The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか   作:Delphinus

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カジミエーシュって……まるで塔みたいになってるんだよ。一番下から、らせん状に伸びていく階段の頂上を見上げようとした所で、そんなの永遠に見えやしない

ニアーライト、NL-4 詩の変貌より、プラチナの台詞


24 罪と虚栄と悪の螺旋塔

「あなた、いつもこんなに帰りが遅いの?」

 

ニアール家の客間には、その夜、珍しい客人が訪れていた。

 

「……ラッセル閣下。どうしてこちらへ?」

 

帰宅したムリナールは、思わず足を止めた。

 

カジミエーシュ監査会の中心人物、イオレッタ・ラッセル。

 

征戦騎士の中でも、ひときわ大きな尊敬を集める人物だった。

 

「いらっしゃるのでしたら、一声かけてくださればお迎えしましたのに」

 

「すぐにおいとまするつもりだったの。あなたの手を煩わせる必要はないと思って」

 

イオレッタは穏やかに答えた。

 

しかし、その表情は決して明るくなかった。

 

「今夜は穏やかな夜にはならないわ。対処すべきことが、あまりにも多いのよ」

 

「……」

 

「ムリナール。剣を携えて遠くへ向かった旅人は、帰ってきたのかしら?」

 

その問いに、ムリナールは沈黙した。

 

「屍が山と重なる戦場を越え、荒廃した死の土地を渡り、砲火に焼き尽くされた要塞を抜けて……」

 

イオレッタは続けた。

 

「あの旅人は、まだ帰ってこないの?」

 

「……帰ってきています」

 

「そう。では、どうしてあなたは迎えに行かないの?」

 

ムリナールは答えなかった。

 

イオレッタは小さく息をついた。

 

「あの子は、クロガネに挑もうとしているわ」

 

「愚かな……!」

 

ムリナールは吐き捨てた。

 

「いくら何でも、病気としか言えない」

 

「ええ。銀弓家の病気は、今もまったく治っていないようね」

 

そして、少しだけ笑った。

 

「むしろ、治っていないからこそ、ウルサスであそこまで活躍できたのでしょうけれど」

 

「……」

 

「知っているかしら。銀弓の騎士家が、なぜ滅びたのか」

 

「商業連合会と対立したからでしょう」

 

「それだけではないわ。あの子たちは、無胄盟を改革しようとしたのよ」

 

ムリナールは眉をひそめた。

 

「無胄盟を商業連合会の直轄から切り離し、対外諜報機関として改組する。構成員には十分な待遇を与え、国家に奉仕する者として名誉を保障する」

 

「……」

 

「そうでもしなければ、いつか無胄盟そのものが商業連合会を裏切る。銀弓家は、そう判断したの」

 

「私には狂気としか思えません。かつても、今も」

 

「ええ。そうでしょうね」

 

イオレッタは静かに頷いた。

 

「でも、銀の弓の狙いが狂ったことは、一度たりともなかったわ」

 

その言葉は、ムリナールにとってあまりにも重かった。

 

銀の弓は狂わない。

 

それは、かつてカジミエーシュで語られた言葉だった。

 

「……知っています」

 

ムリナールは答えた。

 

「財産を失おうと、名誉を失おうと、土地を失おうと。仲間や親族が死のうと、まるで知ったことではないとばかりに……」

 

彼は拳を握った。

 

「あの家は、最後まで正確に動き続けました」

 

「そうね。そして、それが滅びる原因にもなった」

 

イオレッタは窓の外へ目を向けた。

 

「あの家は、カジミエーシュが資本主義社会と呼ばれるよりも昔から、この国の罪を引き受けてきたのよ」

 

「……」

 

「騎士たちが無垢で善良でいられるように。誰かが誇り高く剣を掲げられるように。その裏側で必要とされた、あらゆる汚れ仕事を」

 

それは、罪の螺旋塔だった。

 

歴史の底から積み重ねられた、カジミエーシュの罪の塔。

 

そして、その塔には名前があった。

 

銀弓家。

 

「あの子たちは、自らが罪深く穢れることを恐れなかった。罪を背負うことで、国家を動かす力を手に入れたのよ」

 

「よく存じています」

 

「商業連合会ですら動かせる、唯一の騎士家だった。そして今、あの子はウルサスを動かすことで、それを証明している」

 

ムリナールは、長く沈黙した。

 

やがて、机の上のペンを置いた。

 

「……そろそろ行かなければ」

 

「ムリナール」

 

「私は、多くの人に言ってきました。この国にいるべきではない、と」

 

彼は佩剣した。

 

「ですが、あの子には……本来なら、こう言わなければならないのです」

 

イオレッタは何も言わなかった。

 

「ウルサスなど捨てて、早くこの国に帰ってこい。あなたの故郷に帰りなさい、と」

 

ムリナールは苦しげに笑った。

 

「私に、そんなことが言えるでしょうか」

 

「銀の弓は狂わないわ。あの子たちは、感情だけでは動けない」

 

「分かっています」

 

彼は扉に手をかけた。

 

「ですが、それだけでは……あまりにも虚しいではありませんか」

 

玄関の扉が閉じた。

 

イオレッタは、誰もいなくなった客間で、静かに呟いた。

 

「……お帰りなさい、旅人たち」

 

⸻

 

「うぐっ……ああ、もうっ!」

 

「銀弓さん! クロガネに挑むなんて、いくら何でも無茶です!」

 

「無茶でもやるんです! 騎士には引けない時があるんですから!」

 

空から光の矢が降り注ぐ。

 

一発や二発なら防げる。

 

十発でも、まだ何とかなる。

 

しかし、数十、数百の矢が途切れることなく降り注げば、いずれ対応能力は限界に達する。

 

しかも敵は、姿を見せない。

 

「所詮は騎士のようだな。せいぜい名誉を背負って死ぬがいい」

 

「名誉を背負って死ぬのが騎士道です! いつでも来なさい!」

 

「それは、いつの時代の騎士道なんですか!?」

 

ヴィヴィアナさんの抗議を聞きながら、僕はアーツユニットを展開した。

 

銀の光と、燭火の闇。

 

二つのアーツが交錯する。

 

光は闇に飲み込まれる。

 

ならば、飲み込まれる前提で構成すればいい。

 

光を粒子化し、闇の内部にエネルギーを配置する。

 

銀と黒の二重螺旋。

 

巨大な槍が形成された。

 

「クロガネを撃墜します! ヴィヴィアナさん!」

 

「もう……本当に無茶をなさいますね!」

 

発射。

 

二重螺旋の槍が、降り注ぐ矢を飲み込み、切り砕いた。

 

黒銀の輝きが天を貫く。

 

そのまま大騎士領の彼方へ。

 

敵の射撃地点に向かって、一直線に飛翔した。

 

しかし。

 

「……外した?」

 

直後、別の方角から矢が降り注いだ。

 

さらに、その射撃地点も移動している。

 

「なるほど」

 

僕は顔をしかめた。

 

「向こうは車両から撃っていますね。移動しながら、自走砲さながらの射撃を続けている」

 

「車から弓を撃つだなんて……さすがは無胄盟、と言うべきなのでしょうか」

 

「銀の弓。そして燭騎士よ」

 

クロガネの声が響いた。

 

「今度こそ死ぬがいい」

 

ズドォォォォォンッ!!

 

空が白く染まった。

 

幾百もの光条が、雨のように降り注ぐ。

 

「くっ……!」

 

必要な矢だけを切り払い、残りを躱す。

 

正面から受け止めれば、間違いなく押し潰される。

 

「懐かしいものだ、銀の弓よ」

 

クロガネの声は、なおも続いた。

 

「無胄盟が最初に殺した標的も、貴様たちの家だった」

 

「否定はしません。僕の遠い血縁でしたね」

 

「銀弓さん……そんな歴史が?」

 

「ええ。僕の家は、昔から随分と多くの資本を扱ってきましたから」

 

銀弓家は、一般的な騎士家とは比較にならないほどの資本を扱ってきた。

 

その結果、腐敗に通じたこともある。

 

無胄盟による粛清を受けたこともある。

 

そして、それでも生き残ってきた。

 

「貴様たちは何度も立ち直った」

 

クロガネは言う。

 

「腐敗から立ち直り、恐るべき勢いで策を講じ、滅亡の寸前に至ってなお、商業連合会へ無胄盟の改革条項を突きつけた」

 

「……」

 

「あれは悪くなかった。残念なのは、商業連合会の恐怖心を見誤ったことだ」

 

「それはどうも。よければ今からでも検討していただけません?」

 

「カジミエーシュの罪は、貴様たちを恐れる」

 

さらに矢が降る。

 

「なぜなら、貴様たちだけが、いかなる罪も崩し得るからだ」

 

「……!」

 

「どれほど罪の塔を積み重ねようと、塔そのものである貴様たちには通用しない」

 

クロガネの声が低く響いた。

 

「銀の弓よ。この国の罪と悪のすべてが、貴様たちの積み重ねた罪と悪の量を恐れてきたのだ」

 

「その話は、聴罪師にでも聞かせてはいかがでしょう?」

 

僕は軽口を返した。

 

しかし、状況は最悪だった。

 

敵の射撃は止まらない。

 

しかも、射撃地点を捕捉できない。

 

こちらの消耗だけが増えていく。

 

「貴様には、罪の管理人となる資格があった」

 

クロガネは続けた。

 

「だからこそ、ウルサスで認められた理由も分かる。あの国は力を重んじる。貴様の罪を扱う力に、あの国の支配者は惹かれたのだ」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「どう考えても褒めていませんよ、銀弓さん……!」

 

ヴィヴィアナさんが、騎士剣を振るった。

 

燭火の闇が広がり、降り注ぐ矢を飲み込む。

 

「それにしても、随分と言いたい放題ですね。銀弓さんが、いったい何をしたというのです」

 

「言うではないか、燭騎士」

 

クロガネは笑った。

 

「しかし、リターニア。この大地に、あの国ほど虚栄に塗れた国もあるまい」

 

「……何を」

 

「ガリアを破壊し、ボリバルを支配し、今なお文明の栄光を誇る。自らの音楽を至高と称し、世界に冠たる芸術の国を気取っている」

 

「それが、今の話と何の関係があるのです!」

 

「関係がないと?」

 

弓弦が鳴った。

 

今度は三方向。

 

光の矢が空中で分裂し、無数の光条となって降り注ぐ。

 

「ヴィヴィアナさん、右へ!」

 

「ええ!」

 

燭火の闇が広がった。

 

その隙間を銀の光で埋め、二人のアーツで矢を破砕する。

 

「巫王を討ってから、何年が過ぎた?」

 

クロガネの声が響く。

 

「双子の女帝は、いかなる体制を築いた? 音楽は自由になったのか?」

 

「巫王の時代と、今のリターニアは違います!」

 

「無論、違うだろう。巫王は倒された。新たな時代を迎えた。結構なことだ」

 

一瞬、矢の雨が弱まった。

 

「では、なぜ音楽の自由を認めようとはしない?」

 

「……!」

 

「音楽を愛すると言いながら、音楽を支配する。芸術を尊ぶと言いながら、芸術によって人々を序列化する」

 

再び、弓弦が鳴った。

 

「巫王を倒したことを誇りながら、その支配の原理を手放そうとはしない。貴様たちの塔は、虚栄によって築かれているのだ」

 

「それまでにしておくがいい、クロガネ」

 

金色の斬光が、降り注ぐ矢を切り裂いた。

 

僕は振り返った。

 

そこには、佩剣したムリナールさんが立っていた。

 

「ムリナールさん……!」

 

「そして、お前もそれまでにしろ」

 

ムリナールさんは、僕を睨んだ。

 

「いつまで遊びに出たつもりだ、銀の弓」

 

「遊んでいるつもりはありませんよ」

 

「そうだろうな」

 

彼は吐き捨てた。

 

「お前たちは、いついかなる時も、遊ぶことだけはしない」

 

ザシュッ!!

 

金色の斬光が走った。

 

あまりにも鋭い。

 

僕はアーツユニットの出力を限界まで引き上げ、辛うじて軌道を逸らした。

 

「私は本来、お前にもこの国に帰るなと言うつもりだった」

 

「……」

 

「だが、お前はこの国の、ぬるま湯のような血生臭い日常に浸ることなく、遠くへ行ってしまった」

 

ムリナールさんは剣を構えた。

 

「この大地で最も残酷な国の、最も冷たい土地に根を張った。そして今では伯爵とまで呼ばれている」

 

「……」

 

「本来、私たちはこう言わなければならないのだ」

 

その声が、わずかに震えた。

 

「よく帰ってきた、と」

 

僕は何も言えなかった。

 

「それなのに、なぜこんな場所でクロガネと殺し合っている。奴らが不用意な理由で戦いを選ぶとでも思っているのか?」

 

「それは……」

 

「そもそも、お前がこの戦いを引き受ける必要などないはずだ!」

 

金色の斬光が空を切り裂く。

 

「この大騎士領で、三人のクロガネを相手に生き残ることは不可能だ。私にも、お前にもな」

 

ムリナールさんは、僕たちの前に立った。

 

「もういい。これ以上、戦う必要はない」

 

「ムリナールさん……」

 

「後は私が受け持とう。時間くらいは稼いでやる」

 

そして、彼は言った。

 

「だから少しは、騎士というものを信じてくれ」

 

「……!」

 

「歴史上一度たりとも、騎士というものを信じなかった銀弓の騎士家にこそ、そう言わなければならない」

 

僕は言葉を失った。

 

「帰れ。お前の帰るべき家に、帰るべき故郷に」

 

そこまで言われると、何も答えられなかった。

 

「ニアール家のムリナール」

 

クロガネが口を開いた。

 

「つくづく惜しい男だ。己の無力を悟り、会社員に転職したのは構わんが……貴様には本当に、平凡な会社員として生きるつもりがあるのか?」

 

「さあな」

 

ムリナールさんは剣を構え直した。

 

「貴様には分かるまい。この胸に秘めた怒りは」

 

「そうかもしれんな。だがムリナール、貴様もまた、この国の罪の螺旋塔を前にして、自らの無力を知ったのだろう」

 

「……」

 

「塔を崩すことも、守り抜くこともできない。その失望こそが、始まりなのだ」

 

「知ったことか!」

 

ガキィィィンッ!!

 

金の斬光が、矢の嵐を吹き飛ばした。

 

しかし、矢は尽きない。

 

これが、クロガネを相手にすれば生き残れないという言葉の意味だった。

 

敵は移動しながら、いつまでも撃ち続けられる。

 

こちらは名前も顔も知らない三人を捕捉し、それぞれに決定打を与えなければならない。

 

先に力尽きるのは、間違いなくこちらだ。

 

「銀弓さん、どうします?」

 

「撤退します。ムリナールさんの介入は想定外でしたが、これ以上あの戦いを邪魔するわけには……」

 

「え? 何? 何なの、これ?」

 

新しい声が聞こえた。

 

僕は思わず叫んだ。

 

「プラチナ! ここに来ては駄目です!」

 

「えっ、銀ちゃん?」

 

プラチナは僕を見て、それからムリナールさんを見た。

 

「役立たずのムリナールが全力出してる……相手は、まさか」

 

「ほう。プラチナか」

 

クロガネの声が響いた。

 

「何か用でもあるのかね?」

 

プラチナは答えず、僕の方へ歩いてきた。

 

「ねえ、銀ちゃん。こんなところで何してるの?」

 

「何って、その……無胄盟が四都大分断に便乗して、破壊工作と組織の解体を両立させるつもりだと確信したので……」

 

「うん」

 

「阻止しようと思いまして……」

 

「それで?」

 

「……撃たれました」

 

「そっか」

 

プラチナは小さく頷いた。

 

「じゃあ、もういいかな」

 

「……もういい?」

 

「ふふ。プラチナさんも、お決めになったのですね」

 

ヴィヴィアナさんが、何かを察したように微笑んだ。

 

プラチナは懐から一枚の書類を取り出した。

 

そして、さらさらと署名した。

 

「私、今日限りで無胄盟を退職するから」

 

「……はい?」

 

「もうやってらんないのよ、このイカれた組織!」

 

署名した書類を掲げ、ナイフで切り離した控えを僕に押しつける。

 

「今まで散々人を殺してきた私が言うことじゃないかもしれないけど……」

 

彼女は弓を構えた。

 

「銀ちゃんにまで手を出すなんて、許せない!」

 

「……え?」

 

目が点になった。

 

「何よ、その顔」

 

「いえ、その……」

 

「似合ってるじゃん、そのジャケット」

 

「……え?」

 

「無胄盟の都市迷彩用でしょ? ちょっと古いけど」

 

「あ、ありがとうございます」

 

プラチナは僕の隣に立った。

 

無胄盟時代のジャケットを着た僕。

 

都市迷彩柄の服を着たプラチナ。

 

そして、豪華な騎士服のヴィヴィアナさん。

 

まったく似合わない組み合わせのはずなのに、不思議と落ち着く気がした。

 

「そうか」

 

クロガネが言った。

 

「よく決断した、プラチナ。貴様の思うようにするがいい」

 

「……え?」

 

「それもまた、この国の罪を押し固めるだろう」

 

「あーもう! せっかく辞表まで出したのに、そうまで言われるとやりづらいっての!」

 

矢の嵐が、再び激しさを増した。

 

プラチナの白銀の矢が、降り注ぐ光条を迎え撃つ。

 

しかし、数が違う。

 

三人のクロガネ。

 

移動する射撃陣地。

 

それぞれが独立して攻撃を続け、こちらの防御を飽和させてくる。

 

「銀弓さん! これでは撤退もできません!」

 

「もう! 格好つけて辞めたのに、いきなり終わりってこと!?」

 

「いえ……」

 

僕は周囲を見渡した。

 

まだ足りない。

 

この戦いを終わらせるには、もう一つ。

 

あと一つだけ、要素が足りない。

 

その時だった。

 

ドガァァァァァンッ!!

 

聞き慣れた源石爆薬の爆発音。

 

降り注ぐ矢の一角が、まとめて吹き飛んだ。

 

「へえ。こんなところで何やってんの、銀ピカ?」

 

「……W!?」

 

高性能なカジミエーシュ製バイクが、僕たちの近くで急停止した。

 

そこから降りてきたWは、いつものように笑っていた。

 

「私のダーリンに手を出して、ただじゃおかないから」

 

「……ダーリン?」

 

プラチナが振り向いた。

 

「ねえ、銀ちゃん。どういうこと?」

 

「えっ、それは、その……」

 

「ほう。サルカズか」

 

クロガネの声が響いた。

 

「それも傭兵と見える。懐かしいものだな」

 

「あら、戦場でおしゃべりでもしに来たのかしら?」

 

Wが爆薬を弄んだ。

 

「否定はせん。おしゃべりもまた、目的の一部なのだから」

 

クロガネは続けた。

 

「だが、ここは戦場ではないぞ、傭兵」

 

「……は?」

 

「ここは大地に名だたる巨大都市、カヴァレリエルキの中心部だ。いつまでも発展しないカズデルと同じにはしないことだな」

 

Wの笑みが消えた。

 

「……随分と言ってくれるじゃない」

 

「カジミエーシュの罪の塔。リターニアの虚栄の塔」

 

クロガネは、さらに続けた。

 

「それらに比するならば、カズデルを成すものは悪の塔だ」

 

「……」

 

「悪は何も生まず、何も成し遂げない。その象徴こそ、燃え盛る魂の溶炉だろう」

 

Wが爆薬を握り締めた。

 

「人を燃やして力を得る炉に、誰かを幸福にする力があるのか?」

 

「……」

 

「魔王イレーシュの改革、バベルの発足、カズデルの内戦、テレジアの死。サルカズには幾度となく変革の機会があった」

 

クロガネの声が、夜空に響いた。

 

「しかし、そのたびに目先の戦争と利益に囚われ、将来を失い続けた」

 

「……あんた」

 

「そして今、ヴィクトリアで何をしている? 国を盗み出そうとでもいうのか? カズデルを捨ててまで、成すべきことなのか?」

 

「あーもう、じれったい!」

 

Wは僕を睨んだ。

 

「さっさとやるわよ、銀ピカ!」

 

「いいんですか? 傭兵なんですから、割に合わない戦いなら捨てて帰っても……」

 

「ダーリンも一緒じゃなきゃ嫌なの!」

 

Wは僕の腕を掴んだ。

 

「でないと、胸を張って帰れないじゃない!」

 

「ちょっと!」

 

プラチナが反対側の腕を掴んだ。

 

「何よ、ダーリンって!」

 

「あなたには関係ないでしょ!」

 

「銀ちゃんは私の昔の同僚なんだけど!」

 

「……あの」

 

ヴィヴィアナさんが、僕の背中に手を添えた。

 

「銀弓さん。そろそろ、何かお考えがあるのでしょう?」

 

「……ええ」

 

僕は、三人を見渡した。

 

そして、空を見上げた。

 

降り注ぐ矢。

 

移動し続ける三つの射撃地点。

 

圧倒的な射程と火力。

 

正面から撃ち合えば、間違いなく負ける。

 

ならば。

 

「クロガネ」

 

僕は言った。

 

「あなたは、サルカズの歴史を悪の歴史と仰いましたね」

 

「ああ。確かに言ったとも」

 

「カジミエーシュは罪の塔。リターニアは虚栄の塔。そしてカズデルは悪の塔」

 

「その通りだ」

 

「……なるほど」

 

僕は、無胄盟の暗器型アーツユニットを開いた。

 

旧式なのに、驚くほど頑丈な装備だった。

 

当時の最新型というだけあって、実にしぶとい。

 

「では、それを全部使いましょう」

 

「……何?」

 

「カジミエーシュは罪を重ねてきました。リターニアは虚栄を重ねてきました。カズデルは悪を重ねてきました」

 

僕はアーツユニットを最大出力に設定した。

 

「ならば、それを組み合わせて、天穹まで届く塔を建てればいい」

 

「……!」

 

「罪と虚栄と悪の塔」

 

ヴィヴィアナさんが、小さく息を呑んだ。

 

「なんて悍ましい響きでしょう……」

 

そして、どこか感心したように続けた。

 

「でも、妙に惹かれてしまいます。これがウルサスの皇帝陛下まで惹きつけた、銀の弓の魔力なのですね」

 

「ちょっと、何を言ってるの?」

 

プラチナが顔をしかめた。

 

Wも呆れたように肩をすくめる。

 

「いいから、何をすればいいのか言いなさいよ」

 

「三人とも、アーツを最大出力で放ってください」

 

僕は答えた。

 

「後は僕が合わせます」

 

「……合わせる?」

 

「はい」

 

三つの射撃地点を、同時に制圧する。

 

通常の砲撃では不可能だ。

 

敵は移動している。

 

一つを狙えば、残りの二つから撃たれる。

 

しかし、攻撃そのものを広域に展開できれば。

 

銀の光。

 

燭火の闇。

 

源石爆薬。

 

白銀の光矢。

 

それぞれ異なる四つの力を、一つのアーツとして組み上げる。

 

「ヴィヴィアナさん、闇を広げてください。光を閉じ込める器にします」

 

「分かりました!」

 

「プラチナ、僕の光に合わせて矢を放ってください。射程と方向を決めます」

 

「了解、銀ちゃん!」

 

「W、爆薬は最後です。外側からではなく、内部で爆発させてください」

 

「へえ……面白そうじゃない」

 

「そして僕が、アーツを合わせます」

 

銀の光が広がった。

 

燭火の闇が、それを包み込む。

 

白銀の矢が、螺旋の軌道を描いた。

 

その内部に、源石爆薬が配置されていく。

 

一つの塔。

 

いや。

 

巨大な螺旋。

 

天穹へ伸びる、三重の螺旋塔。

 

「銀の弓よ!貴様は、罪を肯定するつもりか!」

 

「如何にも!」

 

僕は叫び返した。

 

「カジミエーシュはどんなに罪を重ねても、この大騎士領の繁栄を打ち立てました。リターニアはどれほど虚栄に塗れても、そこで生きた人々の歴史は不滅なのです。カズデルはどれほど悪に塗れても、歴史は確かに前へと進む」

 

「僕は例え罪であっても肯定します。これが世に言う、悪と呼ばれる物の全てです!」

 

ズドォォォォォォォォォォンッッッ!!

 

凄まじい螺旋光が、天穹を貫いた。

 

降り注ぐ弓の射列が、一瞬にして消し飛ぶ。

 

銀の光が広がる。

 

燭火の闇が空を覆う。

 

白銀の矢が無数に分裂し、螺旋の外周へ展開する。

 

そして、その内部で源石爆薬が連鎖的に炸裂した。

 

三つの射撃地点。

 

それらを結ぶ移動経路。

 

逃走可能な周辺区域。

 

すべてを巻き込む巨大な光の螺旋が、大騎士領の夜空に出現した。

 

クロガネの矢が、途絶えた。

 

着弾。

 

轟音。

 

そして、沈黙。

 

「……やった?」

 

プラチナが呟いた。

 

「分かりません」

 

僕は答えた。

 

「クロガネを撃破できたとは限りません。ただ、射撃陣地と移動経路は制圧できました」

 

「……何よ、それ」

 

Wが笑った。

 

「とんでもないもの撃っておいて、随分冷静じゃない」

 

「まだ終わっていませんから」

 

僕はアーツユニットを閉じた。

 

「これから第二段階です」

 

「……第二段階?」

 

「四都連合の分断は、まだ阻止できていません」

 

三人が、揃って僕を見た。

 

「……銀ちゃん」

 

「はい?」

 

「もしかして、今のって準備運動?」

 

「いえ。クロガネを止めるための必要な戦闘です」

 

「同じことじゃない!」

 

プラチナが叫んだ。

 

Wは大笑いしていた。

 

ヴィヴィアナさんは、困ったように微笑んだ。

 

そして。

 

「……そういえば、これが銀弓だったな」

 

ムリナールさんが呟いた。

 

彼は、天穹へ伸びる三重の螺旋を見上げていた。

 

罪と虚栄と悪。

 

誰もが忌み嫌い、目を背けるもの。

 

それらを積み重ね、なおも天へ届こうとする塔。

 

あの騎士家は、いつだってこうだった。

 

正しいことだけを選ぶのではない。

 

必要なことを見極め、そのために使えるものを使う。

 

罪を恐れず、虚栄を恐れず、悪を恐れず。

 

そして、その先にあるものを見ようとする。

 

「まったく……」

 

ムリナールは、静かに剣を下ろした。

 

「少しは変わったものと思っていたが……」

 

何も変わっていなかった。

 

あの家の人間は、いつだってそうだった。

 

しかし。

 

その銀の弓の両側には、かつての同僚と、遠い異国から来た傭兵がいた。

 

その背中には、リターニアの騎士が手を添えていた。

 

誰もが、彼自身の意思でそこに立っていた。

 

ムリナールは、ふと笑った。

 

「……いや」

 

少しだけ、違うのかもしれない。

 

銀弓家は、いつだって自ら罪を背負い、誰にも頼ろうとはしなかった。

 

だが、今の銀の弓は違う。

 

誰かが、その隣に立っている。

 

そして、銀の弓もまた、それを拒んでいない。

 

ムリナールは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……よく帰ってきた、銀の弓」

 

その言葉は、夜空に消えていった。

この作品のR-18需要はありますか?もしあるなら、ヒロインは誰が良い?

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明日へ至る銃声(作者:イズモ様 カワ(・∀・)イイ!!)(原作:アークナイツ)

*清書にAI使ってます▼彼がわたしに語っていたとき、わたしはうつ伏せになり、深い眠りに落ちて地についた。しかし、彼はわたしに触れ、わたしを元の場所に立ち上がらせた。


総合評価:758/評価:8.96/連載:13話/更新日時:2026年10月15日(木) 00:00 小説情報

夏雪草が帰る場所(作者:Bestmeever)(原作:アークナイツ)

セラスティアにとって、テレジアの隣にいることは当たり前だった。▼幼い頃から共に育ち、戦乱のカズデルを生き抜き、やがて二人はバベルへと身を置く。▼テレジアが進むなら、自分もついていく。▼彼女の隣にいられるなら、それでいい。▼そう思っていた。▼けれど――当たり前だった日々は、永遠には続かない。▼そして、テレジアを失った日。▼彼の日常は終わった――はずだった。▼「…


総合評価:428/評価:9.2/連載:37話/更新日時:2026年10月31日(土) 18:00 小説情報

好きと言わせてくれない(作者:布団は友達)(原作:アークナイツ)

ロドス随一の戦闘力を誇るナハツェーラーのオペレーター。▼そんな彼の訃報に関するロドス一同のお話。▼以下、オペレーターの悪評。▼『テレジア殿下に一目惚れして求婚し、テレシス殿下に一日中斬り刻まれた』▼『バンシーの王子を姫と勘違いして求婚、河谷のすべてに呪われた』▼『戦争の一族ながら戦ではなく愛に生きた穢れしナハツェーラー』▼『戦神の恥』……etc▼


総合評価:5001/評価:9.05/連載:29話/更新日時:2026年09月15日(火) 01:40 小説情報

モブオペでひたすら妄想を垂れ流す(作者:へまるてぃ)(原作:アークナイツ)

\ご注意/▼行為そのものの描写はありません(たぶん)が、エチチな描写はあるのでR15。▼アーツを使うと謎のフェロモンが発生するモブオペが主役です。ちな巨根。ついヤンデレ的なネタを入れ込んでしまうのは作者の悪い癖▼


総合評価:323/評価:8.75/連載:9話/更新日時:2026年10月18日(日) 21:18 小説情報

よろしい、ならば脱いで貰おうか(作者:チャーリィ)(原作:アークナイツ)

フロストノヴァを末長く幸せにしたい一心で書き殴った結果、彼女に脱衣を迫るオリ主が爆誕した。なんでやねん。


総合評価:2638/評価:8.87/連載:3話/更新日時:2026年06月23日(火) 12:00 小説情報


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