特に言うことのない日常回その2、第6話です
小ネタですがイオリは今話の時点でいくつかのトラップを回避しています
牢屋敷の調査は四日目に入った。
今日こそは倉庫へ、とも思ったがまだ黒部さんとの一件から日が空いていない。
仕方なく今日は牢屋敷の外、湖方面へと足を運んでいた。
「特に目立ったものはなし、と。
まぁ落ち着く場所ではありますけど。
────ん?あそこにいるのは...紫藤さんですか」
ふと視界に映ったのは湖のほとりに座る紫藤さんだ。
紫藤さんは初日から反抗的な態度を隠していない。
だからこそ懲罰房に捕まっていたのだが、今はここで休んでいるようだ。
「懲罰房のことについては聞いておくべき、か。
正直気乗りはしないんですけどね」
今までの紫藤さんの振る舞いを思い出す。
周りに噛みつき、不機嫌なことを隠そうともしない。
ざっくりと彼女を表すのなら、『ヤンキー』が一番適切だろう。
しかし、物怖じしていても情報は集まらない。
僕は黒部さん対策の魔法を解いて、背後から声をかける。
「おはようございます、紫藤さん。
ここでお休み中ですか?」
「!?なっ、なんだおめぇ!!
いつの間に後ろにいやがった!!」
「今さっきですよ。
はぁ...挨拶は失敗、うまくいかないものだなぁ」
つい先ほどまで魔法を使っていたせいか、挨拶をすると紫藤さんは飛び上がるように驚いた。
警戒心を強め、こちらを睨んでくる彼女の姿に僕は失敗を悟る。
僕が思わずため息を吐いていると、紫藤さんは苛立ちの籠った声で話し始めた。
「何の用で来やがった。
おめぇと話す事なんてウチにはねぇぞ」
「残念ですが僕にはあるんです。
────懲罰房について教えていただけませんか?」
「あ?なんでそんなこと話さなきゃいけないんだよ」
「懲罰房についての情報を紫藤さん以外知らないからですよ。
分かってるのは捕まったあと二日間監禁されることだけ...。
それだけではどんな危険があるのか分かりませんから」
僕の言い分を聞いて紫藤さんは黙り込んだ。
マスクをしているせいで顔はよく見えないが何か考え事をしているように見える。
意外な反応に微かな手ごたえを感じていると紫藤さんは忌々しげに語りだした。
「監禁されてる間は磔刑台に拘束されてた。
偶に看守が入って来ることはあったな。
それで────」
「それで...何ですか?」
「...定規で叩かれた」
「...はい?」
「定規で叩かれたんだよ!
何度も言わせんな!」
舌打ちと共に紫藤さんはそっぽを向く。
彼女が語った懲罰房での仕打ち。
それを聞いて、場に若干の気まずさが漂う。
「定規...定規です、か。
そんな一昔前の学校みたいな...」
「なんだよ、ウチの言ったことを疑ってんのか?」
「そういうわけではありませんよ。
まぁ、一瞬自分の耳を疑いはしましたが」
「...ウチが話せるのはこんだけだ。
分かったならとっとと消えろ!」
紫藤さんはそう吐き捨てると再びほとりに座り込む。
彼女の背中からは明確な拒絶の意思が見て取れた。
恐らくこれ以上コミュニケーションを図っても徒労に終わるだけだろう。
僕も踵を返し、別の場所に向かおうと動き出す。
すると突然、どこからか「ドンッ!!」と低い音が響いてきた。
「!?なんだ、今の音...
おい今のって......なに蹲ってんだお前?」
「...いえ、なんでもありません。
また黒部さんが銃を撃ってきたのかと思っただけです」
「あ?何言ってやがる。
そんないきなり銃なんて使うわけねぇだろ」
「えぇ、僕もそう思っていました。
......この前までは」
思い出すのは先日の黒部さん。
いきなり姿を消したとはいえ銃を使うのは本っ当にどうかと思う。
胸の内で愚痴を零しながら音がした方向に目を向ける。
「あっちは確か塀がある方向でしたね。
少し見に行ってきます、紫藤さんも気を付けてください」
「待て、わざわざ行く必要なんざねぇだろ。
自分から危険に首を突っ込むようなもんだぞ」
「確かにそうかもしれませんが、何かが起きているのなら確認するべきです。
それが後々役に立つかもしれませんから」
「......そうかよ」
僕は紫藤さんに背を向けて走り出す。
そして少し走ると向かいから桜羽さん、橘さん、遠野さんの三人が走ってくるのが見えた。
彼女たちに何があったのかを聞こうと声をかけようとして────僕はその選択を後悔する。
「か、看守!?」
「イオリくん!?
取り敢えず逃げて!!」
「あーもうまた追いかけっことか勘弁してくださいよ!」
叫び声を上げながら急ブレーキをかけて、向かっていた方と逆方向に走り出す。
いつの間にか桜羽さんたちの逃走劇に巻き込まれてしまった僕は、恨み言を吐きながら走り続けた。
* * *
「げほっ...はぁ...ごほっ...なんとか...逃げ切った...」
「ごめんねイオリくん。
まさか巻き込んじゃうなんて思わなくって」
「いえ...気にしないでください。
看守から追いかけられたら、そういうこともあるでしょうし。
ところで、どうして看守から逃げていたんですか?」
「いや~塀を壊そうと殴ってみたんですけど失敗してしまいまして。
そこを看守さんに見つかってしまったんです」
「前言撤回、橘さんは反省してください」
先ほどの音の答え合わせと共に橘さんは笑顔を見せる。
その笑みに少しばかりの怒りを覚えながらため息を吐く。
そうして体力の回復に勤しんでいると、桜羽さんがポツリと呟いた。
「これからどうしよう...。
外には看守がいるし、下手に動けないよ」
「でしたら一度、集めた情報のすり合わせをしませんか?
まだ少ししか経っていませんけど得られるものはあるはずです」
「そうですわね。
色々調べましたし、それもアリだと思います」
「そうと決まれば早速行きましょう!
場所は食堂でいいですかね?」
「あっ、待ってよシェリーちゃん!」
意気揚々と食堂へと向かう橘さんに、それを追いかける桜羽さん。
そんな二人の後を追うように僕も彼女たちに続く。
すると、僕と同じように二人の後を歩いていた遠野さんが遠慮がちに話しかけてきた。
「あのイオリさん、少しよろしいかしら」
「えぇ、構いませんよ。
何でも話してください」
「えっと...先ほどのシェリーさんの塀を壊そうとした件について少しお話が...」
橘さんの行動について話がある。
遠野さんはそう言ったがどうにも歯切れが悪い。
目は泳ぎ、手は忙しなく動いている。
大人しく遠野さんを待っていると、彼女はゆっくりと話始めた。
「シェリーさんが塀を壊そうとしたのはわたくしのせいなんですの。
わたくしが早くここから出たい、なんて言ったせいで...。
だから、その...あまり怒らないであげてください」
「──遠野さん、僕は別に橘さんを怒ってはいませんよ。
...いえ、多少苛立ちはしましたけどそれだけです。
だからあまり気負わないでください」
「...分かりました。
ありがとうございます、イオリさん」
「お礼なら僕ではなく橘さんに言ってください。
きっと橘さんもそっちの方が喜ぶでしょうし」
「ハンナさーん!イオリさーん!
早く来ないと情報共有始めちゃいますよ~!」
そう話していると食堂の方からシェリーさんの催促の声が聞こえてくる。
その声に苦笑を零しつつ、僕と遠野さんは食堂へと入っていく。
そして同じテーブルについて各々、知っていることを話し始めた。
桜羽さんや橘さんは牢屋敷の成り立ちについて。
遠野さんはこの牢屋敷が海に囲まれているであろうこと。
僕は懲罰房や図書室の本について話した。
「昔魔女が暮らしていた屋敷...また随分と曰くつきですね」
「なんでも五百年前からあったらしいよ。
まぁ全部ゴクチョーから聞いた情報なんだけど。
そういえばイオリくんはゴクチョーとは会わなかったの?」
「残念なことにまだ一度も会えていません。
ままならないものですよ」
この四日間、僕は一度もゴクチョーと接触出来ていなかった。
しかし、僕としては諦める気は毛頭ない。
どうしても聞かなければならないことが一つあるからだ。
「そして遠野さんが言うには周囲は海に囲まれているんでしたっけ」
「えぇ、微かに潮のにおいと波の音が聞こえましたから、間違いありませんわ
と言っても、余計に脱出が困難なことが分かっただけですけど」
「...僕たちがここで過ごす以上、食料は消費される。
それならどこかのタイミングで補給が行われる筈ですよね」
「あ!確かにそうですね!
その補給の仕方が船にしろヘリコプターにしろ、外に繋がってるのは間違いありません!
補給のタイミングが分かれば、忍び込めるんじゃないでしょうか!?」
「うーん、それは難しいんじゃないかな。
ボクたちが行ける場所で物資の受け渡しなんてしないと思う。
それに補給がいつされるのかも分からないし...」
「確かにそうですわね。
うぅぅ...ままなりませんわ~」
へなへなと机に倒れ込む遠野さん。
彼女と同じように僕たちも言葉に詰まってしまう。
しばらくの間沈黙が続くが、痺れを切らしたかのように橘さんが口を開く。
「脱出に関しては今はこれぐらいが限界ですね。
今は別のことを話し合いましょう」
「そうですね。
それに、僕たちが行けない場所で物資の受け渡しが行われていたとしても、必ずどこかに搬入路はある筈です。
取り敢えず、探すものは分かったんですから御の字ということにしておきましょう」
「それなら次はイオリくんが言ってた懲罰房と図書室の本についてだっけ」
「えぇ、懲罰房に関しては紫藤さんに話を聞きました。
...ですが危険なのは図書室の本の方ですね」
話題が移り、桜羽さんたちの表情が変わる。
桜羽さんと遠野さんは険しく、橘さんは楽しそうに。
僕にとっては背筋が凍るような内容だった。
「血文字で書かれた本ですか~。
う~ん、面白そうですね!」
「全っ然、面白くねーですわ。
そんな怪しいもの触らない方がいいに決まってますわ」
「えぇ、僕も同意見です。
図書室で見た時は血の気が引きましたよ。
今は僕の監房で保管していますが、くれぐれも気を付けてください」
先日図書室の本を調べていた際に見つけた血文字の本。
その内容は以前、牢屋敷に囚われていた者の恨みつらみ。
それも先を読ませるように誘導してくるおまけ付きだ。
「でも血で文字が書かれてるだけなんですよね?
それならそんなに気を付けなくてもいいんじゃないですか」
「その本が複数あってもですか?
それにあの本、夜中バサバサ動くんですよ。
早いとこ処分したいんですけど、焼却炉が動くまでまだ時間がありますし」
「そんなやべーものを持っていて大丈夫なんですの?
焼却炉が動く時間まで図書室に置いておいた方がいいんじゃないかしら」
「僕もそう思うんですけど。
橘さんみたいに興味本位で調べる人がいないとも限りませんし...。
それなら自分で保管していた方が安心できます」
「イオリくん、気を付けてね」
「えぇ、勿論ですよ」
桜羽さんの心配に返事をしつつ、僕たちは話を続ける。
そうして話しているうちに情報共有の話し合いは徐々に脇道にそれていった。
「城ケ崎さんが『バルーン』?
『バルーン』って確か正体不明のストリートアーティスト、でしたよね」
「えぇ、若者の間で大人気のアーティストですわ。
SNSで話題にならない日はないぐらいですのよ」
「そ、そこまでですか。
でも確かに、あの自由奔放っぷりはアーティストと言われた方がしっくり来ますね」
「そういえばイオリくんってノアちゃんと仲が良かったよね。
もしかして絵が好きなの?」
「特別好きというわけではありませんよ。
ただ城ケ崎さんの絵はなんとなく、惹かれるものがありますから」
城ケ崎さんの絵を思い返していると、小さく笑みが浮かぶ。
そうした何でもない話を自由時間ギリギリまで僕たちは話し続けた。
* * *
「お邪魔しますよ、城ケ崎さん。
今日はいつになく楽しそうですね」
「ふっふっふ~。
実はイオリくんに渡したいものがあるんだ~」
「渡したいもの?」
夕食時、僕はいつものように城ケ崎さんの監房を訪れていた。
城ケ崎さんは自信ありげに笑みを浮かべて、一枚の紙を手渡してきた。
その紙に描かれている絵を見て、僕は目を見開く。
「これは────夜景、ですよね。
あの、どうしてこれを僕に?」
「エマちゃんたちから聞いたんだ。
イオリくんって夜景が好きなんでしょ?」
「えぇ、確かに好きですよ。
あぁいやそうじゃなく、なんでこれを僕に?」
「だってイオリくん、いつものあにご飯持ってきてくれるもん。
だからその絵はお礼で描いたんだ、いつもありがとうって」
城ケ崎さんは楽しそうに笑みを見せる代わりに、僕の頭は疑問符で埋め尽くされる。
それは彼女が語る内容が僕の認識と大きく食い違っていたからだ。
あくまで食事を持ってきていたのはコミュニケーションの一環でしかない。
だというのにそれに対して礼を言われることがまったく理解できなかった。
僕の困惑しきった様子を見たせいか、城ケ崎さんはおずおずと心配そうに口を開く。
「もしかしてのあの描いた絵好きじゃなかった...?」
「!いえ、そんなことありませんよ。
とても綺麗で温かみのある絵だと思います。
──ただ、僕が受け取って良いものなのかが...分からないんです」
僕の言葉に今度は城ケ崎さんが首を傾げた。
彼女に何とか説明しようと、普段のように動かない頭を必死で回す。
そして何とか言葉に出来たものを話し出した。
「僕が城ケ崎さんに食事を持って来たのは単なる善意じゃありません。
その中には打算も多く含まれています」
「......」
「この絵は眩しいぐらいに綺麗だ。
...だからこそ僕が受け取っていいものではないと思うんです。
折角描いてくれたのに、本当にごめんなさい」
「...イオリくん」
話し終えた僕にかけられた声は重く、耳に響いてきた。
恐らく城ケ崎さんは怒っているだろう。
自分勝手な理由で自分が描いた絵を拒絶されているのだから。
僕は次の瞬間に飛んで来るであろう怒声を覚悟して目を瞑る。
「そんなに気にしなくてもいいんじゃないかな」
「...え?」
しかし、城ケ崎さんから返ってきた言葉は予想よりずっと軽いものだった。
思わず閉じていた目を開け、間抜けな声を出しながら目の前の少女を凝視する。
視界に映った城ケ崎さんは怒った様子もなく、普段となんら変わりはなかった。
「のあにとってイオリくんはずっと優しい男の子だったよ。
だから、のあはあんまり打算とか気にしなくていいと思う。
のあはイオリくんと一緒にいるの楽しかったもん」
「────」
「だからね、もしよかったらこの絵。
イオリくんに貰ってほしいんだ」
「──ありがとうございます、城ケ崎さん。
絶対に...絶対に大事にしますね」
笑顔と共に渡される夜景を描いた絵。
僕はその絵を割れ物を扱うように大事に受け取る。
それを見た城ケ崎さんは満足そうにすると再びカラースプレーを手に取った。
「よーっし、イオリくんには渡せたから今度はみんなの絵を描かなきゃ!
みんなが喜ぶ絵...どんなのにしようかな~」
「切り替えが早いですね、城ケ崎さんは。
ですが皆さんが喜ぶ絵となるとかなり難しそうですね」
「ふっふっふー。
のあには秘策があるのです!」
「秘策、ですか?」
「この部屋を真っ白にしてキャンバスみたいにするの!
そしたらみんなが好きなものも描けちゃうんだ!」
「...夏目さんが帰ってこれなくなるので程々にしましょうね」
頭に浮かぶのは今も医務室で休む夏目さんの姿。
彼女は城ケ崎さんによる監房の塗りつぶしで、体調を崩しては回復を繰り返している。
この件については後々蓮見さんも頼って考えるとしよう。
僕はそう結論付けるとしばらくの間、城ケ崎さんのお絵かきを眺めることにした。