The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「想定以上の危険性だ。カジミエーシュの銀槍の騎士家が、よりによってウルサスにいるとは」
龍門の最上部にあるウェイ長官の執務室。ロドスアイランド製薬を代表して会談に及んだケルシーは、そう思わずにいられない。
「レユニオンの部隊が動かない。ふむ、それは実に素晴らしい事ではないか」
「否定はしません、ウェイ閣下。ですが、問題はいくつもあります。第一に」
「あいつはいつだって勝てる戦争しかしない。龍門に来ないのはそう言う意味だ」
この場に本来ならいるべきで無かった存在が、一人だけいる。彼女の名はマーガレット・ニアール。
「噂に名高いカジミエーシュの耀騎士に龍門へご来訪頂けるとは、誠に喜ばしい事だ。時期が時期でなければ、イベントの一つでも開催するべきなのだがね」
「いや、それは良い。そんな事より、私に聞きたい事とは何だ?」
「カジミエーシュの銀弓の騎士家について、我々にも可能な限りの情報が必要なのだ。是非ともすぐ隣で暮らしていたと言うニアール家の、それも耀騎士からの情報が欲しいのだよ」
カジミエーシュの銀弓の騎士家。それは銀槍のペガサスの語源になった騎士家。ニアール家に比べて歴史が浅いものの、征戦騎士を各地から取り立てて教育し、指導しては成果を上げて来た家。いわば軍事力としての中核に位置していた存在でもある。
「あいつの家とニアール家は、長い間絶縁状態だった。私の両親の失踪にも関与した可能性が高いからだ。それに、そもそも知っているか? あいつの家が、カジミエーシュの征戦騎士にとってどんな家だったか」
「あいつの家は、かつてのカジミエーシュの中核を成していたんだ。つまり、現代で言えば商業連合会のような存在だった」
「商業連合会の合理性を、戦争合理性に振り切ったと考えれば良い。カジミエーシュと言う国家を勝たせる為なら、文字通り何でもする。もっとも恐ろしい征戦騎士の家系だ」
マーガレット・ニアールは、銀槍のペガサスの語源となった家について語った。カジミエーシュで最も恐ろしい戦争の騎士家であった事。国家を勝たせる為には文字通り手段を選ばなかった事。それゆえに商業連合会から心底恐怖され、無胄盟の暗殺者を差し向けられた事。無胄盟を差し向け、何十年もかけた暗殺を繰り返した果てに、最後の一人を除いて壊滅し、その一人も恐らく無胄盟に取り込まれた事。その最後の一人が何故か今、レユニオンに流れ着いた事も。
「ふむ。所で、今の銀弓家の跡地はどうなったのかね?」
「騎士称号が取り消された後、カジミエーシュの土地法で接収され、今はコンビニになった」
「そ、そうなのだな……」
「ニアール家のすぐ隣にあるから、とても便利だ」
「ニアール家には、騎士とは大地を照らす崇高なる存在である、と言う家訓がありますが。僕の家には騎士についての別の家訓が伝わっていました。騎士とはカジミエーシュの支配原理である。と言う物です」
「何と言うか、凄い身も蓋も無いよね。それ」
レユニオンの各部隊に命令を飛ばして、何とか市内が小康状態を保っている事を確認した僕は今。現在のチェルノボーグにおけるレユニオンの本部拠点、チェルノボーグ市庁舎にいる。過去の市庁舎を接収したこの建物ですが、まあ、悪くない作りだと思います。
(例の天災を回避してからずっと修羅場ですね、仕方がないとしても)
(ロドスがいなければ、もうちょっと余裕があったんですけど……)
都市のコントロールを外部操作して、無理矢理進路を変更、天災の回避に成功し、難民の流出も一応は阻止しました。とは言え、住民達の様子はずっと小康状態のままです。正直、まだまだ予断は許しませんね。
「騎士とは武力を経済的利益に交換する仕組みです。力によって戦功を挙げ、土地を得て家業を起こす。カジミエーシュでは長い間、こうした封建制社会が一般的でした」
「現在のカジミエーシュも一見すると企業社会に見えますが、この企業の由来はかつて騎士として戦功を上げて得た、騎士領である事は案外珍しく無いんです」
「そして騎士と言う原理を経済的利益にピッタリと一致させてしまった事で、逆に経済的利益が、騎士と言う原理を振り回すようになったのです。現代の商業連合会は、初期にはこのようにして出現しました」
「ねぇ、銀弓の騎士家って、仮にもカジミエーシュの凄く偉い騎士だったんだよね。そんな言い方で良いの?」
「そんな事で良いんですよ。これが僕たちの騎士としての誇りでしたから。メフィスト」
カジミエーシュの社会原理について一通り説明していると、メフィストはそんな事を言う。最近は落ち着いて来たようで良かった。彼のアーツは強力な代わりに、濫用すれば破壊的な結果を齎すのですから。
「聞こえるか? チェルノボーグの軍事警察を捕らえた。まだウルサスの為に戦う気らしい」
「ええ、ありがとうファウスト。こちらに」
そこに軍事警察を捕縛したファウストの小隊が、部隊を連れて入って来る。そうして現れた人の一人が、僕にこう告げた。
「子供を利用して何をする気だ、カジミエーシュのスパイが!」
「スパイな訳無いじゃないですか。僕はただの敵ですよ?」
まだ啖呵を吐く余力があったらしい軍事警察に、僕はこう言って資料を見せる。
「まず、あなた達の雇い主はもうチェルノボーグに存在しません。なのであなた達軍事警察は無職です」
「ふざけるなよ、頭のイかれたクランタめ。皇帝陛下がこんな状況を等閑視する訳が」
「それは良いのですが。でしたら早くここを出て、ウルサス軍に志願するべきです。自分の力で皇帝陛下の意思を叶えるのが、戦争の道理と言う物ですからね」
「皇帝陛下の為に死ぬなら本望でしょう?」
「使い潰されるのはお前達の方だ! ウルサスを舐め『この辺りにしておくんだ』ロバンさん? 止めるのか」
「失礼。レユニオンの、何だったかな」
「ゴースト。ghostのコードネームでお呼び下さい。一応、亡霊部隊の部隊長という扱いです」
「成る程、ゴーストか。カジミエーシュの冷めない悪夢。何千何万と知れないウルサス軍を葬った家が、今はこんな所にいるのだね」
「そんなにご大層な存在ではありませんよ。ただの没落家です」
ロバンと名乗った彼に、僕は軽く会釈する。そして、ええ、決めました。
「分かりました。あなた方の処遇についてですが、今日から皆さんをチェルノボーグ都市警察の市警に任命します。拒否権はありますが、解散権はありません。元の軍事警察に復帰したいのであれば、まずはウルサス軍に志願し、僕たちと戦争して貰います。そこで死ぬならそれまでです」
「分かった。その案を飲ませて貰う」
「あんた、ウルサスを裏切るって言うのか?」
「ウルサス軍に入るなど到底出来ないだろう。市民生活を守るのが我々の仕事だ」
「……くそ、まあ確かに死ぬよりマシか」
「何で……どう言う事、父さん」
項垂れた姿で文書にサインする軍事警察の面々。警察が無いのも長らく問題でしたから、これで懸念事項が一つ片付きましたか。そう思っていたら入り口の傍から、誰かがこちらを見ているのが見えた。
「ゾーヤ、駄目だ。ここに居てはいけない」
「何でこんな事に、正義は勝つんじゃ無かったの?」
「すみませんが、そちらの方は身内ですか?」
ゾーヤ……と言うらしい灰色の髪の女の子に対して、軍事警察のロバンさんは嗜めるように言う。僕は軽く問いかけた。
「あ、ああ。娘でね」
「そうですか。それは大変ですね。早い内に帰れるように手配しましょう」
「良いの? 兄さん。家に帰して」
「構いませんよ。子供は家に帰るべきです。僕じゃ無いんですから」
そう聞いたメフィストに僕はさっとこう答えた。そしてロバンさんがゾーヤと呼んだその子の姿をふと見る。ゾーヤと言うその子が、僕に言った。
「もうやめてよ、何でこんな事をするの、この悪魔。死んでよ、死んでよ……」
「もし相手が悪魔だとしたら、そんな事言っても仕方ないですよ?」
そう言うと、僕はデスクを立つ。そしてゾーヤと言うらしい、その子にこう言った。
「そう言えば、あなたは正義は勝つと仰いましたね。だとしたら、あなたはウルサス軍に入らないのですか?」
「正義のウルサス軍に入って、悪の感染者を討伐するのが筋でしょう? そうすればウルサスの秩序は回復され、既存の権威の正当性、つまり正義は勝つ事が明らかになります。感染者は存在するだけで間違いだと法的に証明されるんですよ。あなたはそうしないのですか?」
そして、僕は皆さんにこうお願いしておいた。
「なんて、あなたはまだ子供です。こんな詭弁は間に受けなくて構いませんよ。そんな事より、実は皆さんにチェルノボーグのコントロールタワーを調べて欲しいんです」
「チェルノボーグ都市警察としての最初の仕事です。例え失敗しても、ノルマ未達とかで減給処分にはしませんから、気楽にお願いしますね」
ぺこりと頭を下げて。僕は皆さんを見送った。それからこう言っておく。
「ああそれと、今日からこの市庁舎をチェルノボーグ都市警察のデスクとして使って下さい。一部屋開けておきますから」
「正直に言えば、今になってから後悔している。何であいつの事を見てやらなかったのか」
龍門にあるウェイ長官の執務室では、張り詰めた雰囲気がそろそろ緩む頃合いだった。銀弓の騎士家についての話が一通り終わる頃。チェン・フェイゼは勢いよく執務室に突っ込んで来た。
「待て、レユニオン共が龍門に来ないとはどう言う意味だ?」
「そのままの意味だ。レユニオンは龍門への侵攻を中止した可能性がある」
「……何だとっ」
その言葉に対して、ケルシーが分析した内容を告げた。
「カジミエーシュで最も危険な征戦騎士の末裔がレユニオンに入ってしまった事で、レユニオンという組織は質的に強化されてしまったと考えるべきだ。単なる感染者暴徒の集団を超え、ウルサスとの戦争を行う為の軍事力に変貌しつつある」
「つまり、龍門はレユニオンの起こす戦争を、外から見ているしか無くなる。不用意な介入は龍門を、寧ろ戦争当事者に変えるだろう」
「な、そ、そんな訳が」
「断言して良い。あいつなら必ずそうする筈だ」
「ウルサスとの戦争だと!? テロリスト風情が国家に勝てる訳が無いだろうが!」
「あいつは出来ない事は死んでもやらない。一度事を始めた時点で、つまりもう勝算があると言う事だ」
マーガレットはそう言って、ケルシーの言葉に頷く。そして話しだす。
「私は後悔しているんだ。何故あいつが転落する所を指を咥えて見ていたのか。無胄盟の動きを知らないまま見過ごして来たのか」
「何で、初恋の相手がテロリストにまで落ちぶれたのに、私は安全な龍門でのうのうとしているのか」
「ふざけるなよ、龍門だって別に安全な訳では無い!」
「知っている。これは相対的に安全と言う意味だ。言葉の綾さ」
チェンの言葉に対して、マーガレットはそう返した。そして告げた。
「あいつは、あいつの家は、どれだけ前提が悪くなっても平然とした顔をして、その段階で何が出来るかを探し続ける。法外に強い方法だが、一つ致命的な問題がある」
「そもそも、悪くなった前提から誰も引っ張り上げてくれないと言う事だ」
マーガレットは目を瞑って言った。ウェイ長官は珍しく神妙に聞いている。ケルシーも何も言わない。何か言うのはせいぜいチェンぐらい。
「あいつの家は、文字通り商業連合会の手で皆殺しになるまで戦い続けて、その果てに本当に壊滅してしまった。もう何も残ってはいない。あいつもそうするだろう。感染者の為に、本当に死ぬまで戦い続けてしまう。ウルサスが死ぬか、自らが死ぬまで」
「だから、今度は私があいつを引っ張り上げなければいけない。不条理な前提は認めなくて良い。嫌な事は嫌と言って良いのだと証明しなければならない」
「その為に、龍門に何かできる事はあるだろうか? 耀騎士ニアール」
ウェイ長官は、そう言ってマーガレット・ニアールをじっと見つめていた。
主人公…カジミエーシュの最も重要な征戦騎士家の出身。実家で徹底的に鍛えられる→家が壊滅した後脅迫により無胄盟へ→鉱石病発症による追放→国外で活動するイカレPMCに拾われる→PMCの部隊壊滅後、あっさり投降してレユニオンへ、と見事な逆シンデレラ人生を成し遂げる。そして現在はただの幽霊。本当に二アール家の隣家?