職業・魔法少女を治す人 作:魔法少女にゴツイ武器持たせたい
「俺の祈りが神に届いたか?」
まず最初に、Yシャツを脱いでみる。広げてみれば、地面との強烈な衝突でわかりやすく傷ついていた。
ならば、このYシャツに袖を通していた俺の体も相応に傷ついていなければおかしいのだが、不思議なことに体は痛くないし、血痕も見当たらないのだ。
「神様。俺、今日から毎日お祈りを捧げることにします」
両手を組んで天を仰ぐ。
これを神の奇跡と言わずして何とする。俺は今この瞬間から信心深く生きていこうと心に決めた。
ところで俺を救ってくれた恩神は
日本育ちだと神の数が多すぎて困る。
「ま、いいか。全部の神に万歳だ」
サクッとお祈りをすませたところで、今後の方針に頭を巡らせる。
たしかに落下死は免れたが、俺が今にも死にそうな状況であることには、実は何ら変わりない。何せ、ここはダンジョンと化した無秩序の街なのだから。
「さて、どうしたものか」
忘れかけていたが、足元に眠っている星野のこともある。
彼女の紺色のテーラードジャケットも、多少傷がついている。だが、やはりというべきか血を流した様子はなかった。
俺はわずかに肩を上下させて小さな寝息を立てる星野を確認し、その場に座り込む。
彼女を担いでダンジョンの外を目指すのは馬鹿らしい。どんな危険生物が徘徊しているかわからない地雷原みたいな場所を、当てもなくフラフラするのは博打が過ぎる。
おそらく既に自衛隊が動き出してくれているだろう。であれば、ここは下手に動かず、救助にやって来る彼らを待つのが賢い手じゃなかろうか。
「神頼みの次は他人任せか。他力本願の極みだな」
自嘲し、周囲を見渡す。
どこもかしこも酷い有様だった。
生きている人間は見当たらない。もしかすると意識を失っているだけの者もいるかもしれないが、生存者を探し回る気にはならないくらいに死体の山が築かれている。
それに、消失したのは俺が居たビルだけじゃないらしい。高層ビルが立ち並んでいた街の景色が、数世代退行したように更地だらけになっていた。
あまりにも、現実味がない。
「インフルエンザでもここまで酷い夢は見ないだろうさ」
一度意識してしまうと、むわりと鉄錆の匂いが鼻を突く。喉元に迫り上がる不快を、ごくりと音を鳴らして空気と飲んだ。
落ち着け間抜け。今更になって錯乱しても何にもならないぞ。口だけで呼吸すればいいんだ。そうすれば匂いはどうにかなる。
自分に言い聞かせて無理矢理に理性を保とうとする。
「あれっ……私…………?」
随分と久しぶりに自分以外の声を聞いた気がした。
目を開けると、そこにはカタカタと身を震わせながら身を起こした星野がいる。
「――嫌ッ、嫌ッッ! イヤァァァ‼︎」
目を覚ました星野の狂乱を前に、俺は逆に平静を取り戻すことができた。
「落ち着け。アンタは生きてる」
「私、落ちて――それに、みんながッ!」
「見るな。考えるな」
「どうして、私がっ……! 何なのよこれ! 意味わかんない! どうして、こんなッ……」
星野は頭を抱えて
やがて幼子のように泣き声だけで理不尽への恐怖と不満を垂れ流す。
職場ではもっとクールな人だと思っていたのだが、その印象はまるきり覆ってしまいそうだった。あるいは、こんな風に理性を手放すことこそが本来の人間らしさなのかもしれないが。
俺も、星野が叫び出していなければ、案外あっさり理性を保てなくなって、胃の中を丸ごと吐き出すぐらいはしていたかもしれない。
そういう意味では彼女に感謝しなければ。
だがしかし、困った。
既に冷静さを欠いた人間に対し、頭ごなしに「落ち着け」と訴えても意味はないだろう。泣き叫ぶ彼女にしてやれる最良の選択は、おそらく黙って落ち着くまで待ってやることなのだ。
だが、何度も繰り返すように、ここは
「ギッギギッ、ギッ」
背後から、金属が
後頭部から背中にかけて悪寒が
現代に生きて完全に失われたと思っていた俺の野生の本能が呼び起こされ、脊髄反射だけで体が動いた。
目の前の星野の体を両腕で抱き上げ、全力で踏み込む。
俺の体がグンッと前に沈み込み、そのまま転んでしまうのではないかというところで――脚のバネが爆発した。
文字通り俺の脚が太腿から爆散する激痛が走ったのだが、再びぬるりとした生暖かいナニカが蠢く感覚と同時に
「なんっっだぁぁぁっ⁉︎」
人ひとりを抱えたままとは思えない、というか単身であっても到底ありえない跳躍。
俺と星野の体は凄まじい勢いで宙に放り出されていた。
脚がぶっ壊れたと思ったら新品が生えてくるし、人間離れしたジャンプするし。
俺の体ってどうなってるの?
「下ろしてぇぇぇ!」
「暴れるな! 落ちるぞアンタ!」
言いながらしっかりと星野の体を抱え直し、俺は地上を見渡す。
おそらく十メートルくらいはジャンプしていた。
鍛冶場の馬鹿力にしたって常識はずれにも程がある。
俺は一体いつからこんな吃驚人間になっちまったんだ?
そして、もうひとつの異常事態。
体を空中で反転させると、つい数瞬前まで俺と星野がいた場所に、どデカい金属製のパイプが突き刺さっているのが見えた。
だが、おかしい。あれは地面に落ちて突き刺さったというよりも、丁度俺が座っていた辺りの地面を割って
危うく俺の大切な下の穴を開拓工事されるところだったと思うとゾクゾクと怖気がしてくる。
「おっととっ……」
ふわりと着地して、星野を下ろす。
普通なら膝が壊れる高さからの着地なのだけれど、当然のように立っていられる。
「さ、逆医君、アナタ、何者?」
常識はずれな出来事の連続によって、驚愕の感情が裏返ってしまったのか、星野も少し落ち着きを取り戻していた。
彼女はへたりとその場に腰を落とし、きょとんとした表情で俺を見上げている。
「俺も、何が何だか……。ただ、今はそんな話をしてる場合でもない。とりあえず自分の足で立ってくれ。それから、全力で逃げる準備を」
ナニカが、地面を割って地表に這い出てくる。
金属の光沢を放ちながらも、軟体生物顔負けの柔軟さで
金属蛇とでも呼べば良いのだろうか。全長はわからないが、塒を巻いた状態でも地面から頭までの高さが五メートルはありそうだ。
俺と星野を襲った恐ろしき
「あれ、逆医君ならやっつけられたり……?」
「試したことはないけど、絶対に逃げた方がいいことだけはわかるぞ」
「逃げられる?」
「それも、試したことはないな……」
星野が俺に縋るみたいな目を向けて来る。
そんな目で俺を見ないでくれ。
俺なんてバケモノどころか人間相手にも喧嘩をしたことがない人間だぞ。
戦闘力に期待されても困る。
残機をもらえるゲームならば、死んでも良いから一度戦ってみるかと試すこともできよう。しかし、これはどうしようもなく現実だ。現実感というものはすっかり失われてしまっているけれど、それでも死んだら終わりの人生であることに変わりはあるまい。
さっき神様に拾ってもらったばかりだというのに、誰がまた好き好んで命を投げ出すものかよ。
そうだ。だからこそ、俺が今取るべき行動は明白だ。
「よし、俺は逃げる!」
「連れてって!」
星野に腕をがっしりと掴まれる。
さっき降ろしたばかりなんだけどなぁ。
俺は仕方なく彼女を抱き抱え、脱兎というには早過ぎる速度で逃げ出した。