職業・魔法少女を治す人 作:魔法少女にゴツイ武器持たせたい
お笑い番組で芸人が落とし穴に落ちるシーンを見たことはあるだろうか?
子供時代の俺は「やらせじゃなきゃ、そんな変顔にならないだろ」とか、クソガキらしく斜に構えたような感想を抱いていた。もしも、俺が素直にお笑い番組を楽しめる感性を持ち合わせて居れば、その後の人生でもう少し上手く人付き合いができたはずだ。
話が逸れた。
とにかく、俺が主張したいことは、たったひとつ。
「やっぱ変顔は無理あるだろ」
ビルの十五階から絶賛落下中の俺は、走馬灯に浮かんだお笑い番組から子供時代と変わらぬ結論へと至り、ただ自嘲気味に口元を歪めていた。
周囲では俺と同様に自由落下中の黒髪美人な同僚やら、その美人へことあるごとにセクハラしていたオッサンなんかが泣き叫びながら宙で藻掻いている。
下の方を見れば先に地面とキスした人間らしき血だまりが散見された。こうして見ている間にも地面の赤い染みはぐしゃぐしゃと増えていく。
念のため説明するが、俺たちは好き好んで紐なしバンジーをしているわけじゃない。
自分の意志ではなく、不幸な事故によってこのような惨状になっているのだ。
しかし、こんな地獄みたいな状況は、もはや現代日本において
十年前に初めて観測された
折目正しい秩序に守られた世界の法則は、理不尽にも書き換えられた。
街の空にドラゴンが飛ぶだとか、ただの
そして、俺は正にその超自然変異現象の被害者になったわけである。
鉄骨鉄筋コンクリート造りの盤石なビル内で過ごしていたはずが、足元から床が気化していく衝撃を想像してみて欲しい。そして、中にいた人間は雨粒となって大地を赤く濡らすのだ。
下を見れば今も死体の上に死体が積もり続けている。雨よりも雪に例えた方が適切かもしれない。
何にせよ、如何にもふざけた話だとは思わないだろうか?
「クソ喰らえ」
誰に届くわけでもない悪態を吐く。
素粒子くらいのあってないような可能性に賭けて美人な同僚――たしか名前は星野だったろうか。何分、大きな会社だし、普段は社内ですれ違う程度の関係だから、あまり話したこともない――の命を救えまいかと彼女に手を伸ばし、俺の体が下に来るようにその身を抱え込んだ。
死ぬ間際に人助けの真似事でも見せておけば、世界をこんな風に狂わせてしまった神様とかいう阿呆が俺を善人だと勘違いして、何か奇跡のひとつも起こしてくれやしないかと期待してのことである。
頼む神よ、馬鹿であれ。
なんて、普段は神様なんてこれっぽちも信じちゃいないくせに、こんな時ばかり信仰に走る俺もなかなかの愚か者であろう。
ところで、腕の中の星野が何事かを喚き散らしているのだが、轟々とうるさい風切り音のせいで何を言っているのかは聞き取れない。
おそらくは「こんな風に死にたくない!」みたいなことを必死に訴えかけていたと思われる。
そんなことを俺に言われても、せいぜい下敷きになってやるくらいのことしかしてやれないのだが。
そして、下らないことを考えている間にもみるみる地面が迫り、最後の最後――水風船が弾ける音と同時に、世界が白く染まった。
………………。
体感にしてコンマ数秒。永遠に失われると確信していた俺という自我が再形成される。
スライムを掌で
周囲を見渡せば、一緒に働いていた社員たちと思しき肉塊と、五体満足な様子で眠る星野の姿。
はてさて、一体お前は長々と何の話をしているのだと聞かれれば、これは俺――
「んぁ?」
このときの俺は、お笑い番組に出たら笑いを取れる良い顔をしていたんじゃないだろうか。
◆ ◆ ◆
東京都内のとある場所、半径二キロメートルほどの範囲で観測された新たなダンジョンの出現反応を受け、自衛隊は緊急災害派遣を実施した。人員は陸・海・空を問わず近隣の基地から多くの隊員が緊急出動することとなる。
尚、該当地域は元の地名から江東区ダンジョンと呼称されることになった。
ところで、出動隊はあくまでも被災者たちを江東区ダンジョンから脱出させるための救助要員でしかない。
ダンジョン内部に現れる多種多様なバケモノたちと戦う武器も用意されているが、一般的な砲銃程度では、ダンジョンの
では、人類はダンジョンという厄災から逃げることしかできないのか?
それは、否である。
「昨日は鹿児島で、今日は東京。連日ダンジョンアタックってどういうワケ?」
ため息交じりに愚痴った少女――
背中まで伸びた長い緋色の髪に、煌めく赤眼。
上品なリボンが付いた生成り色のブラウスに黒のスカートという少し大人びたコーディネートだが、まだまだ幼さの抜けきらない顔立ちのせいで背伸びした少女という印象が強まる。
しかし、その両腰元には革のホルスターがぶら下がり、少女に似つかわしくないスチールグレーの鈍い輝きが覗いていた。
銃の全長は二二〇ミリ。九ミリ口径の自動拳銃に似た姿をしているが、実際にこの拳銃から鉛玉が射出されることはない。
彼女の腰に下げられた二丁の拳銃から打ち出されるのは、魔法の炎弾だ。
実に物々しい姿形をしているが、六華によって《シグルス》と名付けられた二丁拳銃は、言わば彼女にとって魔法のステッキみたいな物なのである。
そう。魔法のステッキだ。
そんなものを使う彼女は何者なのかと言えば――
「魔法少女に休日はないのかね?」
現代日本の最高戦力――魔法少女。
超自然変異により変質したのは何も街だけではない。
人間もまた、魔法因子という超常の力を手に入れていた。
極稀に、十代の少女のみに適合する魔法因子は適合者の肉体を変質させる。
フィクションの産物でしかなかった魔法を操り、常人にはありえない身体能力を手に入れた彼女たちを、人々は魔法少女と呼ぶのだ。
『心中お察ししますが、アナタにしかできないことです。火々里特士』
右耳に取り付けられたインカムから管制官の低い声が聞こえてくる。
突然話しかけられたことに驚くこともなく、六華は慣れた調子で軽口を返す。
「別にアタシ以外にも魔法少女はいるじゃん。てか、
『この一帯は水場が多いから嫌だと……』
「はぁ~~~⁉ そんな理由で鹿児島に居たアタシが呼び出されたワケ⁉」
九州南部くんだりからジェット機を使っての急な遠征である。
予想外の要請理由に六華は目を剥いた。
『火々里特士が街を放火した後の消火活動が楽だということも理由のひとつとして……』
「誰が放火魔か!」
『そこまでは言っていませんが……』
管制官の含みのある言葉尻に六華が眉をひそめたところで、次の言葉を封じるように強い口調が続く。
『火々里特士、そろそろ降下ポイントに到着します』
「まったく人使い荒いんだから」
『申し訳ございません。本件が無事に片付いたら、特別手当は弾むように上へ要求しておきます』
「要らない。どうせアタシら魔法少女は大金抱え込んでも使い切る前に死ぬんだから」
『っ…………』
「冗談だって!」
管制官は言葉を詰まらせ、火々里は誤魔化すように明るい声を張り上げた。
「それじゃ、行くとしますか!」
それだけ言って、六華はおもむろに扉を開け放つ。
減速し、高度を落としているとはいえ、ここはまだ上空五千メートルを超える高所。
しかし、六華は何の躊躇もなく外へと飛び出した。