ハンナの口調が一番難しかった第3話です
お嬢さま口調の中に粗雑な言葉を入れるって結構難しいですね
目が覚めると目の前には冷たい石の天井が広がっていた。
眠りにつく前に見た光景と何ら変わっていない。
ついでに背中の痛みもまったく変わっていなかった。
「あ~これ長引くやつですね...。
はぁ...幸先悪いなぁ」
そうため息を零しながらスマホを取り出し今の時刻を確認する。
今は17時を少し過ぎたあたり、『魔女図鑑』に書かれた規則では食堂に夕食が用意されているらしい。
それに夕食ならば少女たちも食堂に集まる筈、コミュニケーションを取るには絶好の機会だ。
痛む背中を無理矢理動かし二段ベッドから降りる。
「氷上さんはもう食堂に向かったみたいですね。
というか、男女同室って少しぐらい配慮してくれてもいいと思うんですけど...。
囚人にそんな気遣いは不要、ってことなんでしょうが」
ベッド下に氷上さんがいないことを確認してから監房の外に出る。
より酷くなる痛みを我慢しながらゆっくりと歩き、なんとか食堂にたどり着く。
背中の痛みに気を取られていたせいで、道中の記憶は少し曖昧だったが取り敢えずは問題ない。
そう判断して食堂の扉を開いて中へと入る。
(なるほどビュッフェ形式ですか......食べ物が腐っているようにしか見えないのは置いておくとしましょう。
それにしても皆さんもう食べ始めてるようですし出遅れてしまいましたかね)
僕は少しだけ急いで食器に食べ物を載せていく。
並べられている料理はグロテスクな色をしており、腐ったような臭いまで漂ってきた。
その臭いを我慢しながら料理を盛り付けていると、突如として皆が食事を取っているテーブルの方から騒ぎ声が聞こえてくる。
一体何事かと視線を向けると────遠野さんがちょっと浮いていた。
その光景に一瞬呆気に取られるが、微かに聞こえてきた『魔法』という単語で落ち着きを取り戻す。
恐らくあの浮遊現象こそ遠野さんの魔法、ということになるのだろう。
(やはり魔法は個々人で違うようですね。
ここは情報収集も兼ねて彼女たちと接触すべきか)
そう判断した僕はドロドロした料理のようなものを持って桜羽さん、橘さん、氷上さん、遠野さんが集まるテーブルに近づいた。
そして再び人好きのする笑顔を作ってから彼女たちに話しかける。
「皆さん、もしよろしければご一緒してもいいですか?
一人より皆さんと食べた方が気が紛れそうなので」
「えっ!?イオリくん!?
あ、ど...どうぞ...」
「ありがとうございます。
では失礼しますね」
急に声をかけられたからか声を裏返して返事をする桜羽さん。
橘さんたちも異論はなかったようだ。
僕は近くの空いている椅子を引っ張って来て同じ机に座る。
「それにしても遅かったですねイオリさん!
もしかして結構なお寝坊さんですか?」
「あはは...普段はこんなことないんですけどね。
思っていたより疲れが溜まっていたみたいです」
「そういえば背中をぶつけたって言ってたっけ...。
その、怪我は大丈夫?」
「大丈夫、とは言えませんね。
でも時間が経てば自然と治りますよ」
「だ、駄目です!
放っておけば痛みが酷くなるかもしれませんし...。
す、少し失礼します!」
「ひ、氷上さん?」
先ほど見た弱々しい態度から一変、勢いよく立ち上がったかと思えば僕の後ろに回り込む。
そして痛む背中に手が添えられたかと思えば、突然痛みが引き始める。
突然の事態に動揺しているうちに氷上さんが元の席へと戻っていった。
「今のは桜羽さんの怪我を治した時と同じ力...氷上さんの魔法、ですよね」
「き、急にごめんなさい!
そ、その...怪我をしてるって聞いて...。
つ、つい咄嗟に...あうぅ...」
「いえ、ありがとうございます。
長引きそうな怪我でしたから治してもらえて助かります」
「うーん、なんだかお爺ちゃんを介護する孫、みたいな光景でしたね!」
「橘さん、一応言っておきますが僕はまだ15歳ですよ。
介護を受ける気はありません」
橘さんには僕の背中に手を合わせる氷上さんの絵面がそう見えたのだろう。
しかし流石に今の歳からお爺ちゃん呼ばわりをされるのは受け入れがたい。
だが僕の静かな抗議を受けても尚、橘さんの調子は崩れなかった。
「そういえばさっきまで魔法について話してたんですよ!
イオリさんにも何か心当たりはありませんか?」
「...えぇ、ありますよ。
と言っても大したものではありませんけどね」
「おぉ!その魔法はどういうものなんですか!?
是非見せてください!」
「別に構いませんけど...ガッカリしても知りませんよ?」
僕はそう言ってから手を広げる。
そして視線が集中したタイミングで勢いよく両手を打ち合わせた。
しかし、両手から発される筈の音はなく少女たちは首を傾げる。
「?音が...ならなかった?」
「ふーむ...今の状況から考えるにイオリさん!
あなたの魔法はズバリ!「音を消す魔法、でしょう?今のを見れば誰だってわかりますわ」
もーハンナさん!折角の私の見せ場を取らないでくださいよー!」
「えぇ、正解です。
ただ少し訂正するとしたら消せるのは自分が鳴らす音だけ、という点ですね。
例えば僕が食器に触った時の音は消せますが、僕が食器を動かして他の何かにぶつかった時の音は消せない...そんな具合の魔法です」
「なるほどー、地味ですね!」
「否定はしませんけど、もう少しオブラートで包みましょうよ...」
身も蓋もない発言に思わず顔を引き攣らせてしまう。
だが、それ以上苦言を言うつもりもない。
なにせ今言った魔法は嘘でしかないのだから。
(まぁ別に全てが嘘、というわけではありませんけどね。
ただ、魔女裁判...犯人探しを行う際に僕の魔法は少し...いや、かなり分が悪い)
そう、僕の魔法は殺人事件の容疑者として疑われやすいものになっている。
幸い僕の虚言を皆は信じてくれたようだが、こればかりは明かす気にはなれない。
しかし、頑なに隠すようならかえって疑いの目を向けられかねない。
だからこそ、こうして魔法の一部だけを晒すことにしたのだ。
「はぁ...ではそう言う橘さんの魔法はどんなものなんですか?
さぞ派手なものなんでしょうね」
「シェリーさんの魔法は怪力ですわよ。
さっきリンゴを片手で粉々にしてやがりましたわ」
「...リンゴを、片手で、粉々に?」
「片手で、粉々に、ですわ」
「いやー昔から少し力が強いとは思ってたんですけど、まさか魔法だとは思いませんでしたよ~。
あ、イオリさんも試してみますか!?
手を握れば私の魔法もよくわかると思いますよ!」
「それはなんとも骨身に染みる経験になりそうですね。
謹んでお断りします」
意趣返しに聞いてみたが思っていたより物騒な魔法だった。
怪力の魔法...橘さんと妙にイメージが合っている気がしてならない。
兎に角、彼女を敵に回すような事態は避けるべきだろう。
「では気を取り直して、桜羽さんの魔法はどのようなものなんですか?」
「ボクは魔法なんて使えないよ!
やっぱり、間違われて連れてこられたと思うんだ」
「可能性はあると思いますわ。
ゴクチョーは魔女因子が大きく検出された、と言っていましたがそんな検査受けた覚えがありませんもの」
「ですがもし間違って連れてこられたとしても、ここから出してくれるとは思えませんけどね~。
もしそれが通るならここからの脱走も簡単なんですけど「橘さん」ん?なんでしょうか?」
「あまり不用心な発言は控えるべきだと思いますよ。
いつどこであの看守が聞いているか分かりませんから」
「おっと、そうでしたね」
橘さんは思い出したように口を紡ぐ。
脱走の話をあの看守に聞かれた場合、何をされるか分かったものではない。
しかし今あの看守の話をするのは悪手だったようで、桜羽さんたちの表情が沈痛なものに変わってしまう。
これはしまったと思うが、その後悔もすでに遅い。
この後の食事は重苦しい雰囲気のままなのだろう、そう思ったのだが────
「あ!そういえばイオリさんのお話をまだ聞けていませんでしたね!
さっきは落ち着いてから、ということでしたが今ならどうですか?」
「...そうですね、今なら頭の整理も出来ていますし問題はありません。
ですが、多分面白い話は出来ません...それでも構わないのならお話ししますよ」
「えぇ、是非お願いします!
そうですね~何から聞きましょうか。
皆さんは何か思いつきます?」
突如始まった橘さん主導の僕への質問。
しかし空気を重くした自覚がある以上、彼女の発案を断る理由はなかった。
幸い僕が話してはならないのは情報収集の役目だけ、趣味趣向や身の上程度なら話すことに一切の支障はない。
...まぁあまり思い出したくない内容まで聞かれたくはないが、そこは彼女たち次第か。
「じゃあボクから聞かせてもらうね。
イオリくんの好き嫌いを教えてくれないかな」
「好き嫌い、ですか。
なるほど、早速相手の弱点を探るとは意外と策士ですね桜羽さん」
「違うよ!?
ボクはただ気になっただけで────」
「そうですね、好きなもの...
改めて言われると中々思いつきませんね」
(無視されちゃった!?)
「あぁそういえば夜景を見ることは好きですよ。
よく廃ビルに忍び込んで屋上から眺めていました」
「そうなんだ、ちょっと意外だね。
そんなやんちゃをするようには見えなかったな」
「確かにそうですわね。
言葉遣いや振る舞いからてっきりいい所の産まれなのかと」
「あー...その辺りは色々と複雑なんです。
一旦その話はまた今度、時間があるときにお話ししますね」
「で、では...その...嫌いなものは何ですか?」
「ん?...あぁそれはまだ話していませんでしたね」
桜羽さんの質問の通り、好きなものに夜景と答える。
思い返すのはかつて事あるごとに脚を運んでいたあの廃ビル。
そこから見下ろす光り輝く夜景が何の理由もなく好きだった。
そのことを伝えれば桜羽さんや遠野さんからは意外そうな顔を向けられる。
確かに彼女たちに見せていた振る舞いからは考え付かない行動だろう。
しかしその話を深掘りしていくと少し話が長くなると思い、またの機会に伝えると話を終えた。
すると、氷上さんがまだ答えていなかった嫌いなものについて聞いてくる。
「嫌いなものはいくつかありますよ。
暑さと寒さ、後はものが腐った臭い...この辺りがどうも苦手なんです」
「よくそんなにスラスラ言えますわね...。
それにものが腐った臭いって、ここの食事は苦しいんじゃなくって?」
「えぇ、確かにそうですね。
ここの食事はどれも腐臭が漂っていますから...どうにも食べる手が遅くなってしまいます。
まぁ、好き嫌いで済む話ではありませんから我慢して食べますけどね」
「イオリさんも大変そうですね。
私はここの料理、結構イケると思うんですけど」
「橘さん、味覚大丈夫ですか?」
「わたくしも同意見ですわ。
こんなに超絶まじー料理をイケるなんて...味覚がぶっ壊れてやがりますわ」
「まぁまぁ私の味覚の話は置いといて!
次の質問は私の番ですね!
ふっふっふー覚悟はいいですか?」
「お手柔らかにお願いしますよ、橘さん」
僕がそう言うと橘さんは目をキラリと輝かせる。
そして指先を僕に向かって突き付け笑みを浮かべた。
さながら探偵のような動作に言葉を失っている間に、橘さんは僕に質問を突き付ける。
「ズバリ!
イオリさんが大切にしているものを教えてください!」
「大切にしているもの...ですか」
「えぇ!
何が大切にしているかを知ればその人も人となりも知れる!
名探偵とはそういうものです!」
「ふふ...えぇ構いませんよ。
別に隠すようなことではありませんし」
橘さんの質問を聞いて何故だか自然と笑みが零れる。
要所要所での話題の選び方だったり、今の質問だったりと僕が思っていた以上に彼女はよく他人を見ているようだ。
名探偵を自称しているのも伊達ではないのかもしれない。
「僕が大切にしているもの、それは『繋がり』です」
「つながり...それってどういう意味なのかな?」
「単純なことですよ桜羽さん。
僕が言っているのは血縁だったりが示す明確なつながり。
要は己が何者なのかを証明する手立てです」
「証明ですか?
うーん、それってそんなに大切ですかね?」
「大切ですよ、僕にとっては、とても」
僕がそう断言すると、辺りは突然静まり返った。
不思議に思って見渡すと、皆動揺を隠せない様子で黙り込んでいる。
その様子を見てから気付くがいつの間にか『作った』表情が崩れていたようだ。
話に熱を入れすぎていたことを反省しつつ誤魔化すように再度笑みを作る。
「兎に角、僕の大切なものについては以上です。
橘さんは満足していただけましたか?」
「うーん、まだ気になる部分はありますが...今日はこのぐらいにしておきましょうか!
では次の質問を────」
「そうしたいのは山々ですが、いつまでも僕のことを聞くわけにはいかないでしょう?
折角の自由時間、この牢屋敷のことについて調べるいい機会なんですから」
「それもそうですわね...。
まだ私たちはこの場所について何も知りませんもの」
「まだまだ面白そうなお話が聞けると思ったんですけどね〜、残念です。
でも牢屋敷の探索、というのも十分面白そうですよね!」
「僕についてはまた今度、機会があればお話ししますよ。
桜羽さんと氷上さんはこれからどうしますか?」
「ボクはもう休もうかな。
何だか凄く疲れちゃってて...」
「わ、私は医務室があるみたいなので...そこに行ってみようかと...」
「わたくしも疲れが残っていますし、軽く調べたら休むつもりですわ。
本格的に調べるのは明日から、ということで」
「確かにその方が効率良さそうですね。
なら明日は一緒に調べましょう!
イオリさんもどうですか?」
「そのお誘いは嬉しいのですが明日は別行動を取ろうと思います。
一塊になって調べるのも効率が悪いですし、明日はゴクチョーを探して話を聞くつもりなんです。
アレが僕たちにどういった態度で接するのかハッキリしない以上、いざという時すぐに逃げられるよう一人の方がいいでしょう?」
「ゴクチョーに話を?
......止めといた方がいいんじゃないかな。
もしも話しかけた途端に看守を呼ばれたらイオリくんも...」
桜羽さんは険しい顔つきのまま口籠る。
しかし彼女が言わんとすることは十分理解できた。
今日起きた惨劇、その記憶が未だ鮮明に脳に焼き付いているのだろう。
桜羽さんの反応は極めて正しいものだった。
だが────
「心配してくれてありがとうございます。
ですが今、牢屋敷のことを一番知っているのは間違いなくゴクチョーですから。
それなら多少の危険を冒してでも情報を得るべきです」
「そっか...。
気をつけてね、イオリくん」
「えぇ、勿論僕も死にたい訳ではありませんから。
身の危険を感じたらすぐに逃げますよ」
その言葉をもって話は一区切りとなった。
その後、僕たちはそれぞれ動き始める。
桜羽さんは自身の監房へ、氷上さんは医務室へ。
橘さんと遠野さんは二人揃って...というか橘さんがどこかへと遠野さんを引っ張って行った。
僕も彼女たちを見送った後、気になっていた場所へと向かう。
* * *
「これはまた随分な量ですね」
桜羽さんたちと別れた後、二階にある図書室に訪れていた。
呟く僕の視界に映るのは、本棚に並べられている無数の本。
所狭しと並べられたそれらは、全て読み切るには相当な時間が必要になるだろう。
しかし、これだけあれば何かしらの情報も得られる筈だ。
「骨が折れる作業ですが、これも必要なこと。
地道に進めるしかありませんね。
──ところで、わざわざ隠れているのはどういったおつもりですか?」
「あら、気付いてたのね。
物音は立ててなかったと思うのだけど」
「確かに物音は立てていませんでしたよ。
ですが気配までは消せていなかったので」
「気配...なるほど、勉強になったわ。
それにしても人が隠れていても気配に気付けるなんて凄いわね。
それが貴方の魔法なのかしら」
「生憎ですが違いますよ、そういったものに対して少し敏感なだけです。
そもそも先ほど食堂で披露した時にあなたもあの場にいたでしょう。
それなら僕の魔法についても知ってる筈では?」
「残念だけどその時ちょうど見逃してしまったの。
もしよければもう一度見せてもらえないかしら」
「────もういいでしょう。
もう一度お聞きします、何故わざわざ隠れていたのですか?
答えていただけますよね、宝生さん」
この牢屋敷に集められた少女の一人、宝生マーゴ。
彼女は怪しげな笑みを浮かべ、見透かすような視線で僕を見ていた。