孤独な道化ノ魔女裁判   作:月光列車

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特に言うことのない日常回、第5話です
エルデンリングの蟻とカタツムリとナメクジがキツ過ぎる


占い

 

 

 黒部さんから逃げ切った僕はまた図書室に向かっていた。

 倉庫に行くことも考えたが、黒部さんがまだ外にいるかもと思うと行く気が失せる。

 もうあのような命の危機を感じるのは御免だ。

 僕はため息を吐きつつ図書室の扉を開けると、そこでは見知った人物が調べ物をしていた。

 

「桜羽さんに橘さんでしたか。

 調査は順調に進んでいますか?」

 

「あっイオリく...ん?

 その、何でそんなにボロボロなの?」

 

「もしかしてゴクチョーを探しているときに何か問題でも?

 看守に追いかけられたとか!」

 

「当たらずとも遠からず、ですね。

 まぁその時に転んだだけなので気にしないでください」

 

 僕の疲れた顔を見たせいか桜羽さんは苦笑する。

 その際に深掘りして聞こうとしてくる橘さんを抑えてくれたのは本当にありがたい。

 今質問攻めをされたらちゃんとした返答を返せるのか分からないのだ。

 

「お二人は図書室の本を調べているのですか?」

 

「はい!

 何か牢屋敷について手がかりがあるんじゃないかって思ったので!」

 

「やっぱりそうでしたか。

 ですがここには手がかりは殆どないと思いますよ。

 昨日調べた時点で読める言語で書かれた本は見つからなかったですし」

 

「うぅ...やっぱりそうなんだ。

 出直した方がいいのかな....」

 

「...それはまだ早いかもしれませんよ」

 

 僕はそう言うと魔法を使って足音を消し、図書室の奥へと歩いていく。

 本棚と本棚の間を通る度に視線を走らせ、居るであろう人物を探す。

 そして三つ目の本棚を通るとそこには、お目当ての人物が息を殺して隠れていた。

 

「やっぱりいましたね、宝生さん。

 桜羽さんたちから隠れていたようですが、また驚いてしまったのですか?」

 

「!...別に隠れていたつもりはないわ。

 ただ話しかけるタイミングを伺ってただけだもの」

 

「そうでしたか、これは失礼しました。

 では話をしたいので出てきてくれますか?」

 

「はぁ、中身がまったく感じられない謝罪ね。

 本当に悪いと思っているのかしら」

 

「昨日の宝生さんと同じぐらいには悪いと思っていますよ」

 

 足音を消して近づいたせいか僕の存在に宝生さんは気づいていなかったようだ。

 突如現れた僕を見て目を見開き、驚いていた。

 ...その様子に少しスカッとしたのは秘密にしておこう。

 

「マーゴちゃん!?

 い、いたんだ...」

 

「驚かせてしまってごめんなさいね。

 イオリちゃんに無理矢理連れてこられなければ、こんな風にはならなかったのだけど」

 

「それは駄目ですよイオリさん。

 無理矢理連れて来る、なんて場合によっては通報ものですよ!」

 

「別に無理矢理ではありませんでしたよ。

 というか橘さんも見てましたよね」

 

 先ほどの意趣返しのつもりなのか謂れのない非難を受ける。

 それに悪ノリしてくるのが橘さんと言う少女だ。

 僕は今以上に話が混乱しないうちに宝生さんに話を切り出す。

 

「宝生さんは昨日に続けて今日も図書室を調べているのですよね?

 それなら何かしら読めそうな本を見つけていませんか?」

 

「──残念だけどそういったものは見つかっていないわ。

 今日は本じゃなくってコレを触っていたの」

 

「それってタロットカードですよね?

 もしかしてマーゴさん、占いが出来るんですか!?」

 

「えぇ、元々好きだったのよ。

 あなたたちのことも占ってあげましょうか?」

 

 宝生さんは妖艶に笑うと読書用の机にカードを広げる。

 そして椅子に座ると試すようにこちらに視線を向けてきた。

 彼女が発する不思議な圧に思わず怯んでいると、待ちかねたように宝生さんはカードを一枚手に取る。

 

「『塔』の正位置...近い未来、誰かが死ぬわね。

 あなたたちも身辺には気をつけて」

 

「はぁ...宝生さん、そういうことは言うべきではないでしょう。

 不安を煽るような発言はやめたほうがいいですよ」

 

「でも私が言っていることは間違ってはいないでしょう?

 誰が殺意を抱いているかも分からないこの状況、警戒はするに越したことはないわ」

 

「確かにそうかもしれないけど...ボクは殺人をするような子はいないと思う!

 きっと大丈夫だよ!」

 

 宝生さんの発言に反発するように桜羽さんが声を上げる。

 しかし、その声には多少なりとも暗い感情が含まれていた。

 それを見逃さなかった宝生さんの瞳によくないものを見た僕は咄嗟に話題を変える。

 

「ところで橘さんたちはこれからどうするんですか?

 収穫がない以上、図書室に残る意味はないと思いますけど」

 

「うーん...では娯楽室にでも行ってみましょうか!

 先ほどのマーゴさんのお話でも出てきましたし!

 エマさんはどうしますか?」

 

「え?

 ボ、ボクはそれで構わないけど...」

 

「それなら早速行くとしましょう!

 あ、イオリさんはどうするんですか?」

 

「僕はもうしばらくここで休みながら調べ物をしますよ。

 大した成果は得られなさそうですけどね」

 

 咄嗟の話題転換に乗ってくれた橘さん。

 彼女は桜羽さんを押すように図書室を出ていく。

 そして図書室には僕と宝生さんの二人が残った。

 

「イオリちゃんは意外と過保護なのね。

 ただお話をしてただけなのにあんなに必死になるなんて」

 

「そういう宝生さんは加虐趣味をお持ちのようで。

 あのまま続けてたら面倒なことになるでしょう。

 だから止めただけですよ」

 

「それならエマちゃんの代わりに答えてもらいましょうか。

 イオリちゃん、あなたはここで殺人事件が起きると思う?」

 

「......その質問、答える必要ありますか?」

 

 僕の問いに宝生さんは笑みを返すだけだった。

 彼女自身、僕がどう返すのかも分かっているのだろう。

 一度目を伏せてから僕は宝生さんに向き直った。

 

「閉鎖空間での生活に加えて個人間の不和。

 それに魔女因子による殺意の増幅...どうしようもないことが多すぎる。

殺人事件はどうあっても避けられないでしょうね」

 

「ふふ、やっぱりあなたもそう思うのね。

 私たち、意外と気が合うのかしら」

 

「さてどうでしょう。

 ただ単に考え方が似てるだけだと思いますけど」

 

 怪しく笑う宝生さんを冷たく見据える。

 彼女に賛同するのは少し癪だが、否定する根拠もない。

 僕は軽く痛む頭を押さえながら体力の回復に勤しむのだった。

 

 

*     *     *

 

 

「さて確か医務室はここ、でしたね」

 

 図書室から出た僕は夏目さんのお見舞いのために医務室に来ていた。

 医務室からは薬品の臭いではなく、どこか草花を思わせる優しい香りが漂ってくる。

 それを意外に思いながら医務室に入ると陽の光が目に飛び込んできた。

 

「こんな場所が牢屋敷にあったのか。

 暖かくて、落ち着く場所ですね」

 

 陽ざしが差し込む医務室には暖かな空気が流れていた。

 その空気に安らぎを覚えていると、カツカツと足音を立てながら誰かが近づいてくる。

 ハッとして足音の方向に目を向けるとそこには蓮見さんが歩いて来ていた。

 

「やぁイオリくん。

 キミもアンアンくんのお見舞いに来たのかい?」

 

「えぇ、蓮見さんの言う通りです。

 お見舞いの品もありませんけどね」

 

「それは仕方ないさ、夏目くんも気にしないと思うよ。

 ただ、今は話したりは難しいと思うけど...」

 

 蓮見さんはそう言ってチラリとベッドの方に目を向ける。

 僕もその視線の先を見てみると、そこには夏目さんが眠っていた。

 その表情は苦しそうに歪んでいてあまり状態はよくないように見える。

 

「あれでもメルルくんのお陰で大分マシにはなったんだよ。

 中庭のハーブを摘んでお茶を入れてくれてね」

 

「ハーブ...なるほど、この香りはそういうことでしたか。

 ──ん?ところで当の氷上さんは何処に?」

 

「中庭以外にもハーブが生えてるかもって今は外に出てるよ。

 そうだ、もしよかったらキミもメルルくんのハーブティーを飲んでみないかい。

 どうせなら世間話でもしながらね」

 

 視線を惹きつけるような笑顔を見せる蓮見さん。

 彼女の誘いを受けた僕たちはハーブティーを片手に雑談に興じることになった。

 それは宝生さんとの『交流』とは違い、とても穏やかなものだった。

 

「つい先ほどゴクチョーが中庭に?

 はぁ、入れ違いとは...ままならないなぁ」

 

「今日を逃してもまだ明日がある。

 そう気を落とさなくてもいいと思うよ」

 

「...それはそうですね。

 少し、焦りすぎていたのかもしれません」

 

「折角のお茶会だし...そうだな。

 お互い、ここに来る前のことを話してみないかい?」

 

「それは構いませんが...面白い話は出来ませんよ」

 

「別に構わないさ。

 私も大した話は出来ないしね」

 

 蓮見さんの言葉を受けて僕は考える。

 彼女の様子を見てみるが探るような気配は感じない。

 恐らく橘さんと同じただの興味本位なのだろう。

 

「ここに来る前と言っても、大半の学生と変わりませんよ。

 学校に行って、勉強をして、就寝する。

 偶に夜更けに外出することはありましたけど基本それだけです」

 

「いや夜更けの外出だけで十分じゃないかな。

 それにしてもわざわざ夜更けに外出なんて何か外せない用事でもあったのかい?」

 

「ただ夜景を見に行っただけですよ。

 あの目に焼き付くような光景が好きだったので」

 

「目に焼き付くような光景、か。

 それは私も気になるな」

 

「あまり治安が良くない場所の廃ビルから見た光景です、見に行くのはオススメしません。

 僕がここに来る前にやっていたことなんてこのぐらいです。

 今度は蓮見さんの番ですよ」

 

 僕がそう切り出すと蓮見さんは目を輝かせる。

 彼女は話し始めるためか、一口ハーブティーを飲む。

 そして大袈裟な身振りと共に話し始めた。

 

「普段は舞台の稽古だったり、より良いパフォーマンスのための研究だったりをしてるよ。

 努力を怠ればすぐに埋もれてしまう環境だったからね。

 まさに死に物狂いだったよ」

 

「流石、女優として活躍してきたからか言葉に重みがある。

 僕も蓮見さんの舞台を見に行ってみたくなります」

 

「本当かい!?それは嬉しいな!

 もしかしてイオリくん、舞台や映画が好きなのかい?」

 

「好きか、と言われると少し悩みますね。

 たまに気になったものは見ますが、出演する方の名前は特に知りませんし。

 ────あれ?」

 

 以前舞台などを見た時のことを思い返していると、ふと引っかかりを覚える。

 その引っかかりの正体を探っていると蓮見さんが呼びかけてきた。

 思わず視線を上げると、蓮見さんが心配そうにこちらを見ている。

 そんな彼女の顔を見て、僕は一つだけ思い当たる節があった。

 

「急に黙り込んでどうしたんだい?

 そんなに難しい質問だったかな」

 

「──蓮見さん、もしかして以前は長髪で出演していませんでしたか?」

 

「え?

 あ、あぁイオリくんの言う通りだ。

 今は短くしてるけど以前は長髪だったよ」

 

「やっぱり。

 僕、以前に蓮見さんの舞台を見たことがありますよ。

 もう数年も前のことですけど」

 

「数年前...となるとデビューしたての頃の作品かな。

 あの時の舞台はかなり有名だったし、反響も大きかったからね。

 ────でも、それ以降は見てくれなかったのかい?」

 

 蓮見さんが瞳に黒いものを宿してこちらを見る。

 思い出したことを話しただけだったが悪手だったのかもしれない。

 僕は咄嗟に取り繕うように言葉を重ねる。

 

「あの舞台を見てから少し後...家庭の事情でゴタゴタがあったんです。

 それ以前のことはあまり思い出さないようにしてるんですよ。

 少し...嫌なことを思い出してしまうので」

 

「──そっか。

 不躾な質問だったね、申し訳ない」

 

「気にしないでください。

 それに、あの舞台を見た時はとても驚きましたよ。

 同年代の子があんなに綺麗に輝けるものなんだって」

 

「ふふ、キミは口が上手いね」

 

「一応言っておきますけど今のは本音ですよ。

 あの時の僕が感じた、素直な感想です」

 

 蓮見さんの目から黒いものが消えたのを見て安堵する。

 そこから先は気の向くままに話し込んだ。

 ...主に蓮見さんの舞台関係だったが。

 

「そういえば今日、ココくんが配信をしていたんだ。

 イオリくんは見たかい?」

 

「えぇ、見ましたよ。

 と言っても数分もしないうちに閉じましたけど」

 

 思い出すのは猫耳の飾りをつけた少女、沢渡ココ。

 彼女は支給されたスマートフォンを使って配信を行っていた。

 しかし、その内容は自己紹介という名の過激思考の発表。

 曰く『推しが全て』『推し以外みんな死ね』という強気な発言の数々。

 同じく見ていた宝生さんも黙って配信を閉じるほどだった。

 

「私も今夜のうちにやろうと思っているんだ。

 もしよかったらキミにも見に来てほしい」

 

「えぇ、勿論。

 楽しみにしていますよ。

 ────ん?スマホに通知が...ゴクチョーから?」

 

「もうすぐ自由時間が終わるから監房に戻れ、か。

 名残惜しいけどお茶会はここまでかな」

 

 そうしてお茶会はゴクチョーの報せによって終わることになった。

 少しの名残惜しさと共に茶器を片付けていく。

 そして心残りは一つだけになった。

 

「夏目さん、起きませんね。

 氷上さんも戻ってきませんし」

 

「そうだね...イオリくんは先に監房に戻ってくれるかい?

 私はもう少しここに残るよ」

 

「氷上さんを待つつもりですか?

 ですが最悪の場合、懲罰房行きになりますよ」

 

「その時はその時さ。

 それにメルルくんが来なかったら私がアンアンくんに付き添えばいいしね」

 

 そう言う蓮見さんの表情には一切の怯えといったものが見えない。

 それは彼女の自信から来るものなのだろうか。

 これ以上説得をしても無駄だと判断した僕は大人しく指示に従う事にした。

 

「もしも監房かどこかで氷上さんを見かけたら連絡します。

 蓮見さん、くれぐれも気を付けてくださいね」

 

「あぁ、それじゃあまた夕食時に。

 ────そうだイオリくん、最後に一ついいかい?」

 

「?えぇ、なんでしょうか」

 

「牢屋敷に集められた子たちの中で男性はキミ一人だ。

 だから何かと気苦労もあると思うし、言い出せないこともあるかもしれない。

 そんな時は私に相談してくれ、出来る限りの力になるよ」

 

「......ありがとうございます。

 その時はよろしくお願いしますね」

 

 最後に蓮見さんの言葉を胸に留め、僕は医務室を後にする。

 やはり彼女は『良い人』なのだろう。

 ──その内に抱えているものはどうか知らないが。

 

(あの時の暗い瞳...どうにも気になる。

 もしも返答を間違っていたとしたら...いや、まさかな)

 

 頭に浮かんだ仮説は先ほどの彼女とはかけ離れている。

 僕は頭を振りながら速足で監房へと急ぐ。

 ────まるで嫌な考えから目を背けるように。

 

 

*     *     *

 

 

 時刻は午後十八時、僕は食事を持って城ケ崎さんの監房を訪れていた。

 監房にはスプレーの刺激臭が満ちていて、環境がいいとは言えない。

 だがここの主である城ケ崎さんは気にした風もなく今も絵を描いている。

 

「ふんふんふ~ん」

 

「...すごいな」

 

 鼻歌混じりに描かれるそれを前に感嘆の声が漏れる。

 それは絵の完成度というのもあるが、それ以上に絵が動いていることにあった。

 話には聞いていた『液体を操る魔法』、実際に見てみると心底不思議なものだ。

 

「出来た!

 ねぇイオリくん、この絵どう思う?

 みんな喜んでくれるかな?」

 

「とても綺麗な絵だと思いますよ。

 皆さんが喜んでくれるかは...少し分かりませんけど」

 

「そっかぁ。

 それじゃまた描きなおそ~」

 

 僕の曖昧な返事を聞くと城ケ崎さんは魔法を使う。

 監房に書かれた絵は吸い込まれるようにスプレー缶の中に戻っていく。

 その光景を見つつ、城ケ崎さんに問いかけた。

 

「城ケ崎さん、感想を聞くのって僕でいいんですか?

 絵には詳しくありませんし、曖昧な答えしか返せませんよ」

 

「うん!

 イオリくんはご飯持ってきてくれるし、のあの絵を綺麗って言ってくれるもん」

 

「それは答えになってないのでは...?」

 

 城ケ崎さんは笑いつつそう言うが僕は首を傾げる他ない。

 食事に関してはコミュニケーションの取っ掛かりとして。

 絵を綺麗だと言ったのは単なる感想でしかない。

 それらが感想を聞いてくる理由とどうしても結びつかなかった。

 

(まぁ橘さんと同じように独特の感性の持ち主ですし。

 きっとそういうこともあるんでしょう...多分)

 

 そう自分の中で結論付けると再び絵を描く城ケ崎さんを観察する。

 彼女の表情はとても楽しそうで、絵を描くことがどれだけ好きかを物語っていた。

 そんな城ケ崎さんを見ていると、スマホの配信中ランプが点灯し始める。

 そこには蓮見レイアと名前が書かれていた。

 僕は約束通り配信画面を開き、視聴を始める。

 

『これから団結するために私も定期的に配信をしようと思う。

 みんな気持ちをしっかり持ってほしいんだ』

 

「堂々としていますね。

 まぁ経歴を考えれば当然か」

 

「イオリくん何見てるの~?

 あ!レイアちゃんだ~!」

 

 蓮見さんの配信を見ていると、横から城ケ崎さんがスマホを覗き込んで来る。

 僕は彼女が見やすいようにスマホを持ち直し、一緒に配信を見ることになった。

 配信から聞こえるのは牢屋敷に囚われたみんなを励ます声。

 そんな力強い声が、しばらくの間監房の中に響き続けた。

 

 

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