第11話です
今回の話で書き溜めを使い果たしたので、次の章が書き終わるまでお待ちください
よければ感想、評価、ここすきなどよろしくお願いします!
誤字報告ありがとうございます!
「私は昨日、イオリくんが監房を去った後ノアくんを殺した。
端的に事実を述べるとしたら、ただそれだけのことだ」
「全部、偶然だったんだよ。
みんなを守るために隠していた矢が手元にあった。
拾ったリボンをポケットに入れていた。
私がノアくんの監房を通った時、乾いていない塗料が一面に塗られていた。
その部屋の中心に、ノアくんはいたんだ」
「ノアくんの視線が天井に向いていたからそれを魔法で固定した。
先ほどのエマくんが言った通り、私の魔法は視線を固定するものなんだよ。
だから彼女は誰に殺されたのかも、最後まで分からなかっただろうね」
「そしてレイピアと鞘、そしてほうきの柄を使って槍を作り、ノアくんの胸に突き刺した。
けど即席だったから強度が足りなかったんだろう。
槍はバラバラに崩れて床に落ちてしまった。
リボンとレイピアは回収できたけどその時にレイピアの先が床を削り塗料が付いてしまったんだろうね」
「そしてノアくんを殺した後、私は素知らぬ顔で配信に参加したんだ。
まさかあの時の曲芸で証拠を残すなんて...殺人をした後で気が昂っていたのかな。
そして帰り道にノアくんの部屋を通る前に、ふと思ったんだ。
死体は出来る限り遅く見つかった方がいいってね」
「ココくんとミリアくんに話しかけつつ、二人の視線を私に固定した。
通り過ぎるまでの一瞬だったから、不思議には思わなかっただろうね。
そうして横で倒れているノアくんに見向きもせず、私たちは部屋に戻ったんだ」
「リボンは調査時間中にコッソリ捨てたんだけど...まさか拾われていたとはね。
レイピアに付いていた塗料にも気付いて拭いたけど、無駄だったようだ」
「蓮見レイアによる城ケ崎ノア殺人事件の全容は以上で終わりだ。
これでこの演目は閉幕、私の最後のステージ、見てくれてありがとう」
蓮見さんは芝居がかった動作で一礼する。
真相が明かされ、投票まで終わった裁判所は、とても静かだった。
誰も何も言うことなく、ただ一人の少女を見ている。
僕は声が震えるのを自覚しながら、口を開く。
「どうしてですか、蓮見さん。
どうして城ケ崎さんを殺したんですか」
「......」
「あなたは牢屋敷に来てからずっと皆さんを守ろうとしていた。
それなのに、どうして────」
「...私はただ守りたかっただけだよ。
ノアくんを殺したのもそれが理由だ」
蓮見さんの言葉を聞いて僕は首を傾げる。
守りたかった、と彼女は言った。
だが今回の蓮見さんの行動は守るとは正反対のものだ。
「ノアくんの創作活動でアンアンくんが倒れただろう?
それで私は、彼女を守らなければと思ったんだよ」
「...その考え自体は立派なものだと思います。
ですが、それで城ケ崎さんを殺す理由が僕には分からない。
話し合いでは駄目だったんですか...」
「どうやら私はか弱き者を守らなければ、という衝動に突き動かされてしまったようだ」
どこか満足げな笑みを浮かべながら蓮見さんは語る。
しかし僕は彼女の動機を聞いても尚、どうにも腑に落ちなかった。
蓮見さんが言うか弱き者の中に城ケ崎さんは入っていなかったのだろうか。
それを問いただしたい気持ちに駆られるが、何故か言葉が続かなかった。
(魔女化の進行に伴う症状によるものか?
だとしても魔女化の原因は強いストレスだったはず。
蓮見さんにとって夏目さんが倒れたことがよほど重大なことだったのか?
────駄目だ、どうにも引っかかる。
何なんだ、この違和感は...!)
僕が蓮見さんの言動に違和感を抱く中、掠れた声が耳に届く。
反射的にその方向に目を向けると夏目さんが口を震わせている姿が目に入った。
彼女は蓮見さんを見ながら、何とか言葉を絞り出そうとしている。
「ち、ちが...ちがう」
「違う...?
アンアンちゃん、それってどういう────」
「もういいんだアンアンくん。
庇ってくれるのは嬉しいけど、もう覚悟は決めたよ。
でも私はアンアンくんを守りたかっただけなんだ、ただ一心にそれだけを思って「ちがうんだ、レイア」え?」
「ノアは...絵をくれたんだ。
お守りだって...蝶の絵を...」
夏目さんはスケッチブックではなく、震える声で語り始める。
城ケ崎さんが夏目さんに渡した蝶の意味を、ただ純粋に周囲の幸福を祈ったものであることを。
それを聞くうちに蓮見さんは膝を折り、悔やむような姿を見せる。
「そ、そんな...私は、なんてことを...!」
(──やっぱり、違和感がある。
どこか隠し切れない違和感が...)
「あー、時間も押してますし、もうそろそろ進行しますね。
投票の結果、処刑されるのは蓮見レイアさんになりました。
では皆さん、各自のスマホにボタンが表示されていると思うのでそれを押してください。
それを全員が押したら、処刑をスタートします。
ぐ~っと長く押していただけたらいいので...」
僕が違和感を感じていると、突然ゴクチョーの声が響き渡る。
それを聞いた少女たちの間に激しい動揺が走った。
なにせ処刑の開始を自分たちにさせるというのだから、その反応も当然のことだろう。
僕は証言台からスマホを手に取り、表示されている『処刑』と書かれたボタンを見る。
(これを押せば...蓮見さんは処刑される。
彼女を...殺すことになる)
僕は不思議なほどに冷え切った頭でこれから起こることを反芻する。
そうしているうちに自然と指は、ボタンに伸びていた。
そしてゆっくりと、力を込めた指をスマホの液晶に押し付ける。
ボタンは押しているうちに色が変わっていく、まるでそれは「離すな」と訴えているようだった。
永く短い間、僕たちはボタンを押し続ける。
そして遂に、その時は訪れた。
「はい!全員が押したことを確認しました。
ではこれより、魔女の処刑を執行します~!」
ゴクチョーのどこか軽い声と共に何か機械が動く音が聞こえてくる。
微かな振動と共に円形に並ぶ証言台の中心にある舞台が沈んでいく。
その代わりに現れたのは、精巧な彫刻が施された巨大な天使を携えた台座だった。
それはとても、処刑に使われるようなものには見えなかった。
(なんだ、アレ...?
あんなものでどうやって処刑なんて────)
「蓮見レイアさんにはこの中に入ってもらいます。
あ、他の人は動かないでくださいね。
邪魔や介入をした場合、その者も断罪することになるので」
ゴクチョーがそう言うと裁判所の出口に立っていた看守が動き出す。
看守は蓮見さんに近づき、容赦なく彼女を証言台から引きずり出していく。
腕を掴まれ天使像へと連れていかれる蓮見さんに先ほどまでの余裕はなく、必死になって看守に抵抗し藻掻いていた。
「待ってくれ...!あれは嫌だ...!
『あれ』の中にだけは入りたくない!
やめてくれ!お願いだ!!
さ、裁判のやり直しを要求する!!」
「馬鹿なこと言ってないでいい加減諦めたら?
何度やっても人を殺してんだからお前は魔女だよ」
「っ!」
「沢渡さん...!
そこまで言う必要はないでしょう!」
「別に間違ったことは言ってないじゃん。
というかイオっちだってあいつに殺されかけたんだから、庇う必要ないでしょ」
蓮見さんの必死の懇願を沢渡さんは冷酷に切り捨てる。
彼女の言葉は正論ではあったが、あまりにも鋭すぎた。
僕が沢渡さんに苦言を呈しているうちに、徐々に天使像が左右に開き始める。
その中にあるものを見て、僕たちは思わず息を飲んだ。
「ひっ...」
「これはまた...痛そうですね...」
遠野さんの小さい悲鳴と遠野さんの引き攣った呟き。
僕もまた、天使像の中身を見て言葉を失う。
そこには、綺麗な青い薔薇と無数の針があった。
ぎっしりと敷き詰められたそれは天使像が開いたことにより、一人分のスペースを作っている。
そしてそれが閉じたとき、そのスペースにいた者の末路は────言うまでもないだろう。
「お願いだから他の...もっと別の処刑方法にしてくれ!!
閉めないで...嫌だぁ!!」
看守の手によって蓮見さんが天使像の中心に立たされる。
その間も、なりふり構わず蓮見さんは叫び続けていた。
そこには今までの理性的な振る舞いは欠片も存在せず、ただ幼子のように苦痛から逃れようと────
「これじゃ駄目なんだ!!
だって、だって────みんなに見えないじゃないか!!」
「────は?」
違う、蓮見さんの声は苦痛から逃れるためのものではなない。
そこにあったのは、自らが誰かから見られなくなることに対する恐怖だけだった。
そしてそれこそが、蓮見さんの核心だと理解する。
...それと同時に、彼女が今回の事件を起こした本当の動機も理解してしまった。
「はっ、やっぱりね。
みんなを守りたい~なんて噓くさいと思ったんだ。
ノアを殺した本当の動機、あてぃし分かっちゃった」
「っ!待ってください沢渡さん!
それは────!」
「いやね、あてぃしも配信なんて目立ってなんぼのことしてるから想像がつくってゆうか。
あんたがノア殺したのって、自分が一番目立たない状況が許せなかったからでしょ?」
「なるほど~『バルーン』の方が動機でしたか!
確かに知名度で言えば芸能人のレイアさんより、世界中で有名なアーティストであるノアさんの方が上ですもんね!」
「ち、ちが...ちが......」
沢渡さんの指摘を止める間もなく、全員に蓮見さんの本当の動機が知られてしまう。
それを理解できない表情を示す人もいれば、橘さんのように納得するような声を漏らす人もいた。
そして動機を言い当てられ、酷く動揺する蓮見さんから堰を切ったように言葉が流れ出す。
「っ!あぁそうだよ!!
私は目立ちたかった!!目立たないといけなかった!!」
蓮見さんの爪が異様な速さで伸びていく。
「なのに城ケ崎ノアに舞台の主役を奪われて──!!
殺さないといけないと思ったんだよ!!」
蓮見さんの皮膚に亀裂が走っていく。
「────あいつが、邪魔だったんだよ!!」
蓮見さんの身体は徐々に人ならざるものへと変貌していく。
それこそが魔女化なんだろう。
心の奥底に隠していた禁忌に触れられた彼女にはもう、魔女化を止めることは出来ない。
「もっと私を見てくれよ!!
私を...私だけを!!
やだぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴と共に天使像は閉じられた。
中からは、悲痛な叫びと流れ出る血が蝶となって漏れ出てくる。
そして悲鳴が響き、いずれそれが異形の叫び声になるその時まで────僕たちは目が離せなかった。
* * *
「無事に魔女のなれはてとなりましたので、彼女は永遠の牢獄へと閉じ込めます」
ひたすらに事務的なゴクチョーが言った通り、天使像はゆっくりと下がっていく。
叫び声が徐々に遠ざかっていき、元の平らな舞台が戻ってくる頃にはもう聞こえなくなっていた。
今までにないほど、裁判所が静寂に包まれる。
そんな中口を開いたのはやはりゴクチョーだった。
「ではまた殺人事件が起きた時は今回のように魔女裁判を開廷します。
それまでは今まで通りに、慎ましやかに生活してください
それではこれにて、魔女裁判を閉廷します。
はぁ...やれやれ、お疲れ様でし「パンッ!」」
「!今のは...!」
ゴクチョーが裁判の閉廷を宣言すると同時に、聞き覚えのある音が裁判所に響き、ゴクチョーがポトリと落ちてきた。
僕は反射的にその音を鳴らしたであろう人物に目を向ける。
そこには案の定、黒部さんが銃を構えていた。
「この茶番をいつまで続けるつもり?
私たちの中にいるんでしょう?
このデスゲームの黒幕が...」
「私たちの中に黒幕が?
ふふ、自分も殺されるかもしれない状況に隠れるなんてあるのかしら。
ナノカちゃんは何の根拠があってそんなことを言うのかしら」
「...私の魔法は『幻視』、触れた人や物の過去や未来が映像として見れるの。
それで私は牢屋敷の過去の光景を見て、行動した。
この銃も昔捕らえられていた少女が作り、隠したのを『幻視』で見て回収したの」
黒部さんはつらつらと自らの魔法や銃のことを説明していく。
皆さんも彼女の説明に納得しているらしく、これといって糾弾するような声は聞こえてこない。
そう言って黒部さんは、声に怒りを滲ませながら言葉を続ける。
「私は牢屋敷に来る前にここのことを知っていた。
そして囚人の中に黒幕がいることも。
ただ、『幻視』も完璧ではないから誰がそうなのか調査は必要だったけど。
けど探しているうちに魔法が発動して、ようやく見つけたの」
そう言って黒部さんは銃口を動かしていく。
それに思わず身構えるが、銃口は僕を素通りして別の人物に向けられた。
「あなたは『入れ替わり』の魔法の持ち主。
そして『佐伯ミリア』の体を奪い、ここにいるんでしょう」
黒部さんの言葉は弾丸のように、佐伯さんに向けられた。
佐伯さんは銃口を向けられ、動揺からかうまく言葉を出せていない。
その間に黒部さんは魔法で見た光景を語っていく。
佐伯ミリアが、スーツ姿の中年男性に腕を掴まれていたこと。
佐伯ミリアが泣きながら抵抗する中、男が熱っぽく語っていたこと。
「入れ替わる」「体がほしい」と言った声が聞こえてきたこと。
そして一瞬の光のあとに男は泣き崩れ、佐伯ミリアは歓喜していたこと。
黒部さんが語ったそれは中年の男が、佐伯さんの体を奪った一部始終だった。
そしてそれを聞いた皆さんは顔を引き攣らせ、佐伯さんから距離を取っていく。
しかしようやく動揺もマシになったのか、佐伯さんが声を上ずらせながら口を開いた。
「う、あ...ち、違うんだよ?
お、おじさんは本当の佐伯ミリアだよ...」
「......」
何となく裁判所の空気が一段階冷え込んだ気がした。
その微妙な空気を加速させるように、佐伯さんは言葉を続ける。
「ナノカちゃんが見たものには複雑な事情があって...でも、絶対に黒幕なんかじゃないんだよ!
信じて!」
「少女のフリをして私たちの中に混ざっていた人間を信じられると思う?
この茶番を終わらせるために、あなたには死んでもらう」
「ひっ──!」
黒部さんは痺れを切らしたのか佐伯さんに狙いを定める。
恐らく数秒の後に、裁判所が血に染まるのだろう。
そして血だまりの中心には倒れ伏す佐伯さんの姿があるのだろう。
「────はぁ」
頭に浮かんだ光景が、いやに城ケ崎さんの最後と重なってしまう。
だからだろうか、僕の足は自分でも気付かないうちに動いていた。
「いい加減にしてください黒部さん」
「!?凪原...イオリ!」
僕は魔法で足音と気配を消して黒部さんに接近する。
佐伯さんに集中している黒部さんが僕に気付くことは出来ない筈だ。
そうして黒部さんに近づいた僕は彼女の腕を抑え銃口を下げさせる。
黒部さんはいつの間にか近づいていた僕を見て驚きを隠せていない。
その隙を逃さないよう、畳みかけていく。
「今日は朝から調査をし続けて、今さっきまで裁判をしていたんですよ。
その上あんな光景まで見せられて────心身ともに疲労が溜まっている状況です。
そんな時に茶番だの黒幕だの......本っ当にいい加減にしてください」
「イ、イオリくん...?」
「黒幕探しがしたいんならまた後でやってください。
今この場でやるべきことじゃない」
「...そんなことを言って、佐伯ミリアを庇いたいだけじゃないかしら。
『幻視』で佐伯ミリアの過去を見たから疑惑は彼女に移っているけど、あなたが怪しいのは変わっていないわ」
「黒部さんが僕のことを疑ってるのは身をもって知っていますよ。
...なんだったらそのせいで死にかけましたし。
兎に角、疑うのは勝手ですが状況を弁えてください」
黒部さんを説得しているうちに語気が強くなっていく。
それは自分でも意図していないものだったからかどうにも抑えが効かない。
僕と黒部さんの視線が交錯する中、突如として上空から羽ばたくような音が聞こえてくる。
自然と上に視線が向くとそこには、先ほど撃たれたはずのゴクチョーが飛んでいた。
「やれやれ...かわいいゴクチョーを撃つなんて、本来なら処刑物ですよ?
代わりはいくらでもいるので今回は見逃しますが」
「...死んでも代わりがいるからいい、か。
本格的にバケモノ染みた考え方ですね、ゴクチョー」
「おや?何か機嫌が悪いようですね。
まぁ裁判は終わりましたし、外出禁止時間ですので自身の監房に戻ってください。
戻らないと懲罰房行きになっちゃいますよ~」
ゴクチョーの言葉に反応して看守がのろのろと動き出す。
それを見た沢渡さんが急いで監房へと戻っていたのを皮切りに他の皆さんも裁判所から出ていく。
黒部さんは鋭い視線で僕と佐伯さんを睨むと、銃を持ち直して走っていった。
そんな彼女の姿が見えなくなると、佐伯さんが恐る恐る近づいてくる。
「あ、あの...イオリくん。
さっきは...その、庇ってくれてありがとう」
「いえ、気にしないでください。
ただあの場で人が死ぬのは、誰にとっても得にはならないと思っただけなので」
「ご、ごめん!そうだよね...。
おじさんを庇う理由なんてないもんね...」
「......すいません、佐伯さん。
少し冷静になりたいので、ここで失礼します」
寂しそうに笑う佐伯さんに背を向けて監房へと速足で戻っていく。
裁判所から出て、階段を降り、自身の監房に飛び込むように入り込む。
そして部屋についた僕は二段ベッドに登り、仰向けに倒れ込んだ。
「はぁー......」
大きく息を吐きながら一気に脱力する。
裁判では本気で死を覚悟するほど追い込まれた。
桜羽さんの助けがなければ今頃蓮見さんではなく、僕が処刑されていただろう。
「お礼、言わなきゃな」
そう呟きながら僕の手はイヤリングに伸びていた。
両耳から外したそれを手に持って眺める。
「...父さん、見ていましたか?」
父さんは先ほどの裁判を見ていたんだろうか。
それは僕にも分からないが、情報収集を指示したのはあの人だ。
きっと見ていることだろう。
「人が死んで...処刑されて...もう滅茶苦茶ですよ」
あの光景を見て、父さんは何か感じただろうか。
義憤に駆られ、僕たちを助け出すために動き出す。
なんてあり得ない未来が一瞬頭を過り、思わず吹き出してしまう。
父さんがそんな真っ当な人間じゃないのは僕が一番分かっている。
「はっ...僕も人のことは言えないか」
「あのぉ...イオリさん...。
だ、大丈夫ですか?」
「!?ひ、氷上さん!?
あ、あぁすいません五月蠅かったですか」
「いえ、ただ...その、イオリさんはずっと大変そうだったので...。
ノアさんが死んでしまって、レイアさんもあんな風に...」
いつの間にか上のベッドを覗き込んでいた氷上さんに驚き、心臓と身体が跳ね上がる。
彼女は心配から僕の様子を気にかけてくれたようだが、今の僕はそれどころではなかった。
バクバクと心臓が鳴り響く中、僕は氷上さんに返事と共に問いかける。
「ありがとうございます、氷上さん。
僕は大丈夫ですよ。
──それより、さっきの独り言...聞こえてました?」
「え?よくは聞こえませんでしたけど...お父さんとは微かに聞こえました。
その...イオリさんにとって、大事な方なんですか?」
「...えぇ、大事ですよ。
僕にとって、最後の血縁ですから」
どうやら単なる大事な人に向けての独り言と捉えてくれたようだ。
そのことに安堵しつつ、氷上さんの問いに答える。
それを聞いた氷上さんは目を輝かせ、予想外の食いつきを見せてきた。
「そうなんですね!
やっぱり家族は大切ですよね!」
「え、えぇ。
氷上さんもご家族を大切にしているんですね」
「はい!私にとって、何よりも大切な存在なんです!」
そこからは氷上さんの独壇場だ。
彼女の大切な人がどんな存在だったのかを懇切丁寧に教えられた。
正直、若干後悔しているのは秘密だ。
「それで────あれ?
イオリさん、その紙は何ですか?
「ん?あぁ、これですか。
これは城ケ崎さんがくれた絵なんです」
「────綺麗な絵ですね」
「えぇ、僕もそう思います」
氷上さんはコートからはみ出ていた絵に気付き、問いかけてくる。
それに答えると先ほどまでの勢いは鳴りを潜め、慈愛に満ちた笑顔で絵を眺めていた。
「ではもうそろそろ寝ようと思います。
佐伯さんのこともありますし、明日は忙しくなりそうですしね」
「あ!そ、そうですね!
おやすみなさい、イオリさん」
「おやすみなさい、氷上さん」
そう言うと氷上さんは下のベッドへと戻っていった。
僕も城ケ崎さんの絵をしまい、再びベッドに横になる。
そして目を閉じると、何かを考える間もなく眠りへと落ちていった。
明日から起きるであろう波乱を、どこか予感しながら。
* * *
暑い日だった。
外では蝉の鳴き声が響いている。
なのに僕は一切汗をかいていなかった、寧ろ寒いぐらいだ。
僕はただ、目の前に横たわる人物を見ていた。
鼻を刺す刺激臭。
身体に力は入らない。
このまま、無為に命をすり減らしていく。
その筈だった。
玄関が開く音がした。
誰かの足音が徐々に近づいてくる。
そして僕は目にした。
「────、────」
幻のような、とても不思議な人を。