主人公に散々な目に遭ってもらう4話目です
これがやりたかったから書き始めたのもあります
牢屋敷の二階にある図書室、そこで僕は一人の少女と向かい合っていた。
その少女は笑みを浮かべ、見透かすような視線を向けてくる。
対する僕もまた、目の前の少女...宝生さんの一挙手一投足に注意を払う。
「あらあら、そんなに見つめられると困ってしまうわ。
落ち着き払ってはいたけど、やっぱりあなたも年頃の男の子なのね」
「生憎ですがその手の冗談はあまり好きではないんです。
もし揶揄いたいだけなら別の方にした方がいいですよ」
「随分エマちゃんたちと対応が違うのね。
私の前ではあの綺麗なお面を被らなくていいのかしら」
「あなたの前では装うだけ無駄のようですから。
必要のないことをわざわざする気はありません」
何となく宝生さんと言葉を交わして思ったが、予想通り彼女は僕が作った笑顔を貼り付けていることに気付いていたようだ。
恐らく宝生さんもまた、僕と同じような仮面を被っている。
だからこそ気付けたのだろう、本心を隠し、他者を欺くための仮面を。
宝生さんも僕も同じ仮面を被っていて、お互いにそのことに気付いている。
ならば今までのような『作った』笑顔は、彼女には必要ないと判断したのだ。
「いい加減、隠れていた理由について教えていただけませんか。
それを知らない以上、落ち着いてここの調査をすることが出来ないので」
「そう警戒しなくてもいいのよ?
私が隠れてた理由なんて驚いただけだもの」
「驚いた...?」
「私と同じ目的でここに人が来るなんて思わなかったものだから。
あなたが部屋に入ってきたとき、咄嗟に隠れてしまったの」
(...本当の理由を隠す気はない、と。
予想はしてましたが厄介な人ですね)
宝生さんは理由こそ話したがどう考えても嘘としか思えない。
というか驚いたと言うのなら、少しくらい動揺を見せるものではないだろうか。
...いや、宝生さんは最初から本当のことを話す気はなかったのだろう。
(今の嘘は『本当のことを話す気はない』という意味か...?
もしそうならこれ以上問い詰めたところでのらりくらりと躱される。
自由時間も限りはあることですし、警戒だけ続けて様子を見るとしましょうか)
「そういった理由なら仕方ないですね。
僕も警戒しすぎて強く当たりすぎていたかもしれません。
そこは謝らせてください」
「そんなに腰を低くしなくてもいいのよ?
元はと言えば私が隠れたことが原因だもの。
だからここはお互い様、ということにしましょう?」
「...えぇ、そうしていただけるのなら僕としてもありがたいです。
────では、早速になりますがここに来た本題に入るとしましょう。
時間は有限、ですから」
「そうね、これから先ここで過ごすとしても時間を無駄にする必要はないもの。
と言っても図書室でやることなんて限られているけど」
そう言って宝生さんは立ち並ぶ本棚に目を向ける。
彼女の言う通り図書室にいる以上、やるべき事と言ったら本を調べるぐらいのものだ。
僕は本棚から適当な本を手に取って表紙を捲る。
しかし、僕の表情はすぐに険しいものになってしまった。
「あら、どうかしたの?」
「...これを見てください」
「これは────何も読めないわね。
一体どこの文字かしら」
「はぁ...参りましたね」
僕は手に取った本を開いたまま宝生さんに見せる。
そのページには見たこともない文字が書き込まれていた。
これでは情報収集など到底出来そうにもない。
しかも最悪の場合この本だけではなく、図書館にある全ての本が読めない可能性があった。
「......考えていても始まらない、か。
取り敢えず今日は読める本があるかを探すしかなさそうですね。
宝生さんはどうしますか?」
「私もここに残るわ。
元々自由時間の間はここで過ごすつもりだったし、確認するものが変わっただけだもの。
それに折角の親交を深める機会なんだから逃す手はない、イオリちゃんもそう思わない?」
「確かに、その通りですね。
では始めるとしましょうか宝生さん」
その後は互いに当たり障りのない会話をしながら本を調べていく。
しかし、読める言語で書かれた本はついぞ見つからなかった。
しかも途中で交わされる会話は交流、というより腹の探り合い。
最初の自由時間は肉体的、精神的に疲労が溜まるだけだった。
* * *
自由時間の後、監房に戻った僕は倒れ込むように眠りについた。
目覚めたのは翌日の朝5時を過ぎた頃、監房の鉄格子が開くまで時間はある。
目を擦りつつ軽く体を伸ばしながら今日の目的を確認しておく。
「ゴクチョーを探して会話を試みて、合間を縫って皆さんとコミュニケーションをとる。
そして時間が余ったら図書室の調査を続ける───やることが多いなぁ...」
そう呟きながら二段ベッドから下に降りる。
その際、下段のベッドに目を向けるがそこには誰もいない。
本来ならそこには氷上さんがいなければならないはずだが───
「そういえば昨夜、夏目さんが倒れたんでしたっけ...。
医務室の方にも顔を出さなきゃいけませんね」
思い出すのは昨夜、監房に戻ってきた頃に知った出来事だ。
先に戻っていた橘さんから聞いた話では、夏目さんの同室である城ケ崎さんの仕業らしい。
何でもスプレーを使って部屋を真っ赤に塗りつぶし、その光景を目にした夏目さんが貧血を起こして倒れ込んだんだとか。
「夏目さんもここに来て早々運がない。
...いや、ここにいる時点で運が良いわけがなかったか」
苦笑交じりに独り言を呟いていると、微かに音が聞こえてくる。
シューッと何かを噴き出すような音、恐らく城ケ崎さんのスプレーだろう。
朝早いというのにまた何か絵を描いているようだ。
「よっぽど絵が好きなんでしょうね。
周りのことが見えなくなるぐらいに」
城ケ崎さんのマイペース振りはかなりのものだ。
しかしそれほど好きなものに没頭出来るのは凄いことだと思う。
それに対して僕の目的と言えば────
(牢屋敷の情報収集...なんて碌でもない。
それを為したところで、得をするのは父さんだけだ。
そのために僕は...皆さんを裏切らなきゃいけない)
僕は牢屋敷が国ぐるみで運営されていることを知っている。
ここから逃げ出せた者がいないことも知っている。
万が一逃げ出せたとしても...その先はないだろう。
そのことを知っているというのに、脱出を試みようとしている桜羽さんたちを止めようとしない。
それは単に僕が牢屋敷のことを知っていると悟られない為でしかなかった。
(知っているのに伝えない、なんて裏切りでしかない。
皆さんが苦しむことなんて目に見えているのに......。
碌でもなさで言うなら、僕も父さんのことを言えませんね)
内心で自嘲を繰り返していると鉄格子から音が鳴る。
どうやら考え込んでいる間に6時になったようだ。
ただでさえやることが多いというのに、いつまでも思考に没頭するわけにもいかない。
僕は監房から出て通路に出る、他の監房からも何人か出てくるのが見えた。
恐らく朝食でも食べに行くのだろう。
(またアレを食べると思うと気が重くなりますね。
でも食べないわけにもいきませんし、必要最低限の量だけ食べるとしましょう)
昨日食べたあのグロテスクな料理を思い出しながら食堂へと向かう。
すると、突然異臭が鼻を突く。
反射的に視線を巡らせるとそこには、スプレーで絵を描いている城ケ崎さんがいた。
「城ケ崎さん、おはようございます。
朝食の時間ですが食べに行かないんですか?」
「おはよう~。
のあはね、お絵描きで忙しいんだ。
だからごはんは食べないの」
「そう、ですか。
...もしよければ、食堂から食べ物を持ってきますよ」
「え?うーん...いいの?」
「別に大したことでもありませんから。
それに城ケ崎さんが描いた絵、僕も興味がありますし。
完成したら是非見せてください」
「!うん、わかった!
とびっきりの綺麗な絵にするから楽しみにしててね!」
そう言うと城ケ崎さんは再びスプレーで絵を描き始めた。
鼻歌混じりの楽しそうな様子を遮る気も、これ以上話すべきことも特にない。
僕は城ヶ崎さんの監房に背を向け、食堂へと向かった。
* * *
城ヶ崎さんに朝食を届けた後、本格的にゴクチョー探しを開始した。
とは言っても当てが思いつかない以上、手当たり次第に探し回るしかない。
長丁場になることを覚悟して、まずはマップにある倉庫に向かうことにした。
「倉庫というぐらいなら何かしらがあってもおかしくない...それが牢屋敷に関係するものなら何より...。
そこにゴクチョーがいてくれたら文句はないんですけど」
倉庫へ向かう道すがら、独り言を呟く。
微かな期待が込められたそれは誰に聞かれることもない。
───恐らく、一人を除いて。
「そこに隠れてるのは分かっていますよ。
時間も惜しいですし、早めに出てきてもらえませんか」
僕の視線は鬱蒼と茂る木々に向けられていた。
正確に言うのならそこに隠れている相手に向けて、だが。
いつでも逃げられるように身構えていると、ガサガサと茂みをかき分けながら人影が姿を現す。
「黒部さんでしたか。
僕に何か御用ですか?」
「...凪原イオリ、あなたは何者?」
「何者...ですか。
随分と曖昧な質問ですね」
「この牢屋敷には十四人の魔女候補が集められた。
でもその中に男の人はあなた一人だけ、怪しむのは当然だと思うけど」
黒部さんの意見は初日の橘さんと同じものだった。
しかし、それだけなら以前のような答えでやり過ごしてしまえばいい。
問題があるとするなら、それは黒部さんが持っている銃だ。
(銃を持っている相手に下手な真似は出来ない...。
というか何であんなモノ持ってるんですかこの人は)
「何か言ったらどうかしら。
黙るだけなら私からあなたへの疑惑が深まるだけよ」
「そう急かさないでください。
僕としても前と同じようなことしか言えないんですよ」
「...そう、白状するつもりはないのね
それなら私も元々考えていた手段を取ることにするわ」
「元々考えていた手段...先ほど隠れていた理由はそれですか。
ですが仮に暴力を振るわれても僕の返答は変わりませんよ」
「暴力を振るうつもりはないわ。
ただ、見せてもらうだけだから」
「見る...?」
黒部さんの発言を聞き、頭に疑問符を浮かべる。
聞く、ではなく見るとはいったいどういうことなのか。
僕がそう考えていると黒部さんは真っ直ぐ、僕に向かって歩いてくる。
その様子に嫌な予感を覚えると同時に、距離を保つように後ろへ下がった。
「どうして距離を取るのかしら」
「いやいや、急に真顔で近づいてこられたら距離ぐらい取るでしょう。
そもそも『見る』とはどういう意味ですか」
「...私の魔法は『幻視』、人や物を触るとその対象の過去だったりを見ることが出来るの。
と言っても触ったとしても発動するかどうかは分からないけれど」
「なるほど、隠れていたのは奇襲を仕掛けて確実に触れるためでしたか。
ですが発動するかどうかは黒部さんにも分からないのでしょう?
その時はどうするつもりだったのですか」
「もしも発動しなかったら発動するまで触り続けるだけよ。
だから大人しく、抵抗しないでちょうだい」
「勘弁してくださいよ...」
そう言うと黒部さんは再び距離を詰め始めた。
僕は徐々に近づいてくる彼女から、なんとか距離を保とうと後ろへ下がる。
それを見た黒部さんは眉を顰め、不信感を強く顔に出した。
「また距離を取る...。
それだけ過去を見られるのが嫌なのかしら」
「誰にだって隠したいものの一つや二つはあるもの。
ましてやそれを他人に見られる、なんて溜まったものじゃありません。
──過去を無遠慮に掘り返されるのは御免ですよ」
僕は目の前の黒部さんを軽く睨みながら言い放つ。
それは情報収集の役割を知られない為に言った事だ。
なにせ自分たちは助からない、その上そんな自分たちの様子を誰とも知らない相手に見られる────それを聞いて誰が受け入れるのだろう。
それに──
(あの時のことは...思い出したくありませんしね)
微かに頭に浮かぶ、幼かった頃の記憶。
それを意識的に頭の片隅に追いやり、今にも跳びかかってきそうな黒部さんに注意を向ける。
「黒部さん、ここは穏便に済ませませんか?
聞きたいことがあるのならお話しますよ」
「凪原イオリ、あなたは信用できない。
だからここで過去を見せてもらう」
「...そうですか。
それなら、仕方ありませんね」
僕と黒部さんの間には張りつめた空気が満ちていた。
黒部さんも僕も、いつでも動けるように構え互いの動きを注視する。
そして、膠着した状況は両者が同時に動き出したことで一気に動き出した。
黒部さんは僕を取り押さえようと勢いよく突っ込んでくる。
対する僕は振り返り、彼女から逃げるため全力で走り始めた。
「!待ちなさい!」
「黒部さんが僕の過去を見ないと言うなら待ちますよ!」
そこから先は追いかけっこの始まりだ。
僕が逃げ、黒部さんが追う。
その状況の中、単純で深刻な問題が目の前まで迫っていた。
(まずい...体力が持たない...)
体力不足、その四文字が僕の頭に浮かんでくる。
少しは振り切れると思った黒部さんもピッタリ追従してきていた。
寧ろ距離が縮まっているのではないかと思う中、必死になって足を回転させる。
(このままじゃ捕まるのは時間の問題...!
誰かに会える気もしない今、残された手段は魔法しか...!)
魔法を使えば確実に逃げられる。
その確信はあったが、それは隠した手札を晒すことだ。
しかし、今は魔法以外に良い手も思いつかない。
それに過去を見られるくらいなら、魔法を知られる方がまだいい。
僕は覚悟を決め、黒部さんの視界から一瞬でも外れる場所に向かう。
「後...もう少し...」
「このっ...いい加減にしなさい!」
黒部さんの怒声を背中に受けながら、ようやく僕はお目当ての場所へとたどり着いた。
それは牢屋敷の外壁、その隅のうちの一つ。
そこを急いで曲がってしまえば二、三秒ぐらいは視界から外れるだろう。
息切れで痛む横っ腹を抑えながら僕は隅に隠れるように飛び込み、魔法を使った。
「隠れようとしても無駄...っ!?
いない...何処に行ったの?」
「ゲホッ!ゴホッ!
ヒュー...ヒュー...もう...無理...」
飛び込んだ瞬間に倒れ、立ち上がることも出来ずに倒れ伏す。
そんな僕が目の前にいるというのに、黒部さんは辺りを見回していた。
魔法がしっかり発動していることに安堵しつつ、黒部さんから離れようとよろよろと立ち上がる。
「グッ...こんなことになるなら最初から魔法を使っとけばよかった...!
黒部さんとは今後、二人きりにならないようにしな「パンッ!」────は?」
何かが破裂するような音と共に、耳元を何かが掠める。
僕は音がした方向、つまりすぐ後ろに目を向けた。
そこには────
「いないわね...。
一体どこに消えたのかしら」
「!?!?!?」
無表情で銃を構える黒部さんの姿があった。
彼女の口ぶりから察するに僕の姿は見えていないのだろう。
しかし、今はそんなことどうでもいい。
僕は何とか足に力を入れ、急いでその場を離れた。
「いやふざけてるんですかあの人!!?
探す手段で銃を撃つ人が何処にいる!!普通手探りとかでしょう!?
過去を見るとかの話は一体全体何処いった!?」
弾丸と共に間近を掠めていった死の感覚に思わず声を荒げる。
こんなに声を大にして叫んだことなどここ数年はなかった筈だ。
こうして探索一日目は散々な滑り出しで始まってしまった。