魔女裁判後半戦、第10話です
前話から引き続きネタバレが多いのでお気を付けください
「そ、それじゃあ最後にノアさんを見かけたのは誰なんでしょうか?」
氷上さんはおずおずと全員に問いかける。
しかし誰もその問いに答える人はいなかった。
それは単純に、自分が最後に城ケ崎さんを見た人物か確証がないからだろう。
僕は小さく息を吐き、口を開いた
「最後に見たかどうかは分かりませんが、二十時より少し前ぐらいに城ケ崎さんの監房から外に出ました。
少なくともそれ以前には彼女は生きていましたよ」
「ボクもノアちゃんとイオリくんが同じ監房にいたのを見たよ。
その後食堂に行ったら他のみんながいたから他に目撃証言がなかったらイオリくんが最後だと思う」
「二十時より少し前...ん~?
あ!あてぃし犯人分かっちゃったかも!」
────沢渡さんの告発について────
「それは本当かい!?
それなら一体誰が...」
僕たちの証言を聞いて沢渡さんが声を上げた。
彼女の顔には見て分かるほどの自信が浮かんでおり、よほど自らの主張に確信を抱いているのだろう。
内心で身構える中、沢渡さんはどこか得意げな様子で語り始めた。
「ふっふ~ん、二人が言うにはノアは二十時前には生きてたんでしょ?
そんであてぃしたちが配信が終わって自分らの監房に戻ったのって二十二時ギリギリ。
あてぃしたちの監房はノアの監房より奥にあるから戻る時には絶対に横切る必要があるってわけ」
「つまりノアちゃんの遺体があったら絶対に気付く、というわけね」
「そういうこと!
だからノアは自由時間外に殺されたってことになるわけ。
そんで自由時間外に一人だったのはエマッちとそこのヒッキーだけ!
この二人のうちどっちかが犯人ってことでしょ!」
「あー...沢渡さん、その主張は難しいと思いますよ」
「はぁ?
それどういう意味?」
僕の反論に沢渡さんは噛みついてくる。
だが彼女の主張はそれほど間違ったものではない。
僕も裁判が始まるまで、沢渡さんと同じように考えていたからだ。
「まず、自由時間外は監房がロックされて出入りが不可能になります。
何かしら監房の鉄格子を開ける手段がない限り、自由時間中に城ケ崎さんの監房に忍び込むことが必須になるんです。
そうなると足跡を付けることは避けられない筈ですよ。
それと自らの監房に戻る時にも監房を開ける必要が出てきますし...あまり現実的ではないと思います」
「うぐ...。
で、でもさぁベッドを使えば足跡は付かないんじゃない?
それにわざわざ拘束時間の最中に出て行かなくても朝一番で鉄格子が開いたら速攻で自分の監房に戻ればいいだけじゃん」
「確かにベッドの上に乗れば足跡はつかないかもしれません。
ですがそれでも監房から出ることは難しいでしょうし、鉄格子が開いたら真っ先にというのも無理筋です。
僕と夏目さんが医務室から監房についたのはちょうど監房のロックが解除されるタイミングでしたから。
桜羽さんが自分の監房から出てくるところも見ていますよ」
「ぐぅっ...。
...ん?てかちょっと待って、イオっち医務室にいたん?」
「あー...そういえば言ってませんでしたね。
昨日の夜から朝にかけて夏目さんの付き添いで医務室にいたんですよ」
『わがはいから頼んだ。
少し話したいことがあったからな』
「そういうことはもっと早く言えよ!!」
「昨日帰ってこなかったのはそういうことだったんですね...」
沢渡さんの怒声の中に氷上さんの呟きが混ざる。
他の少女たちも驚きの表情を見せていた。
僕は少しの居心地の悪さから一度咳払いをして、場の空気と話題を入れ替える。
「兎に角、自由時間外の殺害は難しいと思います。
まぁボウガンが壊されていなかったら、もう少し議論が必要だったでしょうけど」
「けどよ自由時間に殺されていたとして、沢渡たちが死体に気付かないなんてことあんのか?」
「うぅん...そこを突かれると僕は何も言えませんね。
死体がある監房の前を通って気付かない、とは正直考えにくいですし」
「で、でもその時おじさんたち喋りながら監房に戻ってたんだ。
盛り上がってたし、もしかしたらノアちゃんの監房をしっかりは見てないかも...」
「はぁ!?馬鹿なこと言ってんなよザコ!
あんだけ血だらけだったんだから流石ににおいで気付くだろ!」
言葉遣いは荒いが沢渡さんの意見には賛成だ。
城ケ崎さんの血で描かれた蝶だけを見てもかなりの量が流れ出ている。
どれだけ話に熱中していたとしても、血のにおいに気付かないなんてことはない筈だ。
そう、思っていたのだが────
「ココちゃん、もしかしたらコレのせいで気付かなかったんじゃないかな」
■カラースプレー
「これ...ノアが使ってたカラースプレーじゃん。
においが滅茶苦茶強烈なやつ...あっ!!
ま、まさか...」
「ココくんも気付いたようだね。
確かに昨日の夜、私たちがノアくんの監房の前を通った時に嗅いだ覚えがあるよ」
桜羽さんの主張を聞いて蓮見さんは苦い表情を浮かべながら納得する。
沢渡さんはわなわなと震え、佐伯さんは気まずそうに頬をかいていた。
やはり死体を見落としていた、というのは中々にショックなのだろう。
(...話に熱中して見逃した、か。
監房がロックされる直前で急いでいたことを踏まえても、三人全員が見落とすなんてことあるのか?
────けど、それを追求するには根拠が薄すぎますね)
「それにしてもようやく死亡推定時刻がハッキリしましたね!
イオリさんが最後に見た時刻である二十時から、自由時間が終わる二十二時まで。
この二時間の間にノアさんは殺されてしまったんでしょうね」
「つまりその時間のアリバイがない人が犯人、ということですわね!
でしたらとっとと話してしまいましょう!」
来た、遂に来てしまった。
恐らくここが真犯人を特定するための分水嶺だろう。
そして、僕が犯人だと思われる可能性も高い地点だ。
────アリバイについて────
「では早速私から証言しましょうか!
私は二十時から二十一時の間は娯楽室にいました。
そして二十一時から二十二時の間は自室でココさんたちの配信を見ていましたよ!」
「娯楽室にはシェリーさん以外にもわたくしとエマさん、メルルさんがいましたわ。
その間はナノカさんとアリサさんの喧嘩を止めていました。
あ、あとその場にはマーゴさんもいましたわね」
「その時間ならおじさんとココちゃんは動画の準備をしていたよ。
二十一時からはココちゃんとレイアちゃんと配信をしてたからアリバイはあるってことになるかな」
『わがはいはその時間、医務室で寝ていた。
その間に誰かと会ったりはしなかった』
「夏目さんのアリバイについては僕から証言します。
その時間、医務室の前を通りましたが確かに夏目さんはいましたよ」
僕の証言で一通り、二十時から二十一時のアリバイは出揃った。
桜羽さん、橘さん、遠野さん、氷上さん、夏目さん、黒部さん、紫藤さん、宝生さん、沢渡さん、佐伯さん。
この十人には最初の一時間の間、犯行は不可能だ。
「でしたら次は二十一時から二十二時の間のアリバイですね。
まず先ほども言いましたが私は自室で配信を見ていました。
その間、アリサさんも部屋にいましたよ」
「橘の言う通りだ。
配信は見てねーけど、特に部屋の外に出たりはしてない」
「わたくしとメルルさんは一緒に配信を見ていましたわー!」
「私とナノカちゃんもお互いのアリバイを証言できるわ。
ねぇ?ナノカちゃん」
「────えぇ、その証言は嘘ではないわ。
私も宝生マーゴも席を外したりはしなかった」
「ボクはその時間医務室にいたよ。
レイアちゃんにお願いされてアンアンちゃんにスマホを届けに来てたんだ」
『それはわがはいからも証言できる。
その後はエマと共に配信を見ていた』
「えーっと、ココさんとミリアさん、レイアさんは配信をしていたのでアリバイはありますね。
でしたらこの時間にアリバイがないのは────」
「僕、ですね」
橘さんの言葉に割って入るように呟く。
すると周りの皆さんの視線が一気に僕に集中する。
その視線には明確な疑惑が込められていた。
「二十時から二十一時半頃の間、僕は倉庫を調べていました。
帰り際に桜羽さんと夏目さんに会いましたが...それ以前には誰とも会っていません」
「あら、そうなると怪しいのはイオリちゃんになってしまうわね。
それにさっきの魔法についての疑惑もあることだし、これは犯人が決まったかしら」
「僕が怪しい立場にいるのは否定しません。
ですが僕以外にも、アリバイがない人はいるでしょう?」
「それってもしかして...」
「えぇ、そうですよ桜羽さん。
あと一人、二十時から二十一時の間アリバイがない人がいます」
桜羽さんが小さく、ポツリと言葉を零した。
彼女の言葉に乗っかるように、僕は一人の少女に向き直る。
そしてその少女をまっすぐに見つめ、彼女を僕と同じステージに引きずり出す為に言葉を紡ぐ。
「そうでしょう、蓮見さん。
同じ犯人候補ですし、巻き込まれてもらいますよ」
「......」
────城ケ崎さんの殺害について────
蓮見さんは無表情のまま、僕を見据えていた。
今までの冷静さとは別物のその表情からは、これといった感情を見分けられない。
しかし彼女は小さく笑みを零すと、挑戦的な笑みを浮かべる。
「まったく、ここに来て私が疑われるとはね。
でも結局のところ、アリバイが存在しない時間が長いイオリくんの方が疑わしいんじゃないかな」
「時間の長さはそれほど重要ではないでしょう。
ただ他者から証明できない時間が互いにあるんですから、その点においては疑惑の深さは同等ですよ」
「だとしても私には足跡を残さずにノアくんを殺すことなんて不可能だ。
そう考えれば魔法の偽装疑惑がある方が犯人だと思うけど」
「ですが僕が魔法の偽装をしているという証明は出来ません。
それに、魔法は結局のところ自己申告でしかない以上、蓮見さんも周囲に嘘の魔法を伝えている可能性があるでしょう」
「だが私にはノアくんを殺す動機がない。
その点、キミは普段からノアくんと接していたんだから何かあってもおかしくない。
それこそ隠していた過去を知られた、とかね」
「生憎ですが動機は必ず必要、というわけではありませんよ。
魔女化の進行に伴う症状を忘れましたか?
抑えきれない殺意や妄執に衝かれる...ゴクチョーが言っていたことです」
「ちょ、ちょっと待って二人とも!
一回落ち着いて!」
「うーん、まさかここまでヒートアップするとは...。
俄然楽しくなってきましたねー!」
「ぜんっぜん楽しくありませんわー!」
蓮見さんとの舌戦が過熱していく中、桜羽さんから呼びかけられ互いに一度矛を収める。
しかし蓮見さんも僕も口を閉じただけで視線は一切動いていない。
より気配を尖らせていく僕たちを見て、桜羽さんは焦ったように言葉を続ける。
「このまま言い合うだけじゃ犯人は見つからないよ。
まずはノアちゃんを殺した方法について話し合うべきじゃないかな!」
「僕はそれで構いません」
「あぁ、勿論私も構わないとも」
「ではまず凶器についてですが、これはボウガンの矢で確定ですね。
ただしボウガン本体は私が壊したので事件には使われていません」
「そうなると犯人は直接ノアちゃんの胸に矢を突き立てたことになるのだけど、白く塗られた床に足跡は残っていなかったわね。
ただし一か所だけ、塗料が剥がれている場所があったわ」
「けれど現場には剥がれた塗料がついたものは見当たりませんでしたわ」
「今までの議論で確定しているのはこれぐらいかな。
それで?イオリくんは私が犯人だという根拠は見つかったかい?」
「...随分と余裕そうですね」
「私は犯人ではないからね。
それに、現時点ではキミの方がずっと怪しいだろう?」
「...っ!」
蓮見さんの言葉に思わず唇を噛む。
犯行の証明こそされていないが、僕への疑惑の方が色濃いのは確かだ。
ここで足跡を残さなくても蓮見さんの犯行が可能だったことを証明出来なければ、僕の処刑が決まるだろう。
僕は爆音を鳴らす心臓を抑えながら、思考を回し始める。
(足跡を残さずに矢を城ケ崎さんに突き立てる...どうすれば可能だ?
蓮見さんが魔法を偽っていて実は足跡を残さず犯行が出来た、なんて言ったところで根拠が全くない。
もっと現実的な犯行が可能な筈...けど監房に入って足跡を残さないなんてどうやって────あ)
「ふふ、どうやらここまでのようだね。
ノアくんを殺した犯人はやはりキミだったよう「入らなかった...のか?」...イオリくん?今なんて言ったんだい?」
「犯人は監房に入らずに城ケ崎さんを殺した...これなら僕じゃなくても犯行は可能なんじゃないですか」
「何を言ってやがりますの!?
入らなかったって...それじゃあノアさんに矢は突き刺さりませんわよ!
まさか矢を投げた、だなんて言いませんわよね...」
「言いませんよそんなこと。
ただこれを使えば可能かもしれません」
■分解されたほうきの柄とブラシ
「これって玄関ホールのロッカーにあったほうきだよね。
何故かバラバラになってた...もしかして!」
僕が見せた証拠に大半の少女たちは首を傾げる。
しかし桜羽さんだけは何かを思いついたような声を上げた。
「この分解されたほうきの柄、これを矢に結び付けたら監房の外からでもノアちゃんを刺せるんじゃないかな!」
「けどそれだけじゃノアさんまで届かないと思いますよ?
せめてもう一本ぐらいあれば届きそうですけど」
「橘さんの言う通り、ほうきの柄だけでは足りません。
ですが丁度、蓮見さんは同じくらいの長物を持っているんです。
そのレイピアと鞘に加えてほうきの柄、そして矢を繋げて槍のようなものを作ったんじゃないですか?」
「...馬鹿馬鹿しい主張だね。
そんなものを作った証拠なんてどこにもないじゃないか」
「それは違うよレイアちゃん。
証拠ならボクが出せる!」
■血のついたリボン
「!それは私の────」
桜羽さんが提出した証拠に黒部さんが食いついた。
その反応を見るに昨日の夜に彼女が言っていた失くしたリボンがアレなのだろう。
そして僕もそのリボンを注視すると、そこには血の他に微かだが白色の塗料が付着していた。
「このリボンには血と白い塗料が付いてる。
レイアちゃんはこれを使って矢とレイピアを固定したんじゃないかな!」
「...そうか、そういうことか。
リボンで固定したといっても、それで人体に矢を突き刺す力に耐えられるかは別。
だから即席の槍は崩れたんですね、城ケ崎さんを刺した後に」
「うん、多分そうだと思う。
崩れた槍はバラバラになって床に落ちた。
そのタイミングでリボンに血と塗料が付いた筈だよ」
「そしてそれと同時に床に傷を付けて、塗料を剥がしたものがある。
ほうきの柄と鞘に白い塗料は見られませんでした。
つまり...塗料が付いているのはレイピア、ということですね」
「......」
僕と桜羽さんの推理を突き付けられ、蓮見さんは眉間に皺を寄せた。
彼女の表情を見て、僕は確かな手ごたえを感じる。
しかし、その手ごたえを崩すように蓮見さんは小さく笑い出した。
「ふ、ふふふふふ、ははははは!
二人揃って好き勝手に...そこまで私を犯人に仕立て上げたいのかい?」
「べ、別にそういうわけじゃ...」
「僕たちは蓮見さんにも犯行が可能だった、と言っているだけです。
そもそもここは議論の場、蓮見さんがやっていないと言うなら僕たちの主張に反論すればいいでしょう」
「あぁ、そうだねイオリくんの言う通りだ。
だからキミたちの主張を崩す為に、これを見てもらおうか」
そう言うと蓮見さんはゆっくりとレイピアを鞘から抜き始めた。
徐々に刀身が露になっていく様に全員の視線が集まる。
そして完全に抜き放たれたレイピア、そこに白い塗料は────
「付いて...いない」
「これで分かっただろう?
キミたちの主張はただの妄想に過ぎなかったことをね」
「ぐっ...」
「そして私への疑惑が晴れた今、疑わしいのは結局キミだ、イオリくん。
キミは二十時から二十一時半の間、倉庫にいたと言っていたね。
その間にノアくんを殺すための準備をしていたんじゃないかな」
「それはどういう意味ですか...」
「前もって矢を盗み、どこかに隠しておく。
そして昨日の夜にそれを持ち出し、ノアくんに突き立てる。
足跡はキミが魔法を偽っている可能性がある以上、残さないことも可能かもしれないね」
自信満々に僕への疑惑を述べる蓮見さんに、何も言い返すことが出来なかった。
レイピアに塗料が付いていなかった以上、先ほどの主張は撤回せざるを得ない。
もう打つ手がない、そう諦め俯くしかない状況だ。
しかし、そんな中一つの声が裁判所に響いた。
「でもそれを言うならレイアちゃんだって怪しいのは変わらない筈だよ!」
「桜羽さん...?」
「レイアちゃんは自分の魔法を誰かを魅了するものだって言ってたよね。
それが嘘で実は別のもの...例えば視線を操る魔法だって可能性もある筈だよ!
それならココちゃんたちが監房の前を通った時にノアちゃんの死体を見つけられなかった理由にもなるんじゃないかな?」
「...いい加減にしてくれないかな。
もうイオリくんの疑いは揺るがないだろう。
なのにどうしてそこまで彼の味方をするのかな?」
「それは...ボクにはイオリくんがノアちゃんを殺したってどうしても思えないんだ」
「それはエマくんの主観だろう?
証拠も、根拠も何もないじゃないか」
蓮見さんの言う通りだ。
桜羽さんの主張を証明するものはなく、彼女の感情から来るものでしかない。
だというのに、依然として桜羽さんは何かを探すように考え続けている。
(どうして桜羽さんは僕を庇っている?
僕をここで擁護しても桜羽さんの立場が弱くなるだけだ。
どうして────)
僕には桜羽さんの行動の意図が全く分からなかった。
ただ、彼女の揺れ動きながらもまだ諦めを見せない様子を前にして、僕は固く拳を握りしめる。
「桜羽さんが諦めていないのに...僕が諦めるわけにもいかないですね」
「イオリくん...?」
「まだ何かあるのかい?
もう議論はし尽くしたと思うけどね」
「ですがまだ裁判の終了までもう少しの時間があります。
『時間内なら、議論を続けると望む者がいる場合裁判を続行する』
魔女図鑑にも書かれた明確なルールです」
「まだ足掻くつもりなんだね。
苦し紛れの主張だろうけど言ってみればいいんじゃないかな。
ただし、その主張を最後にしてもらうよ。
時間があるとはいえ、余裕があるわけじゃないからね」
「────えぇ、それで構いません」
僕は身体の震えを押し殺し、蓮見さんを見据える。
彼女を追い詰めることが出来るのは、レイピアに付いた筈の塗料だ。
ここから彼女が城ケ崎さんを殺した犯人だと証明するには、そこを突くしかない。
だからここからは賭けだ。
蓮見さんが証拠を残していると祈るしかない博打に過ぎない。
「先ほどレイピアを見せてもらいましたが、そこに塗料は付いていませんでした。
そもそも事件が起こったであろう時刻から今までの間にそれを片付ける時間は十分にあった筈です」
「まさかだけど証拠がないことを疑うつもりかい?
それは流石に無茶が過ぎるだろう」
「...ですが蓮見さんのアリバイがない二十時から二十一時の間に塗料が付いたのなら、二十一時から始まった配信までの間に証拠を隠滅することは出来なかった可能性があります。
そして、昨日医務室で聞いた話ですが、配信の最中にレイピアを使ったそうですね」
「...!」
「配信はアーカイブが残っていると沢渡さんが言っていました。
だったらそこに塗料が付いたレイピアが映っている筈です!」
「それは...」
僕の推理を聞いて、蓮見さんの表情は明確に歪んだ。
この一手が僕に打てる最後の手段。
僕はアーカイブを開き細部まで見落とさないように確認していく。
そして、確認した結果は────
(駄目だ!
先端も刀身もどこを見ても白い塗料が見つからない!)
見つからなかった。
僕の悪あがきは終わってしまった。
身体から力が抜け、今にも崩れ落ちそうになる。
だが次の瞬間に響いたのは、勝ち誇った蓮見さんの声ではなかった。
「ココちゃん!ミリアちゃん!
アーカイブのこの部分...レイアちゃんが刺してるリンゴって今どこにあるの!?」
「リンゴ?
...まさか!」
桜羽さんがステンドグラスに映し出したのはアーカイブの一部。
そこには蓮見さんがレイピアでリンゴを刺している映像が映っていた。
それを見た瞬間、桜羽さんの意図を理解する。
レイピアに塗料が付いて、それが乾く前に何かに触れていたとしたら────それは明確な証拠かもしれない。
「リ、リンゴ?
あてぃしは知らねーよ、後片付けはおっさんに任せてたし...」
「佐伯さん!リンゴは今どこにあるんですか!?
もうこの際何処でもいいので早く!」
「えぇ!?
あ、でもリンゴなら後で食べようと思ってポケットの中に────あ」
「......白い、塗料!」
「ようやく...見つけた!」
自然と息が荒くなる中、佐伯さんが持っているリンゴに視線が集まる。
そこにはレイピアで刺したことによる穴と、その周りに白い塗料が付着していた
僕と桜羽さんはゆっくりと、顔を青白くさせている蓮見さんに向き直る。
「証拠は見つけましたよ、蓮見さん。
もう、言い逃れは出来ませんよ」
「......」
「君が...この事件の犯人だよ!
蓮見レイアちゃん!!」
裁判所を痛いほどの沈黙が支配する。
もう、誰からも反論の声は上がらなかった。
そんな中、蓮見さんは力ない笑みを浮かべ口を開く。
「...証拠が見つかってしまったのなら仕方ないね。
あぁ、私が殺したんだ。
この手で、ノアくんを」
そして事件の終わりを示す言葉が、蓮見さんの口から紡がれた。