄る余地がありそうですよ」
「そうだろ? 元が良いもんだからな」
「ところで、この子を工房に預けても構いませんか? 実は見知っている工房がありまして。マリアの蒸気槍を改造している場所なんです」
「お? あのとんでもない槍を弄ってる工房か。そりゃ良いな。頼みがいがありそうだ」
「話は決まりましたね。では、少々お待ちを……」
そう言って、銀弓はどこかへ連絡を入れ始めた。
銀弓の騎士。
いや、本人は騎士称号を持っていないのだったか。
イヴォナは、ふと思いついて尋ねてみた。
「なあ、あんたって騎士称号が欲しいと思ってるのか?」
「いえ、今は特に。貴族称号も頂きましたからね」
「それって、よりによってウルサスの奴だろ? 良いのかよ。ウルサスの天敵ともあろう奴が、そんなもん貰って」
「あくまで皇帝陛下の差配ですから。それに僕自身は、ウルサスが嫌いなわけではありませんよ」
銀弓は何でもないことのように答えた。
「これまで、歴史的な偶然から敵対してきただけです」
「あんだけの対立を偶然扱いねぇ……流石というか、何というか」
イヴォナは呆れながら、ジャスティスナイトのプラットフォームに視線を戻した。
古いが、頑丈な機体だ。
まだまだ現役で動けるだろう。
そして、もう一つ気になっていたことを尋ねる。
「なあ、あんた、元々無胄盟の出身ってのは本当なのか?」
「ええ、本当ですよ」
銀髪のクランタは、これまた何でもないことのように答えた。
その様子を見て、イヴォナは先日の試合を思い出す。
『彼を棄権させてください。これ以上は持ちませんから』
『棄権だって? だが、確かにこれ以上、錆銅の奴にやらせるわけにはいかねえか』
レッドパイン騎士団のメンバーも参加したフラッグ戦。
感染者騎士に不満を抱く錆銅騎士らによって、リンチされかけていた騎士を、銀弓は棄権させることで守った。
派手な勝利ではない。
だが、あの状況では的確な判断だった。
(確かに、判断は的確だな。伊達にウルサスの氷原で生き残ってはいねえか)
そう考えていると、焔尾騎士、フレイムテイルのソーナが銀弓に声を掛けた。
「じゃあ、むしろ頼もしいわね。使えるものは何であれ使わないと」
「私たち、実は重要な作戦を実行しなきゃいけないの。協力してくれるかしら?」
「それは、作戦の内容次第ですね」
銀弓はジャスティスナイトから顔を上げた。
「公共の利益に反する作戦には協力できません。念のため」
「あら、ここの再開発はそうじゃないの? 違法居住地なのに?」
「最終的には、公共の利益に資すると商業連合会も判断するでしょう。それまでは、まあ助走期間というわけです」
「ふーん、助走期間ねぇ。まあ、仕方ないわ」
ソーナは少し考えてから、話を切り出した。
「私たちが行うのは……」
レッドパイン騎士団の皆さんと話し込み、感染者居住地の再開発計画を練った後のことです。
皇帝陛下から持たされた携帯端末に、ふと連絡が入りました。知らない番号ですね。
「もしもし、どちら様ですか?」
『初めまして。私のことは、商業連合会の代弁者、マルキェビッチとお呼びください。伯爵様』
(代弁者、マルキェビッチ……なるほど、遂に来ましたか)
正直、こうなる時が来るとは思っていました。
商業連合会の代弁者から、直々の連絡です。
僕は相手の言葉を記憶に留めながら、話を聞くことにしました。
「では、マルキェビッチさん。ご用件を伺っても?」
『あなたの来訪以来、商業連合会は多くの不安を抱いています。ですから、ここであなたの意見をはっきりと伺わせていただきたいのです』
「なるほど」
『是非、我々が主催する食事会にご来訪いただけませんか?』
(なるほど、直球のアプローチですね。そういうのは好きですよ)
目論見が分かりやすいのはありがたい。
こちらとしても、やりやすいですからね。
「そのお話、是非お受けさせていただきます」
『それは良かった。私も安心しました。具体的な日時ですが……』
その後、会食の日程を決め、僕は端末を閉じました。
さて。
商業連合会が僕の動向を警戒しているのは、よく分かります。
しかし、それとは別に、何かが動いているようですね。
「商業連合会はともかく、別の勢力が機を窺っている……?」
レッドパイン騎士団から聞いた、ある作戦の話が頭に引っ掛かっています。
「一体誰でしょう。四都大分断を依頼する奴なんて……」
大騎士領カヴァレリエルキを構成する四つの都市を分裂させ、この商業の象徴を突き崩す。
そんな作戦を、レッドパイン騎士団に依頼した勢力がいるらしい。
しかし、商業連合会では絶対にあり得ません。
何しろ、大騎士領から最も利益を得ているのが彼らなのですから。
では、誰でしょうか。
「国民議会……監査会……あるいは、それ以外の新興勢力。外国勢力という可能性もありますね」
「駄目です。候補者が多すぎて絞れません」
困りましたね。
とりあえず、もう少し情報を集める必要がありそうです。
その日の夜。
商業連合会の代弁者との会食も決まったことですし、僕はジャスティスナイトの改良に使う工房を借りようと思い、マーティンさんの酒場へ向かいました。
そして、そこでばったり遭遇してしまったのです。
(うげぇ、ラズライトのロイ!)
「ん? あぁ、新しいお客さんじゃん。相手してやりなよ」
無胄盟の第二階級、ラズライトのロイ。
よりによって、昔の上司と酒場でばったり会うだなんて。
そんなことは想定していませんでした。いや、割と真剣に、何故?
「お、お前は、銀弓の息子? まさか生きとったとは。夢じゃなくてか?」
「よくも故郷に顔を見せられたものじゃな。戦場で華々しく死ぬならまだしも、暗殺者に成り下がってまで生き永らえるとは、騎士の恥晒しめ」
「元々騎士じゃないので、そういうのは構いませんよ。あ、フライドポテトお願いします」
「ああ、ちょっと待っておくれ」
「気にしてやるな、フォー。こいつもこいつで死線を潜っとる。現代でここまで戦場に出た騎士は稀じゃろうよ」
「ですから、騎士じゃないんです」
何やらガヤガヤと言い始める三人の老人。
僕はといえば、ジャスティスナイトの改修について切り出すタイミングを考えながら、ラズライトのロイの様子を窺っていました。
何でこんなところにいるんでしょうね、この人。
「はい、フライドポテトお待ちどうさん」
「おっ! サンキュー!」
ロイは早速、フライドポテトを口に運びました。
「う〜ん、うまい! ジャガイモを切って揚げようなんて考えた天才は、一体どこの誰なんだろうなぁ。現代社会はそいつのおかげで輝いてるぜ!」
ぺちゃくちゃと喋りながら、フライドポテトの味を実況するロイ。
はあ、面倒臭い。
「はい、銀弓君もお待ちどうさん」
「ありがとうございます……はあ、何だか懐かしいですね」
フライドポテト。
食べるのは久しぶりです。
こういう嗜好食は、もう何年も口にしていませんから。
久しぶりの味を楽しもうと、一本摘まみ上げたところで。
「ところであなた、もしかして噂の伯爵騎士だったり!?」
ロイが余計なちょっかいを掛けてきました。
「凄い有名になってるぜ。ウルサスの氷原から奇跡の生還を果たして、それどころか伯爵位まで得てきたって!」
「はあ、そうですか」
「どう? お近づきの印に、写真でも撮っていかない?」
「そういうサービスはしてませんよ」
「まあ、そんなこと言わずにさ。同じフライドポテトを頼んだ仲だし!」
何ですか、その理由。
そう思っている間にも、ロイは勝手に席を寄せてきます。
うわぁ、やめてくださいよ。
何なんですか、これ。
僕は軽くケチャップを付けたフライドポテトを頬張りました。
するとロイは、勝手にスマホを取り出して、僕と自分の顔を画面に収めようとします。
うう、嫌だ……。
パシャリッ。
シャッターの音が鳴りました。
何でこんなことをしなきゃいけないんでしょう。
「よーし、ありがとう! 絶対お宝にするから!」
「別に捨てて構いませんよ」
僕は憂鬱なまま、フライドポテトをちまちまと食べ続けました。
まったく、昔からこういう人なんですよね。
さて。
そろそろコーヴァルさんに、工房の使用について相談しましょうか。
そう思った、その時でした。
そこに、奴がやって来たのです。
(古代語)___若き狩人、天路を行かん……♫
(古代語)___夢より出でて、黄金の彼方へ……♫
(いや、どちら様?)
赤い、異様な鎧。
非対称のマスクは、意図的に視界を狭めるような造りになっている。
何もかもが異質な騎士でした。
何なんでしょう、この人。
僕は思わず、口に出してしまいました。
「何でやたらと面倒事が起こるんでしょう」
「わしからすれば、お前が面倒事じゃい!」
フォーさんはそう言って、心底嫌そうな顔で僕を見ていました。
代弁者チャルニー…失職して困っていた所を雇って来ました。商業連合会は利益本意なので、実績一つで手のひらを返します。政治的失敗ですら塗り替えるのは簡単です。と言ってね。