The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
僕は半分涙目になりながら追求の声を聞いた。
「で、結局あなたはどっちが好きなの?」
「そ、その、それは……」
「あら、もしかしてそっちの金ピカが好きなのかしら」
「……はい、そうです」
「おい待て、だがさっきこう言っただろう、そっちの爆弾魔が好きだって」
「……はぃ、言いました」
イネスさんに影を縫い付けられているせいで、もう逃げ場が無い。ああ、もう無理です。バレました。まあ良いや。内心の自由はいつの時代にも保証されている物ですから。
「消火器入るぞぉ、道を開けろ」
「消火栓を開ける。仕事の無い奴は下がれ。それとなんでも良いからバケツも持って来い」
視界の奥では、消火器をかき集めて火消しに努めている、一応部下の亡霊部隊のみんなが見える。はあ、ちゃんとやってくれたんですね。みんな。
「それで、結論は? Wと二アール、結局どちらが好きなの」
「そ、その……」
「言い淀んでもバレてるわよ」
「どっちもです、はい……」
「はぁぁ……」
盛大に溜息をついたイネスさんに。僕は何も答えられなかった。だって、どうしようも無く、どっちも好きなのは直らないんですから。内心を覗かれると、どうしてもこうなると思うんですけど。
「そ、その、すみません」
「謝らなくて良い『謝らなくて良いのよ、銀ピカ』は、はい」
僕は萎縮しながらそう言う。実際、アーツが無駄に光るのは事実ですからね、そこは否定しようがありません。
「と、とにかく、事が終わったら一度カジミエーシュに戻るぞ。おじさんも心配しているんだ」
「はあ、何言ってんの。こいつにはまだまだ働いて貰わなきゃ行けないの。ヴィクトリアで新しい仕事がつっかえてんのよ。さっさと軍事委員会をぶちのめしに行くわよ」
「……なんで僕の行き先が勝手に決まっているんでしょう」
「やめろおぉっホシグマ! 私はチェルノボーグに行きたいだけで『だからそれが駄目なんですって、チェン警視?』ぐぁぁっ」
龍門近衛局のオフィスビル。ロープでぐるぐる巻きにされたチェンが無惨にも椅子に縛られている。何日も前からタルちゃんの様子を見に行くと言って聞かず、全方位から止められ続けてもう何日なのか。そろそろみんなが忘れて来たレベル。
「ウェイ閣下も仰っているでしょう? チェルノボーグの事は静観せよと。あなたのせいで戦争が起きたらどうしてくれるんです」
「だ、だが、暴徒の群れが今も都市を占領しているんだぞ。一体何が起きるかわからないじゃないか。それにタルちゃんが『はぁぁ……何でこうなったんでしょう』うぐぅ……」
ロープでキツく縛られた挙句、 赤霄は没収を食らってしまった無惨な状態の上司。この人って下手に仕事が無いとこうなるんですねぇ、とホシグマは呑気に思っていた。
「私達龍門はどこまで行っても他人です。チェルノボーグとは何の関係も無い街なんですよ。そんな街の警視が、仮にも異国の街に手を出して、タダで済む訳が無いでしょう?」
「それは分かっている。だが治安上の脅威は『治安上の脅威が、何ですか?』……」
チェン警視は遂に何も言えなくなったらしい。呑気な物です。羨ましい。
「それにタルちゃんが、例のカジミエーシュの銀弓に、数百人単位で集団リンチを食らった挙句、絶叫しながら医務室にぶち込まれたって」
「ですから、それは関係無いですよ……」
「関係ならある、あるんだぞ! 肉親が関係無い訳が無いだろ!?」
「はあ、そんな事を今言われても……」
それに、近衛局の窓の向こうから聞こえて来る祭囃子だ。本当に凄い歓声。隣向かいであるチェルノボーグで、感染者が都市を解放し、ウルサスの圧政から市民を守った。その事実が龍門にまで波及して、今では殆どお祭り騒ぎに発展している。街全体が年中のどんな祭りよりもお祝いムードです。おまけに先程見かけたウェイ長官も、妙に渋い顔をしていましたね。
「よし決めたぞ。私はロドスに出向する」
「……は?」
チェン警視は突飛な事を仰っていた。何でいきなりそう言う答えになるのでしょうね。どうにも分かりません。
「ロドスと言う製薬会社は陸上艦で世界を巡るらしい。ならば私がタルちゃんの様子を見る機会も増える筈だ」
「それはそうかもしれませんが……しかしロドスですか。そもそも信用できるのですか?」
ロドス製薬の名前を、龍門近衛局の大半は知らない。龍門にとってのロドスとは、接触の機会を逃して、一度通り過ぎてしまった会社なのだ。
「信用するのは難しいかもしれんな。だが、カジミエーシュの耀騎士、二アールが信用していた会社だ。ならば私も信じたい」
「成る程。では、その耀騎士二アールがチェルノボーグで大暴れした件については?」
「本来なら私がやるべきだったんだ。私が、私がタルちゃんのぉっ」
「はいはい、それはもう良いですから。チェン警視の外部出向について、私からウェイ長官に掛け合ってみます」
「サンクトグリファーベルクから招待がかかった、ですか?」
「ああ、それもお前を名指しでだ」
チェルノボーグでの事件がひと段落して、ウルサス軍の来襲を警戒しながら再び通常運営に戻った頃。僕はやっと小康状態に戻って来たタルラさんに医務室のベッドでそう告げられた。
「すまない、銀弓、あの時は」
「大丈夫。僕たちは同じ感染者なんですから、ウルサスの姦計を撥ねつけた。それで充分ですよ」
「……それでもだ。私は感染者を裏切った」
「それを言うなら、ウルサス軍はウルサスを裏切りましたよ」
僕はそう言って、タルラさんの言葉を遮る。そしてこう言う。
「商業連合会はカジミエーシュを裏切り、実権を握って反対者には無胄盟を差し向け、社会を私的利潤の源泉として作り替えました。ウルサス軍はウルサスを裏切り、力を拠り所として、反対者の全てを踏み躙って行きました。それに比べれば、タルラさんは到底感染者の、ひいてはレユニオンの裏切り者などとは呼べません」
「だってまだ、何も起きてないんですから」
「それはお前の比較対象がおかしなだけだろう」
そう言ってタルラさんはジト目になる。僕はと言うと、先程教えられた、サンクトグリファーベルクからの招待について考えていた。正直、暗殺のリスクは十二分にある。罠を仕掛けるならどう見ても絶好の機会だ。
「だがサンクトグリファーベルクの招待について、私は受けなければならないと考えている。戦後処理が必要だ。今のレユニオンも、チェルノボーグも、宙吊りになった状態をいつまでも続ける訳にはいかない」
「……やはりそうなりますか」
タルラさんの仰っている事は、正直もっともです。僕にも否定出来ません。
「だとしたら……、どうしましょうか」
「征戦騎士の将軍家の末裔には、何か考えがあるのか?」
「ええ。ヴィクトリアの王族殿下の生き残り為に、必ず策を用意してご覧にいれましょう」
「全く、私はただの感染者だ」
「僕もですよ。ただのテロリストです」
「……それと、私がいない間、レユニオンを守ってくれてありがとう」
「そんなの、僕を拾ってくれた恩に比べれば微々たる物です」
そう言った後、僕は少し前に知った、タルラさんにも報告すべきと思った事を話した。
「そう言えば、実は龍門から人が来ていますよ。ナインと言うそうです。タルラさんも後で会ってくれませんか?」
「ああ、分かった。そのくらいなら病室でも良さそうだ」
「あれがタルラ・アルトリウス。思っていたより遥かに冷静でしたね」
正直に言えば、タルラさんと話すのはこれが初めてでした。僕が知っているタルラさんは、既にウルサスに支配された後でしたから。
「よ、銀弓サマ」
「ああ、ズィマーさん、どうかしましたか?」
ズィマーさんは、ペテルヘイム高等学校の学生だと言う方です。正直僕から話す事は特に無いのですが、向こうからは案外話しかけて来ます。学校を出る前に無胄盟に入りましたからね、僕の場合。
「今はどうですか? 一応学期も再開しましたけど」
「そんな事より、アレだよ、アレ! あの一大告白」
「詳しく聞かせてくれよ。学校中今でもあの話題で持ちきりなんだからさ。カジミエーシュの銀弓の騎士サマが、耀騎士サマと例の傭兵に二重告白したって」
「僕は騎士じゃ無いですから。騎士号を貰う前に実家が壊滅したので」
「えっそうなのか?」
「ええ、そうなります」
それから、僕の過去について一通り説明しました。実家が壊滅した後、無胄盟に入って、無胄盟を追い出されたら国境外でイカレPMCに入って、イカレPMCも壊滅したら、今度はレユニオンに投降して、そして気が付いたらレユニオンがチェルノボーグを巻き込んで、ウルサスの国策の為に壊滅しようとしていました。そんな話をね。
「大した話じゃ無いでしょう『大した、話だよ』ズィマーさん?」
「あんた、やっぱり凄い奴なんだな。でもさ、あんたの過去は悲し過ぎるよ。家族がみんな死んで、故郷にも、仲間にも裏切られて、悔しくはなかったのかよ」
「悔しさは思考から明晰さを奪います。それが、僕の家の教育ですよ」
「あんたの家、やっぱり怖いよな。ウルサスで言えば、代々受け継がれて来た将軍の家とか、そう言う感じなんだろ?」
「まあ、否定はしません」
そう言って、僕は少し目を閉じた。実際、僕は生まれから普通という訳じゃない。思えば無胄盟時代を除いて、普通の経験を余りして来ませんでした。勿論、普通に学校に通う事も。
「所でズィマーさんは、僕たちを恨まないんですか?」
「そんなの、恨む訳無いだろ、あんた達レユニオンのお陰で、ウルサス軍のせいで壊滅しかけた街が守られたんだ。この街も、私達の学校だって」
「ふふ、それは良かったです」
そう言って、僕は顔を上げる。そしてこう言った。
「そう言えば、サンクトグリファーベルクの皇帝陛下から招待を頂いたんです。要は戦後処理と言う訳ですが、それも僕を名指しで指名されたんですよ」
「へー、皇帝陛下のお眼鏡に叶うなんて凄いじゃねぇか。そりゃ大快挙だぜ? もしかしたら貴族に叙勲されたりして」
「貴族に叙勲……ですか。そこまでトントン拍子だとは流石に思えませんけど」
僕はふと思う。そして考えた事を話した。
「でも、サンクトグリファーベルクの思惑が分からないのも、その通りなんですよね」
(この都市の住民からは、レユニオンは占領者でありながら、事前の予想より遥かに受け入れられています。占領統治を丁寧にやった事、この街を戦争のトリガーにしようとした、ウルサスの陰謀が露見した事)
(そして、ああ、僕の告白のせいですか。これだけは気にしなくて、良いですよね?)
「そんな事よりさ、あの告白だよ、公開告白!今度こそ細かい所まで教えて貰うからな!」
「成る程、それは良かったですけど……」
そうして暫くの間、僕はゴシップの対応に追われていた。
チェンさん、全く成長していない。当然のように前衛アーミヤも無し。