The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「やはり、最悪も良い所だ。カジミエーシュの銀弓。一体何度ウルサスに立ち塞がれば気が済む」
チェルノボーグのコントロールタワーで、タルラは一人ごちる。カジミエーシュの銀の運命は、商業連合会の愚かな内紛によって滅びた筈だった。あの時はほくそ微笑んだ物だ。龍門からタルラを誘拐した時のように。
「奴の家系はウルサスの前に30度立ち塞がり、何度となく姦計を巡らし、ウルサスの勇士達を凍土に屠って来た。そして今、31度目を迎えようとしている。この地上で最も悍ましく、そして危険な家系だ。それこそ二アール家のように、崇高な騎士の理念でも掲げていれば良かった物を」
「何が騎士とはカジミエーシュの支配原理である、だ。かくも剥き出しの事実が露出した言葉に、民衆がついて行くなどあり得ない」
悍ましい言葉を平然と語り、原理を剥き出しの形で表出させる。それでは甘い嘘の余地が微塵も無い。民衆が憧れ、ついて行く余地が無いのだ。
「……それに銀弓への感情を通じて、私とタルラの意思が乖離し始めた。まずい。タルラはそもそもヴィクトリアの血筋なのだ」
「カジミエーシュなど、タルラにとっては無関係な外国に過ぎん」
タルラと私は、同じようにウルサスを愛していない。ウルサスの敵を共有していない。感染者としての怒りは共有出来ても、カジミエーシュへの歴史的怒りだけは、どうしても共有しようが無い。
何故ならこれは、どこまで行ってもウルサスだけの感情だからだ。無関係な外国に何故怒れるのか。
「銀弓め、何度ウルサスを追い詰めると言うのだ」
「……必ず此度で滅ぼしてやる」
「ああ、ヘドリーさんは呼び戻せそうですか? それは良かったです」
イネスさんに連絡して、ヘドリーさんの目的地を聞いておいた。どうやら呼び戻せそうだ。ヴィクトリアの軍事委員会に報告に向かうとの事でしたが。
「……それは流石に罠ですよ。軍事委員会なら、こちらの情勢ぐらい把握しています。レユニオンはサルカズを何人雇っていると思っているんですか」
そう言って何とか引き留める事が出来たようだ。それにしても、ヴィクトリアの軍事委員会。恐らく相当にまずい事を企んでいますね。
「影が見えるわ。あなた、また悪巧みをしているの?」
「いえ、ロンディニウムの軍事委員会について少し」
「はぁ? 何よそれ。軍事委員会がどうしたって言うの?」
Wさんがそう言って僕を問いただす。僕は取り敢えず、ひとまずコーヒーをどうぞ。と言ってコーヒーのカップを差し出して、それからこう言った。
「ロンディニウムに駐留する軍事委員会は、相当にまずい作戦を準備しています。これはほぼ確定です」
「どうしてそう言える訳?」
「軍事委員会の現状の活動からの類推です。そもそもロンディニウムを長期間占領すると言う方法が、軍事委員会の組織形態からしておかしいんです」
本来なら、仕事を終えてカズデルに帰還する筈の軍事委員会が、いつまでもロンディニウムに駐留している。逆を言えばこうだ。ロンディニウムでやりたい事がある。それはこれまでに軍事委員会が投入した資源量から察するに、間違い無く総力を結集した作戦です。これまでの苦境を一撃で覆す程の。
「軍事委員会にロンディニウムを維持する動機は今も有りません。組織としてはさっさとカズデルに帰って、次の仕事を始めるべきなんです。その上ヴィクトリアに覇を唱える気もないようです」
「つまりロンディニウムを占領することではなく、ロンディニウムで何かを実行することが目的です。こう考えるのが妥当でしょう?」
「あんた、傭兵に転職しない? ウチならサービスするわよ?」
「それは嬉しいですね。感染者のテロリストで良ければ」
「傭兵なんてテロリストと変わらないわ。目的が少し違うだけよ」
イネスさんはそう言って別の方を見る。僕は言った。
「そう言えば、タルラさんの影は見ていませんか?」
「見ていないわ。あなたのお陰で」
「それは良かった。タルラさんは、ええ、ここまで来たらほぼ確定でしょう。誰かにアーツか何かによって誘導されています」
「ウルサスにとって都合の良い形で、戦争を起こす為にね」
「その、大丈夫でしたか? Aceさん」
「Guardか。俺たちはこの様さ。エリートだって言うのに不甲斐ない」
「それに俺たちだけじゃ無いぞ。ここに押し込められているのは。全く、幽霊め、倉庫を便利に使い過ぎじゃないか?」
チェルノボーグの街外れにある倉庫は、実質的な捕虜収容所と化している。ここには暴れる市民やチンピラの他、ロドスの部隊やウルサス軍のスパイなど、変なメンバーが雑に幽閉されていた。
「ああ、おはようございます。皆さん。取り敢えず今日の食事をお持ちしました。それと、皆さんの今後の日程を決めたので連絡します」
そんな倉庫に、銀弓のクランタが食事を持って来る。やたらと美味しそうなボルシチに、黒パンのシンプルなレシピ。亡霊部隊の部下にお願いして配膳させながら、銀髪のクランタはこう言った。
「まずは皆さんにも都市の復旧作業に出て貰います。作業の働きによって給与を支給する他、仕事がひと段落着いたらここからの解放も約束しましょう」
「ここはあくまで倉庫ですから」
「は、ま、マジかよ……」
「信じられねぇ、あの血も涙も無い幽霊が? 俺たちに慈悲をかけるってのか?」
ざわざわ……と、一気に喧騒が始まった倉庫。GuardはAceにこう言う。
「その、実は、俺、あの人に捕虜交換の日まで生き残ろうって言われているんです。だからここの捕虜にも、俺と同等の待遇を与えるって言う意味なんだと思います」
「成る程、そりゃ合理的だな。カジミエーシュの征戦騎士家の血筋は本物と言う訳か」
Aceはそう言った、Guardの言葉についてふと考える。敵として戦う間は容赦がない。だが武器を失い、捕虜になった途端に扱いが変わる。そこには恨みも報復もない。過去を現在に持ち込ませないのだ。
「カジミエーシュの銀弓……。困った、うちのエリートにも欲しいもんだな。ちょうどああいう奴が足りなかったんだ」
「は?」
「エリートにか、確かにな。そいつは否定出来ない」
Scoutはそう言って、Aceの言葉に同意する。銀弓はそんな事を全く知らず、食後の皿を一通り回収して、次の仕事を手配していた。
「戻ったぞ、幽霊」
「ああ、すみませんエンカクさん。偵察の結果はどうでしたか?」
「ロドス艦が龍門への停泊を解いた。何処かに向かう気のようだ」
「龍門への停泊を解く。それに今の時期ですか。……だとしたら、ロドスと言う組織にとって、龍門での仕事は終わったと言う事でしょうね」
エンカクさんから今回の偵察情報を受け取る。ロドス艦が龍門を離れた。これはつまり、龍門とロドスの提携関係がひと段落したと見るべきでしょう。とは言え少し離れただけで、次の目的地は未だ不明。
「やっぱり、ロドスからは薬を買うだけじゃ駄目ですかね?」
「よりによって敵から薬を買うとはな。本気なのか?」
「僕は本気です。いつまでも医者を敵に回す気は有りません。ロドスが普通の製薬会社なら、既にそうしていましたよ」
「僕たちはあくまで、病を患った患者なんですから」
チェルノボーグは医者が足りている訳でも無いのですから。医療企業との取引はとても魅力的です。ロドスが普通の製薬会社だったら、是非お願いしているのですが。まあ現状が現状ですからね。
「俺はレユニオンを裏切るなら、ロドスに行く気だった」
「? ……それは何故ですか」
「本当にあの組織の事を知らないと見える。バベルを知っているか?」
「バベル……カズデルで立ち上げられた内戦勢力ですね。サルカズ軍事委員会のライバルとして戦争を繰り広げ、最終的には敗北し、カズデルの政治から退去した筈です」
「バベルは、あのロドスアイランド製薬の前身だ」
「……へ?」
「はあぁ、お兄ちゃん。今日も居ないなぁ」
家のすぐ隣にあるコンビニで、今日は長丁場を意識してスポーツドリンクを買う。エナドリはまだ無し。今日はそこまで気合い入れる日じゃ無いし。今日もコーヴァルさんの工房に通って仕事を手伝う予定。お姉ちゃんも居なくなって何年も経っちゃったし。二アール家も寂しくなっちゃった。
「おお、マリア。来ておったのか」
「うん、マーティンさん。所でコーヴァルさんは?」
「コーヴァルならまだだよ。ほれ、今日はコーヒーでも飲んで行くか?」
「うんっ」
マーティンさんからカフェラテを貰って口を付ける。はぁ、今日も美味しっ。
「おお、マリアじゃないか。今日も来るとは中々勤勉で結構」
「それは良かったなぁ、フォーさん」
フォーさんに、私はそう言ってカフェラテを飲み干す。そしてまた話そうとして、
「おおすまんのおマリア。今少々トラブルが」
「あ、コーヴァルさん! 待ってたんだから。今日もやろうよ、機械弄り」
「全く、年を取り過ぎて足元がお留守なんじゃ無いか? コーヴァル」
「んだとぉっ、こっちだってなぁ!」
ワイワイガヤガヤって言う感じで、店内は一気に賑やかになる。うん、やっぱり今日もこうじゃ無いと。
「それでマリア。例の物はどうだった?」
「うん、それがね。家の納屋でお兄ちゃんの家の騎士槍を見つけたんだ。もう凄いんだよ。大きい上に無骨で、装飾も無いの。だから何を狙うつもりなのか分からなくて!」
「ウルサスの重装兵じゃよ」
「へ?」
そんな私に、フォーさんがそんな事を伝えた。え? じゃああれ、競技騎士の武器じゃ無いの? まさか本物の戦争用の槍?
「おい、良いのか、それを言って」
「構いはせん。どうせ今更じゃ。わしらに背を向けて、勝手に死んで行った愚かな家の武器よ」
「ああ、だが覚えているぜ。銀弓の騎士共。手段も、目的も選びやしねえ。ありゃ間違い無く史上最悪の騎士って奴だ」
「戦争の為に怪物的進化を遂げた槍。ウルサスの重装歩兵を撃ち、ヴィクトリアの蒸気騎士を撃つための武器じゃ。それがその、銀槍のペガサスの騎士槍なんじゃよ」
「……え? お兄ちゃんの家の槍、そんなに酷い武器だったの?」
マリア・二アールは、そう言って首を傾げた。
「はぁ、駄目だな。折角生きていると分かったのに、不甲斐ない」
不甲斐なさと恥ずかしさを味わう、その感覚は私にとって初めてでは無い。競技騎士として活動していれば、少なからず味わう事になる。ただ、これだけは別格だ。
「何故、私には何も言ってくれなかった?」
あいつは、私には何も言わなかった。何も言わずに家族の崩壊を受け入れて、家族を殺した張本人と取引して、無胄盟に、敵である筈の組織に入って行った。
その無胄盟も追われた果てで、今ではもう誰も追えない場所にいる。ウルサスですら、あいつを犯罪者として弾劾する事は出来ないだろう。弾劾の為の法的基盤が、都市と共に消えたのだから。
「私は、私には分かっていたぞ。お前が、その、私が好きだったと言う事ぐらい」
お前は、私が好きだったな。幼少期からずっとだ。あんなにじっと見つめられていれば、恋愛事に疎い私でも分かってしまった。私は愛されていると言う事実に。私のような力ばかりが取り柄の騎士を、力以外の全てを持つ騎士家の者が愛している。
「……だから、その、私もお前が好きだったんだ。それに、お前の顔は、随分可愛かったからな」
銀弓の騎士家の、ある意味一番の特徴とも言える部分。顔が可愛い。ふざけた話にも見えるが、これが本気なのだ。銀弓の騎士家の子供達は、何故か悉く可愛い。例え男であっても少女のように愛らしい。そして大人になっても当然のように可愛い。
あんなに可愛いくて優秀な男に、あそこまで一途に想われて、愛されたら、そう、私も乙女になってしまうんだ。
「お前はきっと、感染者には恋愛なんて出来ないと割り切っているんだろう」
「まずは、そこから突き崩してやる」
龍門を離れて行くロドス艦のデッキで、マーガレット・二アールは確かにそう決めた。
亡霊部隊……主人公麾下の部隊。銀弓が兵士を集めたと言うより、その手腕を目にした雑多な兵士達が集まる事で完成した。無胄盟譲りの狙撃装備と特殊な訓練を施され、無胄盟が研究していた侵蝕毒を仕込んだ武器を多用する。一方で無胄盟以上に正面戦闘を想定し、大砲やバリスタなど大型火器の運用能力も獲得した。
絆よりも利益で繋がる部隊。そして兵士にとって最大の利益とは、生きて帰れる事だった。
銀弓に皆が着いて行くのは、彼に着いていけば生き残れるから。
そしてターラーのダブリンと同じ名前である事を、銀の弓は全く知らない。