The Arrow of Silver 銀弓の運命は砕け得るか 作:Delphinus
「う、ううぅ、ん……」
疲れ果てて眠った僕を、誰かがさっと撫でている。あれからエリートオペレーターを相手に連戦させられて、勝ったり負けたりを繰り返しながら、疲れ果てるまで訓練する羽目になりました。BrazeさんはSilverarrow呼びをやめてくれないし、いつのまにか半分くらいオペレーター扱いされているし、どうすれば良いんでしょうね、こう言う時。
「大丈夫か?」
「ん、ええ、二アール……」
半目を開けた僕の髪を、二アールの手がそっと払う。今、僕は二アールに膝枕されているらしい。ロドス艦内の客室で。……え?
「ちょっと、待ちなさいよ。もう起きてるじゃない。ほら、こっち」
「え、あ、ひゃぁんっ」
「ひゃんとか言わない、ほぉら!」
そんな僕の頭をWが奪って、側に置いて膝枕する。あぁ、どうしましょう。今、ちょっと幸せ過ぎますよ。
「その、W? ……」
「文句言わないの。全く。ブレイズとか言う奴に引っ掛けられて、銀ピカは女癖悪いんだから」
「ブレイズさんは、流石に無関係ですから」
「はぁぁ、にしても、あんたって本当に可愛いわよねぇ、この顔。それに尻尾も良い感じにふさふさで」
「ひ、ひゃんっ」
「だからひゃんとか言うなっての……」
僕の顔を覗き込んだ、Wさんがそう言った。実際、顔が可愛いのは昔からです。昔の屋敷の近所では、マーガレットより可愛いとかどうとも言われてましたね。僕の家系って、妙に可愛い人が多くて。まあそれは良いんですが。
「うぅ、W。慰めてくれてありがとう」
「はあっ、褒めて無いっての」
「全く。お前は」
溜め息をついたような表情のマーガレットに、僕は膝枕から起き上がって言う。
「勿論、マーガレットも。ありがとう。お陰で今日も生きていけますから」
「今日だけじゃ無い。これからだって生きていくんだ」
「ふふ、それもそうですね」
そして軽く伸びをして、こう伝えた。
「そろそろサンクトグリファーベルクです。皆さんも準備を」
「さて、準備はできたか?」
「ええ、タルラさん」
ロドス艦からタラップを降りると、壮観な景色が出迎える。流石に巨大帝国の首都艦ともなれば、その規模は凄まじい物です。人口規模で見ると、カヴァレリエルキ以上ですからね。
「おおっ、すごいじゃん! これがウルサスの首都か」
「ええ、この国で一番栄えた都市だもの。間違い無く、世界でも有数の街よ。このサンクトグリファーベルクは」
そんな僕の後方で、彼女達が騒いでいるのが見える。始めた て会った時は、ウルサス学生自治団と名乗った学生達。ズィマーが代表しているその組織が、ここに来たいと僕を通じて懇願していた結果です。
「壮観な眺めだな」
「ええ、そうでしょう、ドクター」
そんな僕のタルラさんとは別の隣に、黒フードのドクターが立つ。こうして見ると、やっぱり外見は不気味ですね。公の場にはあんまり出したくありませんよ。
「それと、実はオペレーター達から要望が来ている。Silver arrow。この会談が終わったらロドスに入らないか?」
「……評価して頂けるのは嬉しいですが、なんでそう言う結論になるんですか」
「うちのエリートオペレーターを二人も縛った腕前は惜しい。それに実力だけで無く、武器や戦術を選ばない柔軟性も魅力的だ。入ってくれるなら、短期間でエリートオペレーターの待遇を付与しても良い」
「別にそう言うのは求めてませんよ?」
何でか知りませんけど、最近エリートオペレーターからやたらと突かれている。そもそも、エリートオペレーターという枠組みを知ったのは最近なんですけど。
「やだぁっ、欲しい物は欲しいっ、あれだけの遠距離射撃を撃てる逸材がいれば、戦術のレパートリーも一気に広がる! それに今なら合成玉180000個だってあげるからっ」
「いりませんよ、そんな変な物体」
合成玉って一体何なんでしょうね。そう思って、僕はここに来る前に買ったカップ麺と携帯ケトルを渡しました。
「仕方がありませんね、はい、カップ麺とお湯を沸かした携帯ケトルです。これで機嫌を直して下さい」
「わーいありがとうっ、ペロリッ」
(う、うわぁぁ……)
カップ麺の中身をそのまま開けて食べたと思ったら、口の中にお湯を注ぐドクター。……本当にいつ見ても気持ち悪い。
「ゴクンッ、うん、今日も旨い! よし、Silverarrowも今日からロドスの一員だ」
「だから、Silverarrowって呼ぶのはやめて下さい。ドクター」
宮殿に入った後、僕たちはウルサス帝国議会の議長、イスラーム・ヴィッテに歓迎を受けた。タルラさんが応対する間、僕はウルサスの現状について考える。
(イスラーム・ヴィッテ。ウルサスの元財務大臣にして、現帝国議会議長。とんでもないビッグネームがきましたね。それだけ僕達を重視している、と言うポーズでしょう)
(それと、恐らく彼が現皇帝派の筆頭である、と言う理由もあるでしょうね。議会の議長を重用し、ウルサス軍や貴族を押さえ込む。そうして考えると、皇帝の考えも伺い知れます)
(きっと随分と開明的なのでしょう。しかし、そのせいで政府内でも動かせる人は少ないと見えます)
こうして軽く見るだけでも、現在のウルサス皇帝、フョードル1世の苦しい政治的立場が伺い知れる。まあ所詮反動勢力の考える事ではありませんね。
ヴィッテ議長とタルラさんの対話が終わる。僕たちの前で、宮殿内の巨大な門が開かれた。さて、ここからは単に、タルラさんに付き従うだけです。
(タルラさん。コシチェイ侯爵について、あなたの知っている限りの情報を、皇帝フョードル1世に伝えるべきです。必ず知りたがる筈ですから)
(成る程、お前が言うならばやってみよう)
昨日言った事を思い出す。コシチェイについて、知っている限りの事を話すべき。そうすればレユニオンの利益になる。と言う話をした。タルラさんはその通りに、コシチェイについて知る限りの事を伝えた。それから幾つかの話があった。その後は
「では、タルラ・アルトリウスを新たに我が国の公爵に任じ、チェルノボーグをその領地として認める。その上でチェルノボーグを自由都市として公認する」
「この自由都市と言う案は、炎国の龍門の制度に準じた物だ。今後のチェルノボーグではウルサスの法が緩められ、多くの自由が許される。感染者の生活、外国企業の活動をも認める。その上に高度な自治権を付与しよう」
「そして次に、カジミエーシュの銀の弓よ。そなたを我が国、ウルサスの伯爵に任ずる。異論はあるか」
(は、え、え? ……)
正直に言えば、驚愕も良い所でしたね。タルラさんはともかく、僕を伯爵に任命するだなんて。その異論を顔に出さないようにして、居住まいを正して騎士礼を捧げた。
「はい、喜んで受領いたします。皇帝陛下」
「これで良かったのですか、皇帝陛下」
「私は構わないと思っている。元より、これはウルサスにとって好機でもあるのだ」
会談を終えた後、帝国議会議長、イスラーム・ヴィッテと皇帝フョードル1世は、軽く先の会談について話していた。
「ヴィクトリアのドラコ王族の末裔、タルラには政治的価値があまりにも大きい。またチェルノボーグの発展は、事前の予想を遥かに超えている。ならばこそ公爵に任じて、敢えて取り込むのもウルサスにとっては良い筈だ」
「それに、目下最大の問題はウルサスの旧体制なのだ。チェルノボーグの事件で尚更明らかになった。軍の横暴を何としても抑制しなければならない」
「確かに、仰る通りです」
チェルノボーグが龍門にぶつけられようとし、その挙句に失敗したと言う報告を聞いた時、皇帝陛下の激怒は余りにも激しい物だった。単純に、軍が何をやっているのか分からなかったから。
「我々は済んでの所で、チェルノボーグと言う都市一つを丸ごと喪失する所だった。レユニオンはそれを食い止めるどころか、更なる発展の起点まで作り出して見せたのだ。ならばそれに報いるのがこのウルサスの皇帝と言う物だろう」
「それに、今の我々は軍や貴族の対応に手一杯です。辺境で更なる武装勢力と戦う余裕がある訳ではありません」
「……いかにも、その通りだ」
現皇帝、フョードル1世にとって、ウルサス軍や貴族の粛正は最大の問題となっている。もはや限界線を超えて暴走したウルサス軍に対して、耐えられるレベルは既に超えているのだから。
「ですが、かの銀弓については? 彼の家は余りにも長い間、過去数100年、30度にも渡ってウルサスを苦しめて来ました。その過去を許すと?」
「許すとは言わないが、それをしたのはあの銀弓本人では無い。過去の歴史に責任を問うても仕方が無い。それに彼の力と出生は、ウルサスにとって余りにも有益で、その上魅力的なのだ」
「彼の報告は一通り見たが、正直に言えば手元に置きたいくらいだ」
「それに、カジミエーシュが追放した一族の末裔を伯爵に任じた事で、我々はカジミエーシュに対する強力な宣伝材料を手に入れました。カジミエーシュが自らの愚かしさによって追放した家の末裔が、ウルサスで取り立てられ、立派な貴族として叙勲されたと言う形で」
ヴィッテは皇帝の言葉に、そう回答を加えた。実際、銀弓の利用価値は凄まじい。彼一人だけで、商業連合会に何本の楔を打ち込めるのか。
「ああ、その通りだ。カジミエーシュに対する対抗材料は幾らあっても足りない。他の国に比べて強くは無いが、あの国は間違い無く、ウルサスの喉元に突き付けられた短剣なのだから」
(カジミエーシュの銀の弓……なんと美しく、鮮やかな事か)
カジミエーシュの銀弓の逸話、或いはその悪夢譚は、ウルサスにおいて一種の恐怖劇、或いは定番の悪役としても扱われる。カジミエーシュで最も恐ろしく、最も残酷で、史上最も多くのウルサス兵を殺した家系。騎士でありながら名誉を知らず、輝きは犬に食わせた戦争の騎士家。その冷酷な戦術に反して、捕虜に対しては以外な程優しく、降将には礼節を以て接したと言う。
「カジミエーシュで最も優れた利弓。それが今、何の因果かウルサスにいる。やはり手元にいてはくれない物か」
「陛下?」
「いや、何でもないさ。ヴィッテ」
「よっ伯爵サマ。大出世じゃん」
「ズィマーさん、別にそんな訳ではありませんよ」
「そんな事は無いわ。これであなたも立派な貴族なのよ」
宮殿を出た後、僕は真っ先にウルサス学生自治団の皆さんに捕まった。ズィマーさんに、イースチナさん。それとグムさんと、ロサさん、でしたか。ズィマーさんが言うには、リェータさんは置いて来たそうです。リェータって方が誰かは知りません。
「はあ、ロサさんまで。僕としては、出世し過ぎて実感が無いですよ。タルラさんまで公爵位を貰ってしまいましたし」
「これでチェルノボーグは、タルラ公爵の治めるウルサスで最も自由で豊かな街になる、と言う訳ですね。良いじゃ無いですか、ボリス侯爵よりよっぽど」
「そうね、ボリス侯爵は切れ者だったけど、良くも悪くも上に立つ人柄では無いわ」
イースチナさんの言葉に、ロサさんがそう言葉を増やす。以前の領主だったボリス侯爵、なんだか妙に人気が無いんですよね。
(ボリス侯爵の事はチェルノボーグを制圧する前から念入りに調べましたが、間違い無く相当な切れ者です。チェルノボーグを軍の支配から独立させて、恐るべき勢いで都市を繁栄させて行った。そして、そのせいで軍にとっては、失っても痛くない街になってしまった。それがチェルノボーグを龍門攻撃に利用した、根本的な原因なのでしょう)
ボリス侯爵。領主としては相当な切れ者と言うのが僕の感想です。ただ、民衆からの人気まで手にするには、貴族として傲慢過ぎたのでしょうね。
(ボリス侯爵も、倉庫にぶち込んだ後、ウルサス政府に返還した筈なのですが。はぁ、都市のコンパーメントを勝手に切り離すから、あの時は困りましたよ)
都市のコンパーメントを一部切り離して、逃走を図ったボリス侯爵に対して、僕はメフィストの献策を採用して伏兵を配置。彼の身柄を拘束した。彼らを返還するのも今回の仕事でしたから、肩の荷が降りた気もします。
(そう言えばあの時、スノーデビル小隊が一悶着あったそうですね。僕は一足早く帰ってしまいましたが)
そう言えば、あの時スノーデビル小隊がロドスの小部隊といざこざを起こしたらしい。僕は早期に撤退するよう要請したのですが、あの日の帰りは遅かった。なんでも岩盤に閉じ込められたとか。
「まあ、それは良いでしょう」
「よ、伯爵就任おめでとさん」
「ええ、ありがとうドクター。はい、カップ麺のおかわりですよ」
「やったーカップ麺だぁ!」
「もう、ドクター、カップ麺ばかり食べてはいけません」
コータスの少女がそう言った頃には、ドクターは既にカップ麺を開けて口に放り込んでいた。そのままお湯まで手にして放り込み、うわぁ、いつ見ても気持ち悪い。
「あなたもです、ドクターを甘やかしては行けません。ドクター。終わってない仕事がたくさんありますから、まだ休んじゃダメですよ」
「ゴクゴクッ、うん、美味いっ、よし、今日はもう休暇にしよう」
「ドクター?」
「うわァァァァァァッ」
そう言ってドクターは僕の背中に隠れてしまった。な、何故でしょうね。
「もう駄目だぁ助けてくれぇっ、ブラック企業のCEOが虐めるぅ」
「と言うか、ロドスってブラック企業だったんですか?」
「ドクター?」
そう言って、ドクターの方を覗き込むCEO。何というか、子供の割に圧力が半端じゃないですね。
(ロドスが本当にバベルの後継者だとしたら、この圧力は恐らく彼女の物では無い。サルカズの歴史の圧力)
「圧力だけで人は動きませんよ、CEO」
「えっ?」
「ドクターが折角休みたいと仰るのですから、今日はもうお休みにしましょう。休暇と言うのは、取りたい時に取らせるのが一番効率的なんです」
「これからも、気分良く働いて貰う為にね」
「うう、何て優しいんだ、感動したっ、やっぱりロドスに入ろう。Silverarrow! 今ならエリートオペレーター待遇に純正源石666個も付いて来て」
「ドクター?」
「ああ、何でも無い」
「……純正源石は工業用では?」
どうやら、ドクターは純正源石の新しい使い道をご存知のようだ。CEOの圧力で突然動きを止めたドクターに、そう思っていると。
「うわァァァクンカクンカクンカッ、銀色尻尾もふもふううぅ、ひゃっホオオオォ!」
「ひゃぁっぁ、お、男の尻尾なんか触って、ひゃあぁぁんっ」
「うわァァァクランタ尻尾最高ぉぉぉうわぁぁぁっ柔らかもふもふううぅっ」
ドクターが唐突に僕の尻尾をモフり出す……、いえ、だから何やってるんですかドクター?
「その辺りにしておけ、ドクター」
さっさと、誰かが僕を引き剥がす。ドクターの絶妙に気色悪い手が離されて、そのままさっと腰に手を回されてしまう。あ、これって、お姫様抱っこ……。
「ま、マーガレット」
「ん、どうした?」
「大好き」
「今言うな。恥ずかしい」
「うぁぁぁぁっこの際二アールも良いかなってうおおおもっふもふうううぅ」
「う、うぁぁぁっ、な何をするドクターッ」
「だから何やってるんですかドクター」
この際マーガレットの尻尾までモフり出したドクターを、CEOがジト目で非難する。僕はと言えば、ドクターのモフモフによってマーガレットの腕から離された事を逆に利用し、マーガレットの腰を掴んでいた。そのまま逆にお姫様抱っこしている形へ。
「駄目ですよ。ドクター。マーガレットは、僕の物、ですから。幾らドクターでも渡しません」
「だから今言うな、恥ずかしい……」
「うーん尊い、これはあり!」
「今日のドクター、本っ当に最低です」
CEOのそんな台詞が、何故かいつまでも頭に残っていた。